タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  ※タイトルのせいで分かりづらくはありますが、独立した作品です。

四季

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63.期待ではなく信頼

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 発見された時エリカは牢内で気を失っていた。
 柵の一部が破壊されていたことからあの大男が壊し襲ったものと思われる。

 悪人罪人ではあるが、エリカは治療を受けられることとなった。

 それは処刑予定ではなかったからだ。
 想定外の出来事による負傷であったこともあって彼女は手当てを受けることができた。



「お母様……」

 やがてベッドに寝かされたエリカの前に立つこととなるサルキア。
 その胸には複雑な思いがあった。
 実母が傷ついたという事実は当然悲しいことなのだが、この場合ただそれだけの話ではない。

 あの男の件は身から出た錆と言えよう。エリカがこれまで密かに築いてきたもの、毒々しいその牙が、彼女自身に突き刺さったということなのだから――単なる純粋な悲劇ではない。

 サルキアにとっても今や厄介な存在であるエリカだが、それでも、サルキアの心にはほんの少しはエリカに同情する気持ちもある。

 この人は結局すべての人に裏切られるのか、と。
 そう思考を巡らせる時、どことなく悲しさをはらんだ波のようなものに襲われる。

 でもそれは彼女自身も近い人を裏切っていたからだ。

 自業自得なのだということは分かっている。

「お嬢」

 声をかけられて振り返る。
 背後の扉から入ってきていたのは見慣れた顔。

「難しい顔してんなぁ、相変わらず」
「そうですね。今はとても複雑な心境です。上手く言葉にできそうにない気持ちです」

 サルキアはいつの間にか前に垂れてきていた余分な髪を背中側へと流す。

「ですが、感謝しています。助けていただいて。……ありがとうございました」
「大したことしてねーけどな」
「あのままでは私は死んでいたかもしれません」

 迷いなく言いきって、苦笑する。

 死んでいたかもしれない、なんて、自分についてそんな風に言う日が来るとはまったくもって思っていなかった。

 だが実際そうだったのだ。
 あの状況、高い殺傷能力を持っていると思われる敵と対峙して、無力な者が生き延びられる可能性は低い。
 それゆえ助かったのは奇跡と言えるだろう。
 いや、そもそも、あのタイミングで味方が現れるという展開そのものがかなり奇跡的だったのだ。

「礼ならオイラーに言いな」

 アンダーはさらりとそう返す。

 そういうところは相変わらずだなぁ、なんて思いつつ、サルキアは僅かに表情を緩める。それから「そういえば、攻撃を受けた腕は問題なかったのですか?」と話題を変えると、唐突なことに若干戸惑いつつアンダーは「どした急に」と短く発する。サルキアは重力に逆らうことなく下ろした左腕の肘辺りを右手で軽く掴みながら「あの男は武の濃印持ちのようでした」とシンプルな言葉選びで述べる。

「マジで言ってんのか」
「はい」
「ふーん。ま、確かに打撃の威力は凄かったな」

 記憶を遡るようなアンダーからの言葉に。

「やはり負傷しているのでは?」

 不安げな面持ちで改めて問うサルキア。

「や、そこまでじゃねーよ」
「本当ですか」
「何をそんな疑ってんだ」
「私はただ貴方の身を心配しているだけです」
「見りゃ分かんだろ? オレは元気だっての」

 アンダーが乱暴に言えば、サルキアは「そうですね、すみません」とまた苦笑した。だがサルキアの言葉はそれだけでは終わらない。彼女は苦笑いに似た表情を浮かべたままで「貴方が傷つくと陛下が落ち込まれますから」と半分冗談ではあるがそう言った。その発言を耳にしたアンダーが「はは、そーいうことならオレのこと心配してねーじゃねーか。矛盾してんなぁ」なんて冗談めかしつつもどこか切なそうな目の色をしていることに気づかないサルキアではなかったが、だからといって何か気の利いたことを言えるわけでもなく、沈黙が訪れて。その沈黙を気にしてか否かは定かではないが、アンダーは「ネタだって」とさりげなく付け加えた。

 結局その日サルキアが自室へ戻るまでエリカは一度も意識を取り戻さなかった。


 ◆


「――てことで、今日、お嬢見張ってて良かったわ」

 その日の晩アンダーは今日起きたことをオイラーに報告した。

「それは良かった」
「だな」
「エリカさんが何か仕掛けてくるかと思っていたが、まさか、逆に不審者がエリカさんを襲っていたとは……驚きだ」

 しかも、と、オイラーは続ける。

「継承印持ちだったとは」
「めちゃくちゃパワータイプなんだろーな、って感じのやつだな」
「そうか……」

 アンダーはベッドの上であぐらをかいている。

「ありゃオレは相性わりーな多分、何かそんな気ぃするわ」
「その中でよくサルキアを護ってくれたな」
「向こうが逃走したから助かったみてーなもんだよ、ほぼほぼ」

 会話しているだけでそれ以外には何をするでもないアンダーは時折眼球だけを動かして訳もなく斜め上へ視線を向けている。

「だが、敵に逃走を選ばせたのは君だろう」

 そんな彼に目をやってふわりとした表情を向けるオイラー。

「アンは強い、もしまたその男が仕掛けてきても君ならきっと勝てるだろう」
「期待すんなて」
「不安があるのか? 珍しいな」
「あんなぁ、オレだってボコられんのやだよふつーに」

 君にそこまで言わせるなんて余程強い敵だったのだな、と返すオイラーだが、本当の意味でアンダーの発言を理解してはいない様子――その証拠に彼はまだ穏やかな面持ちのままでいる。

「アンはほぼ無敵だからな、非常に心強い」
「期待し過ぎだろ」
「これは期待ではない、信頼だ」
「めんどくせぇ……」
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