エンジェリカの王女

四季

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16話 「波乱の幕開け」

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 その後、もう遅い時間ではあったが、王である父ディルクのところへ行った。ディルクは私が何もしていないということを理解してくれていた。あの女とその取り巻きたちの自作自演だから私のせいではないと言ってくれた。怒られると思い込んでいただけに嬉しい。

 だが私の心にはほんの少し疑問が残っていた。グラスが割れる直前、そこに映っていた黒い女の顔。晩餐会の前に見た女、そして夢に出てきた女。どれも同じだった。
 血のように真っ赤な唇、それ以外はすべてが真っ黒。闇から生まれたような女。

 ——貴女は一体誰なの?


 翌朝、王宮内は再び建国記念祭の準備で騒々しくなっていた。慌ただしく行き交う使用人たちの足音が私の部屋までも聞こえてくる。この騒がしさ、私は好きだ。関係ないのになんだか自然と心が弾んでくる。

「おはようございます、アンナ王女。昨夜はブローチを忘れていかれて驚きましたよ」

 王妃だった母がくれた赤い宝石のブローチ。入浴時以外はいつも片時も離さず身につけていたのに、昨日に限って自室に忘れてしまっていた。もっとも、その時は気づいていなかったのだが。

「ごめん、ヴァネッサ。すっかり忘れていたのよ」
「お母様から頂いた大切なブローチでしょう。忘れてはなりませんよ」

 ヴァネッサは子どもに注意する母親のように告げる。

「分かってるわ。もう忘れたりしないから」

 私たちは他愛ない会話を交わし、それからいつもの日常へ戻った。昨日の揉め事なんて嘘みたいに穏やかな午前だ。

「そういえばヴァネッサ、ジェシカとノアはどこにいるの? 見当たらないけど」

 護衛代行ということで常時身辺にいるものと考えていたが、今日は二人の姿を見かけていない。

「建国記念祭の準備のお手伝いをすると張り切って出ていきましたよ」
「えぇーっ?」

 私は耳を疑った。勝手に別の仕事をしに出ていくなど護衛としてありえない。

「あの二人謎ね。本当にちゃんと護ってくれるのかな……」

 ノアは呑気にいつもヘラヘラしているし、ジェシカはジェシカでいつも楽しそうだが大雑把で適当。もはや定番化されている二人のやり取りを見ているのは楽しい。だが敵の襲撃や暗殺など非常事態の時が心配である。

「それほど心配することはないと思いますが」

 ヴァネッサも二人のことはたいして知らないであろうに、違和感を感じるぐらいはっきりと言う。

「そう?」

 私はそれでもまだ信用できない。あれほどマイペースな二人が機転を利かせて護れるものかどうか。

「はい。アンナ王女なら何だかんだで生き延びるでしょう」
「えっ! 命狙われる前提!?」

 会話の流れが少しおかしい気がする。私は二人が護衛の仕事を行えるのか不安だという話をしていたのであって、私が生き延びるかどうかという話ではなかったと思うのだが。

「何か問題が?」
「い、いえ……。ありません」

 ヴァネッサが真顔で怖かったのでそれ以上言わないことにした。

「それで、二人は建国記念祭の準備に行ったのよね。私も行ってきていい?退屈だし」

 敢えていつもと異なる軽いノリで言ってみたが、厳しいヴァネッサの答えはいつも通りだった。

「いいえ。それは認めません」

 さすがにヴァネッサはごまかせないか。

「それじゃあ行ってきます!」
「待ちなさいっ!!」

 無理に部屋を出ていこうとすると彼女は鋭く叫んだ。

「勝手に出歩くことは認めません! 絶対に認めませんよ!!」

 鬼のような形相で叱られた。怖すぎて何も言えない。
 皆さん、王女と聞けば好き放題と思われるやもしれませんが、普通の家庭よりも厳しいんですよ……なんて。

「分かった分かった! もう行こうとしないから! 外でも見とくから!」

 ヴァネッサの怒りを抑えるために素早く謝る。
 そして私はベッドの方へ行ってカーテンを開けた。

「……綺麗!」

 今日の空は物凄く澄んでいて美しかった。空の青に太陽の白い光が射し、混ざりあって絶妙な色になっている。綺麗よりもっと具体的な説明を考えても一切思いつかない。それぐらい言葉にできない美しさである。

「ヴァネッサ! 鳥よ!」

 小さな白い鳥の群れが飛び去っていく。

「本当ですね」

 いや待って。反応薄すぎ。

「もっと盛り上がってよ」

 せめてもう少し、驚いたような顔をするとか何か感想を言うとか、反応を工夫してほしかった。

「盛り上がる? アンナ王女は鳥がお嫌いだったのでは?」

 言われてみればそうだった。私はどこへでも自由に飛んでいける鳥を見るたびいつも切なくなっていた。久々に鳥の群れを目にした興奮ですっかり忘れてしまっていたが、彼女はちゃんと覚えていたらしい。さすがの記憶力だ。

「そうね、ずっと嫌いだった。でも……今は嫌じゃなかったわ!」

 ヴァネッサは驚いたように何度か目をパチパチさせる。

「アンナ王女……。心境が少し変わられましたか?」

  そうかもしれないしたまたまかもしれないが、一つだけ確かなことは、今の私は切なくなっていないということ。切ないどころか、むしろ清々しい気分である。

 青空がやけに綺麗なので私はもっと窓に近づき張り付くような体勢で外を見る。その時、ふと疑問に思う黒い何かがたくさん飛んでくるのが目に入った。

「あれは……鳥?」

 私が首を捻ると、ヴァネッサは窓の方へ接近してくる。

「何か発見しましたか? アンナ王女」

 窓の外に視線を向けた瞬間、彼女の顔が強張る。

「悪魔!?」

 いつも多少のアクシデントがあっても落ち着いて冷静に対処する彼女が愕然としていることから、私は、今とんでもないことが起きているのだと察した。
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