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47.火炎球
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不器用なものだ、自分の思いすら真っ直ぐには伝えられなくて。
ミリアムは自分を情けなく思った。
こんなにも愛らしく純粋な少女を言葉で傷つけるなんて、と、後悔の念を抱かずにはいられない。
「待ってサラダ。貴女は何も悪くないわ。だって貴女は——」
言いかけた時。
前線の方から何かが飛んでくるのが見えた。
「やばい! 来るぞっ!!」
誰かがそう叫んだ。
ミリアムがその何かに気づいた時、その何かは既にミリアムたちのところへと迫ってきていた。
——それは、炎の球体だった。
赤黒い色をした燃え盛る物体が物凄い勢いで迫ってくる。
もはや逃げる猶予などない。それに、たとえ必死で現在の場所から離れたとしても、そこで炎の球に当たる可能性もある。となると、逃げたからどうにかなるというものでもない。
「み、ミリアムさ……」
サラダもそれが飛んでくるのを見ていた。
その細い脚は微かに震えている。
能力者が飛ばしてきたのだろう。それはミリアムにも分かった。すぐに察することができた。それと同時に、一種の怒りのようなものを覚える。能力を持たぬ者に対して能力を使い圧倒しようという魂胆に対して腹が立つのだ。
でも時間がない。
火球は遠慮なく向かってくる。
「サラダ!」
視界の端を火球が駆ける。ミリアムは咄嗟にサラダの両肩を掴んだ。そのまま地面に伏せさせる。直後、火球は体の上を飛んでいった。
飛んでいったものは、いつかどこかで何かに当たるだろう。
けれども、それも防ぐほどの余裕はミリアムにはない。
今は目の前の命を守ることで精一杯。自分の命とサラダの命を守ること、それしかできないのだ。
「ミリアム……さん……?」
急に肩を掴まれ、しかもそのまま押し倒されたサラダは、状況を飲み込めていない様子だ。戸惑いが前面に押し出されたような顔をしている。
「ごめんなさい、押し倒したりして」
「い、いえっ……」
「危なかったわね。火球に当たるところだったわよ」
火の球にぶつかられたら、人間なんて呆気なく死んでしまうだろう。
それゆえ、慎重に行動せねばならない。
「あっ……ありがとう、ございます……」
「気をつけて」
「は、はいっ……!」
雨が降れば、雨さえ降ってくれれば、火炎能力者の能力は急激に力を失うというのに。
「またああいうのが来るかもしれないわ」
「そうですね、気をつけないと……」
ミリアムはただ願った。
雨よ降れ、と。
◆
ビルの最上階にて刺客と交戦し、そのまま意識を失っていたロゼットは、気づけば救護所にいた。
そこは屋外。前線にもあったような仮設テントが設置されていて、その中で簡単な医療行為が行われている。風除けに簡易的な壁があるが、空気は外と一体化しているので、酸素をよく吸うことができた。
「起きられたみたいですね、ロゼットさん」
ロゼットが意識を取り戻した時、偶然近くに看護役の人がいた。
「……あぁ、はい」
意識を取り戻しはしたものの、ロゼットはまだ眠たそうな目をしている。
完全に復活した、という風には見えない。
「うわ言のような感じで色々話して下さっていましたが、あれは事実ですか?」
体を白いベッドに横たえられているロゼットに、看護役の女性が尋ねる。
ロゼットは最初少し戸惑ったような顔をした。目を開き、眉をひそめて。けれどもすぐに冷静な表情に戻り、シンプルな言葉を発する。
「記憶に……ありません」
結局、ロゼットが発したのはただそれだけ。
「刺客に襲われた、とか、毒を入れられているかも、とか。仰っていましたよ」
「……それらは事実と思います」
「そうでしたか、なら良かった。間違いではなかったのですね」
看護役の女性が安堵したように頬を緩める。
ロゼットは少しだけ顎を上げて、テントの隙間から見える空を仰いだ。
「はい。僕の記憶ではそうなっています」
「報告してしまいましたので、間違いでなくて安心しました」
刹那、担架に乗せられた怪我人がテント内に数名運び込まれてきた。
その多くが前線に出ていたものと思われる男性で、棒に布を巻き付けただけのような簡易的な担架に力なく横たわっている。
担架を持っている人物が、テント内に進んできながら「負傷者! 手当てしてくれ!」と声を上げる。それを耳にした看護役の者たちは、一斉にそちらへと流れてゆく。担架で運ばれてきたのは一人ではない、多くの手が必要と判断してのことなのだろう。
「……戦いはまだ続いているのですね」
負傷者が運び込まれてくるのを、ロゼットは苦々しい顔で見ている。
「えぇ、そうです」
看護役の女性は、新しい負傷者たちのところへ行くかどうかを迷っているようだ。彼女はこれまでずっとロゼットに付き添ってきたから、その場から自由に離れて良いものかどうか分からなかったのだろう。
そんな時だ、ロゼットが思い出したように声を発したのは。
「……そうでした! 雨!」
ロゼットはベッドの上で勢いよく上半身を起こす。
「え?」
「雨を降らせなくては!」
今にも能力を行使しようとするロゼットを、女性は止めた。
「その状態で力を使うのは無謀です。無理をなさらないで下さい」
命に別状はない程度とはいえ、傷を負っている。毒を摂取してしまったということもある。応急処置は既に済んでいるが、だからといって本調子なわけではない。そんな状態で能力を使えば、負担が——看護役の女性はそう考えたようだった。
