エトランジェの女神

四季

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35.着眼点

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「貴女のような人がいてくれれば、どんなに良かったか……」

 沈黙の後、ロゼットが発したのは意味ありげな言葉だった。
 言葉だけでも意味深だが、哀愁漂う顔つきで述べるとより一層何かしらの深い意味がありそうな雰囲気になる。
 物理的に一番近くにいたミリアムも、違和感を覚える。なぜこのタイミングでこんな意味ありげなことを言うのだろう、と。気にしなければそれまでだが、自然と気になってしまう。

「……何の話?」

 十秒ほど経過してから、ミリアムは尋ねるような言い方をした。
 ミリアムはロゼットを見上げ、ロゼットはミリアムを見下ろす。身長差ゆえ、どうしても高低差はできてしまう。けれども、その高低に地位的な高い低いはない。二人はただ、同じように視線を重ねている。

「もっと幼い頃に貴女のような人に出会っていれば。時折、そう思うこともあるのです」
「そうなの? それは……口説き文句?」
「ち、違います! そのようなおかしなものではありません!」

 ロゼットは強く否定する。
 よほど口説き文句と捉えられたくなかったのだろう。
 いつもの彼らしくない妙な押しの強さに、ミリアムは困惑する。その困惑を隠すため、苦笑しつつ時間を稼ぐ。あくまでさりげなく。怪しまれないよう自然に。

「自分で言うのも何ですが、ここへ来る前まではそれなりに悲惨な人生だったので。その頃にミリアムさんのような寛容な方に出会えていたらどんなに良かっただろう、と」

 ミリアムは、ロゼットが己のことを話したそうにしていることに気づいた。

 直接的な言葉で言われずとも、その程度であれば、表情や視線や目つきから察することができる。

 誰が通りかかるか分からない場所で他人の過去に関することを聞くというのは、若干納得できない部分もある。もし何者かに聞かれていたら、という不安のようなものが拭えないから。

 けれど、本人が話したそうにしているのに気づかないふりをするというのも、ミリアムにはできないことだ。

「過去の話をしたいの?」

 ミリアムは僅かに首を傾けながら尋ねる。
 するとロゼットは、秘密がばれた時のような恥ずかしそうな顔をした。

「……分かりましたか」

 少しばかり恥じらうような表情。
 彼はいつからこんな顔をするようになったのだろう、と、ミリアムは不思議に思う。
 お気に入りの場所であるビルの最上階で話しかけてきた時——ロゼットと知り合った時だが、あの時の彼は派手な表情を作る方ではなかった。それどころか、どことなく虚ろな目をしていたように思う。あの頃の彼は、話している間ずっと、血が通っていないような目をしていた。

「実は、そうなんです。同情してくれとは言いません。ただ……あちらでの日々について話したいという思いは少しあったりして」

 惹きつけられるような雰囲気をまとい、美しく、しかしながら無機質で。
 それがあの頃のロゼットだった。

「いいわよ。話したいなら聞くわ」

 両手を背中側に回して組み、ミリアムは顔面に笑みを浮かべる。

「本当ですか……!」

 話したかったことを聞いてもらえそうな流れになったことが嬉しかったらしく、ロゼットは半ば無意識のうちに頬を緩めていた。

「でも、ここで話して問題ないの? 中のあの人に聞かれるんじゃ?」
「いえ。問題ありませんよ。元々……あちらでは有名な話でしたから」
「そうなの? ならいいけど」

 それからミリアムは、ロゼットが育ってくる過程において受けてきた酷い仕打ちについて聞いた。

 そう広くない地下室に置かれ、一日のほとんどをその中だけで過ごしていたこと。非常に質素な物しか与えられず、まともな食生活でなかったこと。機嫌が悪いと家の者たちから暴力を受けたこと。

 ロゼットの口から出てくるのは、耳を塞ぎたくなるような話ばかりだった。

 物騒な話を聞かされても、どう反応すれば良いか分からない。
 それが今のミリアムの気持ちだった。

 ミリアムは彼とは違い不幸な生き方をしてはこなかった。親に恵まれ、財産も持って。心身ともに豊かな暮らしをしてきた。

 だが、だからこそ、不幸な過去の話を聞いてどのように接するのが相応しいのかが掴めなかった。

 可哀想ね、酷いわね。辛かったのね。そういうことを述べるだけで良いのなら話は簡単だ。けれどもロゼットは、同情してほしいという思いで過去を語っているわけではなさそうである。それなら、どう返事すれば良いというのか。何を求めているのか、ヒントくらいでも教えてもらえたなら、少しは対応を考えられたかもしれない。でも、今はヒントなど欠片ほども貰えず、接し方に困ってしまう。

「すみません。つまらない話を」

 ミリアムが返す言葉を悩んでいると、ロゼットが先にそんなことを言った。

「い、いえ! つまらないだなんて! そんなこと、ないのよ」
「同情を求めているわけではありません。聞いていただけただけで幸せです」
「……知ってほしかっただけ、ということ?」
「はい。それと、あともう一つだけあります」

 話が続くことに驚くミリアム。
 そんな彼女の前で、ロゼットは長く伸びた前髪を持ち上げた。
 銀の髪に隠された顔の右側。そこには彼の悲劇が刻まれていた。目もとには傷、焼けたような痕。それは、恐ろしく悲しげな記憶。

「……っ!?」

 これにはさすがのミリアムも衝撃を受けずにはいられなかった。
 幽霊でも見たかのような顔をしてしまう。

「あ……ご、ごめんなさい。こんな反応をして……失礼よね」

 正気を取り戻すまで数秒かかった。そして、ようやく正気を取り戻した暁に、襲ってくるのは罪悪感。他人の容姿に対して驚い顔をしてしまったことへの罪悪感が、胸の中に渦巻く。

「いえ。慣れていますから」
「それは一体? 銀の国にいた時代の傷痕?」
「はい。そのようなものです」
「そうだったの……。なんというか……悲しいのね」

 なぜ敢えて見せたのか?

 ミリアムには意図が掴めなかった。

「悲しい、ですか」
「もしかして悪いことを言った!?」
「いえ。珍しい着眼点だと」
「そ、そう……」
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