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10話 「エンジェルコーン」
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不思議な夢をみた。いやに生々しく、それでいて非現実的な夢を。
私は多くの天使たちに囲まれて王宮前広場の中央に立っている。周囲の天使たちの中にはヴァネッサやエリアスの姿もあった。
ぼんやり辺りを見回していると、私の背後から突然見知らぬ女が現れる。漆黒のワンピースを身にまとい、長い黒髪に整った美しい顔。唇には血のような真紅の紅を引いている。こんな女は私の知り合いにはいない。それどころか、エンジェリカの至るところを探しても、見つからないと思う。
女は後ろから抱き締めるように覆い被さり、奇妙なほど端整な顔を私の顔へ擦り寄せる。そして耳元で囁く。
「力が欲しいか」
女は意味が分からないので振り払おうとする私の腕を掴む手に力を入れる。女性とは思えない握力だ。
「愛する者を守る強大な力を、お前は求めている」
「……一体、何の話なの。わけが分からないわ」
「そうか。なら見せよう」
小さくそう言うと黒い女はゆっくり口角を持ち上げる。それから彼女の姿は徐々に薄れてついには消えた。
「一体何だったのだろう」と不思議に思っていると、唐突に胸元につけている赤い宝石のブローチが外れて落ちた。気づいて拾おうとしたその瞬間。
大きな爆発が起き、放たれた白い光に視界は遮られた。
「……あれ?」
目覚めると自室のベッドの上に寝ていた。いつもの温もりが全身を包んでいる。
黒い女、爆発、白い光。しばらくしてそれが夢だったのだと理解した。胸元に触れると赤い宝石のブローチはちゃんとついたままだった。ほっとして胸を撫で下ろす。
「おはようございます、アンナ王女」
寝起きでまだぼんやりしている私に声をかけてきたのはヴァネッサ。
「……これは。今は?」
今が朝か夜か、今はいつで何をするべき時間なのか、一瞬頭が追い付かない。
「まだ寝惚けてられるようですね。今は昼過ぎです。昨夜は地下牢へ行きエリアスと話をしたでしょう」
ヴァネッサにそう言われ、ようやく記憶が蘇ってくる。そういえばエリアスと話したっけ、というぐらいの感覚だ。そこから記憶を辿っていくと段々思い出してくる。
「……そうだったわ。エリアスの弟の話とかしてたわね」
「ようやく記憶が戻ってきましたか、アンナ王女。そろそろ起きて下さい」
「……五分待って」
やはりまだ眠気は消えない。もうしばらくこのままでいたいという衝動には勝てなかった。
「そうですか、残念です。折角クッキーを焼きましたのに」
「後で……、ん?」
ヴァネッサがいる方から良い香りが漂ってくる。香ばしく深みのある甘い香り——、これはエンジェルコーン! 私は一気に目が覚め飛び起きた。
「まさか、エンジェルコーンのクッキーなの!?」
エンジェルコーンというのは天界では知名度の高い食べ物で実が白いとうもろこしのような野菜だ。野菜でありながら非常に甘みが強いため、よくお菓子作りに使われる。因みに私の好物だ。
「えぇ。アンナ王女のお好きなエンジェルコーンのクッキーです。けれど起きられないなら仕方ありません。皆に配ってきましょうか」
「待ってヴァネッサ! 起きる! 起きるからっ!」
クッキーが乗ったお盆を持ち部屋から出ていこうとするヴァネッサを慌てて引き留めようと叫ぶ。エンジェルコーンから作られたクッキーを他の者に渡すわけにはいかない。
「クッキー食べる!」
するとヴァネッサはほんの微かな笑みを浮かべた。
「はい。おはようございます、アンナ王女」
何だかんだでいつも彼女に上手く操られている気がする。彼女は私のことを熟知しているので容易いことなのかもしれないが。
それからヴァネッサの作ったクッキーを食べるべくテーブルへ向かう。目の前に出されたクッキーは可愛らしい様々な形をしていた。香りの良さはもちろん目でも楽しめるクッキーを早速一枚つまみ口へ運ぶ。
「美味しい!」
思わずそう言った。
「エンジェルコーンの深みのある甘さが砂糖とはまた違った風味を出してるわ。それにさっくさく!」
次から次へとどんどん手を伸ばしてしまいそうな美味しさ。いくらでも食べられそう。
「ヴァネッサ、さすがね」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
ヴァネッサは淡々とした口調でお礼を述べた。
「このクッキー、エリアスにも食べさせてあげたいわ」
エリアスが食べるところはほぼ見たことがないので彼の食事の好みは分からないが、このクッキーならきっと美味しく食べられると思う。
「アンナ王女、残念ながらそれは出来ません。食べ物を地下牢へ持っていくことは禁止事項ですので」
安定の真面目さで返される。
「そんなこと分かってるわよ! でもエリアス可哀想じゃない。どうにか助ける方法はないかな……」
思考を巡らせ考えてみても、私の頭ではいまいち良い案が思いつかない。
「王様に一度お話してみられてはいかがでしょう」
「じゃあ今夜!」
「夜はいけません」
……言われると思った。昼間は王の周囲には多くの家臣たちがいるので、そういう個人的な話はしにくいのだが。
「分かった、夜はダメなのね。じゃあ今晩!」
するとヴァネッサは手で頭を押さえて呆れた溜め息を漏らした。
「……同じことです」
さすがの私もそれは分かっている。半ばふざけて言ってみただけのこと。