「いえ。これは僕の役目ですから」
「しかし……!」
「安心して下さい。雨を降らせたくらいでは、どうもなりません」
ミリアムは自分を情けなく思った。
こんなにも愛らしく純粋な少女を言葉で傷つけるなんて、と、後悔の念を抱かずにはいられない。
「待ってサラダ。貴女は何も悪くないわ。だって貴女は——」
言いかけた時。
前線の方から何かが飛んでくるのが見えた。
「やばい! 来るぞっ!!」
誰かがそう叫んだ。
ミリアムがその何かに気づいた時、その何かは既にミリアムたちのところへと迫ってきていた。
——それは、炎の球体だった。
赤黒い色をした燃え盛る物体が物凄い勢いで迫ってくる。
もはや逃げる猶予などない。それに、たとえ必死で現在の場所から離れたとしても、そこで炎の球に当たる可能性もある。となると、逃げたからどうにかなるというものでもない。
「み、ミリアムさ……」
サラダもそれが飛んでくるのを見ていた。
その細い脚は微かに震えている。
能力者が飛ばしてきたのだろう。それはミリアムにも分かった。すぐに察することができた。それと同時に、一種の怒りのようなものを覚える。能力を持たぬ者に対して能力を使い圧倒しようという魂胆に対して腹が立つのだ。
でも時間がない。
火球は遠慮なく向かってくる。
「サラダ!」
視界の端を火球が駆ける。ミリアムは咄嗟にサラダの両肩を掴んだ。そのまま地面に伏せさせる。直後、火球は体の上を飛んでいった。
飛んでいったものは、いつかどこかで何かに当たるだろう。
けれども、それも防ぐほどの余裕はミリアムにはない。
今は目の前の命を守ることで精一杯。自分の命とサラダの命を守ること、それしかできないのだ。
「ミリアム……さん……?」
急に肩を掴まれ、しかもそのまま押し倒されたサラダは、状況を飲み込めていない様子だ。戸惑いが前面に押し出されたような顔をしている。
「ごめんなさい、押し倒したりして」
「い、いえっ……」
「危なかったわね。火球に当たるところだったわよ」
火の球にぶつかられたら、人間なんて呆気なく死んでしまうだろう。
それゆえ、慎重に行動せねばならない。
「あっ……ありがとう、ございます……」
「気をつけて」
「は、はいっ……!」
雨が降れば、雨さえ降ってくれれば、火炎能力者の能力は急激に力を失うというのに。
「またああいうのが来るかもしれないわ」
「そうですね、気をつけないと……」
ミリアムはただ願った。
雨よ降れ、と。
◆
ビルの最上階にて刺客と交戦し、そのまま意識を失っていたロゼットは、気づけば救護所にいた。
そこは屋外。前線にもあったような仮設テントが設置されていて、その中で簡単な医療行為が行われている。風除けに簡易的な壁があるが、空気は外と一体化しているので、酸素をよく吸うことができた。
「起きられたみたいですね、ロゼットさん」
ロゼットが意識を取り戻した時、偶然近くに看護役の人がいた。
「……あぁ、はい」
意識を取り戻しはしたものの、ロゼットはまだ眠たそうな目をしている。
完全に復活した、という風には見えない。
「うわ言のような感じで色々話して下さっていましたが、あれは事実ですか?」
体を白いベッドに横たえられているロゼットに、看護役の女性が尋ねる。
ロゼットは最初少し戸惑ったような顔をした。目を開き、眉をひそめて。けれどもすぐに冷静な表情に戻り、シンプルな言葉を発する。
「記憶に……ありません」
結局、ロゼットが発したのはただそれだけ。
「刺客に襲われた、とか、毒を入れられているかも、とか。仰っていましたよ」
「……それらは事実と思います」
「そうでしたか、なら良かった。間違いではなかったのですね」
看護役の女性が安堵したように頬を緩める。
ロゼットは少しだけ顎を上げて、テントの隙間から見える空を仰いだ。
「はい。僕の記憶ではそうなっています」
「報告してしまいましたので、間違いでなくて安心しました」
刹那、担架に乗せられた怪我人がテント内に数名運び込まれてきた。
その多くが前線に出ていたものと思われる男性で、棒に布を巻き付けただけのような簡易的な担架に力なく横たわっている。
担架を持っている人物が、テント内に進んできながら「負傷者! 手当てしてくれ!」と声を上げる。それを耳にした看護役の者たちは、一斉にそちらへと流れてゆく。担架で運ばれてきたのは一人ではない、多くの手が必要と判断してのことなのだろう。
「……戦いはまだ続いているのですね」
負傷者が運び込まれてくるのを、ロゼットは苦々しい顔で見ている。
「えぇ、そうです」
看護役の女性は、新しい負傷者たちのところへ行くかどうかを迷っているようだ。彼女はこれまでずっとロゼットに付き添ってきたから、その場から自由に離れて良いものかどうか分からなかったのだろう。
そんな時だ、ロゼットが思い出したように声を発したのは。
「……そうでした! 雨!」
ロゼットはベッドの上で勢いよく上半身を起こす。
「え?」
「雨を降らせなくては!」
今にも能力を行使しようとするロゼットを、女性は止めた。
「その状態で力を使うのは無謀です。無理をなさらないで下さい」
命に別状はない程度とはいえ、傷を負っている。毒を摂取してしまったということもある。応急処置は既に済んでいるが、だからといって本調子なわけではない。そんな状態で能力を使えば、負担が——看護役の女性はそう考えたようだった。
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