タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  ※タイトルのせいで分かりづらくはありますが、独立した作品です。

四季

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97.もし君に出会っていなかったら

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 ――雨が止んだ。

「どうしはったん~? そんな熱心に外見て~」

 窓の外を意味もなく眺めていたサルキアはティラナから声をかけられて振り返る。

 理由などないが、よく分からない世界に吸い込まれていた。
 ふくよかかつ明るい雰囲気の彼女から声をかけられてようやくこちらの世界に引き戻された形だ。

「雨が止んだようでしたので」
「ほんまですかぁ~。ジメジメすんの嫌ですもんねぇ~、これでちょっとましになってくれたらいいんやけど~」

 もっちりとした頬を持ち上げて愛らしい笑みを浮かべるティラナ。

「今日はかなり激しく降ってましたねぇ~」

 こんな日もアンダーはどこかで戦っているのだろうか。
 そんなことを思うサルキアは寂しさが濃く滲んだ瞳で窓の外の少し晴れ始めた世界を見つめる。

(どうか……無事でいてください)


 ◆


「……泣いてんじゃ、ねーよ」

 敵を倒し、緊張が緩んだ途端、オイラーは涙をこぼしてしまった。
 見下ろす親友の傷ついた姿は胸にくるものがある。
 それで感情の波に抗えず涙していたら、弱りきった彼からそんな風に注意されてしまった。

「アンタ、は……国王だろ……子どもじゃねーんだから」
「すまない」

 オイラーが素直に謝罪するとアンダーは少しばかり気まずそうな面持ちになる。

「……ま、けど、オレもわりーな」

 横たわったままの彼はゆっくりと息を吐き出した。

「オレがへましなきゃ……こんなことなってねーからな……」

 罪悪感を抱えている様子のアンダーを見下ろしているオイラーは片手の甲で目もとを拭うと首を横に振って「君は悪くない」とはっきり口にする。

「アンが引きつけていてくれたおかげで私は母の仇を討つことができた」

 オイラーの表情は穏やかで、その瞳は澄んでいた。

「また一つ、過去を整理して未来へ歩めるだろう」

 母を殺めたのはあの男一人の意思ではなかったかもしれない。けれども母を実際に手にかけたのは外の誰でもないあの男だった。そこにどのような命令があったとしても、母の命を刈り取った張本人が彼であることは変わることのない事実だ。

 だからこそいつかは決着をつける必要があった。

 もっとも最初からそのつもりで戦ったわけではないが。
 どちらかというと親友を護ることの方が重要ではあったのだが。

「……アンタ、相変わらず、だな」

 見上げる男の表情が僅かに柔らかくなって、アンダーは安心したのか気を失う。

 早く運ばないと。
 気が緩んだためかついあれこれ話してしまっていた若き国王は慌てて脱力した身体を持ち上げた。
 身長は低いが重量はそこそこある。
 アンダーを持ち上げる機会はこれまであまりなかったが、いざ持ち上げてみると、想像以上にずっしりくる感覚があった。

 最大の緊張と危機から解放されたアンダーの眠っているような顔をじっと見つめ、こんなに凝視していたら叱られてしまいそうだ、なんて思いながらもその身体が腕の中にあることに安堵する。

(こんなに冷たくなって……雨のせいだな、可哀想に)

 少しでも早くホッとできる場所に連れて帰りたい、そして、清潔にして手当てをして温かい環境で眠らせたい。

 大男に殴られた腹部は今もまだじんじんしている。
 だが、アンダーはこれの何倍も否何十倍もダメージを与えられたのだ、と思えば、自分の痛みなど大したことはないと感じることができる。
 孤独に戦い、無理矢理押さえ込まれ、理不尽に痛めつけられ続ける――そんな状況を想像すれば、自身の置かれた状況など可愛いものだと強く思う――だからこそ今は少しでも早くアンダーを連れて帰りたい。

(……アンでなければきっと死んでいただろうな)

 オイラーは友を抱えて歩き出す。

 足もとはぬかるんでいたが、空は晴れて虹がかかっていた。


 ◆


 基地へ連れ帰られたアンダーは、泥まみれになってしまっていた身体を拭き清潔にした状態でベッドに横たえられた。
 ふかふかのベッドで眠るアンダーの表情は穏やかなもので、それゆえ、その姿を目にしたオイラーは少しばかりホッとすることができた。

 だが良いことばかりでもない。

 右腕は脱力したまま、足は二本とも酷く傷ついていて、胴体には複数の痣が濃く残っている。

 生き延びたとはいえすぐに元通りの生活をすることは不可能だろう。

 いつかのようにベッドの傍らに置かれた椅子に座っているオイラーは安堵と心配がごちゃ混ぜになったような表情で静かに眠る友の様子を見守っている。

「アン、もし君に出会っていなかったら、私は今どんな風に生きていたのだろう」

 軍に加入して間もない頃、王子という立場ゆえに周囲と馴染みづらかったオイラーに普通の友人のように接したのはアンダーだけだった。
 その接し方について問題であると悪く言う者はいたし、実際に注意という名目で絡む者もいたが、アンダーは結局我が道を行き何も変えなかった。

 なんてことのない、ただの友人。

 それは、オイラーにとって、求めていたがずっとどうしても手に入れられなかったもの。

 あの時アンダーはさらりとその席に収まった。
 媚びるでもなく、敵視するでもなく、単なる友人として、彼は特別なことではないというような顔をしてそこに腰を下ろした。

「きっと、まったく別の人生を歩んでいたのだろうな」

 君のいない人生なんて想像できない――なんて言えばまた馬鹿みたいだと笑われてしまうのかもしれないが、オイラーにとってアンダーとの出会いはそれだけ大きなものだったのだ。

「ただ背があるだけの無能だった私に色々なことを教えてくれたこと、今も忘れていない」

 きっと忘れないだろう。
 いつまでも。

 ――いつの日か命尽きるその時まで。

「これから先もずっと覚えているつもりだ」

 瞼を閉じれば蘇る日々。

 大変なことや苦労することもたくさんあったが常に寄り添っていてもらえたからこそ折れずにここまで歩いてくることができた。

「また懐かしい話をしよう。サルキアも一緒にでもいい。すべてが終わって落ち着いたら、また、いつかのように楽しい時間を過ごしたい」
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