7 / 10
7話「暗雲を晴らすものは何でしょう?」
「それで、婚約するんですか?」
温かなお湯が全身の肌にそっと寄り添ってくれるこの感触、これが好きだから私はお風呂というものをやめられないのだ。
どんなに辛い時でも、どんな孤独な時でも、湯はいつだって穏やかに私に寄り添ってくれる――そこには一種の愛のようなものを感じるのである。
「どうするか……まだ決めきれていないわ」
心の重さに引き寄せられて視線が落ちる。
湯船の水面はどこまでも静かだ。
入浴剤を入れたことで白く濁ったお湯からは少々古風な花の香りが立ちのぼってきている。
「ええっ! 良い人なのに!?」
話し相手になってくれている若い侍女は驚きを隠さなかった。
「いいえ、良い人だからこそよ」
「それはどういうことですか?」
「オルフォ様はとても良い方よ、でも、だからこそ私でいいのかって考えてしまうの」
踏み出す勇気がない。
単に私が弱いから。
他の理由なんてないし私を除いた他の誰のせいでもない。
「けど、彼は貴女のことを想っているのでしょう?」
「そう言ってくれてはいるわ」
「ならいいじゃないですか! 彼が望んでいるのですから、きっと誰も悪くなんて言いませんよ!」
でも、どうしても、過去の記憶が蘇ってしまう。
オルフォは凛々しくも優しい素晴らしい人だと思うが、だからこそ、彼の隣にいる私は笑いものになってしまうのではないかと考えてしまうのだ。
「……怖いの、また笑いものにされるのが」
ぽつりと呟けば。
「大丈夫ですっ!」
侍女は両拳を胸の前に置いて勢いよく言い放った。
その丸い目はいつも以上に大きく開かれている。
「エーリアさんは良い人ですから! きっと大丈夫! いいえ、絶対! エーリアさんならきっと彼に永く愛されると思いますっ」
「す、すごい勢いね……」
「当たり前ですよ! だってだって、エーリアさんとはずっと一緒にいたんですから。エーリアさんのことは誰よりも知っているはずです! その私が言うんですから、絶対。保証できます!」
励まそうとしてくれている、その気持ちが嬉しくて。
「ありがとう」
思わず頬が柔らかくなった。
不思議なことだ。
言葉で背を押してもらっただけでこんなにも心の状態が変わるなんて。
「私、進んでみようと思うわ」
なぜだろう、今まで抱えていた巨大な暗雲のようなものはどこかへ流れていってしまった。
今は視界がクリアになっている。
「本当ですか!? 婚約を!?」
「ええ、貴女の言葉を聞いていたら……そうしてみようかな、って」
その瞬間、侍女は急に万歳をし始める。
「やったーあっ!! やったーあっ!! おーめーでーたーい!!」
彼女は見たことがないくらいはしゃいでいた。
「待ってちょうだい、まだ他人には言わないで」
「あ、はい、そうですよね」
「そこは絶対お願いね。私から動くようにするから」
「承知しました! 秘密ですねっ」
温かなお湯が全身の肌にそっと寄り添ってくれるこの感触、これが好きだから私はお風呂というものをやめられないのだ。
どんなに辛い時でも、どんな孤独な時でも、湯はいつだって穏やかに私に寄り添ってくれる――そこには一種の愛のようなものを感じるのである。
「どうするか……まだ決めきれていないわ」
心の重さに引き寄せられて視線が落ちる。
湯船の水面はどこまでも静かだ。
入浴剤を入れたことで白く濁ったお湯からは少々古風な花の香りが立ちのぼってきている。
「ええっ! 良い人なのに!?」
話し相手になってくれている若い侍女は驚きを隠さなかった。
「いいえ、良い人だからこそよ」
「それはどういうことですか?」
「オルフォ様はとても良い方よ、でも、だからこそ私でいいのかって考えてしまうの」
踏み出す勇気がない。
単に私が弱いから。
他の理由なんてないし私を除いた他の誰のせいでもない。
「けど、彼は貴女のことを想っているのでしょう?」
「そう言ってくれてはいるわ」
「ならいいじゃないですか! 彼が望んでいるのですから、きっと誰も悪くなんて言いませんよ!」
でも、どうしても、過去の記憶が蘇ってしまう。
オルフォは凛々しくも優しい素晴らしい人だと思うが、だからこそ、彼の隣にいる私は笑いものになってしまうのではないかと考えてしまうのだ。
「……怖いの、また笑いものにされるのが」
