エトランジェの女神

四季

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43.雨

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 戦いはミリアムの予想以上に長引いた。

 一日、一日、また過ぎてゆく。
 ミリアムが「数時間か、長くとも一日二日で収まるだろう」と考えていたのは、大きく外れた。

 エトランジェ側としては、戦いは長引かない方が良い。期間が長くなればなるほど、色々な面で不利になるから。銀の国には自国があるが、エトランジェにはこの街しかない。それではエトランジェ側が圧倒的に不利である。

 ただ、戦いという面から考えれば、エトランジェ側が不利な状況に陥っているわけではなかった。

 前線をまだわりと保てている。色々な奇策で相手を減らすことにも成功している。銀の国側の代表ともいえる存在のセシリアはまだ撤退を選びはしないけれど——圧倒的に有利な状況とは考えていないだろう。


 ◆


「ミリアムさん! はい!」

 夜、商店街の中の店舗内でうとうとしてしまっていたミリアムは、サラダに起こされた。

「……サラダ」
「毛布ですっ。使って下さい」

 サラダはベージュの毛布を両手で持って差し出してくれる。ミリアムはそれを寝惚けたまま受け取った。

「ありがとう。……私、寝てしまっていたのね」

 ミリアムは、せっかくの毛布を自分が使って良いのかと迷いつつも、毛布を体にかけてみる。肌触りの良い布は意外と心地よかった。

「わたしももうちょっとしたら寝ます!」
「そうだったの」
「ミリアムさんももう一度寝て大丈夫ですよー?」

 サラダは冗談めかしつつそんなことを言う。

 戦いの中でも、彼女は明るかった。
 ミリアムは太陽のようなサラダに癒やされる——が、その癒やしも長くは続かなかった。

「道を開けろ! 病院に運べ!!」

 突如、鋭い叫び声が店の外から聞こえてくる。
 ミリアムはその声に覚醒させられた。

 衝突してしまっている以上、負傷者が出るというのはやむを得ないことだ。本当は誰も傷つかないのが理想なのだろうけれど、無傷で勝利するというのは不可能に近いと言っても過言ではない。

 ただ、この時ミリアムは、嫌な気分になった。
 それは言葉で表現するのが難しいような感覚。恐ろしい光景を見てしまったかのような気分。うなじが粟立つ。

「ミリアムさん、どうしたんですか?」
「え」

 妙な感覚に戸惑っていたミリアムに話しかけたのはサラダ。

「あの、顔色が良くないですけど……」
「ごめんなさいサラダ。何でもないのよ。心配することはないわ」

 ミリアムはサラダに暗い顔を見せたくなくて、無理矢理微笑みを作る。心の奥を見られないよう、笑みという仮面ですべてを覆い隠してしまう。

「ところでサラダ、ロゼットはどこに行ったの?」
「ロゼットさんですか? 確か、ビルの最上階に。街全体を見渡せた方が操作しやすいとか何とか、仰ってましたよ。でも、どうして?」

 改めて問われると、ミリアム自身もなぜロゼットのことを口にしたのかよく分からなかった。

 ただ負傷者が運ばれていっただけなのに。
 ロゼットなんて無関係なのに。

「……自分でもよく分からないわ」
「少し分かる気がします。そういう時ってありますよね」

 ミリアムが曖昧な答えを発しても、サラダはそれをそっと受け入れた。それだけの寛容さが、サラダにはあった。

「でも、そういえば、彼とはもう数日会っていないの」

 ミリアムは体にかけていた毛布を握る指先に力を加える。そして、まるで何かを言いたくて仕方がないかのように俯き、ほんのりした哀愁を漂わせた。

 そんなミリアムに対し、サラダは気を遣うように尋ねる。

「……寂しいですか?」

 サラダの尋ねる声は控えめで、雨の音にすぐ掻き消されてしまった。
 そんな中、ミリアムはそっと答える。

「そうね。でも仕方ないことよ、それが定めだもの」

 夜のエトランジェに雨が降る。厳密にはロゼットが意図的に降らせているわけだが、その雨はどこまでも自然の雨に近く、人工的なものとは思えない。人々の心を、街を、すべてを、少しずつ濡らしてゆく。


 ◆


 高いビルの最上階、エトランジェ中を見渡せるその場所に、ロゼットは滞在していた。

 ここへ移ってからもう数日が経った。
 食糧はパンの部下が定期的に届けてくれるため、生活するという意味ではさほど問題はない。

「ミリアムさん……」

 ロゼットは窓ガラスに手をつき、ぼんやりと夜景を見下ろしつつ呟く。

 彼もまた、ミリアムと同じ想いでいた。

 遥か上空から見下ろすエトランジェは、これまでと何も変わっていない。けれども、地に降り立てば、そこは戦地。爆弾が向かってくるようなことはなくとも、戦闘が発生している地であることに変わりはないのだ。

 ただ、ビルの最上階、ロゼットがいるフロアは静かだ。
 そこに佇むのはロゼットただ一人。
 ロゼットはそこに一人佇み、エトランジェの天気をコントロールしている。味方から受け取る情報を参考にして、必要なところに雨を降らせ、必要のないところは雨が止むようにしているのだ。

 そんな夜。
 エレベーターの扉が何の前触れもなく開いた。

「こんばんは」

 ロゼットが驚いてエレベーターの方を見ると、少女が一人降りてきていた。
 桜色の髪を頭の左右で二つに結んだ、幼い女の子のような雰囲気の少女。年齢は十六か十七くらいだろうか。攻撃的な雰囲気の顔つきではない。瞳は赤茶色、目は丸く、柔らかそうな睫毛に囲まれている。体つきは華奢、腕も細い。

「えっと、貴女は……?」

 見知らぬ少女の登場に怪訝な顔をするロゼット。

「夜分にいきなりすみません」
「いえ、それは構いませんが……」

 ロゼットが困惑していると、少女は愛らしく微笑んだ。

「命をいただきに参りました」

 少女が身にまとっている淡いマゼンタのワンピース、その裾がふわりと持ち上がる。

 その華奢な体からは、確かに、能力者の気配が漂っていた。
 それは、特別な力を手にしている者特有の圧力のようなもの。
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