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19.別行動
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スープと別れ、ミリアムは進む。
硬い足音を立てながら施設内の通路を歩んでいく。
今はロゼットも共にある。彼はまたトイレ掃除に向かうのだろうが、今のところはミリアムに同行している。早速別行動、というわけではないらしい。
「おはよう、パン」
まず向かったのはパンが過ごしている部屋だ。
ノックしてから勝手に扉を開け、挨拶をしながら入室していく。
「おお! ミリアムさん!」
雑誌を読み散らかしていたパンは、くるりと身を返してミリアムたちを迎える。
「開いていたから勝手に入ってしまったわ。ごめんなさい」
ミリアムは室内に入り込んでから、勝手に扉を開けたことを一応謝っておく。
パンはちっとも気にしていない様子だった。
「いや、それはいい。気にするな」
そんな言葉を発しつつ、パンは近くの雑誌を片付けていく。
「良かった。それで、今日は仕事はあるかしら」
ミリアムの背後には今もロゼットがいる。ただし、こういう時には、彼は多くを語らない。今の彼は人形も同然。口は閉じたままで、ミリアムとパンの会話を聞いている。
「あーそうだな。あるとしたら、対能力者戦闘訓練だけだな」
「それ、懐かしいわね。昔もやっていたわね」
「ミリアムさんが来てくれて、あれから、もうずーっと続いてるぜ」
パンとミリアムは軽やかに言葉を交わす。まるで、ずっと昔から知り合いだったかのような、そんな会話の仕方だ。ロゼットはその様子を無言で見守っている。
「そう。じゃあ少し行ってこようかしら」
「いいのか?」
「えぇ、構わないわ。能力者と言っても私はたいして強くはないけれど……」
「いやいや。強い弱いはそんなに関係無いぜ」
そこまで言って、パンは視線をロゼットの方へと移した。
唐突に目を向けられたロゼットは、少しばかり戸惑ったような顔でパンを見る。
「アンタは今日も掃除か?」
「はい」
「そういうことなら、もう行ってきた方がいいんじゃないか?」
「それもそうですね。では、行って参ります」
ロゼットは一度だけ丁寧に礼をする。そして、ミリアムに目で合図をして、体の向きをくるりと反転させる。やがて、扉の方へ歩き出した。
そうしてロゼットが退室していくと、パンの視線はミリアムの顔へ戻る。
肌で感じる空気の湿りはもうない。部屋に空気循環器が設置されているからかもしれないが、心地よい、過ごしやすい空気だ。
「ミリアムさん。……あの男を家に連れ込んだってのは本当か?」
「えっ」
何の前触れもなくそんなことを問われたものだから、ミリアムは戸惑いを隠せない。
慌てそうになる自分を、ミリアムは心の中で叱る。
ロゼットを家に招いたことは事実だ。でも、変な意味で招き入れたわけではないのだから、何も恐れることはない。堂々と真実を語れば、それで問題ないはず。
「えぇ。そうよ。昨日だけだけれど」
パンはそのことを誰から聞いた?
あるいは、パンがその目で私たちの姿を見かけた?
……疑問は多いが、ミリアムは今それを聞ける立場ではない。
「でも。連れ込んだ、なんて言い方はちょっと違うんじゃないかしら。私はただ、雨に濡れてしまった彼にシャワーを貸しただけだもの」
◆
ミリアムと別れ、パンの部屋を出たロゼットは、誰も連れずに通路を歩く。トイレ掃除に取り掛かるための移動だ。まずは掃除のための道具を取りに行かねばならない。銀の髪はなびかせながら、一階のトイレを目指す。
その途中、ロゼットはサラダと遭遇した。
彼は挨拶だけして通り過ぎようとしたのだが、サラダに声をかけられて止められてしまう。
「ロゼットさん! 少し良いですか?」
「僕に何か用でしょうか」
「いきなりすみません! 聞きたいことがあって! ……同行してもらって構いませんか?」
唐突なことに、ロゼットは、相手を怪しむ心を持たずにはいられない。彼は訝しむような顔をサラダに向けていた。サラダがそのことに気づいていたかどうかは不明だが、話はそのまま続いていく。
「どこかへ行くのですか?
「はいっ。少しだけロゼットさんに見ていただきたいものがあって!」
「……僕が見ても何も解決にはならないと思いますが」
ロゼットはまだサラダのことを怪しく思っている様子だ。
「いいんです! 見ていただけるだけで問題ありませんからっ」
「……分かりました」
こうして、ロゼットはサラダについていくこととなった。
サラダは何もない宙へ目をやりながら歩いていく。そんな彼女の様子を、ロゼットはおかしく思っていた。ただ、その感情を言葉にすることはしない。ロゼットは様子を窺うような顔をしながらも、黙ってサラダについていっている。
やがて、ロゼットは見知らぬ部屋に招き入れられる。
そこは何もない部屋だった。殺風景な室内。
「……目的地はここですか」
ロゼットは辺りを見回し状況を確認する。
「そうなんです。わたし、ロゼットさんに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「はい。正直に答えていただければ何もしないので」
「……っ!?」
その時、ロゼットは背後から人が入ってきたことに気づいた。
入ってきたのは三十代くらいの男性。ロゼットとは面識のない人物。
「ロゼットさん、貴方は、銀の国の味方なんじゃないですか」
サラダは直前までとは別人になったかのような冷ややかな目でロゼットを見る。
彼女の目は今や愛らしい少女のそれではない。これまで放っていた晴れやかさや明るさは消滅し、刃を擬人化したような少女の姿になっている。
「……なぜそのようなことを?」
ロゼットは警戒心を隠そうとはしない。サラダや先ほど現れた男性のことを警戒している。それを隠すことに意味はない、と考えているようだった。
「いきなり現れて仲間に。しかもミリアムさんに絡んで。正直なことを言わせてもらうと、怪しいと思わずにはいられなかったんです」
サラダは真剣な眼差しで述べる。
「刺客の一件以来で貴方のことを信頼した人は多いようですけど、わたしはまだ貴方を信じてはいません。貴方のことが嫌いだ、というわけではないですけど」
何もない室内に漂う空気は、言葉にならないほど冷たいものだ。
そして、緊迫感も凄まじいものがある。
「そうでないのなら、そうでないと答えれば良いだけです。……貴方は銀の国の手先ですか?」
硬い足音を立てながら施設内の通路を歩んでいく。
今はロゼットも共にある。彼はまたトイレ掃除に向かうのだろうが、今のところはミリアムに同行している。早速別行動、というわけではないらしい。
「おはよう、パン」
まず向かったのはパンが過ごしている部屋だ。
ノックしてから勝手に扉を開け、挨拶をしながら入室していく。
「おお! ミリアムさん!」
雑誌を読み散らかしていたパンは、くるりと身を返してミリアムたちを迎える。
「開いていたから勝手に入ってしまったわ。ごめんなさい」
ミリアムは室内に入り込んでから、勝手に扉を開けたことを一応謝っておく。
パンはちっとも気にしていない様子だった。
「いや、それはいい。気にするな」
そんな言葉を発しつつ、パンは近くの雑誌を片付けていく。
「良かった。それで、今日は仕事はあるかしら」
ミリアムの背後には今もロゼットがいる。ただし、こういう時には、彼は多くを語らない。今の彼は人形も同然。口は閉じたままで、ミリアムとパンの会話を聞いている。
「あーそうだな。あるとしたら、対能力者戦闘訓練だけだな」
「それ、懐かしいわね。昔もやっていたわね」
「ミリアムさんが来てくれて、あれから、もうずーっと続いてるぜ」
パンとミリアムは軽やかに言葉を交わす。まるで、ずっと昔から知り合いだったかのような、そんな会話の仕方だ。ロゼットはその様子を無言で見守っている。
「そう。じゃあ少し行ってこようかしら」
「いいのか?」
「えぇ、構わないわ。能力者と言っても私はたいして強くはないけれど……」
「いやいや。強い弱いはそんなに関係無いぜ」
そこまで言って、パンは視線をロゼットの方へと移した。
唐突に目を向けられたロゼットは、少しばかり戸惑ったような顔でパンを見る。
「アンタは今日も掃除か?」
「はい」
「そういうことなら、もう行ってきた方がいいんじゃないか?」
「それもそうですね。では、行って参ります」
ロゼットは一度だけ丁寧に礼をする。そして、ミリアムに目で合図をして、体の向きをくるりと反転させる。やがて、扉の方へ歩き出した。
そうしてロゼットが退室していくと、パンの視線はミリアムの顔へ戻る。
肌で感じる空気の湿りはもうない。部屋に空気循環器が設置されているからかもしれないが、心地よい、過ごしやすい空気だ。
「ミリアムさん。……あの男を家に連れ込んだってのは本当か?」
「えっ」
何の前触れもなくそんなことを問われたものだから、ミリアムは戸惑いを隠せない。
慌てそうになる自分を、ミリアムは心の中で叱る。
ロゼットを家に招いたことは事実だ。でも、変な意味で招き入れたわけではないのだから、何も恐れることはない。堂々と真実を語れば、それで問題ないはず。
「えぇ。そうよ。昨日だけだけれど」
パンはそのことを誰から聞いた?
