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48.転機
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今回の敵には炎を操ることを得意とする能力者が多く、それゆえ、雨なしでの戦闘はそこそこ厳しいものとなった。
ロゼットが雨を降らせていた間は、向こうの能力があまり意味を持たなかった。そのため、非能力者側もそこそこ戦うことができた。しかし、雨という有利な条件がなくなってからは、厳しい戦いを強いられることとなる。
炎はすべてを飲み込んでしまう恐ろしいもの。人間は暮らしの中でそれを使うが、使い方によってはそれは凶器となる。その炎を攻撃として使ってくる者が敵となると、色々な意味で簡単にはいかない。
「壁を作れ! 能力を防ぐんだ!」
「もうやってます!」
非能力者たちも威勢の良さでは負けていない。だが、個々の戦闘能力という面では能力者が圧倒的に有利だ。能力を使いこなす者が敵になると、力を持たぬ者はどうしても防戦一方になってしまう。
「サラダ、ここは危険よ。後ろに下がって」
ミリアムは前の方に位置取っているが、十分に一度くらいは生命の危機を感じることが起こる。もはや非能力者の女の子が前線にいる段階ではない、と判断し、ミリアムはサラダに後方へ下がるよう言ってみた。
「でもっ!」
「貴女にもし何かあったら、パンに怒られるわ」
サラダはパンを若干鬱陶しく思っているようだが、パンはサラダを娘のように大事にしている。既に一度実の娘を失うという苦しい経験をしたパンに、また同じような経験をさせたくはない。
エトランジェのため。
非能力者たちが権利を得るため。
いくらその大義があろうとも、それは罪なき少女が傷つく理由にはならない。
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
「安全第一よ」
「けどっ! そんな、わたしだけ下がるなんて!」
「いいえ。他にも下がった人はいるわ。サラダだけじゃないから安心して?」
ミリアムは微笑むが、サラダは泣きそうな顔になる。
「嫌です! そんなの!」
サラダはミリアムのスカートを掴んでいた。裾ではなく腰の辺りの布を、である。スカートはやや硬い生地だったが、サラダの指はそれを確かにつまんでいた。
二人は顔を見合わせる。
ミリアムはサラダに退避してほしいと思っていた。けれどもサラダは、その場から去る気はない。前線に、ミリアムの傍に、待機し続けたいと考えている様子だ。二人の思考は平行線のまま。離れてゆきはしないが、交わることもない。
「わたし、ここに残ります!」
「危険よ」
「いえ! それでもです! 皆と一緒に頑張ります!」
「駄目よ。危なすぎるわ」
サラダは一度決めたことを変えようとはしない。
こんな時に限って頑固だ。
ミリアムとしては、今いる場所から離れてほしかった。流れ弾でも当たれば危険だ。だから、傷つく前に安全圏に移動してほしいと思っていた。でもその通りにはいかない。ミリアムの思い通りには進まない。
二人がそうしている間も、能力者と非能力者の戦いは継続している。
能力者はその特殊な力を迷いなく行使していた。
相手が力を持たぬ者であるとなれば、普通は能力を使いにくくなりそうなものだ。丸腰の者に対して銃口を向けるようで、段々嫌になりそうなものである。
けれども、銀の国の能力者たちには、そのような遠慮は存在していなかった。
自分たちの任務を遂行するためなら何でもする。力も使う。相手への配慮など微塵も考えない。
それが銀の国の能力者だ。
「一斉に壁を上げるぞ!」
「おっし!」
「それから後列はブツを投げろ」
「おっすっすすぅ!」
非能力者たちは懸命に抵抗している。だが、こうしていられるのも時間の問題だろう。努力しても、バリケードを張っても、いずれは破られるに違いない。持久戦に持ち込まれれば持ち込まれるほど、非能力者側が不利になる。
その時、ミリアムの頬に雫が触れた。
一瞬鳥の尿でもかかったかと思ったけれど、指で拭ってみるとただの水のようなもので。それが雨粒であることに、ミリアムはすぐに気づいた。
「雨……!」
ミリアムは思わず呟いた。
向かいにいたサラダはきょとんとした顔で「ミリアム、さん?」と小さな声を発する。が、その声はミリアムには届いていなかった。本来であれば聞こえないような距離ではなかったはずだが、その時のミリアムには聞こえていなかったのだ。
「雨粒が……。まさか、奇跡……?」
ミリアムは、天を仰ぎ、信じられないものでも目にしたかのような表情になる。
最初の一滴から一分ほどが経過して、急に雨粒が降り注ぎ始めた。舗装された道路に点を描く程度だったのが、あっという間に本格的な雨へと変化する。
勘違いではなかったのか、と、ミリアムは改めて驚いた。
「うわ、降り出した」
「ラッキーやぞ!」
「ま、まぁそうだけどさー」
「ラッキーやぞ!」
「二回も言わなくていいよ、分かってるから」
鉄板を手に抵抗していた非能力者たちがそんな声を発し始める。いきなり降り出した雨に、皆、心を揺らされていた。もちろん、悪い意味でだけではないのだが。
「くっ……。タイミングが悪い……!」
「ここで降り出すとは、ついていませんね」
苦々しい顔をしているのは銀の国側の者たち。彼らは、この雨を良きものとは捉えていなかった。だがそれも、当然といえば当然だ。なんせ、彼らが有利に戦えたのは炎の力を使えたからなのだから。
雨に邪魔され本領を発揮できなくなれば、状況はまた変わる。
やがて、降雨と共に、冷たい風も吹き始めた。
人々の髪や衣服が激しく揺れる。ミリアムの金の髪も、乱れるほどに風に揺らされていた。手で押さえなくてはならないほどの鋭い風だ。
「雨が来ましたね! ミリアムさん!」
「……ロゼットかしら」
「分かりませんけど……そうかもです!」
「何にせよ、これはチャンスね。相手は狼狽えているもの」
ミリアムは一つの雨粒を手のひらに受けた。それから、その手を軽く握り、胸もとに音もなく添える。雫に想いを念じでもするかのように。
そして数秒後。
ミリアムは改めてサラダに視線を向ける。
「ここで仕掛けるのが良いかもしれないわ」
それに対し、サラダは大きく一回頷く。
それから声を張り上げる。
「皆さん! 今です。一気に行きますよっ!!」
エトランジェの指揮官はサラダではない。ただ、彼女の声はミリアムの声と比べて、屋外でも聞き取りやすいものだ。そのため、皆へ言葉をかける役割はサラダに渡されがち。それは、これまでにもあった傾向だ。
ロゼットが雨を降らせていた間は、向こうの能力があまり意味を持たなかった。そのため、非能力者側もそこそこ戦うことができた。しかし、雨という有利な条件がなくなってからは、厳しい戦いを強いられることとなる。
炎はすべてを飲み込んでしまう恐ろしいもの。人間は暮らしの中でそれを使うが、使い方によってはそれは凶器となる。その炎を攻撃として使ってくる者が敵となると、色々な意味で簡単にはいかない。
「壁を作れ! 能力を防ぐんだ!」
「もうやってます!」
非能力者たちも威勢の良さでは負けていない。だが、個々の戦闘能力という面では能力者が圧倒的に有利だ。能力を使いこなす者が敵になると、力を持たぬ者はどうしても防戦一方になってしまう。
「サラダ、ここは危険よ。後ろに下がって」
ミリアムは前の方に位置取っているが、十分に一度くらいは生命の危機を感じることが起こる。もはや非能力者の女の子が前線にいる段階ではない、と判断し、ミリアムはサラダに後方へ下がるよう言ってみた。
「でもっ!」
「貴女にもし何かあったら、パンに怒られるわ」
サラダはパンを若干鬱陶しく思っているようだが、パンはサラダを娘のように大事にしている。既に一度実の娘を失うという苦しい経験をしたパンに、また同じような経験をさせたくはない。
エトランジェのため。
非能力者たちが権利を得るため。
いくらその大義があろうとも、それは罪なき少女が傷つく理由にはならない。
「そ、それはそうかもしれないですけど……」
「安全第一よ」
「けどっ! そんな、わたしだけ下がるなんて!」
「いいえ。他にも下がった人はいるわ。サラダだけじゃないから安心して?」
ミリアムは微笑むが、サラダは泣きそうな顔になる。
「嫌です! そんなの!」
サラダはミリアムのスカートを掴んでいた。裾ではなく腰の辺りの布を、である。スカートはやや硬い生地だったが、サラダの指はそれを確かにつまんでいた。
二人は顔を見合わせる。
