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111話 「一歩ずつ一歩ずつ」
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私は親衛隊員に案内され、ヴァネッサと共に、ディルク王のところまで向かった。
彼のいる簡易的な王の間は救護所からそれほど離れておらず、十分もかからないうちに着いた。私の歩くスピードでこの時間だから、わりと近い。
王の間に入ると、ディルク王と一緒に、親衛隊員と思われる男性天使が数名立っていた。その中には絆創膏を貼っている者や包帯を巻いている者もいる。しかし、支えもなく立てているところを見ると、比較的軽傷の者たちだと思われる。
「お待たせ致しました」
案内してくれた男性天使はディルク王の前まで進み出ると、挨拶のような感じで軽めにひざまずく。それに対してディルク王は「ご苦労」と短い言葉で労った。
それからディルク王は私に視線を移し、口を開く。
「アンナ。無事でなにより」
重厚感のある落ち着いた声色だ。表情は穏やかなので怒ってはいないように感じる。
「ありがとう、お父様。それで……何の用事?」
怒られるのではないかという不安が一瞬よぎる。
「実はな」
ディルク王はここで言葉を一度切った。
こんな時にもったいぶらなくていいのに。内容が余計に気になるじゃない。
「二週間後、改めて建国記念祭を開くことにしたのだ」
その言葉に私はとても驚いた。少なくとも来年のいつもの時期まで行われないと踏んでいたからだ。こんな微妙な時期に行うとは考えてもみなかった。
だが、壊されてしまった建国記念祭をもう一度やり直せるなら、それはとても嬉しいことだ。建国記念祭が再び開催するなら、あの時企画していてできなかった色々なイベントも改めて行われることだろう。こんな良いことはない。
「そこでお前の戴冠式も行おうと考えている」
「戴冠式っ!?」
思わず大声を出してしまった。親衛隊員たちから見られて、少し恥ずかしい。
でも仕方ないわ。いきなり戴冠式なんて言われたら、誰だってびっくりしないはずがない。戴冠式をするということはつまり、私が王になるということだもの。突然言われて「へぇ、そうなんだ」と流せるような話ではない。
これは、私の人生もエンジェリカの未来も大きく左右するであろう、とても重大なことだ。ディルク王の一人娘である私がいずれ女王となることは周知の事実だが、まさかこんなに早くとは誰も思っていないだろう。
「どうして? お父様はまだそこまで老いていないわ。それなのに王座を退くというの?」
私が知る限りでは、王がその地位を退くのは亡くなる時だ。いくつか例外はあるが、その例外ですら、何らかの事情で王が務めを果たせなくなってしまった場合である。
ディルク王はまだ健康だ。心身共に健康なまま王座を譲るなど前代未聞。言うなれば「あり得ないこと」である。
「これからのエンジェリカには新たな光が必要だ。アンナ、お前がその光となれ」
……本気で言ってる?
振り返ることはできないが、背後にいるヴァネッサも恐らく驚いていることだろう。顔を見合わせたい気分だ。
「そうだとしても二週間後だなんて……いきなりすぎるわ。第一、そんな短期間で戴冠式の準備ができるの?」
戴冠式を執り行うなら、その時に着る衣装も含め、色々な準備をしなくてはならない。エンジェリカ中の国民に告知することも必要だ。それらすべての用事が二週間で終えられるとは到底思えない。
「準備は既に少しずつ始めている。お前が今ここで了承してくれれば良いのだ。準備は必ず間に合う。……どうだろうか」
大概自分で勝手に決めて押し付けてくるディルク王が、私の意思を確認するなど、驚きの珍しさだ。これはそれほど大事なことだということか。
私が女王に——。
まだ信じられない。実感が湧かない。
いずれこの日が訪れることは理解していたが、まさかこんなに早いとは。私が女王になるのは、いつかディルク王が年老いて亡くなったその後だと思っていた。
「私は……」
女王は王女とは本質的に異なる。王女は半ばお飾りのようなものだが、女王となるとただのお飾りでいるわけにはいかない。このエンジェリカを治め、より良い国になるように導かねばならないのだ。そこには多大な責任が生じる。
本当に私にできるだろうか。数百年の歴史を持つこのエンジェリカを導いていくなんて。
「私は賛成です」
突然口を開いたのは、私の後ろにいるヴァネッサだった。
礼儀を重んじる彼女が王の前で口を開くのを見たのは、これが初めてかもしれない。
彼女は侍女という地位故に、いつも表舞台へ出ようとしなかった。侍女は表舞台へ出さないという決まりなのもあるが、それ以前に、彼女自身が公的な場へ出ることを拒否していたのだ。
そんな慎ましい彼女が今ここで意見を述べるとは、実に不思議なことが起きたものである。
「……ヴァネッサ?」
あまりの珍しさに思わず首を傾げてしまった。
「ディルク王、侍女の身で言葉を発することをお許し下さい。私はアンナ王女が女王となることに賛成します。今は亡きラヴィーナ妃もきっとお喜びになることと思います」
ヴァネッサの発言を聞いたディルク王は、それもそうだな、と深く頷く。とても満足そうな表情だ。周囲に立っている親衛隊員たちも納得したような表情をしている。
徐々に断れない空気になっていく。今さら「断る」なんて言い出せるわけもない。
選択肢が奪われていく……。
「……分かった」
腹を括ってそう言った。
私に務まるか分からないが、早かれ遅かれいつかはこの日が来るのだ。それなら早く就任して慣れておいた方が賢いかもしれないと思ってくる。
