17 / 131
16話 「波乱の幕開け」
しおりを挟む
その後、もう遅い時間ではあったが、王である父ディルクのところへ行った。ディルクは私が何もしていないということを理解してくれていた。あの女とその取り巻きたちの自作自演だから私のせいではないと言ってくれた。怒られると思い込んでいただけに嬉しい。
だが私の心にはほんの少し疑問が残っていた。グラスが割れる直前、そこに映っていた黒い女の顔。晩餐会の前に見た女、そして夢に出てきた女。どれも同じだった。
血のように真っ赤な唇、それ以外はすべてが真っ黒。闇から生まれたような女。
——貴女は一体誰なの?
翌朝、王宮内は再び建国記念祭の準備で騒々しくなっていた。慌ただしく行き交う使用人たちの足音が私の部屋までも聞こえてくる。この騒がしさ、私は好きだ。関係ないのになんだか自然と心が弾んでくる。
「おはようございます、アンナ王女。昨夜はブローチを忘れていかれて驚きましたよ」
王妃だった母がくれた赤い宝石のブローチ。入浴時以外はいつも片時も離さず身につけていたのに、昨日に限って自室に忘れてしまっていた。もっとも、その時は気づいていなかったのだが。
「ごめん、ヴァネッサ。すっかり忘れていたのよ」
「お母様から頂いた大切なブローチでしょう。忘れてはなりませんよ」
ヴァネッサは子どもに注意する母親のように告げる。
「分かってるわ。もう忘れたりしないから」
私たちは他愛ない会話を交わし、それからいつもの日常へ戻った。昨日の揉め事なんて嘘みたいに穏やかな午前だ。
「そういえばヴァネッサ、ジェシカとノアはどこにいるの? 見当たらないけど」
護衛代行ということで常時身辺にいるものと考えていたが、今日は二人の姿を見かけていない。
「建国記念祭の準備のお手伝いをすると張り切って出ていきましたよ」
「えぇーっ?」
私は耳を疑った。勝手に別の仕事をしに出ていくなど護衛としてありえない。
「あの二人謎ね。本当にちゃんと護ってくれるのかな……」
ノアは呑気にいつもヘラヘラしているし、ジェシカはジェシカでいつも楽しそうだが大雑把で適当。もはや定番化されている二人のやり取りを見ているのは楽しい。だが敵の襲撃や暗殺など非常事態の時が心配である。
「それほど心配することはないと思いますが」
ヴァネッサも二人のことはたいして知らないであろうに、違和感を感じるぐらいはっきりと言う。
「そう?」
私はそれでもまだ信用できない。あれほどマイペースな二人が機転を利かせて護れるものかどうか。
「はい。アンナ王女なら何だかんだで生き延びるでしょう」
「えっ! 命狙われる前提!?」
会話の流れが少しおかしい気がする。私は二人が護衛の仕事を行えるのか不安だという話をしていたのであって、私が生き延びるかどうかという話ではなかったと思うのだが。
「何か問題が?」
「い、いえ……。ありません」
ヴァネッサが真顔で怖かったのでそれ以上言わないことにした。
「それで、二人は建国記念祭の準備に行ったのよね。私も行ってきていい?退屈だし」
敢えていつもと異なる軽いノリで言ってみたが、厳しいヴァネッサの答えはいつも通りだった。
「いいえ。それは認めません」
さすがにヴァネッサはごまかせないか。
「それじゃあ行ってきます!」
「待ちなさいっ!!」
無理に部屋を出ていこうとすると彼女は鋭く叫んだ。
「勝手に出歩くことは認めません! 絶対に認めませんよ!!」
鬼のような形相で叱られた。怖すぎて何も言えない。
皆さん、王女と聞けば好き放題と思われるやもしれませんが、普通の家庭よりも厳しいんですよ……なんて。
「分かった分かった! もう行こうとしないから! 外でも見とくから!」
ヴァネッサの怒りを抑えるために素早く謝る。
そして私はベッドの方へ行ってカーテンを開けた。
「……綺麗!」
今日の空は物凄く澄んでいて美しかった。空の青に太陽の白い光が射し、混ざりあって絶妙な色になっている。綺麗よりもっと具体的な説明を考えても一切思いつかない。それぐらい言葉にできない美しさである。
「ヴァネッサ! 鳥よ!」
小さな白い鳥の群れが飛び去っていく。
「本当ですね」
いや待って。反応薄すぎ。
「もっと盛り上がってよ」
せめてもう少し、驚いたような顔をするとか何か感想を言うとか、反応を工夫してほしかった。
「盛り上がる? アンナ王女は鳥がお嫌いだったのでは?」
言われてみればそうだった。私はどこへでも自由に飛んでいける鳥を見るたびいつも切なくなっていた。久々に鳥の群れを目にした興奮ですっかり忘れてしまっていたが、彼女はちゃんと覚えていたらしい。さすがの記憶力だ。
「そうね、ずっと嫌いだった。でも……今は嫌じゃなかったわ!」
ヴァネッサは驚いたように何度か目をパチパチさせる。
「アンナ王女……。心境が少し変わられましたか?」
そうかもしれないしたまたまかもしれないが、一つだけ確かなことは、今の私は切なくなっていないということ。切ないどころか、むしろ清々しい気分である。
青空がやけに綺麗なので私はもっと窓に近づき張り付くような体勢で外を見る。その時、ふと疑問に思う黒い何かがたくさん飛んでくるのが目に入った。
「あれは……鳥?」
私が首を捻ると、ヴァネッサは窓の方へ接近してくる。
「何か発見しましたか? アンナ王女」
窓の外に視線を向けた瞬間、彼女の顔が強張る。
「悪魔!?」
いつも多少のアクシデントがあっても落ち着いて冷静に対処する彼女が愕然としていることから、私は、今とんでもないことが起きているのだと察した。
だが私の心にはほんの少し疑問が残っていた。グラスが割れる直前、そこに映っていた黒い女の顔。晩餐会の前に見た女、そして夢に出てきた女。どれも同じだった。
血のように真っ赤な唇、それ以外はすべてが真っ黒。闇から生まれたような女。
——貴女は一体誰なの?
