エンジェリカの王女

四季

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5話 「卑怯な悪魔」

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 私はライヴァンの振り回すナイフを紙一重でかわし小屋の入り口の方へ駆け寄る。外へ逃げるためドアノブに手をかける。しかし、いつの間にやら鍵がかかってしまっているらしく、ドアは開かない。このままでは何をされるか分からない。必死にドアに体当たりをしたり足掻いてみるが女一人の力では何もできなかった。

「待って!」

 もうこれしかないと思い、全力で叫ぶ。するとライヴァンの動きがほんの一瞬止まった。

「ちょっと待って! お願いよ、話を聞いてちょうだい!」
「……話だって?」

 ライヴァンはナイフの刃をこちらに向けたまま怪訝な顔をする。

「貴方を怒らせるつもりはなかったの。私、エンジェリカの秘宝なんて聞いたことなくて、だから、誤解しないで。本当に怒らせる気はなかったのよ」

 怒りで暴走している相手に何を言おうとも恐らく無意味だろう。彼に冷静になってもらうのが先決だ。

「ふっ、ふふふ……! やーっと謝る気になったようだね!」

 ライヴァンは突然元の雰囲気に戻った。いや、違う。元に戻ったのではなくご機嫌になっている。少しでも落ち着かせれば十分と思っていた私は、予想外な結果に一瞬ついていけなかった。

「謝るわ、ごめんなさい。だから一つだけ教えてほしいの」
「僕は心が広いから許してあげるよ! で、このかっこいい僕に質問だって?」

 かっこいいと思ってるのは自分だけよ、と嫌味を言いたくなるのは抑えて頷く。

「エンジェリカの秘宝って一体何なの?」
「まさか君、本当に知らないのかい!?」

 目は見開き口を精一杯広げ、ライヴァンはこれ以上ないぐらい派手な驚き顔になる。こんなに顔筋が柔軟だとは思わなかった、とつい冷静になってしまうほどの変わりようだ。

「えぇ、知らないわ。それどころか聞いたこともない」

 嘘ではない。

「そうか。なら仕方ないな。この美しく賢い僕が教えて差し上げよう!」

 ライヴァンは片腕を上に上げるような謎の決めポーズでそう言った。喉まで込み上げてきた「美しくも賢くもないと思う」という言葉を飲み込む。

「エンジェリカの秘宝とは、エンジェリカに伝わる秘宝のことである」
「そのままじゃない」
「うるさい! そこで大人しく黙っていろ!」

 ライヴァンがこちらに指を向けると黒い輪が飛んできて、私の体は木製の柱にくくりつけられた。非常に窮屈だ。

「……それは手に入れた者のどんな願いも叶えると言われている。王妃はこの美しく聡明な僕に期待を寄せてくださった。僕がエンジェリカの秘宝を手に入れた暁には、最高の褒美をくださるそうだよ」

 彼は恍惚としながらこちらへ歩み寄り、長い指で私の顎に触れた。正直気持ち悪い。

「天界の王女も一緒に差し出せば、王妃は僕にもっと多くの褒美をくださるだろうね。思う存分利用させてもらうよ」
「私を悪魔に差し出す気?」
「ふふふ。最終的には、だよ。まずは君を人質として国王にエンジェリカの秘宝を要求する」

 顔の距離が近い。ここまで接近すると余計に顔面の粗が目立ち、彼をますます嫌いになる。

「……随分卑怯なのね」
「卑怯でなくては社会を生きていけないよ!」

 どんな社会だ、と嫌味を吐いてやろうと思ったその時、一瞬だけ、目が眩むくらいの強い聖気を感じた。エリアスが来たのかもしれない。心の奥に一縷の望みが生まれた。

「……そうね。きっと魔界ではそうなのでしょうね」

 私は目を閉じて小さく口を動かす。
 聖気は確かにこちらへ近づいてきている。エリアスでほぼ間違いないだろう。今私がすべきことは時間を稼ぐこと。

「卑怯者が勝つのは魔界でなくとも世の摂理さ!」

 端から真面目に討論する気はない。私としては時間を稼げるなら何でもいいのだ。

「天界ではそうと決まってはいないわ。卑怯でなくとも勝者にはなれるの。面白いでしょう」
「いや、違うね! 卑怯者こそが最後に勝者となる!」
「いいえ。残念だけど、それは魔界でだけ。ここでは違うわ」

 しばらくの間、そんな風に言い合った。どうでもいい議題ではあったが、ライヴァンのむきになる性格のおかげで会話は苦労なく続く。

「随分な自信だなぁ。でも残念ながら卑怯者こそが……っ!?」

 ライヴァンは言いかけて途中で言葉を詰まらせた。見開かれた目の中にある紫の瞳が怯えたように揺れている。

「聖気……? な、そんな……」

 ドアの中央に手のひらくらいの白い光が現れ、次の瞬間、爆発が起きてドアが吹き飛んだ。神々しいほどの白い光に私は思わず目を閉じる。

「王女! こちらにいらっしゃいますか!?」

 エリアスの声が耳に入る。光が止んだ後ゆっくりと目を開けると、小屋のドアは綺麗さっぱりなくなっておりエリアスが立っていた。

「エリアス!」

 私は思わず彼の名を呼んだ。

「すぐにお助けします」

 彼は落ち着いた様子でそう言うと、私がくくりつけられている柱の方へ歩いてくる。

「きっ、貴様ぁー! どうしてここが分かった!」

 ライヴァンの表情が驚きから怒りへ変化した。エリアスはライヴァンの問いには答えず、彼に目をくれることすらしない。

「王女、お怪我はありませんか? すぐに拘束を解きますから」

 エリアスは私の目の前まで着くと柔らかく笑みを浮かべて言う。そして私の体を拘束する黒い輪に手をかけ、一瞬にして輪を引きちぎった。

「貴様っ! 美しい僕を無視するとは何事だーっ!」

「そこにいて下さい。もう決して触れさせはしません」

 エリアスはライヴァンの発言にはひたすら無視をする。その様子は、さすがにライヴァンが可哀想になってくるぐらいだ。

「穢らわしい悪魔が王女に触れるな」

 戦闘体勢に入ったエリアスが低い声で小さく言った。さっきまでとは別人のような冷ややかな表情に鋭い眼差し。普段は柔らかな雰囲気を漂わせる長い睫毛が、今は表情の鋭さを際立たせている。その迫力に、ライヴァンがごくりと唾を飲み込むのが分かった。
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