ぽつりと呟けば。
「大丈夫ですっ!」
侍女は両拳を胸の前に置いて勢いよく言い放った。
その丸い目はいつも以上に大きく開かれている。
「エーリアさんは良い人ですから! きっと大丈夫! いいえ、絶対! エーリアさんならきっと彼に永く愛されると思いますっ」
「す、すごい勢いね……」
「当たり前ですよ! だってだって、エーリアさんとはずっと一緒にいたんですから。エーリアさんのことは誰よりも知っているはずです! その私が言うんですから、絶対。保証できます!」
励まそうとしてくれている、その気持ちが嬉しくて。
「ありがとう」
思わず頬が柔らかくなった。
不思議なことだ。
言葉で背を押してもらっただけでこんなにも心の状態が変わるなんて。
「私、進んでみようと思うわ」
なぜだろう、今まで抱えていた巨大な暗雲のようなものはどこかへ流れていってしまった。
今は視界がクリアになっている。
「本当ですか!? 婚約を!?」
「ええ、貴女の言葉を聞いていたら……そうしてみようかな、って」
その瞬間、侍女は急に万歳をし始める。
「やったーあっ!! やったーあっ!! おーめーでーたーい!!」
彼女は見たことがないくらいはしゃいでいた。
「待ってちょうだい、まだ他人には言わないで」
「あ、はい、そうですよね」
「そこは絶対お願いね。私から動くようにするから」
「承知しました! 秘密ですねっ」
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった
歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。
だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」
追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。
一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。
誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。
「その言葉は、もう翻訳できません」
ようやく自由にしてくださって感謝いたします
一ノ瀬和葉
恋愛
華やかな舞踏会の夜、突然告げられた婚約破棄。
誰もが涙と屈辱を予想する中、令嬢の唇からこぼれたのは――思いがけない一言だった。
その瞬間から、運命は静かに、しかし決定的に動き出す。
※ご都合です、小説家になろう様でも投稿しています。
「やはり鍛えることは、大切だな」
イチイ アキラ
恋愛
「こんなブスと結婚なんていやだ!」
その日、一つのお見合いがあった。
ヤロール伯爵家の三男、ライアンと。
クラレンス辺境伯家の跡取り娘、リューゼットの。
そして互いに挨拶を交わすその場にて。
ライアンが開幕早々、ぶちかましたのであった。
けれども……――。
「そうか。私も貴様のような生っ白くてか弱そうな、女みたいな顔の屑はごめんだ。気が合うな」
結婚式の翌朝、夫に「皇太子の愛人だろう」と捨てられました――ですが私は、亡き国王の娘です
柴田はつみ
恋愛
母の遺した薬草店を守りながら、慎ましく暮らしていたアンリ。
そんな彼女に求婚してきたのは、国内でも名高い騎士にして公爵家当主、アルファだった。
真っすぐな想いを向けられ、彼を信じて結婚したアンリ。
けれど幸せなはずの結婚式の翌朝、夫は冷たく言い放つ。
「君を愛していると本気で思っていたのかい? 」
彼はアンリが第一皇太子と深い仲にあり、自分との結婚は身を隠すための偽装だと誤解していたのだ。
アンリは実は、亡き国王の婚外子。
皇太子にとっては、隠して守らなければならない妹だったのである。
そういう時代でございますから
Ruhuna
恋愛
私の婚約者が言ったのです
「これは真実の愛だ」ーーと。
そうでございますか。と返答した私は周りの皆さんに相談したのです。
その結果が、こうなってしまったのは、そうですね。
そういう時代でございますからーー
*誤字脱字すみません
*ゆるふわ設定です
*辻褄合わない部分があるかもしれませんが暇つぶし程度で見ていただけると嬉しいです