130 / 131
129話 「そして二人は永遠に」
しおりを挟む
結婚式が始まった。
会場は本日二度目となる王宮近くの教会。今日の活動はほとんどこの場所である。
父親であるディルクと入場するところから式は始まる。今まで父娘のような行動はあまりしてこなかったので若干ぎこちないかもしれない。
教会の入口の扉が開け放たれ、中へ足を踏み入れた瞬間、私は非常に驚いた。教会の中の光景が、戴冠式の時とはまったく異なって見えたから。
まず目についたのはステンドグラス。教会の高い壁を彩る色鮮やかなガラスたちは、外からの太陽光を通して幻想的に輝いている。まるで絵本の中の世界みたい。それと同時に、壁にも目を引かれた。今までそれほど余裕を持って見る機会がなく気づかなかったが、とても凝ったデザインになっている。うねる波のような曲線や不規則的な直線。独特の個性的な柄が細やかに彫られている。
ここへは今まで何度も来たのに、まったく気づいていなかった。不思議なことである。これまでの私は余裕がなくて周囲が見えていなかったという証拠ね……心にしまっておこう。
客席の間を通路を歩くが、ディルクが横にいるうえ二度目なので、意外と緊張しない。一番前の舞台へ上がると、エリアスの登場を待つ。舞台上には穏やかな笑みを浮かべている存在感のない神父がいた。
「続きまして、新郎の入場です」
司会者がアナウンスをする。
姿を現したエリアスは一人で真っ直ぐ歩いてくる。背筋をピンと伸ばし、ほどよい速さで歩く。たった一人で客の間を歩かなくてはならないという緊張しそうな状況だが、エリアスは一切緊張の色を見せない。日頃戦闘で心身共に鍛えているだけあり冷静だ。
エリアスが舞台へ上がってくるのと入れ替わりでディルクは横に寄る。あらかじめ準備されていた椅子に腰かけた。
私とエリアスは隣り合い、存在感のない神父がいる方を向く。
神父はまだ穏やかに微笑んでいるが、それでも言葉にならないくらい地味だ。それはもう、隠密行動に向いているのではと思うくらい。
「新郎。貴方は女王の夫として愛と忠誠を持ち続けることを誓いますか?」
地味な神父の形式的な問いに対して、エリアスは落ち着いた声で「もちろん。誓います」と答える。
私は「愛と忠誠って……」と心の中で一人突っ込みを入れる。愛はともかく、忠誠という言葉選びがなぜか面白く感じた。それは結婚式で誓わせることなのか、と。騎士じゃあるまいし。
「新婦。貴女は新郎を永久に愛し続けると誓いますか?」
私は息を吸って「誓います」と短く答える。心の準備をしっかりしていたため、おかしな声にならずに済んだ。
両者への確認を終えると、神父は相変わらずの穏やかな笑みで言う。
「それでは、キスをどうぞ」
いきなりそんな発言をされ愕然とする。なぜにこんな大勢の前でキスをしなくてはならないのか。
驚き戸惑い硬直していた私に、エリアスが小声で喋りかけてくる。他の天使の耳には届かないであろう、囁くような声だ。
「お嫌なのですか?」
「い、いいえ」
すると彼は右手で私の顎を上げる。
「では失礼します。……ご安心を、一瞬です」
私は少し怖く思いながらも目を閉じる。エリアスならどうにかしてくれるだろうと思ったから、彼に身を任せることにした。
ほんの束の間、唇に何かが触れる感覚があったが、すぐに離れた。触れていたのは本当に僅かな時間だったと思う。それなのに、なんとなく充実した気分になる。初めての経験だ。
再び目を開けると、お祝いムードに包まれていた。花びらを散らす係の天使が、真っ白で小さい花びらを投げている。教会内が真っ白に染まった。
「ご結婚おめでとうございます」
寄ってきたヴァネッサは少し寂しそうに祝福してくれた。
「アンナ、本当にこの日が来たのですね。まだ実感がありません」
花吹雪の中、隣にいるエリアスが静かに口を開く。
瑠璃色の瞳には眩しいくらいの光が宿り、整った顔には穢れのない純粋な笑みが浮かんでいる。かつて彼に付きまとっていた影はもうない。
「私も同じよ。まだよく分からない……でも、これだけは確かなことなの」
「確かなこと?」
彼は興味を持ったように少し目を開いて尋ねてきた。私は頷きながら一度目を閉じ、再び目を開けてエリアスを見つめる。
「私たちは幸せになれるわ」
——それは、たった一つの確かなこと。
この先どんな困難が待ち受けているのか、私たちは知らない。長い時の中で多くの経験をし、変わっていくこともたくさんあるはずだ。
それでも私は、今日この時の気持ちを決して忘れない。
「……本当ですか?」
「もちろんよ! エンジェリカの秘宝はどんな願いも叶えられるのよ。私の言葉を現実にする力は、エリアスも知っているでしょう」
「はい。ですが、そのような形のないことも現実にできるのですか?」
まだ信じきれていない顔のエリアスに、私はいつになく自信を持って「できるわ」と答える。
それを証明する根拠はない。今はそんな気がしているだけですぐに変わる、と笑われるかもしれない。子どもじみているとバカにされても言い返せないようなことを私は言った。
けれど、私は自分の心に従うことが正解だと思っている。
「エリアス、これからは二人でエンジェリカの新しい時代を切り開いていきましょ」
「もちろんです。永久に貴女の傍に」
王宮の外へ行ってみたい。すべてはそんな小さな気持ちから始まった。
いろんな天使や悪魔と知り合えたのも、多くの知識を得られたのも、こうしてエリアスと結ばれることができたのも——すべてのきっかけは、あの日、私が自分の心に従って一歩を踏み出したから。だから、多くの者に支えられながらではあるけれど、ここまで来れたのだ。
「そういえば、ハネムーンという結婚直後の旅行があるそうですよ。どちらへ行かれますか?」
「そうね……あ! 三重坂とかはどうかしら! 私、地上界のことももっと知りたいのよ」
「良いと思います。この国の発展にも役立ちそうですし」
こんな風にたわいない会話を楽しめる幸せを、私は決して忘れずに生きていく。それが当たり前にならないように。
会場は本日二度目となる王宮近くの教会。今日の活動はほとんどこの場所である。
父親であるディルクと入場するところから式は始まる。今まで父娘のような行動はあまりしてこなかったので若干ぎこちないかもしれない。
教会の入口の扉が開け放たれ、中へ足を踏み入れた瞬間、私は非常に驚いた。教会の中の光景が、戴冠式の時とはまったく異なって見えたから。
まず目についたのはステンドグラス。教会の高い壁を彩る色鮮やかなガラスたちは、外からの太陽光を通して幻想的に輝いている。まるで絵本の中の世界みたい。それと同時に、壁にも目を引かれた。今までそれほど余裕を持って見る機会がなく気づかなかったが、とても凝ったデザインになっている。うねる波のような曲線や不規則的な直線。独特の個性的な柄が細やかに彫られている。
ここへは今まで何度も来たのに、まったく気づいていなかった。不思議なことである。これまでの私は余裕がなくて周囲が見えていなかったという証拠ね……心にしまっておこう。
客席の間を通路を歩くが、ディルクが横にいるうえ二度目なので、意外と緊張しない。一番前の舞台へ上がると、エリアスの登場を待つ。舞台上には穏やかな笑みを浮かべている存在感のない神父がいた。
「続きまして、新郎の入場です」
司会者がアナウンスをする。
姿を現したエリアスは一人で真っ直ぐ歩いてくる。背筋をピンと伸ばし、ほどよい速さで歩く。たった一人で客の間を歩かなくてはならないという緊張しそうな状況だが、エリアスは一切緊張の色を見せない。日頃戦闘で心身共に鍛えているだけあり冷静だ。
エリアスが舞台へ上がってくるのと入れ替わりでディルクは横に寄る。あらかじめ準備されていた椅子に腰かけた。
私とエリアスは隣り合い、存在感のない神父がいる方を向く。
神父はまだ穏やかに微笑んでいるが、それでも言葉にならないくらい地味だ。それはもう、隠密行動に向いているのではと思うくらい。
「新郎。貴方は女王の夫として愛と忠誠を持ち続けることを誓いますか?」
