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127話 「女王の誕生」
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戴冠式は王宮近くの教会で執り行われる。私は式典の最初にある入場のために建物の横付近で待機する。離れた場所からなのでハッキリと視認できるわけではなく曖昧だが、教会の中も外も、既に大勢の天使たちで賑わっている。お祭りのようだ。
ちなみに、ここからしばらくは、エリアスやヴァネッサと別行動をしなくてはならない。しかしそんなことで不安になるようではダメだ。
やがて開式の鐘が鳴り響く。一回、二回、三回と——。
それまでザワザワしていた参列客は途端に静まり返る。アナウンスがあったわけでもないのに自然と静かになるのだから、なかなか感心することである。
そしていよいよ入場だ。
少し道を歩き、それから教会へ入る。教会の中の空気はピンと張り詰めていた。厳か、という言葉が相応しいだろうか。小さな物音一つしない。
参列者が座っている長椅子の中央にある道を、意識的にゆっくりと歩いていく。熱い視線を送られ早歩きしたくなるが、焦らず慌てず、落ち着いた足取りで一歩ずつ歩む。
生まれた日から今日までずっとそうだった『王女』という身分とももうお別れ。そう思うと少し寂しい気もする。
だが、この道の先に希望があると信じ、今はただ前だけを見据えて歩むのみ。
私は女王となるのだから。
入場を終えると、戴冠式が本格的に始まる。
私の戴冠式は今日この時一度だけ。これが最初で最後だ。気を引き締めて臨まなくてはならない。しかし緊張しすぎても良くないので、加減がとても難しい。
清水で手を清め、穢れを払ってもらい、それから先代国王にあたるディルク王の前にひざまづく。いつもは別の者がする役のようだが、今回だけは先代国王が健在なので、彼が冠を与える役になったらしい。
動作一つ一つに細かな手順がありややこしいが、練習してきた自分を信じ、記憶を頼りに儀式を行う。参列客が静かに見守っているうえ、絶対に間違ってはならないというプレッシャーがかかる状況。この程度の重圧を乗り越えられないような者は、王位に就くのに相応しくないということなのかもしれない。 そういう意味では、この儀式は、まもなく王となる者へ与えられる最初の試練ともとれる。
ヴァネッサは最前列に座っていた。破格の扱いだ。戴冠式で侍女が最前列に座るなど、普通ならありえないことである。恐らく長年私の世話をし続けてきたことが評価されたのだろう。それはなんだか嬉しかった。
だってヴァネッサは私の母親同然だもの。本当ならこの日、母親であるラヴィーナが最前列で見ていたはずだった。けれどそれは叶わなかった。それを思えば、ヴァネッサが代わりにその席に座っていてもおかしな話ではないだろう。
きっとラヴィーナも、どこかから見守ってくれていると思うけれど——。
「今ここに、新たなエンジェリカ国王の誕生を宣言する」
ディルク王はひざまづく私に冠を被らせ、重厚感のある低い声で告げた。
一斉に拍手が鳴り響く。
教会に響き渡る割れんばかりの大きな拍手を耳にして、私は初めてエンジェリカの王となったことを実感した。
その時。
視界の隅に水色の光が入る。私は思わず振り返った。半ば無意識に。
一匹の蝶がフワリフワリと飛んでいた。水色に輝く、この世のものとは思えないくらい美しい蝶から、私は目が離せなくなった。
「では新たな国王より挨拶を」
ディルク王——いや、もう王でなくなったディルクが、私に挨拶するよう促す。そんなコーナーがあるとは聞いていなかったので驚きつつも、公の場なので平静を装う。断るわけにはいかないし、かといって話す内容を考えていたわけでもない。これはもう、完全に今ここで考えて話すしかない感じだ。
だが、今の私にはそれができるような気がした。かなり難題ではあるが、大丈夫だと思える心が今はある。だから私は躊躇うことなく参列客の席の方へ体を向けられた。
何を言うべきか、心を落ち着けながら考える。
「今日は見に来て下さりありがとうございます。この日を迎えられて本当に良かったです」
王族らしい品のある言葉遣いをするなどという気の利いたことはできない。私にできるのは、自分の言葉で想いを述べることだけ。
だがそれで構わないはずだ。私の挨拶なのだから。
「色々と至らないところはあるかと思います。けれど、より良いエンジェリカを作りたいという気持ちは同じです。どうか、これからよろしくお願いします」
私は一度大きくお辞儀して、参列者の席を見渡した。
そして一番後ろの壁近くにジェシカとノアが立っていることに気づく。ジェシカはこちらへ大きく手を振っている。ノアは穏やかにニコニコしていた。普段と大差ない。
最前列のヴァネッサは手の甲で目をこすっている。恐らく泣いているのだろう。こんなに立派になって、と思っているのだろうか。……できればそういう涙であってほしい。
「以上、アンナ女王より挨拶でした。では、これにて戴冠式を終わりとします。参列客の方々は——」
一連の儀式を無事に終え、戴冠式は終了した。私が横に捌けると、司会者が来ている天使たちに対するアナウンスを始める。厳かな空気で戴冠式をしていたわりに、終わってからは普通な雰囲気だ。教会内に騒々しさが戻ってくる。
せっかくなのでエリアスにも正面から見てもらいたかったが、彼は次の結婚式に出演するため叶わなかった。しかし彼のことだ、正規の席からではないにしろしっかり見ていてくれたはずである。むしろ彼が見ていないはずがない。
