34 / 57
33.購入完了
しおりを挟む
数時間かけてエトランジェ内のいくつもの店を巡り、メモに書かれている物をすべて購入。
ミリアムはパンのところへと戻る。
施設へ戻るべく歩きながらふと空を見上げ、空模様が微かに変わっていることに気づく。白い小さな雲がいくつか浮かんでいる図柄だった空が、今は大きめの塊が一つ浮かんだような図柄に変わっている。変化は小さい。が、細やかながら面白い変化である。
特別なものに出会えたような気がして、ミリアムは少し幸せな気分になる。
贈り物を貰ったわけでも、お金を貰ったわけでもない。褒められたというわけでもない。それでも確かに幸せを感じている。それは、小鳥のさえずりのような幸せ。
こうも幸福感を覚えていると、自然と足取りが軽やかになる。
街路樹についた葉の一枚でさえ、ありふれたものではないように感じられてくるから、不思議。
◆
「戻ったわ、パン」
荷物は予想以上に重くなってしまったが、ミリアムはそれほど苦労なく帰ってくることができた。
精神状態が良かったからだろう。
「おお! 買えたか!」
「えぇ。一応揃ったわ。もし間違いがあったら申し訳ないけれど……」
「助かった。多くて悪かったな」
「平気よ。このくらいならどうとでもなるわ」
正直なことを言うなら、今回のおつかいは簡単なことではなかった。いろんなところを巡らねばならなかったから。ただ、『苦労』と言うに相応しいほどの疲れがなかったことは事実だ。
「ところであの男のことなんだが……」
ミリアムから買い物袋を受け取り、その中身を確認しつつパンは口を開く。
「疑惑の?」
唐突に話を振られたものだから、ミリアムは戸惑った顔をしてしまう。ただ、パンとは会話し慣れているので、戸惑いで言葉を紡げないとまではいかなかった。
「そうそう。あの男のことだぜ」
パンは買い物袋から中の商品を取り出し始める。目で大雑把に確認することが完了したので、実際に数える確認を開始することとしたようだ。
「何か変化が?」
「吐いたらしいぜ、銀の国から来たってな」
「そうなの!?」
ミリアムはらしくない大きな声を発してしまった。
想定外な言葉を耳にしたからだ。
「銀の国から……そんなことを軽々と話すかしら……」
パンが嘘をつく可能性を考えているわけではない。しかし、施設に侵入し他者の心を操るところまでやった男が、そう簡単に真実を打ち明けるとは思えなかったのだ。口を閉ざすくらい、彼からすれば容易いことだろうに。
「あぁ、心配はしなくていい。べつに何も乱暴なことはしてねぇ」
パンがそう言ったのは、ミリアムが戸惑った顔をしていたからだろう。
「そうね。でも……彼がそんなことを吐くなんて、意外だわ」
男が情報を打ち明けたことを喜んで良いのかどうか、ミリアムには分からなかった。
良かったー、はいおしまい! で良いものか。
「想像できないってか?」
「えぇ。そういう感じ」
「ま、みーんな驚いたぜ。まさかこんなすぐに吐くなんて、とな」
それはそうだろう。誰も驚かなかったとしたら、そのこと自体が驚きである。
「それで? もう解放するの?」
「いや、それはないな。銀の国との交渉材料として、しばらくここにいてもらう」
「……銀の国に何か動きが?」
「べつにたいしたことじゃないがな。取り敢えず、ロゼットをあの男の世話係にした」
パンの口からさらりと出た言葉に、ミリアムは衝撃を受ける。
「トイレ掃除じゃなくて!?」
「あぁ。トイレ掃除は誰でもできるからな」
「そ、そう……。待って! ロゼットはまだ怪我してるんじゃ……」
「そうだな。だが動けないほどではなさそうだったぞ」
その時ミリアムの胸に滲んだのは、ロゼットが男に何かされるのではないかという不安。
ロゼットは女性ではない。その点では安全だろう。けれども、相手が精神を操る能力を持つ者だとしたら、ロゼットが危害を加えられない保証はどこにもない。外傷を負わされることはなくとも、精神に攻撃されるリスクがある。
「そう。なら良いのだけど……」
ミリアムの心の内はまだ晴れない。
不安やら何やらが、もやのように渦巻いていて。
「ちょっくら会いに行ってくるか?」
「え」
「ロゼットに、ってことさ。それなら案内してやるが」
パンの口から出た提案はミリアムにとって想定外のこと。けれどもそれは、嫌な提案ではなかった。意外ではあるが、乗りたくない内容ではない。
「でも……迷惑じゃない?」
「大丈夫だとは思うが。そもそも、ロゼットがミリアムさんのことを迷惑とか言うと思うか」
ミリアムとしては、非能力者と誰かと会わなくてはならないより、ロゼットと会う方が気が楽だ。彼は同じ力を持つ者だから、接するにしても変に気を遣わなくて済む。能力者だからと悪く思われるのではないかという心配も皆無に近い。
