エトランジェの女神

四季

文字の大きさ
27 / 57

26.支配

しおりを挟む
「ごめんなさい……その、驚かせるようなことをして。慌てないでもらえるかしら……」

 ミリアムは突き刺さる視線の痛さを感じつつも述べる。

 室内の空気は能力発動を境に大きく変化した。それまでも棘のある空気ではあったが、そこに能力への恐怖も混じり、これまた奇妙な雰囲気になってしまっている。

 ただ、一人だけ恐れを抱いていない様子の者がいた。
 離れたところにいる傍観者的立ち位置の人だ。

 サラダもスープも、被害者の横にいる男性も——皆一様に怯えている。なのに、その男だけは、能力者を恐れるような目をしていない。様子をじっと見つめていたにもかかわらず。

「あれ!? わたし何してましたっけ? ……ってミリアムさん? あっ。ロゼットさんも一緒なんですね!」

 スープに抱き締めるようにして動けなくされていたサラダが、突如明るい声を発した。

「……サラダ」

 冷酷になっていたサラダがよく知っているサラダに急に戻ったので、ミリアムは思わずそんなことを漏らしてしまった。

「え? ミリアムさん、どうしてそんな目を?」

 明るく、元気で、可愛くて。
 それが、ミリアムが知っているサラダだ。

 今日のサラダはミリアムが知る彼女ではなかった。が、ここ数十秒のサラダは、確かにミリアムが知るサラダである。

「あ、いえ。ただ、急に雰囲気が変わったなって思って」
「そうですか! ……それで、これはどういう状況なんですか?」

 ここに至った経緯をサラダが知らないはずがない。なんせ、彼女はずっとこの部屋の中にいたのだから。ミリアムがたどり着く前からこの騒ぎに参加していた彼女は一部始終を知っているはず。

 けれど、今の彼女の言い方を見たら、嘘をついているとは思えなかった。

 知らないふりをしているようには見えない。

「こんなことを言うと問題かもしれないけれど……やっぱり今日の貴女は少し変よ」
「わたしですか?」
「えぇ。だって、あんな冷たいことを言っていたのに」

 告げてから「言うべきではなかったかもしれない」と後悔したような顔をするミリアムだったが、返ってきたのは意外にも軽やかなものだった。

「えっ! 冷たいこと? 何の話です?」

 とぼけているのではない。
 素人にでもそれが分かるような顔をサラダはしていた。

「……まさか、覚えていないの」
「へ!? ミリアムさんに何か言いましたっけ!?」
「……本気で言ってる?」
「は、はい。何も言った記憶がないです。でも、嫌だったらごめんなさい」

 話せば話すほど、話はおかしな方向に進んでいってしまう。
 まったく噛み合わない。
 ミリアムは自分の記憶が間違いだったのかと心配になってきたくらいだ。

「いえ、いいの……。でも変ね。サラダは何も覚えていないだなんて」

 一人考え込むミリアムの脳裏に、ふと、あることが蘇った。
 それは、スープと共にサラダを探している最中のこと。

「……精神支配能力者」

 刹那、それまで動かなかった男の表情が変わった。

 ミリアムは小さな変化を見逃さない。

「ねぇサラダ。今日って、どこまで記憶がある?」

 無関係な二つが繋がったのは、偶然か必然か。
 そこはミリアムに分かることではない。

「記憶? そうですね、ええと、その方に頼まれてロゼットさんに声をかけて、それで——あれっ。うーん。その後は思い出せません」

 サラダは首をひねり考えるが、そこから先がなかなか出てこない。

「ロゼット。出会った時、サラダは既におかしかった?」
「おかしい、とは」
「サラダは基本明るい女の子でしょう」
「そういうことですか。確か……サラダさんはこの部屋に入った途端におかしくなりましたよ。急に冷ややかに」

 ミリアムは改めきちんと立ち、男の方へと歩き出す。

「貴方ね、サラダを豹変させたのは」

 ミリアムは真実をすべて知っていたわけではない。ただ、この奇妙な出来事にその男が関係しているという確信はあった。能力なくして、このような妙なことが起こるはずもない。奇跡だとか運命のいたずらだとか、そういうことが原因である可能性は低いと、ミリアムは考えている。

「何の話か」

 男は、一度は動揺が滲んでいた顔を無表情へと戻し、低い声で発する。
 この状況で冷静さを取り戻せるなんてやるわね、と思いつつ、ミリアムは彼の顔から目を離さない。

「……貴方は能力者なのではない?」
「意味が分からん」
「能力者ではないのかしら?」
「非能力者だ。ここにいるのだから、当然だろう」

 ミリアムは目を細める。

「そう。ではなぜ、さっき『精神支配能力者』と言った時に表情を変えたのかしら」

 男はそれでもまだ知らぬ顔をしていた。そんなことなかった、とでも言うかのように、怪訝な顔をしている。が、自然な表情ではない。本人としては平静を保っているつもりなのだろうし、一見そう見えるが、顔面は自然な表情を作りきれていない。近くで見ているミリアムにはそれが分かった。

「そもそも、私、貴方の顔は見たことがないわ」
「たまにしかここに来ていなかったからな」

 ミリアムは着実に話を進めていく。

「サラダ、彼とは知り合いなの? 昔からの知人?」
「へ? あ、いえ。違いますよ。その方からは、最近ここへ来たと聞いていますけど」

 今は明るいサラダに戻ったまま。現時点で再び操られ始めている様子はない。サラダはサラダだ。ただ、精神支配能力者と思われる男がその場にいる以上、油断はできない。いつどんな風にして誰を操り出すか分からないからだ。最悪ミリアムが操られる可能性だって、否定はできないのだし。

「で、どの話が真実なのかしら。貴方は『たまにしか来ていなかった』と言った。それはつまり、最近来るようになったのではないということね。でもサラダは『最近ここへ来たと聞いている』と言っている。本当の言葉はどっちなのかしら」

 ミリアムがひと息でそこまで述べると、男は急に舌打ちする。
 それまでは平静を保っているように見せていた男がついに本性を露わにした瞬間だった。

「ありゃどういう舌打ち……?」
「分かんないよ。スープは黙ってて」

 急に振る舞いを変えた男を見て、スープとサラダは困惑していた。
 男がそういう人物であったことは、サラダでさえ知らなかったようだ。

「なぜ舌打ちなんてするのかしら。きちんと言葉で——ちょっと! 待ちなさい!」

 舌打ちした男は、突如進行方向を変えて、全力で駆け出す。扉を閉めることもせず、乱暴に開け放ったままで、部屋から出ていく。逃げを選択したのだろう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

処理中です...