エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
16 / 131

15話 「寂しげな笑み」

しおりを挟む
 ——このままではいけない。

 だが仮に今ここで反論しても誰も味方してはくれないだろう。

 気づけば走り出していた。どこへ行くのか当てはないがそれでもいい。とにかくあの場から逃れられればそれで。そう思い闇雲に走っていたものだから、気づけば建物の外へ出てしまっていた。

 建物の陰に一人で座り込み冷たい夜風にあたっているうちに段々心が落ち着いてくる。冷静になりジェシカとノアのことを思い出す。すっかり忘れてしまっていたが二人は心配してくれているかもしれない。けれど今更あの場に戻るのは無理だ。

「……また怒られるのかな」

 あの時どうして逃げてしまったのだろう。本来ならあの場で自分の無罪を訴えるべきだったのに。そんなもう遅い後悔が沸き上がってくる。

「よりによって晩餐会でこんなことになるなんて……でも」

 こんなところでじっとしていたらいずれは誰かが来るだろう。そして力ずくで連れていかれて怒られる、それは目に見えていることだ。とにかく移動しなければ。

 そうだ、エリアスのところへ行こう。彼ならきっと話を聞いてくれる。
 昨夜行ったばかりなので地下牢の場所は分かる。あの暗さを思い出し躊躇いそうになるが、勇気を出して立ち上がり、地下牢のある棟へと歩きだした。


 予想より早く到着した。地下へ続く階段を下る。真っ暗闇は怖いはずだが今は不思議なぐらい平気だ。エリアスの聖気を感じる方へ向かって歩いていく。

 私がエリアスの入っている牢の前まで行った時、彼は私の名を呼んだ。

「王女? 王女なのですか?」

 彼の瑠璃色の瞳が驚いたようにこちらを見ていた。

「そうよ。エリアス、調子はどう?」

 駆け寄り声をかける。

「私はこんなくらいどうということはありませんよ。それにしても王女、今夜は晩餐会だったのでは? 同行できず申し訳ありません」
「そんなのいいの! 晩餐会は行ったわ。でも、いつもの……」

 そこまでで言葉が詰まる。ちょっとのことで逃げてきたなんて情けない話をすれば、幻滅されるのではないか、と不安になる。

「あの女にまた何かされたのですか?」

 エリアスの顔に不安の色が浮かび、私はなぜか申し訳ない気持ちになった。

「ごめん。こんなこと貴方には関係ないのに……」

 言う気満々で来たもののいざ彼を目の前にすると言いにくい。
 まるで彼を責めるかのようだからだ。

「王女が辛い思いをされたのであれば、それは私にも関係のあることですよ。たとえ傍でお守りすることはできずとも、何があったのかお聞きすることは可能です」

 エリアスはふっと柔らかな表情をして語りかけるような口調で言った。

「……エリアス」

 私はその優しさに、小さくそう返すことしかできない。

 一筋の涙が頬を伝って落ちる。一度溢れた涙は止まることを知らず、次から次へと流れていく。泣いている場合ではないと頭では分かっていても体がそれに従うことはない。手の甲で何度も涙を拭った。

「王女、あまり泣かれると、お化粧が取れてしまいますよ」

 エリアスの静かな声が聞こえる。うんうん、と頷きながらもやはり涙は止まらない。

 そんな時、私でもエリアスでもない聖気を近くに感じた。

「王女様見つけたー」

 声がした方を向くとジェシカとノアが階段を下りてきていた。今の呑気な発言はノア。ジェシカは私の様子を見て、急いで駆け下りてくる。

「大丈夫っ!?」

 泣き腫らした顔を見られるのは少し恥ずかしい。

「エリアスに何かされたの!?」
「いや、私のせいにするな」

 エリアスは呆れた顔で言う。

「ジェシカは男にすぐ責任押し付けるもんねー」

 後ろでのんびりとニコニコしていたノアが楽しそうに口を挟む。彼は本当に呑気だ。

「ジェシカさん……ごめんなさい。私、逃げたりして……」

 すると彼女は私の手をギュッと握り締めてくれた。とても温かい手で、また涙が溢れそうになる。

「いいよいいよ! 王女様は悪くないよ。王様には一応説明しておいたし」

 そう言って慰めてくれるジェシカの優しさに私は再び涙をこぼす。今日出会ったばかりの私にこんな親切にしてくれるなんて感動ものだ。

「あちゃー。ジェシカ、王女様を泣かせちゃったー」
「アンタ本当にうるさい」

 またいつものようなやり取りが始まる。

「大丈夫だから! 王様怒ってなかったよ。あの不細工なド派手女が嘘ついてるって説明したら分かってくれてた!」
「不細工なド派手女って言ったの……?」

 どちらかといえばそこが気になった。なかなかそんなボロクソな呼び方を思いつくものではない。

「うん! 言った!」

 ジェシカは微塵の躊躇いもなく答える。

「言っちゃったねー」

 ノアは苦笑いしながら軽い口調でそう続けた。

 そんなことを聞いているうちに段々元気になってくる。二人の軽快なやり取りは私の心の暗い気持ちを吹き飛ばしていく。例えるなら真っ暗な夜の海に朝日の光が射してくるような感じ。

「ジェシカさん、ノアさん、ありがとう。私は勝手なことをしてしまったのに優しくしてくれて……ありがとう」

 この時、私は素直に感謝を述べることができた。

「元気になられて何よりです」

 エリアスは寂しさと嬉しさが混ざったような不思議な微笑みを浮かべる。伏せ目を強調する長い睫が演出しているだけかもしれない。とにかく、彼の表情にちらつく寂しそうな色の意味は、今の私にはよく分からなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

義妹の嫌がらせで、子持ち男性と結婚する羽目になりました。義理の娘に嫌われることも覚悟していましたが、本当の家族を手に入れることができました。

石河 翠
ファンタジー
義母と義妹の嫌がらせにより、子持ち男性の元に嫁ぐことになった主人公。夫になる男性は、前妻が残した一人娘を可愛がっており、新しい子どもはいらないのだという。 実家を出ても、自分は家族を持つことなどできない。そう思っていた主人公だが、娘思いの男性と素直になれないわがままな義理の娘に好感を持ち、少しずつ距離を縮めていく。 そんなある日、死んだはずの前妻が屋敷に現れ、主人公を追い出そうとしてきた。前妻いわく、血の繋がった母親の方が、継母よりも価値があるのだという。主人公が言葉に詰まったその時……。 血の繋がらない母と娘が家族になるまでのお話。 この作品は、小説家になろうおよびエブリスタにも投稿しております。 扉絵は、管澤捻さまに描いていただきました。

モブが乙女ゲームの世界に生まれてどうするの?【完結】

いつき
恋愛
リアラは貧しい男爵家に生まれた容姿も普通の女の子だった。 陰険な意地悪をする義母と義妹が来てから家族仲も悪くなり実の父にも煙たがられる日々 だが、彼女は気にも止めず使用人扱いされても挫ける事は無い 何故なら彼女は前世の記憶が有るからだ

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

退屈令嬢のフィクサーな日々

ユウキ
恋愛
完璧と評される公爵令嬢のエレノアは、順風満帆な学園生活を送っていたのだが、自身の婚約者がどこぞの女生徒に夢中で有るなどと、宜しくない噂話を耳にする。 直接関わりがなければと放置していたのだが、ある日件の女生徒と遭遇することになる。

【完結】元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。 でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。 今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。 なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。 今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。 絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。 それが、いまのレナの“最強スタイル”。 誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。 そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。

役立たずと言われダンジョンで殺されかけたが、実は最強で万能スキルでした !

本条蒼依
ファンタジー
地球とは違う異世界シンアースでの物語。  主人公マルクは神聖の儀で何にも反応しないスキルを貰い、絶望の淵へと叩き込まれる。 その役に立たないスキルで冒険者になるが、役立たずと言われダンジョンで殺されかけるが、そのスキルは唯一無二の万能スキルだった。  そのスキルで成り上がり、ダンジョンで裏切った人間は落ちぶれざまあ展開。 主人公マルクは、そのスキルで色んなことを解決し幸せになる。  ハーレム要素はしばらくありません。

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

処理中です...