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6話 「白き翼」
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エリアスは鋭い表情のまま右手を開き聖気を集める。白い光が徐々に集結してきて、やがて長い槍の形になった。白く長い柄に、鋭利な銀の刃。エリアスの相棒だ。
「ぶっ、武器とは卑怯だぞ! 美しい僕に刃を向けるとは何て野蛮な……ヒィッ!!」
ライヴァンが文句を言い終わる前に、槍の先は彼の喉元へ突きつけられていた。
「お前は王女に手を出した」
エリアスは背筋が凍るような声色で言う。声そのものは静かで淡々としているのに得体の知れない威圧感がある。
「死をもって償え」
「な、何だってぇ!? 麗しい僕に死ねと言うとはどこまでも品のないや……ギャッ!」
エリアスは騒がしいライヴァンを槍の柄で殴り飛ばす。今まで私が見た中で一番乱暴だ。
「いっ、痛いじゃないか! これはさすがに酷いぞ!」
彼は私を狙う敵なのだから全力で殴り倒して構わないわけだが、ここまでやられていると、さすがに気の毒な気もしてくるものだ。
ライヴァンは殴られた脇腹を押さえながら力なくよろよろと立ち上がる。
「美しい僕にこんな仕打ちをするとは……そんなに僕が羨ま、ぶっ!」
エリアスは槍の柄でライヴァンを再び殴った。そして、可哀想なぐらい見事に転倒したライヴァンの襟の後ろを掴み、左手で一気に持ち上げる。片手とは思えない力だ。
「な、何をするんだぁっ。まだ! まだ何もしてないっ!」
半泣きになってじたばたと抵抗するライヴァンの喉元へ槍の先をあてがう。
「まだ、ということは、いずれ王女に危害を加えるつもりだったということだ。その罪は死をもって償え」
エリアスは冷ややかに言い放つと槍を握り直す。先程までの脅しとは違う、本気の持ち方に変わった。私はエリアスが護衛隊長になってからずっと彼の戦いを見てきた。だから今の彼が本気であることぐらい容易く分かる。
「待って、エリアス」
私は何故か声を出していた。
「その人が言っていることは本当よ。私たちはただ話していただけなの」
エリアスが振り返る。
「ですが王女……この者は貴女の命を狙ったのですよ?」
「いいえ、まだ何もされていないわ。エンジェリカの秘宝について話をしていただけよ。だから殺さなくても」
私がそう言うと、彼は困り顔になる。
「見逃せと仰るのですか」
「彼もさすがに後悔しているはずよ。大人しく帰ってもらえるなら、一度くらい見逃してもいいんじゃない?」
「……分かりました。王女がそう仰るなら」
言い終わる直前、エリアスは急に顔をしかめ、片手で掴んでいたライヴァンを反射的に放り投げた。そして左肩の辺りを押さえる。
「……く」
手を当てているところから一筋の赤い液体が垂れてきて、純白の衣装に赤い染みが広がる。
「ふ、ふふ、ふははっ!」
突如ライヴァンが大きな甲高い笑い声をあげた。
「やった、やったぞ! バカめ、お人好し王女!」
「ライヴァン、貴方……」
一瞬でも彼が反省していると思った私が愚かだった。彼は単純に自身の危機に怯えていただけで、私を傷つけようとしたことへの後悔は微塵もなかったのだ。
「今日は一旦引いてやる。が! 次は本気で来るからな! 愚かな王女、ふふふ……。次はこの美しい僕に拐われると覚悟しておくことだ! さらば!」
ライヴァンはいきった謎のポーズを二三種類きめながら長文を言い切ると小屋から風のような速さで走り去ってしまった。つまり、逃げた。
ライヴァンを卑怯者と分かっていながら信じてしまった愚かな自分への怒りと、敵が去ったという安堵感が混ざり、力が抜けてへたり込んでしまう。
「王女!」
それに気づいたエリアスは、素早く振り返り屈んで声をかけてくれる。
「お怪我はありませんか?」
エリアスはいつものことながら、自身の怪我は気にかけず、私の心配をしている。
「すみません。私の力不足で貴女に怖い思いをさせてしまい、何と謝れば良いものか」
エリアスはすっかり落ち込んだ表情だ。仕事には真面目な彼のことだから無理もないかもしれないが、私からすれば彼は何も悪くない。
「いいえ、貴方は悪くないわ。私が悪いの。私がライヴァンを見逃せなんて言ったから、貴方は怪我して……」
問題なのはむしろ私の方。
「そもそも私が王宮から出たいって言ったのが悪かったのね。やっぱり私に外出は無理だった……」
ーーすると。
「それは違います」
エリアスは迷いのない表情できっぱりと断言した。
「王女、貴女が外を知りたいと思われるのは、間違いではありません」
「でも……貴方を傷つけてしまうようじゃダメよ……」
何だか悲しくなってきた。
温室育ちで世間知らずの私には、外の世界に憧れる資格なんてありはしない。ずっと王宮の中で暮らしているのがお似合いなんだ。
「そのようなことを仰らないで下さい。貴女をお守りするための護衛隊長でしょう」
「でも……!」
「王女にお怪我がなければそれで良いのです。従者をいたわるお心を否定はしませんが、いちいち些細なことでそのように悩まれては、貴女の健康に良くありませんよ」
彼はそっと微笑んで右手を差し出す。白い手袋も少しばかり血に濡れて赤くなっていた。いきなり赤い手を差し出され戸惑い反応に困っていると、彼はそれを察したらしく差し出す手をすぐに左手に変える。
「もう夕方になりますし、そろそろ帰りましょうか。今日のことは念のため私から王へお話ししておきます」
彼は落ち着いた様子でそう言った。
エリアスは強い。何があっても、傷を負っていても、いつだって普段通り冷静に判断できる力を持っている。だからこそ護衛隊長になってほしいと依頼したわけで……、だけど何故か切なくなる時がある。彼といるとたまに、自分が弱虫に思えて、情けなく感じて仕方なくなるのだ。
「ぶっ、武器とは卑怯だぞ! 美しい僕に刃を向けるとは何て野蛮な……ヒィッ!!」
ライヴァンが文句を言い終わる前に、槍の先は彼の喉元へ突きつけられていた。
「お前は王女に手を出した」
エリアスは背筋が凍るような声色で言う。声そのものは静かで淡々としているのに得体の知れない威圧感がある。
「死をもって償え」
「な、何だってぇ!? 麗しい僕に死ねと言うとはどこまでも品のないや……ギャッ!」
エリアスは騒がしいライヴァンを槍の柄で殴り飛ばす。今まで私が見た中で一番乱暴だ。
「いっ、痛いじゃないか! これはさすがに酷いぞ!」
彼は私を狙う敵なのだから全力で殴り倒して構わないわけだが、ここまでやられていると、さすがに気の毒な気もしてくるものだ。
ライヴァンは殴られた脇腹を押さえながら力なくよろよろと立ち上がる。
「美しい僕にこんな仕打ちをするとは……そんなに僕が羨ま、ぶっ!」
エリアスは槍の柄でライヴァンを再び殴った。そして、可哀想なぐらい見事に転倒したライヴァンの襟の後ろを掴み、左手で一気に持ち上げる。片手とは思えない力だ。
「な、何をするんだぁっ。まだ! まだ何もしてないっ!」
半泣きになってじたばたと抵抗するライヴァンの喉元へ槍の先をあてがう。
「まだ、ということは、いずれ王女に危害を加えるつもりだったということだ。その罪は死をもって償え」
エリアスは冷ややかに言い放つと槍を握り直す。先程までの脅しとは違う、本気の持ち方に変わった。私はエリアスが護衛隊長になってからずっと彼の戦いを見てきた。だから今の彼が本気であることぐらい容易く分かる。
「待って、エリアス」
私は何故か声を出していた。
「その人が言っていることは本当よ。私たちはただ話していただけなの」
