エンジェリカの王女

四季

文字の大きさ
20 / 131

19話 「ブローチを取り戻せ」

しおりを挟む
「……さま、王女様っ!」

 うっすらと目を開くと瞼の狭い隙間からジェシカの顔が漠然と見えた。今にも泣きそうな顔で必死に呼びかけているようだ。どうやら私は横たわっているようだということは分かったが体が重くて動かない。

「やだ、やだよぉ……! 死なないでよ! 王女様っ!」

 涙の粒が頬に落ちてきた。恐らく彼女の涙だろう。なぜ彼女がそんなに泣いているのか理解ができない。私は死にそうなんかじゃないのに。

「……ジェシカさん」

 とにかく何か反応をしなくてはと思い言ってみるが予想外に小さい消え入りそうな声しか出ない。それでも黙っているよりかましなはずだ。

「え。王女、様……?」

 その頃になってようやく瞼を開けられるようになった。

「王女様? ……王女様っ!」

 ジェシカは目に涙に溜めて物凄い勢いで抱き締めてきて、涙に濡れた頬を私の顔に擦り寄せる。

「死んじゃったかと思ったよぉ……ふぇぇぇん……」
「あ。王女様、気がついたんだねー。良かったよー」

 近くに座っていたノアが急に参加してきた。

「ありがとう。ノアさん、もしかして怪我したの?」

 彼が右足首に包帯を巻いていることに気づき尋ねる。

「え? あ、うん、これねー。ちょっとへましちゃっただけだから気にしないでー」

 ノアは苦笑いしながら安定の呑気な口調で答えた。

「そうだ! ブローチは!? それとヴァネッサは!?」

 突然思い出し胸元に触れる。赤い宝石のブローチはやはりない。ライヴァンに奪われてしまったのか……。
 ジェシカはまだ私の胸に頬を寄せて号泣している。ノアが私の問いに答えるように首を横へ振った。

「赤いブローチだよねー、あれはライヴァンに奪われちゃったな。ごめんね。王女様を護るだけで精一杯だったんだー」
「気にしないで。それで、ヴァネッサは?」

 意識を失う直前にライヴァンがナイフでヴァネッサを斬りつけるところを見た記憶がある。

「応急処置をしてから救護班に任せたよー。軽傷だったから大丈夫だと思うよ」
「そっか……良かった……」

 安堵の溜め息をつきつつも、心の中は複雑だった。ヴァネッサに大事なくて良かったが、ブローチも非常に大切なものだ。ライヴァンなんかに渡すわけにはいかない。今は亡き母からもらった大切なものだから。恐らく彼はブローチをエンジェリカの秘宝であると勘違いし盗っていったのだろう。

「ねぇ、王女様」

 ようやく泣き止んだジェシカが口を開く。

「あのブローチは王女様の大切なものなのよね? あたし、今から取り返してくる」
「そんなのいいわ」

 今のジェシカは無茶をしそうだから気楽に送り出す気分にはなれなかった。何かあってから後悔しても遅いというもの。

「ダメだよ! 大切なものなんでしょ。あたし行ってくる!」
「お願い、待って!」

 立ち上がり今にも走り出そうとする彼女の手首を強く掴む。

「ごめんなさい。でも離れたくないの。だから傍にいて」

 しばらくの沈黙の後、ジェシカは明るく笑みを浮かべた。

「そだね」

 分かってくれたようだ。

「ごめん。あたし、つい忘れてた。主人の傍にいるのが護衛の仕事ってエリアスからちゃんと習ったのに!」

 彼女のそういうところは可愛らしいと感じる。完璧じゃないところに愛嬌があるというか。

「ジェシカだけ隊長に厳しく言われてたよねー」
「アンタは黙れ」

 二人の会話は一種の漫才のようで愉快だ。
 お決まりゆえに面白い。この状況でもクスッと笑いそうになった。

 だがこんなことをしている場合ではない。

「そういえばライヴァンと悪魔たちはもう帰ったのかしら」

 ノアがまた首を横に振った。

「魔気を感じる。この感じだと多分まだ近くにいるねー」

 私はゆっくりと立ち上がり覚悟を決める。大切なブローチを取り返しに行くという覚悟を。

「……王女様、ブローチを取り返しに行くつもりかなー?」

 何も言っていないのにノアはそう言った。

「そうよ。あれは大切なもの。だから取り返す!」

 今は不思議と宣言できた。いつもの私ならはっきりとは言えないだろう。色々な経験を通して、心が少しは強くなっているのかもしれない。

「あたしも一緒に行くよ!」

 ジェシカは勇ましく言う。
 彼女は姿こそ少女だが立派な武人だ。今はそう思う。

「じゃあ僕も行かないわけにはいかないねー」

 続けてノアが立ち上がりこちらへ来る。

「ノア。アンタ、ちゃんと戦えんの? 足首痛めてるじゃん」
「いやいや、翼あるしー」
「おかしいって。広さ的にそれは無理でしょ」
「うん、だから取り敢えずは歩くよ。もし無理になったら飛ぶねー」
「頭打たないようにね」

 確かに成人男性の姿の天使が飛び回るには王宮は狭すぎる。だが、襲撃のおかげであちこちが破壊されているため、比較的動きやすいかもしれない。

「ジェシカさん、ノアさん。では、よろしくお願いします」

 赤い宝石のブローチ。あれは母からもらったとても大切なもの。
 ライヴァンなんかに、悪魔なんかには渡さない!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王様の恥かきっ娘

青の雀
恋愛
恥かきっ子とは、親が年老いてから子供ができること。 本当は、元気でおめでたいことだけど、照れ隠しで、その年齢まで夫婦の営みがあったことを物語り世間様に向けての恥をいう。 孫と同い年の王女殿下が生まれたことで巻き起こる騒動を書きます 物語は、卒業記念パーティで婚約者から婚約破棄されたところから始まります これもショートショートで書く予定です。

酔っぱらったせいで、勇者パーティーを洗脳してしまった

透けてるブランディシュカ
ファンタジー
悪友のせいで酔ったら。(※重複投稿しています)仲仁へび

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

追放された悪役令嬢はシングルマザー

ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。 断罪回避に奮闘するも失敗。 国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。 この子は私の子よ!守ってみせるわ。 1人、子を育てる決心をする。 そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。 さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥ ーーーー 完結確約 9話完結です。 短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

伯爵家の三男に転生しました。風属性と回復属性で成り上がります

竹桜
ファンタジー
 武田健人は、消防士として、風力発電所の事故に駆けつけ、救助活動をしている途中に、上から瓦礫が降ってきて、それに踏み潰されてしまった。次に、目が覚めると真っ白な空間にいた。そして、神と名乗る男が出てきて、ほとんど説明がないまま異世界転生をしてしまう。  転生してから、ステータスを見てみると、風属性と回復属性だけ適性が10もあった。この世界では、5が最大と言われていた。俺の異世界転生は、どうなってしまうんだ。  

処理中です...