次はいよいよ結婚式。
人生的に考えるなら戴冠式の方が大きな行事なのだろうが、私としては結婚式の方が大きな行事に思える。
なぜって——エリアスと結ばれるのだから。
ちなみに、ここからしばらくは、エリアスやヴァネッサと別行動をしなくてはならない。しかしそんなことで不安になるようではダメだ。
やがて開式の鐘が鳴り響く。一回、二回、三回と——。
それまでザワザワしていた参列客は途端に静まり返る。アナウンスがあったわけでもないのに自然と静かになるのだから、なかなか感心することである。
そしていよいよ入場だ。
少し道を歩き、それから教会へ入る。教会の中の空気はピンと張り詰めていた。厳か、という言葉が相応しいだろうか。小さな物音一つしない。
参列者が座っている長椅子の中央にある道を、意識的にゆっくりと歩いていく。熱い視線を送られ早歩きしたくなるが、焦らず慌てず、落ち着いた足取りで一歩ずつ歩む。
生まれた日から今日までずっとそうだった『王女』という身分とももうお別れ。そう思うと少し寂しい気もする。
だが、この道の先に希望があると信じ、今はただ前だけを見据えて歩むのみ。
私は女王となるのだから。
入場を終えると、戴冠式が本格的に始まる。
私の戴冠式は今日この時一度だけ。これが最初で最後だ。気を引き締めて臨まなくてはならない。しかし緊張しすぎても良くないので、加減がとても難しい。
清水で手を清め、穢れを払ってもらい、それから先代国王にあたるディルク王の前にひざまづく。いつもは別の者がする役のようだが、今回だけは先代国王が健在なので、彼が冠を与える役になったらしい。
動作一つ一つに細かな手順がありややこしいが、練習してきた自分を信じ、記憶を頼りに儀式を行う。参列客が静かに見守っているうえ、絶対に間違ってはならないというプレッシャーがかかる状況。この程度の重圧を乗り越えられないような者は、王位に就くのに相応しくないということなのかもしれない。 そういう意味では、この儀式は、まもなく王となる者へ与えられる最初の試練ともとれる。
ヴァネッサは最前列に座っていた。破格の扱いだ。戴冠式で侍女が最前列に座るなど、普通ならありえないことである。恐らく長年私の世話をし続けてきたことが評価されたのだろう。それはなんだか嬉しかった。
だってヴァネッサは私の母親同然だもの。本当ならこの日、母親であるラヴィーナが最前列で見ていたはずだった。けれどそれは叶わなかった。それを思えば、ヴァネッサが代わりにその席に座っていてもおかしな話ではないだろう。
きっとラヴィーナも、どこかから見守ってくれていると思うけれど——。
「今ここに、新たなエンジェリカ国王の誕生を宣言する」
ディルク王はひざまづく私に冠を被らせ、重厚感のある低い声で告げた。
一斉に拍手が鳴り響く。
教会に響き渡る割れんばかりの大きな拍手を耳にして、私は初めてエンジェリカの王となったことを実感した。
その時。
視界の隅に水色の光が入る。私は思わず振り返った。半ば無意識に。
一匹の蝶がフワリフワリと飛んでいた。水色に輝く、この世のものとは思えないくらい美しい蝶から、私は目が離せなくなった。
「では新たな国王より挨拶を」
ディルク王——いや、もう王でなくなったディルクが、私に挨拶するよう促す。そんなコーナーがあるとは聞いていなかったので驚きつつも、公の場なので平静を装う。断るわけにはいかないし、かといって話す内容を考えていたわけでもない。これはもう、完全に今ここで考えて話すしかない感じだ。
だが、今の私にはそれができるような気がした。かなり難題ではあるが、大丈夫だと思える心が今はある。だから私は躊躇うことなく参列客の席の方へ体を向けられた。
何を言うべきか、心を落ち着けながら考える。
「今日は見に来て下さりありがとうございます。この日を迎えられて本当に良かったです」
王族らしい品のある言葉遣いをするなどという気の利いたことはできない。私にできるのは、自分の言葉で想いを述べることだけ。
だがそれで構わないはずだ。私の挨拶なのだから。
「色々と至らないところはあるかと思います。けれど、より良いエンジェリカを作りたいという気持ちは同じです。どうか、これからよろしくお願いします」
私は一度大きくお辞儀して、参列者の席を見渡した。
そして一番後ろの壁近くにジェシカとノアが立っていることに気づく。ジェシカはこちらへ大きく手を振っている。ノアは穏やかにニコニコしていた。普段と大差ない。
最前列のヴァネッサは手の甲で目をこすっている。恐らく泣いているのだろう。こんなに立派になって、と思っているのだろうか。……できればそういう涙であってほしい。
「以上、アンナ女王より挨拶でした。では、これにて戴冠式を終わりとします。参列客の方々は——」
一連の儀式を無事に終え、戴冠式は終了した。私が横に捌けると、司会者が来ている天使たちに対するアナウンスを始める。厳かな空気で戴冠式をしていたわりに、終わってからは普通な雰囲気だ。教会内に騒々しさが戻ってくる。
せっかくなのでエリアスにも正面から見てもらいたかったが、彼は次の結婚式に出演するため叶わなかった。しかし彼のことだ、正規の席からではないにしろしっかり見ていてくれたはずである。むしろ彼が見ていないはずがない。
次はいよいよ結婚式。
人生的に考えるなら戴冠式の方が大きな行事なのだろうが、私としては結婚式の方が大きな行事に思える。
なぜって——エリアスと結ばれるのだから。
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