エトランジェの女神

四季

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13.老女

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「わたし、どうしても、彼を怪しいと思わずにはいられないんです」

 サラダは両手を腹の前辺りで合わせてうにうにしながら述べた。

「怪しい? ロゼットが?」

 ミリアムは一瞬「もしかして病院での私とロゼットの話を聞いていたのか?」と思う。

 ロゼットと能力者側の関係について話す時は二人きりの時を狙っていた。騒ぎになったら大変だからだ。でも、もしサラダがその話をちらりとでも聞いてしまったのだとしたら、ロゼットを怪しく思ってしまうのもおかしな話ではないのかもしれない。

 とはいえ、気軽にそこについて話すことはできなかった。

 聞いていなかった時に余計な情報を与えることになってしまうから。

 いつかはすべてを明かさなくてはならないかもしれない。いや、きっと、いずれ経緯を話さねばならなくなるのだろう。それはミリアムも覚悟している。だが、今はまだ早すぎる。

「いきなり現れたのも怪しいですし、それに、刺客の攻撃を防げたのも変じゃないですか?」
「そうかしら」
「パンさんが気づかなかった刺客に気づいたんですよ? 普通、そんなに素早く反応できますか」
「それはそうね……」

 サラダがミリアムとロゼットの会話を聞いていたかは不明。
 ただ、サラダがロゼットに疑いの目を向けていることは、紛れもない事実である。

「刺客が潜んでいることを知っていたのでは? と考えてしまいます」
「そうね……」
「ミリアムさんは彼を怪しいとは思わないのですか?」

 サラダは純粋な眼差しで問いかける。

 その問いに対してどう答えるか、ミリアムは迷った。

 本当のことすべてをここで話すわけにはいかないが、嘘をつくのも信頼を失ってしまうので問題。となると、嘘にはならない範囲で答えを述べるのが相応しいのだろう。が、どこまで言って良いものか。

「彼は私を庇ってくれたわ。だから私は彼を信じる。能力者でありながらこちらにつくのだから、きっと、何か事情はあるのだろうけれど……でも、信じているわ」

 ミリアムも一度はロゼットを怪しんだ。だが今はもう彼を怪しんではいない。夕方に早く帰ることもなくなったし、それに代わるような謎の行動もない。だから今は、こちらについてくれているのだと、ミリアムは心から信じている。


 ◆


 その後、サラダたちと別れ、ミリアムは一人施設内の廊下を歩いていた。
 そんな時、ふとロゼットの姿を見かける。彼は掃除のおばさんと共に歩いていた。トイレ掃除を習いに出ていったので、今はまだその途中なのだろう。

「このブラシを持ってねぇ。分かるぅ?」
「はい。このブラシで擦るのですね」

 二人並んで歩いているところを見かけ、ミリアムは何とも言えない気分になった。
 そもそも、ミリアムは、そのおばさんとは気が合わなかった。ここへ来てすぐの頃、彼女に色々嫌がらせされたので、いまだに苦手なままである。ちなみに、彼女の名前はヴァヴァという。

「そういうことよぅ。ロゼットくんは物分かり良いねぇ」
「そんなことはありません」

 ヴァヴァは五十代後半の女性であり、やや肥満体で、若い男子からは裏で巨乳婆さんなどと呼ばれている人物だ。

 この施設で働いている掃除係の中では最高齢。
 彼女は自分をリーダーと思い込み、やたらと威張っている。

 そんなヴァヴァは、ミリアムがここへやって来た時ミリアムのことを良く思わなかった人間のうちの一人だ。ヴァヴァは自分以外の人間がチヤホヤされていることを嫌う。そして、自分より美しい娘のことも嫌うのだ。

 皆からミリアムが認められた今では、ヴァヴァはミリアムにあまり関わらなくなった。
 しかし、ミリアムは今でも、ヴァヴァのことを好きにはなれない。

「ねぇロゼットくん。知ってるぅ? この施設の中で一番の美人が誰かってこと」

 ヴァヴァがそんなよく分からない話題を振ったので、ミリアムはさりげなく会話を聞いてみることにした。
 妙な話題にロゼットがどう乗っていくかが気になったのだ。

「ミリアムさんでしょうか」
「ぶ! ぶぶぶぶぶ! 違うわよぅ」

 ヴァヴァはマスクを着用しているので問題なかったが、マスクをしていなかったら、多分辺りに大量の唾が飛び散っていたことだろう。そんな感じの「ぶ」の言い方だった。

「違うのですか。では……サラダさん?」
「んもーっ! ロゼットくんたら、見る目ないわねぇー!!」

 冗談で足踏みをするヴァヴァ。
 その姿を見たロゼットは苦笑していた。

「では、僕はそろそろ失礼します」
「んもーっ! 待って待ってぇ! 答えまだ聞いてないでしょーっ!」
「は、はぁ……」
「答えは、このヴァヴァよぅ!」

 その瞬間はさすがのロゼットも笑えていなかった。直前までは気を遣って苦笑していたが、答えを聞いた瞬間急激に冷めた表情になっていた。ここでヴァヴァの名前が出てくるとは夢にも思わなかったのだろう。

「……それは、事実ですか?」

 困惑したような面持ちでロゼットが尋ねる。
 するとヴァヴァは急に頬を膨らませた。濃い化粧のせいで真っ赤になっている頬が盛り上がる。

「もうっ! 失礼な質問ねぇ!」

 頬を膨らませ怒る可愛い少女のイメージなのだろうか?

 扉の陰からこっそり見ていたミリアムは、そんな風に思う。

「失礼でしたか。それはすみません」
「謝らなくていいわよぅっ! 惨めになっちゃう!」
「は、はい」

 いきなり怒り出したヴァヴァを見て、ロゼットは戸惑っていた。

「……なーんてねぇ。冗談だからねぇ」
「な。そうなのですか」
「そうよぅ! あ、もしかして本気で怒ってると思っちゃったかしらぁ?」

 先ほどのヴァヴァの言動は明らかに怒っている人のそれだった。ロゼットもそうだったのだろうが、ミリアムにも、怒っているふりには見えなかった。そこでミリアムが思いついたのは、つい怒ってしまったのを冗談だったことにしてごまかす作戦に出た、という可能性だった。

「いえ。気にしないで下さい」
「あぁーん! 優すぃーん!」

 ヴァヴァはロゼットの上半身に両腕を巻きつけ、厚い肉を当てながら抱き締める。
 能力者相手でも異性なだけで待遇がここまで違うのか……! と驚きを隠せないミリアムであった。
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