5 / 13
5話「貴い人でも嫌な感じではありません」
しおりを挟む
倒れていたところを助けた金髪青年の名はローゼット・オイゼルという王子であった。
――まさか王子だったなんて。
本人から聞いてもなお信じられなかった。
「けど、大変ですね。呪いだなんて。発作で倒れてしまうだなんて」
「そうですね……周囲を驚かせてしまいがちなので少々気を遣います。けど、まぁ、発作自体には慣れていますよ。幼い頃からですし」
「もうずっと、ですものね。慣れますよね。でも、慣れたとしても大変そうです」
彼は病院内のベッドの上にいる。
そして私はそのすぐ横にちょこんと置かれた黒い椅子に腰掛けている。
診察室とは少し離れたここには医師はずっとはおらず、それゆえ、今は彼と二人きりだ。
でも彼は怖そうな感じではないし不審でもないのでこうして安心して会話をしていられる。
「実はですね、今日はこっそりこの街へ来ていたのです」
「お忍びで?」
「そうです。たまには自由に行動してみたいではないですか、王子という身分だとしても」
「そんなことを思われることもあるのですね」
「ありのままの世界を垣間見ることができる、という意味でも、社会勉強になりますしね」
そうか、彼の場合、接する相手は皆彼を王子だと思って接する。その状況で彼を雑に扱ったり感じの悪い態度を取ったりする者は稀だろう。でも、だからこそ、世や人々のありのままの姿を目にするというのは難しい。彼が王子であるという認識を剥ぎ取った状態で世の中と関わるにはお忍びが適している、ということだろう。
「それはそうですね。でも、気をつけてくださいね。倒れる可能性があるのに一人で出掛けるだなんて危険ですから」
言えば、ローゼットは握り拳で口もとを隠しながらふふっと笑った。
「貴女は母親のような女性ですね」
彼はそんなことを言う。
「あ……す、すみません、無礼を」
一瞬、やってしまった、と焦るが。
「いえいいんです。何も悪い意味で言ったのではないのですよ。ただ、何だかとても懐かしくて」
そこから続いて流れてきたのは想像とは異なる言葉だった。
今のローゼットはどこか純粋な子どものような表情を面に浮かべている。
……そこにあるのは良い思い出だろうか。
「懐かしい?」
「子どもの頃、母に良く同じことを注意されていました」
「あ、そうなんですか」
「だからとても懐かしくて。つい笑ってしまいました、すみません」
「いえ……」
でも、ローゼットが楽しそうにしてくれていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
「失礼でしたら謝罪しますよ」
「い、いえ! そんな! 謝罪なんて! 必要ありません」
彼は王子。
国王の血を引く者。
それはこの国において最も貴いとされる一族だ。
それゆえ本来私みたいな女が好きに会話できるような人ではない。
……そういうところもお忍びの良いところ?
いや、彼にとって私との時間が良いものかどうかなんてどうやっても分かりはしないのだが。
でも、できれば、少しでも良い思い出として彼に残ってくれればいいな――なんてそんなことをちらりと思ったりして。
「それで、ええと……ラスティナさんはこの辺りにお住みなのでしたっけ」
「少し離れたところですが」
「地域としてはこの辺り、ということですね?」
「あ、はい。そうですね。徒歩で来られるくらいの距離です」
「分かりました」
え? 何? 分かりました、って……その反応はどういう?
――まさか王子だったなんて。
本人から聞いてもなお信じられなかった。
「けど、大変ですね。呪いだなんて。発作で倒れてしまうだなんて」
「そうですね……周囲を驚かせてしまいがちなので少々気を遣います。けど、まぁ、発作自体には慣れていますよ。幼い頃からですし」
「もうずっと、ですものね。慣れますよね。でも、慣れたとしても大変そうです」
彼は病院内のベッドの上にいる。
そして私はそのすぐ横にちょこんと置かれた黒い椅子に腰掛けている。
診察室とは少し離れたここには医師はずっとはおらず、それゆえ、今は彼と二人きりだ。
でも彼は怖そうな感じではないし不審でもないのでこうして安心して会話をしていられる。
「実はですね、今日はこっそりこの街へ来ていたのです」
「お忍びで?」
「そうです。たまには自由に行動してみたいではないですか、王子という身分だとしても」
「そんなことを思われることもあるのですね」
「ありのままの世界を垣間見ることができる、という意味でも、社会勉強になりますしね」
そうか、彼の場合、接する相手は皆彼を王子だと思って接する。その状況で彼を雑に扱ったり感じの悪い態度を取ったりする者は稀だろう。でも、だからこそ、世や人々のありのままの姿を目にするというのは難しい。彼が王子であるという認識を剥ぎ取った状態で世の中と関わるにはお忍びが適している、ということだろう。
「それはそうですね。でも、気をつけてくださいね。倒れる可能性があるのに一人で出掛けるだなんて危険ですから」
言えば、ローゼットは握り拳で口もとを隠しながらふふっと笑った。
「貴女は母親のような女性ですね」
彼はそんなことを言う。
「あ……す、すみません、無礼を」
一瞬、やってしまった、と焦るが。
「いえいいんです。何も悪い意味で言ったのではないのですよ。ただ、何だかとても懐かしくて」
そこから続いて流れてきたのは想像とは異なる言葉だった。
今のローゼットはどこか純粋な子どものような表情を面に浮かべている。
……そこにあるのは良い思い出だろうか。
「懐かしい?」
「子どもの頃、母に良く同じことを注意されていました」
「あ、そうなんですか」
「だからとても懐かしくて。つい笑ってしまいました、すみません」
「いえ……」
でも、ローゼットが楽しそうにしてくれていると、こちらまで嬉しくなってしまう。
「失礼でしたら謝罪しますよ」
「い、いえ! そんな! 謝罪なんて! 必要ありません」
彼は王子。
国王の血を引く者。
それはこの国において最も貴いとされる一族だ。
それゆえ本来私みたいな女が好きに会話できるような人ではない。
……そういうところもお忍びの良いところ?
いや、彼にとって私との時間が良いものかどうかなんてどうやっても分かりはしないのだが。
でも、できれば、少しでも良い思い出として彼に残ってくれればいいな――なんてそんなことをちらりと思ったりして。
「それで、ええと……ラスティナさんはこの辺りにお住みなのでしたっけ」
「少し離れたところですが」
「地域としてはこの辺り、ということですね?」
「あ、はい。そうですね。徒歩で来られるくらいの距離です」
「分かりました」
え? 何? 分かりました、って……その反応はどういう?
1
あなたにおすすめの小説
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
あなたのことなんて、もうどうでもいいです
もるだ
恋愛
舞踏会でレオニーに突きつけられたのは婚約破棄だった。婚約者の相手にぶつかられて派手に転んだせいで、大騒ぎになったのに……。日々の業務を押しつけられ怒鳴りつけられいいように扱われていたレオニーは限界を迎える。そして、気がつくと魔法が使えるようになっていた。
元婚約者にこき使われていたレオニーは復讐を始める。
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
不実なあなたに感謝を
黒木メイ
恋愛
王太子妃であるベアトリーチェと踊るのは最初のダンスのみ。落ち人のアンナとは望まれるまま何度も踊るのに。王太子であるマルコが誰に好意を寄せているかははたから見れば一目瞭然だ。けれど、マルコが心から愛しているのはベアトリーチェだけだった。そのことに気づいていながらも受け入れられないベアトリーチェ。そんな時、マルコとアンナがとうとう一線を越えたことを知る。――――不実なあなたを恨んだ回数は数知れず。けれど、今では感謝すらしている。愚かなあなたのおかげで『幸せ』を取り戻すことができたのだから。
※異世界転移をしている登場人物がいますが主人公ではないためタグを外しています。
※曖昧設定。
※一旦完結。
※性描写は匂わせ程度。
※小説家になろう様、カクヨム様にも掲載予定。
婚約破棄してくださって結構です
二位関りをん
恋愛
伯爵家の令嬢イヴには同じく伯爵家令息のバトラーという婚約者がいる。しかしバトラーにはユミアという子爵令嬢がいつもべったりくっついており、イヴよりもユミアを優先している。そんなイヴを公爵家次期当主のコーディが優しく包み込む……。
※表紙にはAIピクターズで生成した画像を使用しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる