エトランジェの女神

四季

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49.希望

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 天の偉大な存在が非能力者側に味方したかのように、再び降り出した雨。
 それによって、戦局はひっくり返った。

 雨が止んでからかなり圧倒的な力を見せていた火炎能力者たちの力が、再び降り出した雨によってあまり意味を持たなくなったのである。

 そこからの非能力者側の逆襲は、かなりの迫力だった。
 日頃大人しい者が本気で怒った時のような凄まじさが、そこには確かにあったのだ。

 力なき者の強さは、思考と団結にあった。

 個々の戦闘能力はあまり高くない。だからこそ、色々考えて独創的な作戦を立てたり、皆で息を合わせて協力したりする。そうして、大きな力を作り出すのだ。

 豪雨の中、誰もが持てる力をすべて振り絞って交戦する。

 このエトランジェを、真の意味で『非能力者の楽園』にするために。


 ◆


 やがて、決着の時が近づく。

 非能力者たちから猛烈な反撃を受けたセシリア率いる銀の国の調査員集団は、徐々に崩れていって、ついに勝手に逃げ出す者まで現れた。

 能力者が能力を持たぬ者を恐れて戦いの場から逃げ出す。そんなことはあり得ないと、これまで誰もがそう思っていただろう。そして、それは事実だった。力ある者を恐れる力なき者はいても、その逆はない。それがこの世の理だったのだ。

 だが、今、その理は砕け散った。
 非能力者たちの抗う力が能力者たちを崩した。

「ミリアムさん! 逃げ出す者が増えているみたいです!」
「そうね。サラダ」

 狼狽えることしかできず、弱者のようになった能力者たちを、ミリアムはサラダと共に見つめる。
 バケツをひっくり返したような雨の中で。

「もしかして、やったんでしょうか!?」
「最後まで油断はできないわ。どんな手を使ってくるか分からないもの」

 ミリアムは冷静であるかのように装っていた。けれども、その心の内にある感情は、向日葵に似た少女でも住んでいるかのよう。踊るような足取りで辺りを歩き回りたいくらいの嬉しさを抱いている。

「ただ、確実に良い方向には進んでいるわ」
「はい……!」

 もうじき戦いの幕は降りるだろう。
 ミリアムはそう確信している。


 ◆


 調査員の多くがエトランジェから出ていった。
 それも、上から撤退するように命じられたからではなく、自分たちの意思での行動である。
 不利と感じたからだろうか。それとも別の訳があるのだろうか。本当の理由は、ミリアムには分からない。が、向こうが自ら去ってくれるならそれが最善。命を削らず戦いに終止線を描けるのならば、それが最も良い道だ。

「上から指示が出た。撤退せよと。それゆえ、この度の戦いはここまでとする」

 ミリアムは緊張した面持ちでセシリアと向き合う。

「これにて終戦、ですね」

 セシリアは不機嫌そうな顔をしている。だがそれも当然といえば当然だろう。なんせ、軽く勝てる気でいたにもかかわらず負けたのだから。

「……本当であればとことん潰しにかかりたいところだが」

 一時は土砂降りになっていたが、今はその雨の勢いも弱まりつつある。
 長い時間外にいたミリアムは既に服がびしょ濡れなので、今さら雨が弱まってもどうということはない。が、次から次へと雫が顔を伝うのは若干不快なので、小雨の方が過ごしやすくはある。

「争う必要はありません。ほどよい距離を保ちつつ、お互い穏やかに暮らすべきです」
「偽善者が! ……何も知らずに平和を語るな」

 平穏を望むミリアムの発言を聞き、セシリアは不愉快そうに眉を寄せた。

「これ以上の戦いは望みません。私も、この街の皆も、そうです。これ以上、余計な干渉はしてこないで下さい。ここは非能力者のための街です」

 不愉快に思われても気にしない。
 ミリアムはそんな思いで理想を述べる。
 だいそれたことを言う気はない。大きすぎる夢を語ることこそが正義と捉えるつもりもない。ただ、その胸の内に存在する想いを言葉にするだけのこと。それ以上でも以下でもない。

「残念だが、それは不可能な話だ」

 直前まで不愉快そうな顔をしていたセシリアだったが、急に笑みを浮かべた。

 ただ、それは純粋な笑みではない。ミリアムのことを愚かと思っているような、見下すような、そんな笑み。決して良質なものではない。

 それゆえ、ミリアムの後方で待機していたパンやサラダは、不満を抱いているようだった。
 自分たちの代表とも言えるような存在であるミリアムを見下されているということは、自分たちも見下されているようで、良くは思えなかったのだろう。

「いずれはまた攻めてくるおつもりですか」

 ミリアムは目を細めながらもセシリアをじっと見つめる。
 凝視しているのは、相手の表情の変化を見逃さないためだ。

「今は退く。ただ、それは『今』の話でしかない。これから先の未来まで保証することなど誰にもできない。未来など見えないのだから」

 セシリアは前側に垂れてきていた水色の髪を片手で背中の方へと流す。

「ではそれで構いません。今できる範囲で良いので、約束して下さい。もう関わらない、と」
「何でも良いが、そのように甘くしているといずれはまた戦いになるぞ」
「人は誰しも『今』を生きているものです。ですから、まずはそこからです」
「……よく分からんな」

 わざとらしく大きめの溜め息をつくセシリア。

「ところで、こちらは能力者の方を一人預かっています。返してほしいのではありませんか」

 それまで静かな表情であり続けていたミリアムが、初めて口の端に笑みを浮かべた。
 表情の変化に、セシリアは警戒心を露わにする。

「目的は何か。……取り引き、か?」
「預かっている彼は精神を支配する能力者です。貴女たちの仲間ではないのでしょうか。そうでないのなら、こちらで勝手にしておきますけれど」

 パンは右手に書類を持っている。その書類というのは、文字がプリントされた五枚くらいの紙をホッチキスで一つにまとめたもののことだ。そして、左手には一本のペンを持っている。

 ちなみに、その時のサラダは、隣にいるパンとミリアムの背中を交互に見ていた。

「知らんな、そのような者のことは」
「見捨てるのですか?それとも……本当に無関係だと言うのですか」
「さぁ。どうだろうな」
「分かりました。ではこちらで適切な対応をさせていただきます」

 精神支配能力者の男のことを、セシリアは知らないと言う。ただ、完全に知らないと言いきったわけではなく、一番重要なところで答えを発することを躊躇していた。それを受け、ミリアムは「恐らく無関係ではないのだろう」と考える。なぜなら、本当に無関係なら答えをぼやかす必要なんてないはずだからだ。知らないのなら、はっきり「知らない」とだけ言えば良い。それをしないということは、お察しである。

「ではこれにて、失礼する」
「待って下さい! ……まだ大切な用事が残っています」

 その場から去ろうとしたセシリアを、ミリアムは止める。
 直後、ミリアムより後ろにいたパンが勢いよく前へと進み出た。

「この書類にサインしてくれ」
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