エトランジェの女神

四季

文字の大きさ
45 / 57

44.止む

しおりを挟む
 ビルの最上階にて、ロゼットは桜色のツインテールが似合う愛らしい少女と対峙する。

 その時、ロゼットは既に、少女が『ただの少女』ではないことに気づいていた。なぜなら、能力者の気配をまとっていたからだ。しかも、彼女は既に短くも強烈な発言をした後である。

 目の前の少女は敵。
 ロゼットはそう判断した。

「以前一度お会いしましたよね」

 少女は丁寧な口調で静かに述べる。
 落ち着き払っていて、若い少女のメンタルとは思えない。

「……そうでしたか?」

 ロゼットは少女のことを知らなかった。けれども少女はロゼットのことを知っている様子。認識にすれ違いがあるからこそ、ロゼットは警戒する。

「裏切りの罪はここで償っていただきます」
「殺すつもりでわざわざここへ?」
「そうです。それが任務ですから。でも……ロゼットさん、残念です」

 言い終わるか否かのきわきわのタイミングで、少女は刃物を取り出す。ロゼットは直前まで気づいていなかったのだが、彼女は腰に刃物を収納するケースを装着していた。今彼女が手に持っている刃物はそのケースにしまわれていたものである。

 数秒後、少女はロゼットに向かって駆け出す。

 ロゼットは咄嗟に水の層を作り出した。体の前方に。しかし少女はそこに突っ込みはしなかった。ロゼットの行動を読んでいたようで、一歩分右側に移っていたのだ。

 少女は刃物を振り下ろす。

 切られぬようかわそうと動いたロゼットだったが、腕に攻撃を受けてしまった。上衣の袖が裂かれ、皮膚もほんの少しだけ切れる。

 だが怯みはしない。
 右足を一歩分後方へ動かして距離を確保。少女に向けて一気に水を放つ。

「無駄です!」

 誰も傷つけはしない水も、量と使い方によっては凶器となるもの。だが少女は風を起こす能力を発動し、水の中に通り道を作り出した。一斉に向かってきた場合という水の恐ろしさを活かさぬ手で、少女は、確実に有利な状況を築いていっていた。

 隙をみて一気に距離を詰め、少女はロゼットを傷つけにいく。
 彼女の瞳に迷いはなかった。

 ロゼットは肉弾戦を得意とはしていない。それどころか、訓練さえほとんど受けていないのだ。使えるのは非常に簡単な護身術のみ、それも素人に毛が生えた程度の。

 そのため、少女が接近戦を挑んでくるというのは、ロゼットにとってあまり嬉しくない状況だ。

 ツインテールの少女は、ロゼットが想像していた以上に高い戦闘能力の持ち主だった。

 彼女の刃物を使った戦いには隙がない。肉体自体は華奢だが、だからこそのスピード感があって、反撃の暇を作らせないバトルスタイル。接近戦のプロならそれでも反撃するタイミングを見つけられたのかもしれないが、ロゼットには無理だった。

 ロゼットは、刃物による攻撃から逃れることで精一杯。
 反撃に転じることはできない。

「丸腰のわりにはなかなか粘りますね」

 転がるようにして九十度右へ移動したロゼットを冷ややかに見つめ、少女は呟く。

「いい加減襲ってくるのは止めていただけませんか。迷惑です」

 ロゼットは片手を床につけてしゃがみつつ言葉を返す。
 すると少女はニヤリと片側の口角を持ち上げた。

「大人しく死ねば良いことです」

 少女は右手に刃物を持ったまま、左手の手のひらを前方へかざす。すると、手のひらに集まるようにして風が発生した。その風はやがて、刃のようなものへと変化する。そして、数秒後。その刃のような姿となった風たちは一斉にロゼットに向かって飛んでいった。

 ロゼットは転がるようにして右側に動く。
 しかし、風の刃に左足首を傷つけられてしまった。

 さらに、一度はかわしたはずの風の刃が、宙で弧を描き、再びロゼットに襲いかかる。

「っ……!?」

 さすがに今度は動いて避けられないと察したらしく、ロゼットは体の前に水の層を作って防御することを試みる。が、すぐには水の層を作ることはできず。今度は風の刃に直撃されてしまった。

 飛散する紅。
 駆け抜ける痛みに、唾を飲み込む。

 ロゼットは決して薄着ではなかった。きちんとした生地の服を身にまとい、肌はあまり露出していない。にもかかわらず、風の刃がつけた傷はその身にまで届いていた。少女が飛ばした風の刃は、ロゼットの滑らかな肌に、確かに見える傷を刻んだ。

「せめてもの情けです。速やかにとどめを刺して差し上げましょう」

 ロゼットは、腕で体を支え、上半身を何とか持ち上げる。少女はそこを狙っていた。刃物を握り締めたまま、一気に距離を詰める。ロゼットはガラスの窓に手をつきながらゆっくりと立ち上がる。少女に狙いを定められ、ロゼットは危機的な状況に陥っているかのように見えた。

 しかし。

 少女がとどめの一発を加えようとした瞬間、ロゼットはその場に伏せる。

「なっ……!」

 ほんの一瞬だけ少女の顔面が硬直する。

 けれど、ロゼットの行動に気づいた時には時既に遅し。全力疾走してきていた彼女は止まることはできなかった。そのままガラスを突き破り、ビルの真下へ垂直落下。姿は一秒もかからぬうちに消えた。

 ロゼットはその様を見下ろしてから、はぁと溜め息をついて床に座る。

 刺客の少女からは何とか逃れることができたけれど、ロゼットが負傷したことは事実。何とか退けたという安堵感が湧き上がるにつれ、ロゼットは疲労感を強く感じるようになる。

 残っている窓ガラスにもたれつつ体を休ませていると、なぜか段々呼吸が荒れてくる。
 じっとしているので、本来なら整ってくるはずなのに。

「……これは、一体」

 一回の呼吸が浅くなり、呼吸数が増える。運動した後のように。


 ◆


「あれっ? 雨止んできましたね」

 ミリアムと共に外の様子を眺めていたサラダが、ふとそんなことを発する。
 その言葉に驚いてミリアムは外を見る。確かに雨が止んでいた。つい先ほどまでは普通に降り続けていたというのに、今は雨粒一つも落ちてこない。稀に落ちてくる雫は、軒から垂れてきたものだけだ。

「本当ね。止んできたわ」
「おかしいですねー。止ませる予定ではなかったと思うんですけど」
「そうなの?」
「はい。ロゼットさんとは今夜も降らせるという話になっていたんです」

 サラダは不思議そうな顔をしていた。
 夜の闇の中、ミリアムは不安を胸の内に抱える。

 何もない。雨が止んだだけのこと。それなのにこうも胸騒ぎがするのはなぜだろう。雨が止むことに不自然さなんてないはずなのに、それなのに気になってしまうのは、一体……。

 それがミリアムの心だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

赤貧令嬢の借金返済契約

夏菜しの
恋愛
 大病を患った父の治療費がかさみ膨れ上がる借金。  いよいよ返す見込みが無くなった頃。父より爵位と領地を返還すれば借金は国が肩代わりしてくれると聞かされる。  クリスタは病床の父に代わり爵位を返還する為に一人で王都へ向かった。  王宮の中で会ったのは見た目は良いけど傍若無人な大貴族シリル。  彼は令嬢の過激なアプローチに困っていると言い、クリスタに婚約者のフリをしてくれるように依頼してきた。  それを条件に父の医療費に加えて、借金を肩代わりしてくれると言われてクリスタはその契約を承諾する。  赤貧令嬢クリスタと大貴族シリルのお話です。

処理中です...