翌朝、王宮内は再び建国記念祭の準備で騒々しくなっていた。慌ただしく行き交う使用人たちの足音が私の部屋までも聞こえてくる。この騒がしさ、私は好きだ。関係ないのになんだか自然と心が弾んでくる。
「おはようございます、アンナ王女。昨夜はブローチを忘れていかれて驚きましたよ」
王妃だった母がくれた赤い宝石のブローチ。入浴時以外はいつも片時も離さず身につけていたのに、昨日に限って自室に忘れてしまっていた。もっとも、その時は気づいていなかったのだが。
「ごめん、ヴァネッサ。すっかり忘れていたのよ」
「お母様から頂いた大切なブローチでしょう。忘れてはなりませんよ」
ヴァネッサは子どもに注意する母親のように告げる。
「分かってるわ。もう忘れたりしないから」
私たちは他愛ない会話を交わし、それからいつもの日常へ戻った。昨日の揉め事なんて嘘みたいに穏やかな午前だ。
「そういえばヴァネッサ、ジェシカとノアはどこにいるの? 見当たらないけど」
護衛代行ということで常時身辺にいるものと考えていたが、今日は二人の姿を見かけていない。
「建国記念祭の準備のお手伝いをすると張り切って出ていきましたよ」
「えぇーっ?」
私は耳を疑った。勝手に別の仕事をしに出ていくなど護衛としてありえない。
「あの二人謎ね。本当にちゃんと護ってくれるのかな……」
ノアは呑気にいつもヘラヘラしているし、ジェシカはジェシカでいつも楽しそうだが大雑把で適当。もはや定番化されている二人のやり取りを見ているのは楽しい。だが敵の襲撃や暗殺など非常事態の時が心配である。
「それほど心配することはないと思いますが」
ヴァネッサも二人のことはたいして知らないであろうに、違和感を感じるぐらいはっきりと言う。
「そう?」
私はそれでもまだ信用できない。あれほどマイペースな二人が機転を利かせて護れるものかどうか。
「はい。アンナ王女なら何だかんだで生き延びるでしょう」
「えっ! 命狙われる前提!?」
会話の流れが少しおかしい気がする。私は二人が護衛の仕事を行えるのか不安だという話をしていたのであって、私が生き延びるかどうかという話ではなかったと思うのだが。
「何か問題が?」
「い、いえ……。ありません」
ヴァネッサが真顔で怖かったのでそれ以上言わないことにした。
「それで、二人は建国記念祭の準備に行ったのよね。私も行ってきていい?退屈だし」
敢えていつもと異なる軽いノリで言ってみたが、厳しいヴァネッサの答えはいつも通りだった。
「いいえ。それは認めません」
さすがにヴァネッサはごまかせないか。
「それじゃあ行ってきます!」
「待ちなさいっ!!」
無理に部屋を出ていこうとすると彼女は鋭く叫んだ。
「勝手に出歩くことは認めません! 絶対に認めませんよ!!」
鬼のような形相で叱られた。怖すぎて何も言えない。
皆さん、王女と聞けば好き放題と思われるやもしれませんが、普通の家庭よりも厳しいんですよ……なんて。
「分かった分かった! もう行こうとしないから! 外でも見とくから!」
ヴァネッサの怒りを抑えるために素早く謝る。
そして私はベッドの方へ行ってカーテンを開けた。
「……綺麗!」
今日の空は物凄く澄んでいて美しかった。空の青に太陽の白い光が射し、混ざりあって絶妙な色になっている。綺麗よりもっと具体的な説明を考えても一切思いつかない。それぐらい言葉にできない美しさである。
「ヴァネッサ! 鳥よ!」
小さな白い鳥の群れが飛び去っていく。
「本当ですね」
いや待って。反応薄すぎ。
「もっと盛り上がってよ」
せめてもう少し、驚いたような顔をするとか何か感想を言うとか、反応を工夫してほしかった。
「盛り上がる? アンナ王女は鳥がお嫌いだったのでは?」
言われてみればそうだった。私はどこへでも自由に飛んでいける鳥を見るたびいつも切なくなっていた。久々に鳥の群れを目にした興奮ですっかり忘れてしまっていたが、彼女はちゃんと覚えていたらしい。さすがの記憶力だ。
「そうね、ずっと嫌いだった。でも……今は嫌じゃなかったわ!」
ヴァネッサは驚いたように何度か目をパチパチさせる。
「アンナ王女……。心境が少し変わられましたか?」
そうかもしれないしたまたまかもしれないが、一つだけ確かなことは、今の私は切なくなっていないということ。切ないどころか、むしろ清々しい気分である。
青空がやけに綺麗なので私はもっと窓に近づき張り付くような体勢で外を見る。その時、ふと疑問に思う黒い何かがたくさん飛んでくるのが目に入った。
「あれは……鳥?」
私が首を捻ると、ヴァネッサは窓の方へ接近してくる。
「何か発見しましたか? アンナ王女」
窓の外に視線を向けた瞬間、彼女の顔が強張る。
「悪魔!?」
いつも多少のアクシデントがあっても落ち着いて冷静に対処する彼女が愕然としていることから、私は、今とんでもないことが起きているのだと察した。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
王様の恥かきっ娘
青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。
本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。
孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます
物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります
これもショートショートで書く予定です。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります
竹桜
ファンタジー
武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。
転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる