エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
128 / 131

127話 「女王の誕生」

しおりを挟む
 戴冠式は王宮近くの教会で執り行われる。私は式典の最初にある入場のために建物の横付近で待機する。離れた場所からなのでハッキリと視認できるわけではなく曖昧だが、教会の中も外も、既に大勢の天使たちで賑わっている。お祭りのようだ。

 ちなみに、ここからしばらくは、エリアスやヴァネッサと別行動をしなくてはならない。しかしそんなことで不安になるようではダメだ。

 やがて開式の鐘が鳴り響く。一回、二回、三回と——。

 それまでザワザワしていた参列客は途端に静まり返る。アナウンスがあったわけでもないのに自然と静かになるのだから、なかなか感心することである。

 そしていよいよ入場だ。

 少し道を歩き、それから教会へ入る。教会の中の空気はピンと張り詰めていた。厳か、という言葉が相応しいだろうか。小さな物音一つしない。
 参列者が座っている長椅子の中央にある道を、意識的にゆっくりと歩いていく。熱い視線を送られ早歩きしたくなるが、焦らず慌てず、落ち着いた足取りで一歩ずつ歩む。

 生まれた日から今日までずっとそうだった『王女』という身分とももうお別れ。そう思うと少し寂しい気もする。
 だが、この道の先に希望があると信じ、今はただ前だけを見据えて歩むのみ。

 私は女王となるのだから。


 入場を終えると、戴冠式が本格的に始まる。
 私の戴冠式は今日この時一度だけ。これが最初で最後だ。気を引き締めて臨まなくてはならない。しかし緊張しすぎても良くないので、加減がとても難しい。

 清水で手を清め、穢れを払ってもらい、それから先代国王にあたるディルク王の前にひざまづく。いつもは別の者がする役のようだが、今回だけは先代国王が健在なので、彼が冠を与える役になったらしい。
 動作一つ一つに細かな手順がありややこしいが、練習してきた自分を信じ、記憶を頼りに儀式を行う。参列客が静かに見守っているうえ、絶対に間違ってはならないというプレッシャーがかかる状況。この程度の重圧を乗り越えられないような者は、王位に就くのに相応しくないということなのかもしれない。 そういう意味では、この儀式は、まもなく王となる者へ与えられる最初の試練ともとれる。

 ヴァネッサは最前列に座っていた。破格の扱いだ。戴冠式で侍女が最前列に座るなど、普通ならありえないことである。恐らく長年私の世話をし続けてきたことが評価されたのだろう。それはなんだか嬉しかった。
 だってヴァネッサは私の母親同然だもの。本当ならこの日、母親であるラヴィーナが最前列で見ていたはずだった。けれどそれは叶わなかった。それを思えば、ヴァネッサが代わりにその席に座っていてもおかしな話ではないだろう。

 きっとラヴィーナも、どこかから見守ってくれていると思うけれど——。


「今ここに、新たなエンジェリカ国王の誕生を宣言する」


 ディルク王はひざまづく私に冠を被らせ、重厚感のある低い声で告げた。

 一斉に拍手が鳴り響く。
 教会に響き渡る割れんばかりの大きな拍手を耳にして、私は初めてエンジェリカの王となったことを実感した。


 その時。
 視界の隅に水色の光が入る。私は思わず振り返った。半ば無意識に。
 一匹の蝶がフワリフワリと飛んでいた。水色に輝く、この世のものとは思えないくらい美しい蝶から、私は目が離せなくなった。

「では新たな国王より挨拶を」

 ディルク王——いや、もう王でなくなったディルクが、私に挨拶するよう促す。そんなコーナーがあるとは聞いていなかったので驚きつつも、公の場なので平静を装う。断るわけにはいかないし、かといって話す内容を考えていたわけでもない。これはもう、完全に今ここで考えて話すしかない感じだ。

 だが、今の私にはそれができるような気がした。かなり難題ではあるが、大丈夫だと思える心が今はある。だから私は躊躇うことなく参列客の席の方へ体を向けられた。
 何を言うべきか、心を落ち着けながら考える。

「今日は見に来て下さりありがとうございます。この日を迎えられて本当に良かったです」

 王族らしい品のある言葉遣いをするなどという気の利いたことはできない。私にできるのは、自分の言葉で想いを述べることだけ。
 だがそれで構わないはずだ。私の挨拶なのだから。

「色々と至らないところはあるかと思います。けれど、より良いエンジェリカを作りたいという気持ちは同じです。どうか、これからよろしくお願いします」

 私は一度大きくお辞儀して、参列者の席を見渡した。
 そして一番後ろの壁近くにジェシカとノアが立っていることに気づく。ジェシカはこちらへ大きく手を振っている。ノアは穏やかにニコニコしていた。普段と大差ない。
 最前列のヴァネッサは手の甲で目をこすっている。恐らく泣いているのだろう。こんなに立派になって、と思っているのだろうか。……できればそういう涙であってほしい。

「以上、アンナ女王より挨拶でした。では、これにて戴冠式を終わりとします。参列客の方々は——」

 一連の儀式を無事に終え、戴冠式は終了した。私が横に捌けると、司会者が来ている天使たちに対するアナウンスを始める。厳かな空気で戴冠式をしていたわりに、終わってからは普通な雰囲気だ。教会内に騒々しさが戻ってくる。
 せっかくなのでエリアスにも正面から見てもらいたかったが、彼は次の結婚式に出演するため叶わなかった。しかし彼のことだ、正規の席からではないにしろしっかり見ていてくれたはずである。むしろ彼が見ていないはずがない。

 次はいよいよ結婚式。
 人生的に考えるなら戴冠式の方が大きな行事なのだろうが、私としては結婚式の方が大きな行事に思える。

 なぜって——エリアスと結ばれるのだから。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...