——大丈夫。きっとできる。
「私、女王になるわ」
こうして私の運命は、一歩ずつ一歩ずつ、着実に前へ進んでゆく。
彼のいる簡易的な王の間は救護所からそれほど離れておらず、十分もかからないうちに着いた。私の歩くスピードでこの時間だから、わりと近い。
王の間に入ると、ディルク王と一緒に、親衛隊員と思われる男性天使が数名立っていた。その中には絆創膏を貼っている者や包帯を巻いている者もいる。しかし、支えもなく立てているところを見ると、比較的軽傷の者たちだと思われる。
「お待たせ致しました」
案内してくれた男性天使はディルク王の前まで進み出ると、挨拶のような感じで軽めにひざまずく。それに対してディルク王は「ご苦労」と短い言葉で労った。
それからディルク王は私に視線を移し、口を開く。
「アンナ。無事でなにより」
重厚感のある落ち着いた声色だ。表情は穏やかなので怒ってはいないように感じる。
「ありがとう、お父様。それで……何の用事?」
怒られるのではないかという不安が一瞬よぎる。
「実はな」
ディルク王はここで言葉を一度切った。
こんな時にもったいぶらなくていいのに。内容が余計に気になるじゃない。
「二週間後、改めて建国記念祭を開くことにしたのだ」
その言葉に私はとても驚いた。少なくとも来年のいつもの時期まで行われないと踏んでいたからだ。こんな微妙な時期に行うとは考えてもみなかった。
だが、壊されてしまった建国記念祭をもう一度やり直せるなら、それはとても嬉しいことだ。建国記念祭が再び開催するなら、あの時企画していてできなかった色々なイベントも改めて行われることだろう。こんな良いことはない。
「そこでお前の戴冠式も行おうと考えている」
「戴冠式っ!?」
思わず大声を出してしまった。親衛隊員たちから見られて、少し恥ずかしい。
でも仕方ないわ。いきなり戴冠式なんて言われたら、誰だってびっくりしないはずがない。戴冠式をするということはつまり、私が王になるということだもの。突然言われて「へぇ、そうなんだ」と流せるような話ではない。
これは、私の人生もエンジェリカの未来も大きく左右するであろう、とても重大なことだ。ディルク王の一人娘である私がいずれ女王となることは周知の事実だが、まさかこんなに早くとは誰も思っていないだろう。
「どうして? お父様はまだそこまで老いていないわ。それなのに王座を退くというの?」
私が知る限りでは、王がその地位を退くのは亡くなる時だ。いくつか例外はあるが、その例外ですら、何らかの事情で王が務めを果たせなくなってしまった場合である。
ディルク王はまだ健康だ。心身共に健康なまま王座を譲るなど前代未聞。言うなれば「あり得ないこと」である。
「これからのエンジェリカには新たな光が必要だ。アンナ、お前がその光となれ」
……本気で言ってる?
振り返ることはできないが、背後にいるヴァネッサも恐らく驚いていることだろう。顔を見合わせたい気分だ。
「そうだとしても二週間後だなんて……いきなりすぎるわ。第一、そんな短期間で戴冠式の準備ができるの?」
戴冠式を執り行うなら、その時に着る衣装も含め、色々な準備をしなくてはならない。エンジェリカ中の国民に告知することも必要だ。それらすべての用事が二週間で終えられるとは到底思えない。
「準備は既に少しずつ始めている。お前が今ここで了承してくれれば良いのだ。準備は必ず間に合う。……どうだろうか」
大概自分で勝手に決めて押し付けてくるディルク王が、私の意思を確認するなど、驚きの珍しさだ。これはそれほど大事なことだということか。
私が女王に——。
まだ信じられない。実感が湧かない。
いずれこの日が訪れることは理解していたが、まさかこんなに早いとは。私が女王になるのは、いつかディルク王が年老いて亡くなったその後だと思っていた。
「私は……」
女王は王女とは本質的に異なる。王女は半ばお飾りのようなものだが、女王となるとただのお飾りでいるわけにはいかない。このエンジェリカを治め、より良い国になるように導かねばならないのだ。そこには多大な責任が生じる。
本当に私にできるだろうか。数百年の歴史を持つこのエンジェリカを導いていくなんて。
「私は賛成です」
突然口を開いたのは、私の後ろにいるヴァネッサだった。
礼儀を重んじる彼女が王の前で口を開くのを見たのは、これが初めてかもしれない。
彼女は侍女という地位故に、いつも表舞台へ出ようとしなかった。侍女は表舞台へ出さないという決まりなのもあるが、それ以前に、彼女自身が公的な場へ出ることを拒否していたのだ。
そんな慎ましい彼女が今ここで意見を述べるとは、実に不思議なことが起きたものである。
「……ヴァネッサ?」
あまりの珍しさに思わず首を傾げてしまった。
「ディルク王、侍女の身で言葉を発することをお許し下さい。私はアンナ王女が女王となることに賛成します。今は亡きラヴィーナ妃もきっとお喜びになることと思います」
ヴァネッサの発言を聞いたディルク王は、それもそうだな、と深く頷く。とても満足そうな表情だ。周囲に立っている親衛隊員たちも納得したような表情をしている。
徐々に断れない空気になっていく。今さら「断る」なんて言い出せるわけもない。
選択肢が奪われていく……。
「……分かった」
腹を括ってそう言った。
私に務まるか分からないが、早かれ遅かれいつかはこの日が来るのだ。それなら早く就任して慣れておいた方が賢いかもしれないと思ってくる。
——大丈夫。きっとできる。
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