「……そうね。ロゼットは優しいもの、きっと言わないわ」
「だろ? じゃあ行くか」
「意外と名案かもしれないわね!」
「……おいおい。意外とって何だ、意外とって」
その後、ミリアムはパンに案内してもらうことになった。
目指す場所は、あの怪しい男が入れられている部屋。ロゼットがいるから、そこへ行くのだ。
◆
急がず怠惰にならず、歩くこと数分。
目的の場所へ到着することができた。
精神支配能力を持つという疑いがかかっている男が入れられている部屋、その扉の前にロゼットはいた。
「おーいロゼット、ミリアムさんが来たぞー」
パンが冗談交じりな言い方でそう述べると、ロゼットは驚いた顔をしてミリアムを見た。
「ミリアムさん……!」
ロゼットの暗い色みの瞳に無垢な輝きが宿る。
「ごめんなさい。仕事中に来て迷惑だったかしら」
「いえ、そんなことはありません……!」
妙に嬉しそうな顔をされ、ミリアムは戸惑いを隠せない。
こんなにも喜ばれるとは思っていなかったのだ。
「そう? なら良かった。ロゼット、トイレ掃除は辞めたのね」
「役目を与えていただきましたので……いずれはまた戻ります。可能であれば、ですが」
「今だけということなのね」
「はい。そういうことです」
ミリアムはパンのところへと戻る。
施設へ戻るべく歩きながらふと空を見上げ、空模様が微かに変わっていることに気づく。白い小さな雲がいくつか浮かんでいる図柄だった空が、今は大きめの塊が一つ浮かんだような図柄に変わっている。変化は小さい。が、細やかながら面白い変化である。
特別なものに出会えたような気がして、ミリアムは少し幸せな気分になる。
贈り物を貰ったわけでも、お金を貰ったわけでもない。褒められたというわけでもない。それでも確かに幸せを感じている。それは、小鳥のさえずりのような幸せ。
こうも幸福感を覚えていると、自然と足取りが軽やかになる。
街路樹についた葉の一枚でさえ、ありふれたものではないように感じられてくるから、不思議。
◆
「戻ったわ、パン」
荷物は予想以上に重くなってしまったが、ミリアムはそれほど苦労なく帰ってくることができた。
精神状態が良かったからだろう。
「おお! 買えたか!」
「えぇ。一応揃ったわ。もし間違いがあったら申し訳ないけれど……」
「助かった。多くて悪かったな」
「平気よ。このくらいならどうとでもなるわ」
正直なことを言うなら、今回のおつかいは簡単なことではなかった。いろんなところを巡らねばならなかったから。ただ、『苦労』と言うに相応しいほどの疲れがなかったことは事実だ。
「ところであの男のことなんだが……」
ミリアムから買い物袋を受け取り、その中身を確認しつつパンは口を開く。
「疑惑の?」
唐突に話を振られたものだから、ミリアムは戸惑った顔をしてしまう。ただ、パンとは会話し慣れているので、戸惑いで言葉を紡げないとまではいかなかった。
「そうそう。あの男のことだぜ」
パンは買い物袋から中の商品を取り出し始める。目で大雑把に確認することが完了したので、実際に数える確認を開始することとしたようだ。
「何か変化が?」
「吐いたらしいぜ、銀の国から来たってな」
「そうなの!?」
ミリアムはらしくない大きな声を発してしまった。
想定外な言葉を耳にしたからだ。
「銀の国から……そんなことを軽々と話すかしら……」
パンが嘘をつく可能性を考えているわけではない。しかし、施設に侵入し他者の心を操るところまでやった男が、そう簡単に真実を打ち明けるとは思えなかったのだ。口を閉ざすくらい、彼からすれば容易いことだろうに。
「あぁ、心配はしなくていい。べつに何も乱暴なことはしてねぇ」
パンがそう言ったのは、ミリアムが戸惑った顔をしていたからだろう。
「そうね。でも……彼がそんなことを吐くなんて、意外だわ」
男が情報を打ち明けたことを喜んで良いのかどうか、ミリアムには分からなかった。
良かったー、はいおしまい! で良いものか。
「想像できないってか?」
「えぇ。そういう感じ」
「ま、みーんな驚いたぜ。まさかこんなすぐに吐くなんて、とな」
それはそうだろう。誰も驚かなかったとしたら、そのこと自体が驚きである。
「それで? もう解放するの?」
「いや、それはないな。銀の国との交渉材料として、しばらくここにいてもらう」
「……銀の国に何か動きが?」
「べつにたいしたことじゃないがな。取り敢えず、ロゼットをあの男の世話係にした」
パンの口からさらりと出た言葉に、ミリアムは衝撃を受ける。
「トイレ掃除じゃなくて!?」
「あぁ。トイレ掃除は誰でもできるからな」
「そ、そう……。待って! ロゼットはまだ怪我してるんじゃ……」