ミリアムはサラダに退避してほしいと思っていた。けれどもサラダは、その場から去る気はない。前線に、ミリアムの傍に、待機し続けたいと考えている様子だ。二人の思考は平行線のまま。離れてゆきはしないが、交わることもない。
「わたし、ここに残ります!」
「危険よ」
「いえ! それでもです! 皆と一緒に頑張ります!」
「駄目よ。危なすぎるわ」
サラダは一度決めたことを変えようとはしない。
こんな時に限って頑固だ。
ミリアムとしては、今いる場所から離れてほしかった。流れ弾でも当たれば危険だ。だから、傷つく前に安全圏に移動してほしいと思っていた。でもその通りにはいかない。ミリアムの思い通りには進まない。
二人がそうしている間も、能力者と非能力者の戦いは継続している。
能力者はその特殊な力を迷いなく行使していた。
相手が力を持たぬ者であるとなれば、普通は能力を使いにくくなりそうなものだ。丸腰の者に対して銃口を向けるようで、段々嫌になりそうなものである。
けれども、銀の国の能力者たちには、そのような遠慮は存在していなかった。
自分たちの任務を遂行するためなら何でもする。力も使う。相手への配慮など微塵も考えない。
それが銀の国の能力者だ。
「一斉に壁を上げるぞ!」
「おっし!」
「それから後列はブツを投げろ」
「おっすっすすぅ!」
非能力者たちは懸命に抵抗している。だが、こうしていられるのも時間の問題だろう。努力しても、バリケードを張っても、いずれは破られるに違いない。持久戦に持ち込まれれば持ち込まれるほど、非能力者側が不利になる。
その時、ミリアムの頬に雫が触れた。
一瞬鳥の尿でもかかったかと思ったけれど、指で拭ってみるとただの水のようなもので。それが雨粒であることに、ミリアムはすぐに気づいた。
「雨……!」
ミリアムは思わず呟いた。
向かいにいたサラダはきょとんとした顔で「ミリアム、さん?」と小さな声を発する。が、その声はミリアムには届いていなかった。本来であれば聞こえないような距離ではなかったはずだが、その時のミリアムには聞こえていなかったのだ。
「雨粒が……。まさか、奇跡……?」
ミリアムは、天を仰ぎ、信じられないものでも目にしたかのような表情になる。
最初の一滴から一分ほどが経過して、急に雨粒が降り注ぎ始めた。舗装された道路に点を描く程度だったのが、あっという間に本格的な雨へと変化する。
勘違いではなかったのか、と、ミリアムは改めて驚いた。
「うわ、降り出した」
「ラッキーやぞ!」
「ま、まぁそうだけどさー」
「ラッキーやぞ!」
「二回も言わなくていいよ、分かってるから」
鉄板を手に抵抗していた非能力者たちがそんな声を発し始める。いきなり降り出した雨に、皆、心を揺らされていた。もちろん、悪い意味でだけではないのだが。
「くっ……。タイミングが悪い……!」
「ここで降り出すとは、ついていませんね」
苦々しい顔をしているのは銀の国側の者たち。彼らは、この雨を良きものとは捉えていなかった。だがそれも、当然といえば当然だ。なんせ、彼らが有利に戦えたのは炎の力を使えたからなのだから。
雨に邪魔され本領を発揮できなくなれば、状況はまた変わる。
やがて、降雨と共に、冷たい風も吹き始めた。
人々の髪や衣服が激しく揺れる。ミリアムの金の髪も、乱れるほどに風に揺らされていた。手で押さえなくてはならないほどの鋭い風だ。
「雨が来ましたね! ミリアムさん!」
「……ロゼットかしら」
「分かりませんけど……そうかもです!」
「何にせよ、これはチャンスね。相手は狼狽えているもの」
ミリアムは一つの雨粒を手のひらに受けた。それから、その手を軽く握り、胸もとに音もなく添える。雫に想いを念じでもするかのように。
そして数秒後。
ミリアムは改めてサラダに視線を向ける。
「ここで仕掛けるのが良いかもしれないわ」
それに対し、サラダは大きく一回頷く。
それから声を張り上げる。
「皆さん! 今です。一気に行きますよっ!!」
エトランジェの指揮官はサラダではない。ただ、彼女の声はミリアムの声と比べて、屋外でも聞き取りやすいものだ。そのため、皆へ言葉をかける役割はサラダに渡されがち。それは、これまでにもあった傾向だ。
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