そうこうしているうちに私は出されたクッキーを全部平らげてしまった。気がつけば食べてしまっていた、という表現が相応しいかもしれない。ヴァネッサの作るお菓子はどれも美味しく私好みだが、エンジェルコーンのクッキーはその中でも抜きん出て素晴らしいものだった。
私は多くの天使たちに囲まれて王宮前広場の中央に立っている。周囲の天使たちの中にはヴァネッサやエリアスの姿もあった。
ぼんやり辺りを見回していると、私の背後から突然見知らぬ女が現れる。漆黒のワンピースを身にまとい、長い黒髪に整った美しい顔。唇には血のような真紅の紅を引いている。こんな女は私の知り合いにはいない。それどころか、エンジェリカの至るところを探しても、見つからないと思う。
女は後ろから抱き締めるように覆い被さり、奇妙なほど端整な顔を私の顔へ擦り寄せる。そして耳元で囁く。
「力が欲しいか」
女は意味が分からないので振り払おうとする私の腕を掴む手に力を入れる。女性とは思えない握力だ。
「愛する者を守る強大な力を、お前は求めている」
「……一体、何の話なの。わけが分からないわ」
「そうか。なら見せよう」
小さくそう言うと黒い女はゆっくり口角を持ち上げる。それから彼女の姿は徐々に薄れてついには消えた。
「一体何だったのだろう」と不思議に思っていると、唐突に胸元につけている赤い宝石のブローチが外れて落ちた。気づいて拾おうとしたその瞬間。
大きな爆発が起き、放たれた白い光に視界は遮られた。
「……あれ?」
目覚めると自室のベッドの上に寝ていた。いつもの温もりが全身を包んでいる。
黒い女、爆発、白い光。しばらくしてそれが夢だったのだと理解した。胸元に触れると赤い宝石のブローチはちゃんとついたままだった。ほっとして胸を撫で下ろす。
「おはようございます、アンナ王女」
寝起きでまだぼんやりしている私に声をかけてきたのはヴァネッサ。
「……これは。今は?」
今が朝か夜か、今はいつで何をするべき時間なのか、一瞬頭が追い付かない。
「まだ寝惚けてられるようですね。今は昼過ぎです。昨夜は地下牢へ行きエリアスと話をしたでしょう」
ヴァネッサにそう言われ、ようやく記憶が蘇ってくる。そういえばエリアスと話したっけ、というぐらいの感覚だ。そこから記憶を辿っていくと段々思い出してくる。
「……そうだったわ。エリアスの弟の話とかしてたわね」
「ようやく記憶が戻ってきましたか、アンナ王女。そろそろ起きて下さい」
「……五分待って」
やはりまだ眠気は消えない。もうしばらくこのままでいたいという衝動には勝てなかった。
「そうですか、残念です。折角クッキーを焼きましたのに」
「後で……、ん?」
ヴァネッサがいる方から良い香りが漂ってくる。香ばしく深みのある甘い香り——、これはエンジェルコーン! 私は一気に目が覚め飛び起きた。
「まさか、エンジェルコーンのクッキーなの!?」
エンジェルコーンというのは天界では知名度の高い食べ物で実が白いとうもろこしのような野菜だ。野菜でありながら非常に甘みが強いため、よくお菓子作りに使われる。因みに私の好物だ。
「えぇ。アンナ王女のお好きなエンジェルコーンのクッキーです。けれど起きられないなら仕方ありません。皆に配ってきましょうか」
「待ってヴァネッサ! 起きる! 起きるからっ!」
クッキーが乗ったお盆を持ち部屋から出ていこうとするヴァネッサを慌てて引き留めようと叫ぶ。エンジェルコーンから作られたクッキーを他の者に渡すわけにはいかない。
「クッキー食べる!」
するとヴァネッサはほんの微かな笑みを浮かべた。
「はい。おはようございます、アンナ王女」
何だかんだでいつも彼女に上手く操られている気がする。彼女は私のことを熟知しているので容易いことなのかもしれないが。
それからヴァネッサの作ったクッキーを食べるべくテーブルへ向かう。目の前に出されたクッキーは可愛らしい様々な形をしていた。香りの良さはもちろん目でも楽しめるクッキーを早速一枚つまみ口へ運ぶ。
「美味しい!」
思わずそう言った。
「エンジェルコーンの深みのある甘さが砂糖とはまた違った風味を出してるわ。それにさっくさく!」
次から次へとどんどん手を伸ばしてしまいそうな美味しさ。いくらでも食べられそう。
「ヴァネッサ、さすがね」
「お褒めの言葉ありがとうございます」
ヴァネッサは淡々とした口調でお礼を述べた。
「このクッキー、エリアスにも食べさせてあげたいわ」
エリアスが食べるところはほぼ見たことがないので彼の食事の好みは分からないが、このクッキーならきっと美味しく食べられると思う。
「アンナ王女、残念ながらそれは出来ません。食べ物を地下牢へ持っていくことは禁止事項ですので」
安定の真面目さで返される。
「そんなこと分かってるわよ! でもエリアス可哀想じゃない。どうにか助ける方法はないかな……」
思考を巡らせ考えてみても、私の頭ではいまいち良い案が思いつかない。
「王様に一度お話してみられてはいかがでしょう」
「じゃあ今夜!」
「夜はいけません」
……言われると思った。昼間は王の周囲には多くの家臣たちがいるので、そういう個人的な話はしにくいのだが。
「分かった、夜はダメなのね。じゃあ今晩!」
するとヴァネッサは手で頭を押さえて呆れた溜め息を漏らした。
「……同じことです」
さすがの私もそれは分かっている。半ばふざけて言ってみただけのこと。
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