タナベ・バトラーズ エイヴェルン編  ※タイトルのせいで分かりづらくはありますが、独立した作品です。

四季

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68.遠い過去の記憶に潜るとき

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「アンダー」

 そう名を呼んだのは、オイラーでもサルキアでもない――彼の前に立つコートの男であった。

「どうしてそんなやつの味方するんだ」
「はぁ?」

 まるで過去知り合いであったかのような物言いをする男にアンダーは怪訝な顔をする。

「お前だって虐げられてきた側じゃないか。なのにどうして、どうしてそんな……贅沢の限りを尽くして生きてきたやつを護るんだ」

 男は悲しげな怒りに声を震わせていた。

「しかもそんな女を大事そうにして……!!」

 だがアンダーはさほど動じない。

「知らねーよ」

 彼ははっきりと言い放つ。

「オレが誰を護るかはオレが決める、自由だろ」

 コートの男は言葉を詰まらせる。

 ――ちょうどそのタイミングで黒い光がアンダーらの頭上に出現。

「え……」

 それに先に気づいたのはサルキアだった。
 頭上に浮かぶ得体のしれない魔法陣を恐れた彼女はほぼ無意識のうちに傍にいたアンダーの服を後ろから掴んだ。

 降り注ぐ黒い光はあっという間に二人の意識を抜き去っていった。

 アンダーとサルキアは重なるようにしてその場に倒れ込む。

 呼吸はある。
 表情は眠っている時のような感じだ。

「何をした!!」

 戦いの最中だったオイラーは勢いよく剣を振って交戦中だった男を振り払うと、鬼の形相でコートの人物を睨みながら叫んだ。

「心配要りませんよ、死んだわけではありません」
「何をしたのかと問っているのだ!」

 オイラーは直前まで戦っていた男を斬るとコートの人物に狙いを定める。

「答えろ!!」
「騒がしい方ですね」

 大切な者を二人まとめて気絶させられて黙っていられるオイラーではない。彼はコートの男へ突進するとその手に握っている剣を振った。剣の先がコートの袖に掠り、厚みのある生地が紙切れのように容易く切れる。

「良いのですか? 我が命が終われば今記憶の中に送られている二人は二度と帰ってこられなくなるのですよ?」
「くだらない嘘を」
「嘘ではありませんよ。ただ、それでももし嘘だと思うのであれば、試してみれば良いではないですか」

 コートの男は巧みに言葉を紡いで黒く笑う。

「ま、彼らとは永遠に会えなくなりますけどね」

 オイラーは躊躇った。
 目の前の男の言葉を偽りではないかと疑いつつも完全に疑いきることもできず動けない。

「……記憶の中、だと? 何をしたんだ。そういう術か」
「そうですね、意識を記憶に放り込む術です」
「二人の意識は今頃記憶の中に在るでしょう。それも、見られたくないような悪しき記憶に――さて、どんなものを見ているのでしょうかね」

 顔をほぼ隠したその男は愉快そうに笑う。

「死んだ方がましだと言うことにならなければ良いですがね」

 オイラーは不安と心配のとてつもなく大きな波に襲われる――だがそれでも剣を握った。

 自分が今すべきことは何か。

 そちらへ意識を向ける。

 ここは踏ん張るべきだ、と。
 まずは倒せる敵から順に倒して自身が生き残ることだ、と。

 ……不確かなものは後回しでいい。


 ◆


 アンダーとサルキア、二人は薄暗い路地裏にいた。

 遠き日に目にした場所。
 忙しい日々で掻き消した薄暗い風景にアンダーは嫌な予感がした。

 逆にサルキアは見知らぬ地を目にして戸惑っている。

「これは一体」
「分かんねーけど、術か何かかもな」
「確かに。あの人は魔法を使っていましたからね、そうかもしれません。ですが、知らない場所です。怪物でも出てくるのでしょうか……?」

 その時、路地の向こうからこちらに向かって黒髪の少年が駆けてきた。

 黒髪は直毛ではなく少しうねりのかかった髪質だが、肩につくかどうかくらいの丈。意図して伸ばしているというかは伸びたままといった印象の伸び方だ。長さのある前髪の隙間からは赤い双眸がちらりと覗いている。

 サルキアは違和感を覚える。
 自分たちは走ってきた少年が絶対気づくであろう位置にいる、なのに少年は自分たちを見ていなかった。

『こっちだ! 追うぞ!』
『逃げやがった!』
『ちっ、ちょこまかしやがってうぜえ! さっさと捕まえろ! ボコってやる!』

 何やら物騒な声がして。
 薄暗く狭い道に複数の男が入り込んでくる。

 だが、やはりまた、男たちも自分たちに気づいていない様子だった。

「私たちのことは見えていないみたいですね」
「ああそーだな……」

 ぼんやりとした返答に戸惑ったサルキアが「ええと……何か?」と尋ねる――すると。

「これ多分、オレの記憶だ」

 アンダーは今度ははっきりと言った。

「記憶……」

 サルキアは隣にいるアンダーの顔を見つめてこぼす。

「ということは、もしかして、あの少年は」
「オレだな」
「えええ! 完全に別人じゃないですか! 可愛いですよ!? 可愛い少年です!」

 アンダーは苦々しい顔をしていた。

 過去を他者に開示するというのは時に恥じらいを伴うものだ。
 またそれが栄光の記憶でないならなおさらである。

 やがて黒髪の少年は男に挟まれた。

 狭い路地裏。
 逃げ場はない。

『もう諦めろ!』
『肝心な時に逃げ出すような出来損ないはボコる!』

 追い込まれた少年だったがよほど捕まりたくないようで、建物の背に沿って高く積まれた箱を登っていく。だがそれらは箱と言っても厚みはあるが紙製の箱。人の体重を支えるほどの硬度はない。そのため少年が一番上にまで登ったタイミングで箱の山は一気に崩れた。

 足場が崩れたために少年も地面に落下した。

『よーしよしよし』

 そこを男に取り押さえられる。

 細い腕を掴まれた少年は痛みを訴えるがそんな訴えに意味はなく、むしろ興奮した様子の男は少年の背中を強く踏みつけた。

『馬鹿は躾けとかないとな!』
『ぁ……』
『ほら! ほら! もっともっとだ!』
『ぅ、うう……痛い……』

 男が踏みつけを一旦停止すると少年はすぐに頭を持ち上げて『痛いってば!』と叫んだが、すぐに踏みつけを再開されてしまい、また痛みに呻く状況に戻ってしまう。

「よ、よええ~っ……」

 アンダーは両手で顔を隠して恥ずかしがる。

「恥ずすぎんだろこれは!」
「そんなことないですよ、あんな風にされたら誰でも抵抗できません」
「あんなチンピラくれーぱぱっと倒せよ過去の自分!」
「まだ少年ですよ?」
「いや、まぁ、そりゃそーだけどさぁ……マジで何の罰だ、コレ……」
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