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36.承認欲求
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「ミリアムさんのその独特のセンス、素晴らしいと思います」
通路に人の姿はない。その場にいるのはミリアムとロゼットだけ。本来人通りがまったくないところではないが、今は誰も通らない。それが幸運なのかどうかははっきりしないけれど。
「そ、そうかしら……」
「僕はそう思います。あくまで、個人の意見ではありますが」
通路内に響くのは二人の声のみ。それ以外に音はなかった。風が吹く音や足音といった小さな音さえ、耳に入らない。
「それは……褒めているのかしら?」
ミリアムは、綺麗な形の唇にいたずらっ子のような笑みを浮かべつつ、ロゼットへ目をやる。
それに対し、ロゼットは微笑みを返す。
「はい。褒めているつもりです」
迷いなど欠片もなく、落ち着いて返すロゼット。
その表情は柔らかく、また、楽しそうでもあった。
「では、僕はもうしばらくここにいますね。見張りをしておかねばなりませんので」
やがてロゼットはそんなことを述べた。
「あ。そうだったわね。邪魔したかしら」
その時になってミリアムはロゼットが仕事中であることを思い出した。
高い給金を貰っているわけではないので厳密には本格的な仕事ではないのだろうが、自分の行動がロゼットに迷惑をかけていたら大問題だ、と内心焦る。
「いえ。……ところで、ミリアムさんはこれから何か他の用事があるのでしょうか?」
「私? 私は特に予定はないわ」
「そうなのですか。それは良かった、安心しました」
ロゼットが微笑みつつそんなことを言うのを聞いて、ミリアムは戸惑う。
「え、どういう意味?」
「次の予定があったのだとしたら、色々話してしまったのは悪かっただろうか。そう思いまして」
「あぁ! そういうこと! なら心配は要らないわ。私はいちいち貴方のせいになんてしないわよ」
ロゼットの過去の話は終了した。ある程度の時間を二人で過ごすこともできた。そろそろ解散しても問題ない頃だろう。
「じゃあまたね。ロゼット」
「はい。それでは」
こうして、ミリアムとロゼットの交流は終わった。
取り敢えずパンの部屋へ戻ろうと、来た道を引き返す。
だが、その道中に、掃除係の女性三人がミリアムのことを話しているところを見かけてしまった。
一人は五十代後半の女性ヴァヴァ。ミリアムとは昔から気が合わなかった人物だ。他の二人は三十代くらいに見える若めの女性でミリアムとは知り合いでない人。だが、ヴァヴァがいるので、ミリアムはすんなりとは通過しづらい。
「聞いた? ミリアムって娘こが非能力者に手を出したそうよぉ。あぁコワイコワイ!」
ミリアムの話を大声で言い触らしているのはヴァヴァ。
「そうなんですかー」
「びっくりですねー」
三十代くらいと思われる女性二人は、ヴァヴァの話を流しつつ聞いている。
ミリアムについて話すことにそこまで積極的ではなさそうだ。
ヴァヴァの方がベテランで年上ということもあって、話しかけられると逃れづらいのだろう。どうでもいいと思っていても立ち去ることはできない状況に陥っている、という雰囲気だということは、離れたところにいるミリアムにも分かった。
三人で盛り上がっているのでなければ、まだしも通過はしやすいかもしれない。
そう考え、ミリアムは思いきって三人の横を通り過ぎることにした。
何か言われるかもしれない。怖いものを見るような目で見られるかもしれない。けれど、この険しい道を行くのならば、その程度で弱っているようでは駄目だ。
そんな風に考えたらから、である。
「元々あんまり良い感じはしてなかったんだけどぉ……やーぱりって感じね! あたし、若い頃から不思議な力があってぇ。それで、嫌な感じの人って、すぐ分かっちゃうのよねぇ」
ミリアムは前だけを見据えて歩く。相手のことは気にしない。意識の中に入れることさえしない。心は無に。何も考えず、足だけを動かし続ける。
「何か揉めたこととかあったんですかー?」
話し声はどう頑張っても耳に入ってきてしまう。
音を消し去ることはできない。
「いいえ! でも、一目見て分かったの。この娘は良くないって!」
癖の強いヴァヴァの声は、特に響く。
他の女性たちとは声を響きがまったくもって違っていた。
「人間誰しも合う合わないはありますよねー」
「もう! 面白いわねぇ! でもそうじゃないのよぅ。あたし、相手が良い人か悪い人か分かるの!」
「へ、へぇ。それは凄い……」
「でしょでしょ! うっふふふ。でも、特別な力があるって、不幸なのよねぇー」
ヴァヴァの声は癖が強い。そして、話し方もまた、ありふれたものではない。独特のものだ。それゆえ、ただ近くを通り過ぎるだけであっても、妙に耳が拾ってしまう。直接言い合うことはせずとも、不快は不快だ。だからこそ、速やかに通過したいというもの。
「天才ゆえの不幸っていうの? そういうのがあるのよぉ。ま、そうでない人には分かってもらえないことが多いんだけどね!」
ミリアムは三人の横を通過することができた。
広くない場所でのすれ違いということで少々緊張していたが、幸い絡まれることはなかった。
「へぇー。そうなんですねー、すごーい」
「うっふふんふふん! そうでしょそうでしょーっ」
自慢して、周囲に流されていて、でもそれに気づかない。何と哀れなのだろう。本人が承認欲求を満たせて満足しているのなら問題ないが、離れて見ていると可哀想にしか思えなかった。自ら色々言ってでも認められたいくらい認められてこなかったのだな、と、ミリアムは気の毒に思ってしまう。
だが、自分には関係のないことだ。
そう思いつつミリアムは先へと足を進める。
「ほーんと大変なのよね! 理解されなくて!」
「でしょうねー」
「大変ですねー」
「そうそう! 分かる!? ……って、まぁ、普通の人には分からないわよねぇ」
「そうなんですー」
「理解を得るのって難しいことですからねー」
認められたいがために騒ぎ立てる人間はどこにでもいる。ミリアムも、これまで生きてきた中で、そういう人に幾度か出会ってきた。それゆえ、ヴァヴァが珍しい質の人間なわけではないことは、ミリアムも理解している。
少しでも負けていると悟れば、積極的に攻撃を仕掛けてくる。
味方を増やそうとして、悪いことをやたらと言い触らす。それも、自分にとって都合の悪い部分は切り落としたうえで、真偽の怪しい噂を言って回るのだ。
通路に人の姿はない。その場にいるのはミリアムとロゼットだけ。本来人通りがまったくないところではないが、今は誰も通らない。それが幸運なのかどうかははっきりしないけれど。
「そ、そうかしら……」
「僕はそう思います。あくまで、個人の意見ではありますが」
通路内に響くのは二人の声のみ。それ以外に音はなかった。風が吹く音や足音といった小さな音さえ、耳に入らない。
「それは……褒めているのかしら?」
ミリアムは、綺麗な形の唇にいたずらっ子のような笑みを浮かべつつ、ロゼットへ目をやる。
それに対し、ロゼットは微笑みを返す。
「はい。褒めているつもりです」
迷いなど欠片もなく、落ち着いて返すロゼット。
その表情は柔らかく、また、楽しそうでもあった。
「では、僕はもうしばらくここにいますね。見張りをしておかねばなりませんので」
やがてロゼットはそんなことを述べた。
「あ。そうだったわね。邪魔したかしら」
その時になってミリアムはロゼットが仕事中であることを思い出した。
高い給金を貰っているわけではないので厳密には本格的な仕事ではないのだろうが、自分の行動がロゼットに迷惑をかけていたら大問題だ、と内心焦る。
「いえ。……ところで、ミリアムさんはこれから何か他の用事があるのでしょうか?」
「私? 私は特に予定はないわ」
「そうなのですか。それは良かった、安心しました」
ロゼットが微笑みつつそんなことを言うのを聞いて、ミリアムは戸惑う。
「え、どういう意味?」
「次の予定があったのだとしたら、色々話してしまったのは悪かっただろうか。そう思いまして」
「あぁ! そういうこと! なら心配は要らないわ。私はいちいち貴方のせいになんてしないわよ」
ロゼットの過去の話は終了した。ある程度の時間を二人で過ごすこともできた。そろそろ解散しても問題ない頃だろう。
「じゃあまたね。ロゼット」
「はい。それでは」
こうして、ミリアムとロゼットの交流は終わった。
取り敢えずパンの部屋へ戻ろうと、来た道を引き返す。
だが、その道中に、掃除係の女性三人がミリアムのことを話しているところを見かけてしまった。
一人は五十代後半の女性ヴァヴァ。ミリアムとは昔から気が合わなかった人物だ。他の二人は三十代くらいに見える若めの女性でミリアムとは知り合いでない人。だが、ヴァヴァがいるので、ミリアムはすんなりとは通過しづらい。
「聞いた? ミリアムって娘こが非能力者に手を出したそうよぉ。あぁコワイコワイ!」
ミリアムの話を大声で言い触らしているのはヴァヴァ。
「そうなんですかー」
「びっくりですねー」
三十代くらいと思われる女性二人は、ヴァヴァの話を流しつつ聞いている。
ミリアムについて話すことにそこまで積極的ではなさそうだ。
ヴァヴァの方がベテランで年上ということもあって、話しかけられると逃れづらいのだろう。どうでもいいと思っていても立ち去ることはできない状況に陥っている、という雰囲気だということは、離れたところにいるミリアムにも分かった。
三人で盛り上がっているのでなければ、まだしも通過はしやすいかもしれない。
そう考え、ミリアムは思いきって三人の横を通り過ぎることにした。
何か言われるかもしれない。怖いものを見るような目で見られるかもしれない。けれど、この険しい道を行くのならば、その程度で弱っているようでは駄目だ。
そんな風に考えたらから、である。
「元々あんまり良い感じはしてなかったんだけどぉ……やーぱりって感じね! あたし、若い頃から不思議な力があってぇ。それで、嫌な感じの人って、すぐ分かっちゃうのよねぇ」
ミリアムは前だけを見据えて歩く。相手のことは気にしない。意識の中に入れることさえしない。心は無に。何も考えず、足だけを動かし続ける。
「何か揉めたこととかあったんですかー?」
話し声はどう頑張っても耳に入ってきてしまう。
音を消し去ることはできない。
「いいえ! でも、一目見て分かったの。この娘は良くないって!」
癖の強いヴァヴァの声は、特に響く。
他の女性たちとは声を響きがまったくもって違っていた。
「人間誰しも合う合わないはありますよねー」
「もう! 面白いわねぇ! でもそうじゃないのよぅ。あたし、相手が良い人か悪い人か分かるの!」
「へ、へぇ。それは凄い……」
「でしょでしょ! うっふふふ。でも、特別な力があるって、不幸なのよねぇー」
ヴァヴァの声は癖が強い。そして、話し方もまた、ありふれたものではない。独特のものだ。それゆえ、ただ近くを通り過ぎるだけであっても、妙に耳が拾ってしまう。直接言い合うことはせずとも、不快は不快だ。だからこそ、速やかに通過したいというもの。
「天才ゆえの不幸っていうの? そういうのがあるのよぉ。ま、そうでない人には分かってもらえないことが多いんだけどね!」
ミリアムは三人の横を通過することができた。
広くない場所でのすれ違いということで少々緊張していたが、幸い絡まれることはなかった。
「へぇー。そうなんですねー、すごーい」
「うっふふんふふん! そうでしょそうでしょーっ」
自慢して、周囲に流されていて、でもそれに気づかない。何と哀れなのだろう。本人が承認欲求を満たせて満足しているのなら問題ないが、離れて見ていると可哀想にしか思えなかった。自ら色々言ってでも認められたいくらい認められてこなかったのだな、と、ミリアムは気の毒に思ってしまう。
だが、自分には関係のないことだ。
そう思いつつミリアムは先へと足を進める。
「ほーんと大変なのよね! 理解されなくて!」
「でしょうねー」
「大変ですねー」
「そうそう! 分かる!? ……って、まぁ、普通の人には分からないわよねぇ」
「そうなんですー」
「理解を得るのって難しいことですからねー」
認められたいがために騒ぎ立てる人間はどこにでもいる。ミリアムも、これまで生きてきた中で、そういう人に幾度か出会ってきた。それゆえ、ヴァヴァが珍しい質の人間なわけではないことは、ミリアムも理解している。
少しでも負けていると悟れば、積極的に攻撃を仕掛けてくる。
味方を増やそうとして、悪いことをやたらと言い触らす。それも、自分にとって都合の悪い部分は切り落としたうえで、真偽の怪しい噂を言って回るのだ。
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