あるいは、パンがその目で私たちの姿を見かけた?
……疑問は多いが、ミリアムは今それを聞ける立場ではない。
「でも。連れ込んだ、なんて言い方はちょっと違うんじゃないかしら。私はただ、雨に濡れてしまった彼にシャワーを貸しただけだもの」
◆
ミリアムと別れ、パンの部屋を出たロゼットは、誰も連れずに通路を歩く。トイレ掃除に取り掛かるための移動だ。まずは掃除のための道具を取りに行かねばならない。銀の髪はなびかせながら、一階のトイレを目指す。
その途中、ロゼットはサラダと遭遇した。
彼は挨拶だけして通り過ぎようとしたのだが、サラダに声をかけられて止められてしまう。
「ロゼットさん! 少し良いですか?」
「僕に何か用でしょうか」
「いきなりすみません! 聞きたいことがあって! ……同行してもらって構いませんか?」
唐突なことに、ロゼットは、相手を怪しむ心を持たずにはいられない。彼は訝しむような顔をサラダに向けていた。サラダがそのことに気づいていたかどうかは不明だが、話はそのまま続いていく。
「どこかへ行くのですか?
「はいっ。少しだけロゼットさんに見ていただきたいものがあって!」
「……僕が見ても何も解決にはならないと思いますが」
ロゼットはまだサラダのことを怪しく思っている様子だ。
「いいんです! 見ていただけるだけで問題ありませんからっ」
「……分かりました」
こうして、ロゼットはサラダについていくこととなった。
サラダは何もない宙へ目をやりながら歩いていく。そんな彼女の様子を、ロゼットはおかしく思っていた。ただ、その感情を言葉にすることはしない。ロゼットは様子を窺うような顔をしながらも、黙ってサラダについていっている。
やがて、ロゼットは見知らぬ部屋に招き入れられる。
そこは何もない部屋だった。殺風景な室内。
「……目的地はここですか」
ロゼットは辺りを見回し状況を確認する。
「そうなんです。わたし、ロゼットさんに聞きたいことがあって」
「聞きたいこと?」
「はい。正直に答えていただければ何もしないので」
「……っ!?」
その時、ロゼットは背後から人が入ってきたことに気づいた。
入ってきたのは三十代くらいの男性。ロゼットとは面識のない人物。
「ロゼットさん、貴方は、銀の国の味方なんじゃないですか」
サラダは直前までとは別人になったかのような冷ややかな目でロゼットを見る。
彼女の目は今や愛らしい少女のそれではない。これまで放っていた晴れやかさや明るさは消滅し、刃を擬人化したような少女の姿になっている。
「……なぜそのようなことを?」
ロゼットは警戒心を隠そうとはしない。サラダや先ほど現れた男性のことを警戒している。それを隠すことに意味はない、と考えているようだった。
「いきなり現れて仲間に。しかもミリアムさんに絡んで。正直なことを言わせてもらうと、怪しいと思わずにはいられなかったんです」
サラダは真剣な眼差しで述べる。
「刺客の一件以来で貴方のことを信頼した人は多いようですけど、わたしはまだ貴方を信じてはいません。貴方のことが嫌いだ、というわけではないですけど」
何もない室内に漂う空気は、言葉にならないほど冷たいものだ。
そして、緊迫感も凄まじいものがある。
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