最強剣士カザフさん、のんびり冒険者生活

四季

文字の大きさ
32 / 50

三十二話「カザフさん、気を遣う」

しおりを挟む
 翌日、デザートパンパンの宝玉を使ったアクセサリーを注文していた女性が店にやって来た。

「こんにちは。頼んでいたアクセサリーをいただきに来たわ」
「あっ。いらっしゃいませ!」

 長い漆黒の髪を持つ美しい女性は、淑やかに来店。
 しかしカザフはそちらを見ないように心掛けた。

 というのも、前に彼女と会った時、つい見とれてしまってナナに怒られたからだ。

 カザフに悪気はなかった。女性の美しさに純粋に感動しただけであって、邪よこしまな考えもなかった。けれども、彼女を見つめていたことがナナを不機嫌にさせてしまったのだ。

 もうナナに不快な思いをさせたくない。
 そう思うから、カザフは敢えて女性の方へ視線を向けないでおいた。

 まったく関係ない方向——天井に視線を注いでおく。

「こちらになります!」
「あら素敵。両方、例の素材を使ったものなのかしら?」
「はい! こちらは宝玉を砕いて使用しております!」

 視線を天井へ向けていても、ナナと女性のやり取りは聞こえてくる。そのため、どうしても二人の方を見たくなってきてしまう。が、二人の方を見たくなる衝動をカザフは何とか抑えた。ナナに怒られるくらいなら、衝動を抑える方がましだったのだ。

「そういう使い方もあるのね。素敵だわ」
「ありがとうございます!」
「で、おいくらかしら。ケチなことを言う気はないわ、好きな金額を言ってちょうだい」
「ではですね……」

 カザフは耳だけで二人のやり取りをイメージするのだった。


 ◆


 やがて、女性の買い物が終わる。
 カザフが「もう我慢しなくていい」と安堵しかけた、その時。

「ところで、彼はどなた?」

 女性の声がそう発するのを聞いた。
 店内には、カザフを除けばナナと女性しかいない。彼、と呼ばれる可能性があるのは男性。となると、カザフしかいないではないか。
 つまり、女性がカザフに興味を抱いたということ。

 それに気がついた時、カザフは内心焦った。

 どんな大規模な洞窟に潜る時より、どんな強そうな魔物に遭遇してしまった時より、今の方が焦りは大きい。
 ほぼ赤の他人の女性に素っ気なく接して良いものか分からず。しかし、親しくなってしまってナナを怒らせるわけにもいかない。

「彼ですか?」
「えぇ。前もいらっしゃたわよね。店員さん?」
「いえ! 彼はカザフさんといって、冒険者の方です。そして、ナナの恋人でもあります!」

 ナナがいきなりはっきり言ったものだから、カザフは思わず唾を吐き出してしまいそうになった。

 いや、もちろん、実際に吐き出してはいないが。

 ただ、それくらい驚いたことは事実である。

 ここまで来たら仕方がない、と思い、カザフは女性の方へ顔を向けた。

「ですよね! カザフさん!」
「うん」

 ここでもたもたしたらナナに怒られてしまいそうなので、カザフは速やかに返答して頷いた。

「あらそう。素敵な方ね」
「ですよね!」

 ナナは明るい笑顔で女性に接している。
 今のところまだ不機嫌になっている様子はない。

「カザフさん、貴方も冒険者をなさっているのね」
「は、はい」

 女性にいきなり直接話しかけられたカザフは戸惑う。直接話しかけられることを想定していなかったからだ。ナナを間に挟んで関われるものと思い込んでいた。

「初めまして。あたしの名はリズ・ローゼ。こう見えて、実はあたしも冒険者なの」
「は、はぁ……」

 いきなり自己紹介が始まる。
 カザフはどう接すれば良いのかまだ掴めていない。

「本業は歌手なのだけど、いくつかの洞窟には行ったことがあるわ。もし良かったら、お友達になって下さらない?」

 黒髪の女性——リズに片手を差し出されたカザフは、その手を握るべきか否か迷う。

 カザフ自身だけの意思で選択するなら、その手を取るだろう。カザフは友達という言葉に弱いからだ。
 だが、今はナナがいる。
 それもとても近くに。
 だから、手を取ってはいけないかもしれない、という思いもある。ナナが嫌がるかもしれない、なんて考えてしまう。

「あら、もしかして嫌かしら」

 やがて女性はそう言った。
 カザフは「早く何か動きを取らなくては」と焦る。

「いえ……嫌ということはありません。でも、ナナちゃんがいるところで女性と仲良くするというのは、どうも……」

 最終的に、カザフは正直なところを伝えることにした。
 器用でない自分にはそれくらいしかできないと思ったからだ。

「それは、嫉妬されるかもしれない……ってことかしら」
「注意を受けそうです」

 するとリズはやれやれというような顔をした。
 それから、差し出していた片手を引っ込める。

「……それもそうね。ごめんなさい。じゃ、握手は止めておくわ」

 カザフはリズに嫌な思いをさせてしまったのではないかと少しばかり心配になっていた。
 しかし、彼女が次に発した言葉で、救われる。

「彼女さん想いなのね」

 リズは微笑みながらそんな風に言ってくれた。
 二十文字にも満たない短い言葉だったけれど、その言葉がカザフの心を解してくれる。色々考えてしまうループに陥っていたカザフを救ってくれたと言っても過言ではない。

「じゃあ失礼するわね」

 リズは店から出ていく。

「ありがとうございましたー!」
「また来るわね」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

娘を返せ〜誘拐された娘を取り返すため、父は異世界に渡る

ほりとくち
ファンタジー
突然現れた魔法陣が、あの日娘を連れ去った。 異世界に誘拐されてしまったらしい娘を取り戻すため、父は自ら異世界へ渡ることを決意する。 一体誰が、何の目的で娘を連れ去ったのか。 娘とともに再び日本へ戻ることはできるのか。 そもそも父は、異世界へ足を運ぶことができるのか。 異世界召喚の秘密を知る謎多き少年。 娘を失ったショックで、精神が幼児化してしまった妻。 そして父にまったく懐かず、娘と母にだけ甘えるペットの黒猫。 3人と1匹の冒険が、今始まる。 ※小説家になろうでも投稿しています ※フォロー・感想・いいね等頂けると歓喜します!  よろしくお願いします!

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

妖精族を統べる者

暇野無学
ファンタジー
目覚めた時は死の寸前であり、二人の意識が混ざり合う。母親の死後村を捨てて森に入るが、そこで出会ったのが小さな友人達。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―

酒の飲めない飲んだくれ
ファンタジー
俺は一度、終わりを迎えた。 でも――もう一度だけ、生きてみようと思った。 女神に導かれ、空の海を旅する青年。 特別な船と、「影」の船員たちと共に、無限の空を渡る。 絶望の果てに与えられた“過剰な恩恵”。 それは、ひとりの女神の「願い」から生まれたものだった。 彼の旅路はやがて、女神の望みそのものを問い直す。 ――絶望の果て、その先から始まる、再生のハイファンタジー戦記。 その歩みが世界を、そして自分自身を変えていく。 これは、ただの俺の旅の物語。 『祈りの果てに ― 無限の箱庭で笑う者 ―』

エレンディア王国記

火燈スズ
ファンタジー
不慮の事故で命を落とした小学校教師・大河は、 「選ばれた魂」として、奇妙な小部屋で目を覚ます。 導かれるように辿り着いたのは、 魔法と貴族が支配する、どこか現実とは異なる世界。 王家の十八男として生まれ、誰からも期待されず辺境送り―― だが、彼は諦めない。かつての教え子たちに向けて語った言葉を胸に。 「なんとかなるさ。生きてればな」 手にしたのは、心を視る目と、なかなか花開かぬ“器”。 教師として、王子として、そして何者かとして。 これは、“教える者”が世界を変えていく物語。

酒好きおじさんの異世界酒造スローライフ

天野 恵
ファンタジー
酒井健一(51歳)は大の酒好きで、酒類マスターの称号を持ち世界各国を飛び回っていたほどの実力だった。 ある日、深酒して帰宅途中に事故に遭い、気がついたら異世界に転生していた。転移した際に一つの“スキル”を授かった。 そのスキルというのは【酒聖(しゅせい)】という名のスキル。 よくわからないスキルのせいで見捨てられてしまう。 そんな時、修道院シスターのアリアと出会う。 こうして、2人は異世界で仲間と出会い、お酒作りや飲み歩きスローライフが始まる。

処理中です...