地味な神父の形式的な問いに対して、エリアスは落ち着いた声で「もちろん。誓います」と答える。
私は「愛と忠誠って……」と心の中で一人突っ込みを入れる。愛はともかく、忠誠という言葉選びがなぜか面白く感じた。それは結婚式で誓わせることなのか、と。騎士じゃあるまいし。
「新婦。貴女は新郎を永久に愛し続けると誓いますか?」
私は息を吸って「誓います」と短く答える。心の準備をしっかりしていたため、おかしな声にならずに済んだ。
両者への確認を終えると、神父は相変わらずの穏やかな笑みで言う。
「それでは、キスをどうぞ」
いきなりそんな発言をされ愕然とする。なぜにこんな大勢の前でキスをしなくてはならないのか。
驚き戸惑い硬直していた私に、エリアスが小声で喋りかけてくる。他の天使の耳には届かないであろう、囁くような声だ。
「お嫌なのですか?」
「い、いいえ」
すると彼は右手で私の顎を上げる。
「では失礼します。……ご安心を、一瞬です」
私は少し怖く思いながらも目を閉じる。エリアスならどうにかしてくれるだろうと思ったから、彼に身を任せることにした。
ほんの束の間、唇に何かが触れる感覚があったが、すぐに離れた。触れていたのは本当に僅かな時間だったと思う。それなのに、なんとなく充実した気分になる。初めての経験だ。
再び目を開けると、お祝いムードに包まれていた。花びらを散らす係の天使が、真っ白で小さい花びらを投げている。教会内が真っ白に染まった。
「ご結婚おめでとうございます」
寄ってきたヴァネッサは少し寂しそうに祝福してくれた。
「アンナ、本当にこの日が来たのですね。まだ実感がありません」
花吹雪の中、隣にいるエリアスが静かに口を開く。
瑠璃色の瞳には眩しいくらいの光が宿り、整った顔には穢れのない純粋な笑みが浮かんでいる。かつて彼に付きまとっていた影はもうない。
「私も同じよ。まだよく分からない……でも、これだけは確かなことなの」
「確かなこと?」
彼は興味を持ったように少し目を開いて尋ねてきた。私は頷きながら一度目を閉じ、再び目を開けてエリアスを見つめる。
「私たちは幸せになれるわ」
——それは、たった一つの確かなこと。
この先どんな困難が待ち受けているのか、私たちは知らない。長い時の中で多くの経験をし、変わっていくこともたくさんあるはずだ。
それでも私は、今日この時の気持ちを決して忘れない。
「……本当ですか?」
「もちろんよ! エンジェリカの秘宝はどんな願いも叶えられるのよ。私の言葉を現実にする力は、エリアスも知っているでしょう」
「はい。ですが、そのような形のないことも現実にできるのですか?」
まだ信じきれていない顔のエリアスに、私はいつになく自信を持って「できるわ」と答える。
それを証明する根拠はない。今はそんな気がしているだけですぐに変わる、と笑われるかもしれない。子どもじみているとバカにされても言い返せないようなことを私は言った。
けれど、私は自分の心に従うことが正解だと思っている。
「エリアス、これからは二人でエンジェリカの新しい時代を切り開いていきましょ」
「もちろんです。永久に貴女の傍に」
王宮の外へ行ってみたい。すべてはそんな小さな気持ちから始まった。
いろんな天使や悪魔と知り合えたのも、多くの知識を得られたのも、こうしてエリアスと結ばれることができたのも——すべてのきっかけは、あの日、私が自分の心に従って一歩を踏み出したから。だから、多くの者に支えられながらではあるけれど、ここまで来れたのだ。
「そういえば、ハネムーンという結婚直後の旅行があるそうですよ。どちらへ行かれますか?」
「そうね……あ! 三重坂とかはどうかしら! 私、地上界のことももっと知りたいのよ」
「良いと思います。この国の発展にも役立ちそうですし」
こんな風にたわいない会話を楽しめる幸せを、私は決して忘れずに生きていく。それが当たり前にならないように。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる