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三十二話「カザフさん、気を遣う」
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翌日、デザートパンパンの宝玉を使ったアクセサリーを注文していた女性が店にやって来た。
「こんにちは。頼んでいたアクセサリーをいただきに来たわ」
「あっ。いらっしゃいませ!」
長い漆黒の髪を持つ美しい女性は、淑やかに来店。
しかしカザフはそちらを見ないように心掛けた。
というのも、前に彼女と会った時、つい見とれてしまってナナに怒られたからだ。
カザフに悪気はなかった。女性の美しさに純粋に感動しただけであって、邪よこしまな考えもなかった。けれども、彼女を見つめていたことがナナを不機嫌にさせてしまったのだ。
もうナナに不快な思いをさせたくない。
そう思うから、カザフは敢えて女性の方へ視線を向けないでおいた。
まったく関係ない方向——天井に視線を注いでおく。
「こちらになります!」
「あら素敵。両方、例の素材を使ったものなのかしら?」
「はい! こちらは宝玉を砕いて使用しております!」
視線を天井へ向けていても、ナナと女性のやり取りは聞こえてくる。そのため、どうしても二人の方を見たくなってきてしまう。が、二人の方を見たくなる衝動をカザフは何とか抑えた。ナナに怒られるくらいなら、衝動を抑える方がましだったのだ。
「そういう使い方もあるのね。素敵だわ」
「ありがとうございます!」
「で、おいくらかしら。ケチなことを言う気はないわ、好きな金額を言ってちょうだい」
「ではですね……」
カザフは耳だけで二人のやり取りをイメージするのだった。
◆
やがて、女性の買い物が終わる。
カザフが「もう我慢しなくていい」と安堵しかけた、その時。
「ところで、彼はどなた?」
女性の声がそう発するのを聞いた。
店内には、カザフを除けばナナと女性しかいない。彼、と呼ばれる可能性があるのは男性。となると、カザフしかいないではないか。
つまり、女性がカザフに興味を抱いたということ。
それに気がついた時、カザフは内心焦った。
どんな大規模な洞窟に潜る時より、どんな強そうな魔物に遭遇してしまった時より、今の方が焦りは大きい。
ほぼ赤の他人の女性に素っ気なく接して良いものか分からず。しかし、親しくなってしまってナナを怒らせるわけにもいかない。
「彼ですか?」
「えぇ。前もいらっしゃたわよね。店員さん?」
「いえ! 彼はカザフさんといって、冒険者の方です。そして、ナナの恋人でもあります!」
ナナがいきなりはっきり言ったものだから、カザフは思わず唾を吐き出してしまいそうになった。
いや、もちろん、実際に吐き出してはいないが。
ただ、それくらい驚いたことは事実である。
ここまで来たら仕方がない、と思い、カザフは女性の方へ顔を向けた。
「ですよね! カザフさん!」
「うん」
ここでもたもたしたらナナに怒られてしまいそうなので、カザフは速やかに返答して頷いた。
「あらそう。素敵な方ね」
「ですよね!」
ナナは明るい笑顔で女性に接している。
今のところまだ不機嫌になっている様子はない。
「カザフさん、貴方も冒険者をなさっているのね」
「は、はい」
女性にいきなり直接話しかけられたカザフは戸惑う。直接話しかけられることを想定していなかったからだ。ナナを間に挟んで関われるものと思い込んでいた。
「初めまして。あたしの名はリズ・ローゼ。こう見えて、実はあたしも冒険者なの」
「は、はぁ……」
いきなり自己紹介が始まる。
カザフはどう接すれば良いのかまだ掴めていない。
「本業は歌手なのだけど、いくつかの洞窟には行ったことがあるわ。もし良かったら、お友達になって下さらない?」
黒髪の女性——リズに片手を差し出されたカザフは、その手を握るべきか否か迷う。
カザフ自身だけの意思で選択するなら、その手を取るだろう。カザフは友達という言葉に弱いからだ。
だが、今はナナがいる。
それもとても近くに。
だから、手を取ってはいけないかもしれない、という思いもある。ナナが嫌がるかもしれない、なんて考えてしまう。
「あら、もしかして嫌かしら」
やがて女性はそう言った。
カザフは「早く何か動きを取らなくては」と焦る。
「いえ……嫌ということはありません。でも、ナナちゃんがいるところで女性と仲良くするというのは、どうも……」
最終的に、カザフは正直なところを伝えることにした。
器用でない自分にはそれくらいしかできないと思ったからだ。
「それは、嫉妬されるかもしれない……ってことかしら」
「注意を受けそうです」
するとリズはやれやれというような顔をした。
それから、差し出していた片手を引っ込める。
「……それもそうね。ごめんなさい。じゃ、握手は止めておくわ」
カザフはリズに嫌な思いをさせてしまったのではないかと少しばかり心配になっていた。
しかし、彼女が次に発した言葉で、救われる。
「彼女さん想いなのね」
リズは微笑みながらそんな風に言ってくれた。
二十文字にも満たない短い言葉だったけれど、その言葉がカザフの心を解してくれる。色々考えてしまうループに陥っていたカザフを救ってくれたと言っても過言ではない。
「じゃあ失礼するわね」
リズは店から出ていく。
「ありがとうございましたー!」
「また来るわね」
「こんにちは。頼んでいたアクセサリーをいただきに来たわ」
「あっ。いらっしゃいませ!」
長い漆黒の髪を持つ美しい女性は、淑やかに来店。
しかしカザフはそちらを見ないように心掛けた。
というのも、前に彼女と会った時、つい見とれてしまってナナに怒られたからだ。
カザフに悪気はなかった。女性の美しさに純粋に感動しただけであって、邪よこしまな考えもなかった。けれども、彼女を見つめていたことがナナを不機嫌にさせてしまったのだ。
もうナナに不快な思いをさせたくない。
そう思うから、カザフは敢えて女性の方へ視線を向けないでおいた。
まったく関係ない方向——天井に視線を注いでおく。
「こちらになります!」
「あら素敵。両方、例の素材を使ったものなのかしら?」
「はい! こちらは宝玉を砕いて使用しております!」
視線を天井へ向けていても、ナナと女性のやり取りは聞こえてくる。そのため、どうしても二人の方を見たくなってきてしまう。が、二人の方を見たくなる衝動をカザフは何とか抑えた。ナナに怒られるくらいなら、衝動を抑える方がましだったのだ。
「そういう使い方もあるのね。素敵だわ」
「ありがとうございます!」
「で、おいくらかしら。ケチなことを言う気はないわ、好きな金額を言ってちょうだい」
「ではですね……」
カザフは耳だけで二人のやり取りをイメージするのだった。
◆
やがて、女性の買い物が終わる。
カザフが「もう我慢しなくていい」と安堵しかけた、その時。
「ところで、彼はどなた?」
女性の声がそう発するのを聞いた。
店内には、カザフを除けばナナと女性しかいない。彼、と呼ばれる可能性があるのは男性。となると、カザフしかいないではないか。
つまり、女性がカザフに興味を抱いたということ。
それに気がついた時、カザフは内心焦った。
どんな大規模な洞窟に潜る時より、どんな強そうな魔物に遭遇してしまった時より、今の方が焦りは大きい。
ほぼ赤の他人の女性に素っ気なく接して良いものか分からず。しかし、親しくなってしまってナナを怒らせるわけにもいかない。
「彼ですか?」
「えぇ。前もいらっしゃたわよね。店員さん?」
「いえ! 彼はカザフさんといって、冒険者の方です。そして、ナナの恋人でもあります!」
ナナがいきなりはっきり言ったものだから、カザフは思わず唾を吐き出してしまいそうになった。
いや、もちろん、実際に吐き出してはいないが。
ただ、それくらい驚いたことは事実である。
ここまで来たら仕方がない、と思い、カザフは女性の方へ顔を向けた。
「ですよね! カザフさん!」
「うん」
ここでもたもたしたらナナに怒られてしまいそうなので、カザフは速やかに返答して頷いた。
「あらそう。素敵な方ね」
「ですよね!」
ナナは明るい笑顔で女性に接している。
今のところまだ不機嫌になっている様子はない。
「カザフさん、貴方も冒険者をなさっているのね」
「は、はい」
女性にいきなり直接話しかけられたカザフは戸惑う。直接話しかけられることを想定していなかったからだ。ナナを間に挟んで関われるものと思い込んでいた。
「初めまして。あたしの名はリズ・ローゼ。こう見えて、実はあたしも冒険者なの」
「は、はぁ……」
いきなり自己紹介が始まる。
カザフはどう接すれば良いのかまだ掴めていない。
「本業は歌手なのだけど、いくつかの洞窟には行ったことがあるわ。もし良かったら、お友達になって下さらない?」
黒髪の女性——リズに片手を差し出されたカザフは、その手を握るべきか否か迷う。
カザフ自身だけの意思で選択するなら、その手を取るだろう。カザフは友達という言葉に弱いからだ。
だが、今はナナがいる。
それもとても近くに。
だから、手を取ってはいけないかもしれない、という思いもある。ナナが嫌がるかもしれない、なんて考えてしまう。
「あら、もしかして嫌かしら」
やがて女性はそう言った。
カザフは「早く何か動きを取らなくては」と焦る。
「いえ……嫌ということはありません。でも、ナナちゃんがいるところで女性と仲良くするというのは、どうも……」
最終的に、カザフは正直なところを伝えることにした。
器用でない自分にはそれくらいしかできないと思ったからだ。
「それは、嫉妬されるかもしれない……ってことかしら」
「注意を受けそうです」
するとリズはやれやれというような顔をした。
それから、差し出していた片手を引っ込める。
「……それもそうね。ごめんなさい。じゃ、握手は止めておくわ」
カザフはリズに嫌な思いをさせてしまったのではないかと少しばかり心配になっていた。
しかし、彼女が次に発した言葉で、救われる。
「彼女さん想いなのね」
リズは微笑みながらそんな風に言ってくれた。
二十文字にも満たない短い言葉だったけれど、その言葉がカザフの心を解してくれる。色々考えてしまうループに陥っていたカザフを救ってくれたと言っても過言ではない。
「じゃあ失礼するわね」
リズは店から出ていく。
「ありがとうございましたー!」
「また来るわね」
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