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7話「暗雲を晴らすものは何でしょう?」
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「それで、婚約するんですか?」
温かなお湯が全身の肌にそっと寄り添ってくれるこの感触、これが好きだから私はお風呂というものをやめられないのだ。
どんなに辛い時でも、どんな孤独な時でも、湯はいつだって穏やかに私に寄り添ってくれる――そこには一種の愛のようなものを感じるのである。
「どうするか……まだ決めきれていないわ」
心の重さに引き寄せられて視線が落ちる。
湯船の水面はどこまでも静かだ。
入浴剤を入れたことで白く濁ったお湯からは少々古風な花の香りが立ちのぼってきている。
「ええっ! 良い人なのに!?」
話し相手になってくれている若い侍女は驚きを隠さなかった。
「いいえ、良い人だからこそよ」
「それはどういうことですか?」
「オルフォ様はとても良い方よ、でも、だからこそ私でいいのかって考えてしまうの」
踏み出す勇気がない。
単に私が弱いから。
他の理由なんてないし私を除いた他の誰のせいでもない。
「けど、彼は貴女のことを想っているのでしょう?」
「そう言ってくれてはいるわ」
「ならいいじゃないですか! 彼が望んでいるのですから、きっと誰も悪くなんて言いませんよ!」
でも、どうしても、過去の記憶が蘇ってしまう。
オルフォは凛々しくも優しい素晴らしい人だと思うが、だからこそ、彼の隣にいる私は笑いものになってしまうのではないかと考えてしまうのだ。
「……怖いの、また笑いものにされるのが」
ぽつりと呟けば。
「大丈夫ですっ!」
侍女は両拳を胸の前に置いて勢いよく言い放った。
その丸い目はいつも以上に大きく開かれている。
「エーリアさんは良い人ですから! きっと大丈夫! いいえ、絶対! エーリアさんならきっと彼に永く愛されると思いますっ」
「す、すごい勢いね……」
「当たり前ですよ! だってだって、エーリアさんとはずっと一緒にいたんですから。エーリアさんのことは誰よりも知っているはずです! その私が言うんですから、絶対。保証できます!」
励まそうとしてくれている、その気持ちが嬉しくて。
「ありがとう」
思わず頬が柔らかくなった。
不思議なことだ。
言葉で背を押してもらっただけでこんなにも心の状態が変わるなんて。
「私、進んでみようと思うわ」
なぜだろう、今まで抱えていた巨大な暗雲のようなものはどこかへ流れていってしまった。
今は視界がクリアになっている。
「本当ですか!? 婚約を!?」
「ええ、貴女の言葉を聞いていたら……そうしてみようかな、って」
その瞬間、侍女は急に万歳をし始める。
「やったーあっ!! やったーあっ!! おーめーでーたーい!!」
彼女は見たことがないくらいはしゃいでいた。
「待ってちょうだい、まだ他人には言わないで」
「あ、はい、そうですよね」
「そこは絶対お願いね。私から動くようにするから」
「承知しました! 秘密ですねっ」
温かなお湯が全身の肌にそっと寄り添ってくれるこの感触、これが好きだから私はお風呂というものをやめられないのだ。
どんなに辛い時でも、どんな孤独な時でも、湯はいつだって穏やかに私に寄り添ってくれる――そこには一種の愛のようなものを感じるのである。
「どうするか……まだ決めきれていないわ」
心の重さに引き寄せられて視線が落ちる。
湯船の水面はどこまでも静かだ。
入浴剤を入れたことで白く濁ったお湯からは少々古風な花の香りが立ちのぼってきている。
「ええっ! 良い人なのに!?」
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「いいえ、良い人だからこそよ」
「それはどういうことですか?」
「オルフォ様はとても良い方よ、でも、だからこそ私でいいのかって考えてしまうの」
踏み出す勇気がない。
単に私が弱いから。
他の理由なんてないし私を除いた他の誰のせいでもない。
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「そう言ってくれてはいるわ」
「ならいいじゃないですか! 彼が望んでいるのですから、きっと誰も悪くなんて言いませんよ!」
でも、どうしても、過去の記憶が蘇ってしまう。
オルフォは凛々しくも優しい素晴らしい人だと思うが、だからこそ、彼の隣にいる私は笑いものになってしまうのではないかと考えてしまうのだ。
「……怖いの、また笑いものにされるのが」
ぽつりと呟けば。
「大丈夫ですっ!」
侍女は両拳を胸の前に置いて勢いよく言い放った。
その丸い目はいつも以上に大きく開かれている。
「エーリアさんは良い人ですから! きっと大丈夫! いいえ、絶対! エーリアさんならきっと彼に永く愛されると思いますっ」
「す、すごい勢いね……」
「当たり前ですよ! だってだって、エーリアさんとはずっと一緒にいたんですから。エーリアさんのことは誰よりも知っているはずです! その私が言うんですから、絶対。保証できます!」
励まそうとしてくれている、その気持ちが嬉しくて。
「ありがとう」
思わず頬が柔らかくなった。
不思議なことだ。
言葉で背を押してもらっただけでこんなにも心の状態が変わるなんて。
「私、進んでみようと思うわ」
なぜだろう、今まで抱えていた巨大な暗雲のようなものはどこかへ流れていってしまった。
今は視界がクリアになっている。
「本当ですか!? 婚約を!?」
「ええ、貴女の言葉を聞いていたら……そうしてみようかな、って」
その瞬間、侍女は急に万歳をし始める。
「やったーあっ!! やったーあっ!! おーめーでーたーい!!」
彼女は見たことがないくらいはしゃいでいた。
「待ってちょうだい、まだ他人には言わないで」
「あ、はい、そうですよね」
「そこは絶対お願いね。私から動くようにするから」
「承知しました! 秘密ですねっ」
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