エリアスが振り返る。
「ですが王女……この者は貴女の命を狙ったのですよ?」
「いいえ、まだ何もされていないわ。エンジェリカの秘宝について話をしていただけよ。だから殺さなくても」
私がそう言うと、彼は困り顔になる。
「見逃せと仰るのですか」
「彼もさすがに後悔しているはずよ。大人しく帰ってもらえるなら、一度くらい見逃してもいいんじゃない?」
「……分かりました。王女がそう仰るなら」
言い終わる直前、エリアスは急に顔をしかめ、片手で掴んでいたライヴァンを反射的に放り投げた。そして左肩の辺りを押さえる。
「……く」
手を当てているところから一筋の赤い液体が垂れてきて、純白の衣装に赤い染みが広がる。
「ふ、ふふ、ふははっ!」
突如ライヴァンが大きな甲高い笑い声をあげた。
「やった、やったぞ! バカめ、お人好し王女!」
「ライヴァン、貴方……」
一瞬でも彼が反省していると思った私が愚かだった。彼は単純に自身の危機に怯えていただけで、私を傷つけようとしたことへの後悔は微塵もなかったのだ。
「今日は一旦引いてやる。が! 次は本気で来るからな! 愚かな王女、ふふふ……。次はこの美しい僕に拐われると覚悟しておくことだ! さらば!」
ライヴァンはいきった謎のポーズを二三種類きめながら長文を言い切ると小屋から風のような速さで走り去ってしまった。つまり、逃げた。
ライヴァンを卑怯者と分かっていながら信じてしまった愚かな自分への怒りと、敵が去ったという安堵感が混ざり、力が抜けてへたり込んでしまう。
「王女!」
それに気づいたエリアスは、素早く振り返り屈んで声をかけてくれる。
「お怪我はありませんか?」
エリアスはいつものことながら、自身の怪我は気にかけず、私の心配をしている。
「すみません。私の力不足で貴女に怖い思いをさせてしまい、何と謝れば良いものか」
エリアスはすっかり落ち込んだ表情だ。仕事には真面目な彼のことだから無理もないかもしれないが、私からすれば彼は何も悪くない。
「いいえ、貴方は悪くないわ。私が悪いの。私がライヴァンを見逃せなんて言ったから、貴方は怪我して……」
問題なのはむしろ私の方。
「そもそも私が王宮から出たいって言ったのが悪かったのね。やっぱり私に外出は無理だった……」
ーーすると。
「それは違います」
エリアスは迷いのない表情できっぱりと断言した。
「王女、貴女が外を知りたいと思われるのは、間違いではありません」
「でも……貴方を傷つけてしまうようじゃダメよ……」
何だか悲しくなってきた。
温室育ちで世間知らずの私には、外の世界に憧れる資格なんてありはしない。ずっと王宮の中で暮らしているのがお似合いなんだ。
「そのようなことを仰らないで下さい。貴女をお守りするための護衛隊長でしょう」
「でも……!」
「王女にお怪我がなければそれで良いのです。従者をいたわるお心を否定はしませんが、いちいち些細なことでそのように悩まれては、貴女の健康に良くありませんよ」
彼はそっと微笑んで右手を差し出す。白い手袋も少しばかり血に濡れて赤くなっていた。いきなり赤い手を差し出され戸惑い反応に困っていると、彼はそれを察したらしく差し出す手をすぐに左手に変える。
「もう夕方になりますし、そろそろ帰りましょうか。今日のことは念のため私から王へお話ししておきます」
彼は落ち着いた様子でそう言った。
エリアスは強い。何があっても、傷を負っていても、いつだって普段通り冷静に判断できる力を持っている。だからこそ護衛隊長になってほしいと依頼したわけで……、だけど何故か切なくなる時がある。彼といるとたまに、自分が弱虫に思えて、情けなく感じて仕方なくなるのだ。
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