「そうだな。だが動けないほどではなさそうだったぞ」
その時ミリアムの胸に滲んだのは、ロゼットが男に何かされるのではないかという不安。
ロゼットは女性ではない。その点では安全だろう。けれども、相手が精神を操る能力を持つ者だとしたら、ロゼットが危害を加えられない保証はどこにもない。外傷を負わされることはなくとも、精神に攻撃されるリスクがある。
「そう。なら良いのだけど……」
ミリアムの心の内はまだ晴れない。
不安やら何やらが、もやのように渦巻いていて。
「ちょっくら会いに行ってくるか?」
「え」
「ロゼットに、ってことさ。それなら案内してやるが」
パンの口から出た提案はミリアムにとって想定外のこと。けれどもそれは、嫌な提案ではなかった。意外ではあるが、乗りたくない内容ではない。
「でも……迷惑じゃない?」
「大丈夫だとは思うが。そもそも、ロゼットがミリアムさんのことを迷惑とか言うと思うか」
ミリアムとしては、非能力者と誰かと会わなくてはならないより、ロゼットと会う方が気が楽だ。彼は同じ力を持つ者だから、接するにしても変に気を遣わなくて済む。能力者だからと悪く思われるのではないかという心配も皆無に近い。
「……そうね。ロゼットは優しいもの、きっと言わないわ」
「だろ? じゃあ行くか」
「意外と名案かもしれないわね!」
「……おいおい。意外とって何だ、意外とって」
その後、ミリアムはパンに案内してもらうことになった。
目指す場所は、あの怪しい男が入れられている部屋。ロゼットがいるから、そこへ行くのだ。
◆
急がず怠惰にならず、歩くこと数分。
目的の場所へ到着することができた。
精神支配能力を持つという疑いがかかっている男が入れられている部屋、その扉の前にロゼットはいた。
「おーいロゼット、ミリアムさんが来たぞー」
パンが冗談交じりな言い方でそう述べると、ロゼットは驚いた顔をしてミリアムを見た。
「ミリアムさん……!」
ロゼットの暗い色みの瞳に無垢な輝きが宿る。
「ごめんなさい。仕事中に来て迷惑だったかしら」
「いえ、そんなことはありません……!」
妙に嬉しそうな顔をされ、ミリアムは戸惑いを隠せない。
こんなにも喜ばれるとは思っていなかったのだ。
「そう? なら良かった。ロゼット、トイレ掃除は辞めたのね」
「役目を与えていただきましたので……いずれはまた戻ります。可能であれば、ですが」
「今だけということなのね」
「はい。そういうことです」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました
鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。
けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。
そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。
シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。
困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。
夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。
そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。
※他投稿サイトにも掲載中
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました
もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!
異世界で王城生活~陛下の隣で~
遥
恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。
グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます!
※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。
※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。
イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。
楠ノ木雫
恋愛
蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる