タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  ※タイトルのせいで分かりづらくはありますが、独立した作品です。

四季

文字の大きさ
76 / 128

75.その蝶はきっと虹を目指す

しおりを挟む
 ――軍の会合の解散後。

「昨日のスカウトはどうでしたかな?」
「結果が気になりますぞ」
「貴方のことですからきっとアンダーを取り戻せそうなのでしょうな!」

 白髪交じりなひげを蓄えたナンバーツーの周囲に人だかりができている。

「実は」

 ナンバーツーを取り囲む者たちは、皆、エイヴェルン軍の中でそれなりの位を持っている者たちだ。それゆえ全員男性である。

「失敗してしまったのだ……」

 途端に広がるざわめき。

「な、なんという」
「我が軍のナンバーツーが直々に頼み込んでもなお拒否するとはある意味凄いですぞ」
「信じられませんな」

 まさかの拒否。
 その場にいる誰もが驚きのうねりに呑み込まれていた。

「で、ですが、やつの力が必要なのでは?」
「それはその通り。できれば欲しい。今はただ戦力を欲しているからな」
「ではどうされるのです?」
「……この件については後日改めてヴィーゲン将軍に相談してみようかと考えているところだ」

 それだけ言うと、ナンバーツーはその場から立ち去った。

 ナンバーツーが去った後、他の男たちは唇に粘着質な黒い笑みを滲ませて「あの男、やはり無能ですな」「ナンバーツーといっても親の権力でなっただけですぞ。それゆえ何もできない、予想はしていましたが……」「似たようなものにせよ、オイラー殿の方がいくらか有能でしたな」などと馬鹿にするような悪口を言っていた。

 彼らはナンバーツーの男のことを実は良く思っていない。

 本人の前では尊敬しているかのように振る舞いちやほやしているが、それはあくまでそうしている方が印象が良くなるからでしかないのだ。

 褒める言葉も、持ち上げる言葉も、あくまでお付き合い。

「ガチ勢のヴィーゲン殿とは大違いですな」
「比べるのも無礼ですぞ」
「確かにそうですな。ははは。ヴィーゲン殿は家柄も実力も兼ね備えた最上の軍人ですからな」
「ただ、娘さん大好き」
「いやいや! そういうところも含めて素敵なのですぞ! 人間らしさを感じるではないですか。人の心や思いやりなくして組織の長は務まらないでしょう!」


 ◆


 ワシーは走ってエネルギーを生み出している。
 もう毎日ダッシュだ。
 罪を償うために、自由を得るために、彼は運動が得意でない中でもひたすら足を動かしていた。

 どったん、ばったん、と、最初はぎこちない走り方だった。

 見張りの男にはよく笑われた。
 馬鹿みたいな走り方だと言われもした。

 それでもワシーは逃げ出さなかった。

 体力がないため休み休みにはなるが毎日ほぼ一日中走り続けて――段々慣れてきて、同時に、それなりの走り方にはなってきた。

「お父さま」

 そんなワシーのもとに現れたのはアイリーン。

 彼女は今日ここを出る。

 罪人のための場所、牢、そこを。

「……本日、ここを出ます」
「どういうことだ?」
「罰として決められていた分の仕事が終わりましたので」

 アイリーンが真剣な面持ちのまま言えば、ワシーは無表情で「そうか」と短く返した。

 娘が解放されるというのに、少しも嬉しそうではない。

「これからどうするつもりだ」
「ラン様のもとへ戻ります」

 即座に返ってきた言葉にワシーは驚く。
 なぜならその声には真っ直ぐな強さがあったからだ。

「馬鹿な。その女はお前の本性を知っているはずだ。以前のような関係に戻れるはずがない」
「そうかもしれません。ですがラン様は戻って来いと言ってくださっていますので。ですので必ず、戻ります」

 アイリーンはいつもワシーの圧に押し潰されていた。

 命令されれば断れず。
 静かな威圧感で支配されて。

 ……でも、今はもう違う。

「ここから先はわたしの道です」

 今はもう自分の道を自分で選ぶことができる。

 その覚悟がある。

「お父さまが決めた道を歩くのは、もうおしまいにします」

 そう述べるアイリーンの瞳は澄んでいた。

「アイリーンさん!」
「ぇ」

 そこへ現れたのはラン。

「あ……も、申し訳ありません、お話の途中に声をかけてしまい……」

 タイミングが悪かった、と、後悔しているような顔をしている。

「いえ。ですがどうして」
「迎えに来てしまいました……その、アイリーンさんが自由になられるのが本日であると聞きまして……楽しみで、じっとしていられず」
「そうでしたか」
「先ほど少しお聞きしました。わたくしのところへ帰ってきてくださるのですね」

 その言葉に少しばかり気まずそうな目をするアイリーンだが。

「良かったぁぁぁ!!」

 次の瞬間、涙目になったランに飛びかかられる。

 アイリーンは驚きに面を染めながらも子どものように号泣するその身体を抱き寄せた。

「ずっと、ずっと……この時を待っていたんです……!」

 ランは国王の妻とはとても思えないような豪快かつ激しい泣き方をしている。
 滝のように流れ落ちる涙で顔はぐしゃぐしゃになっていて、それでも彼女は涙を止めようとはしない――それは多分、その涙が悲しみから生まれたものではなく喜びから生まれたものだからだろう。

「アイリーンだぁぁぁぁぁぁん!!」

 ランは、ずっと帰りを待っていた人の名を呼んだ。

 そんな彼女をアイリーンは強く抱き締める。
 アイリーンの胸もとはきっともうランの涙で濡れきっているだろう。

 ――それから数分ランは泣き続けたが。

「この日をずっとずっと待っていました!」

 ようやくランは笑った。
 その可憐な面には大輪の花が開いている。

「すべて貴女のおかげです、色々ありがとうございました」
「い、いえいえっ」

 アイリーンは手袋をはめた手でランと握手を交わす。

「迷惑もたくさんかけてしまいましたが、どうか、またかつてのように呼ばせてください」

 ランがいつかみた夢。

 その結末は今ここに在る。

「ただいま戻りました、ラン様」

 流した涙も。
 立ち向かった言葉も。
 信じ続けた明日も。

 すべてがここへ至るためのものだった。

「おかえりなさい! アイリーンさん!」

 どんな長雨もいつかは止む。

 その時が来れば。

 ――羽根を休めていた蝶は飛び立ち、虹を目指すだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

ソウシソウアイ?

野草こたつ/ロクヨミノ
恋愛
政略結婚をすることになったオデット。 その相手は初恋の人であり、同時にオデットの姉アンネリースに想いを寄せる騎士団の上司、ランヴァルド・アーノルト伯爵。 拒否に拒否を重ねたが強制的に結婚が決まり、 諦めにも似た気持ちで嫁いだオデットだが……。

【コミカライズ決定】魔力ゼロの子爵令嬢は王太子殿下のキス係

ayame@コミカライズ決定
恋愛
【ネトコン12受賞&コミカライズ決定です!】私、ユーファミア・リブレは、魔力が溢れるこの世界で、子爵家という貴族の一員でありながら魔力を持たずに生まれた。平民でも貴族でも、程度の差はあれど、誰もが有しているはずの魔力がゼロ。けれど優しい両親と歳の離れた後継ぎの弟に囲まれ、贅沢ではないものの、それなりに幸せな暮らしを送っていた。そんなささやかな生活も、12歳のとき父が災害に巻き込まれて亡くなったことで一変する。領地を復興させるにも先立つものがなく、没落を覚悟したそのとき、王家から思わぬ打診を受けた。高すぎる魔力のせいで身体に異常をきたしているカーティス王太子殿下の治療に協力してほしいというものだ。魔力ゼロの自分は役立たずでこのまま穀潰し生活を送るか修道院にでも入るしかない立場。家族と領民を守れるならと申し出を受け、王宮に伺候した私。そして告げられた仕事内容は、カーティス王太子殿下の体内で暴走する魔力をキスを通して吸収する役目だったーーー。_______________

氷の騎士様は実は太陽の騎士様です。

りつ
恋愛
 イリスの婚約者は幼馴染のラファエルである。彼と結婚するまで遠い修道院の寄宿学校で過ごしていたが、十八歳になり、王都へ戻って来た彼女は彼と結婚できる事実に胸をときめかせていた。しかし両親はラファエル以外の男性にも目を向けるよう言い出し、イリスは戸惑ってしまう。  王女殿下や王太子殿下とも知り合い、ラファエルが「氷の騎士」と呼ばれていることを知ったイリス。離れている間の知らなかったラファエルのことを令嬢たちの口から聞かされるが、イリスは次第に違和感を抱き始めて…… ※他サイトにも掲載しています ※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました

冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています

鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。 伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。 愛のない契約、形式だけの夫婦生活。 それで十分だと、彼女は思っていた。 しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。 襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、 ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。 「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」 財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、 やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。 契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。 白い結婚の裏で繰り広げられる、 “ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。

結婚してるのに、屋敷を出たら幸せでした。

恋愛系
恋愛
屋敷が大っ嫌いだったミア。 そして、屋敷から出ると決め 計画を実行したら 皮肉にも失敗しそうになっていた。 そんな時彼に出会い。 王国の陛下を捨てて、村で元気に暮らす! と、そんな時に聖騎士が来た

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

二度捨てられた白魔女王女は、もうのんびりワンコと暮らすことにしました ~え? ワンコが王子とか聞いてません~

吉高 花
恋愛
魔力があった、ただそれだけの理由で王女なのに捨て子として育ったマルガレーテは、隣国との政略結婚のためだけにある日突然王女として引っぱりだされ、そして追放同然に邪悪な国と恐れられるルトリアへと送られた。  そしてルトリアでの魔力判定により、初めて自分が白の魔力を持つ者と知る。しかし白の魔力を持つ者は、ルトリアではもれなく短命となる運命だった。  これでは妃なんぞには出来ぬとまたもや辺鄙な離宮に追放されてしまったマルガレーテ。  しかし彼女はその地で偶然に病床の王妃を救い、そして流れ着いたワンコにも慕われて、生まれて初めて自分が幸せでいられる居場所を得る。  もうこのまま幸せにここでのんびり余生を送りたい。そう思っていたマルガレーテは、しかし愛するワンコが実は自分の婚約者である王子だったと知ったとき、彼を救うために、命を賭けて自分の「レイテの魔女」としての希有な能力を使うことを決めたのだった。  不幸な生い立ちと境遇だった王女が追放先でひたすら周りに愛され、可愛がられ、大切な人たちを救ったり救われたりしながら幸せになるお話。  このお話は「独身主義の魔女ですが、ワンコな公爵様がなぜか離してくれません」のスピンオフとなりますが、この話だけでも読めるようになっています。

処理中です...