エトランジェの女神

四季

文字の大きさ
52 / 57

51.会いたい

しおりを挟む
 なすべきことは取り敢えず終わった。

 その瞬間、ミリアムはロゼットのことを思い出す。
 寄り添ってくれていた人。落ち込んでいたところを励ましてくれた人。そのロゼットに会いたいと、ミリアムは強く思う。

 なんせ、ミリアムがここに立てたのは彼のおかげなのだ。

 ミリアムは、非能力者に対して力を使ってしまったことによって、道を迷いかけた。志に忠実であることさえ恐ろしく感じられ、立ち止まりそうになった。けれども、ロゼットが背中を押してくれて、それでまたこの場所へ戻ってくることができたのだ。

 ミリアムが『エトランジェの女神』であり続けられたのは、ロゼットのサポートがあってこそだった——そう言っても過言ではない。

「なぁミリアムさん」
「パン?」
「思ってることがバレバレな顔してるぜ」
「……どういうこと?」

 けれども、ミリアムの背中を押してくれたロゼットは今、完全な状態ではない。聞いた話によれば、命を落とすには至らなかったものの負傷しているらしい。

 ミリアムはずっとそのことが気になっていたのだ。

 途中で戦場から抜け出すわけにはいかないので、極力思い出さないよう努力してきた。けれど、もう我慢できそうにない。

「ロゼットに会いに行きたいんだろ」

 考えていることを当てられたミリアムは、少し恥じらうように目を伏せる。

「……えぇ。それは、とても」

 こんな時に男のことを考えているなんてと幻滅される可能性に思考を及ばせるほどの気力はミリアムにはなかった。
 ただ、漠然と「会いたい」と思うのみ。
 パンはそれを察している。言葉を交わすことはせずとも、ミリアムの心をある程度理解していた。

「ロゼットは後方のテントだ。行ってきていいぞ」
「……中途半端じゃないかしら、今ここを離れるなんて」
「待ってるだろ。向こうも」
「そう……理解してくれるのね、パン。……ありがとう」

 まとっている服は絞れそうなほどに水分を含み、生地が肌に吸い付く。それによって肌も湿気を帯び、皮膚呼吸がしづらいような錯覚に陥る。シャワーを浴びたい衝動に駆られるような湿り気。さらに、衣服の重みも増している。濡らしたタオルが妙に重くなるように、着ている服もずっしりとした重みがあった。

 それでもミリアムはロゼットに会いに行きたかった。
 本当なら先に服をどうにかするべきだったのだろう。ミリアムも、普段であればそれを優先したはずだ。なんせ不快なのだから。
 けれど、今は違う。
 不快感よりも、ロゼットへの心配に意識が向いている。

「じゃあ、ロゼットのところへ行ってくるわ」

 周りに気を遣って気にしていないふりをしていたミリアムだったが、パンが理解を示してくれたことで本当の気持ちを晒せるようになった。

「あぁ! 気をつけろよ!」
「……娘みたいに扱うのね、私のこと」
「そんな感じだろ?」
「確かに。まぁそうね」

 笑ってから、ミリアムは走り出す。

 目指すのはロゼットがいる場所——後方のテントだ。


 ◆


 街を駆ける。ただひたすらに駆ける。街中を突き進む足裏が地に当たるたび、スタッカートのように水溜りから雫が跳ねる。それでもミリアムは足を止めない。跳ねた水滴が足首を濡らしたとしても、そんなことはどうでもいいこと。ミリアムはただ前を見て、足を動かすことを続ける。

 やがて、救護所と描かれた看板が見え、簡易テントが現れた。
 そこが目的地であると察し、ミリアムは一旦足を止める。が、またすぐに足を動かし始めた。ただし全力疾走ではない。小走り程度の歩き方。

「あらミリアムさん! 誰かお探し?」

 せっかちそうに歩いていると、一人の女性に声をかけられた。

「えぇ、そうなの。ロゼットを探しているの。ここにいると聞いたのだけど」
「ロゼットさんね。いらっしゃるわよ。良ければ案内するわ」

 今のミリアムには、優しい言葉をかけてくれる女性が天使に見えた。
 会いたくて会いたくて仕方ない人のところへ連れていってくれるのだ、天使以外の何者でもない。


 ◆


「ロゼット! 生きていたのね!」

 女性に案内され歩くことしばらく、ロゼットの姿がミリアムの視界に入る。
 その瞬間、ミリアムは衝動的に駆け出してしまった。
 それまでは我慢していたもの、抑えていた感情が、ダムから水が溢れるかのように溢れ出して。それでもう、他のことは何もかんがえられなくなった。

「良かった!」

 ミリアムはロゼットが座っている簡易ベッドのところまで全力疾走し、その勢いのまま、ロゼットを抱き締めた。

 唐突過ぎる行動に困惑するロゼット。
 彼は目を見開いたまま、動けなくなっていた。

「ミリアム……さん?」
「会いたかった」
「そ、それは……僕もそうですが……」
「会いたかった!」

 今のミリアムは、他者から幼い頃に戻ったかと思われそうなくらい、己の感情に忠実だった。
 せき止められていたものが一気に溢れ出したから、コントロールしようがなかったのかもしれない。
 ミリアムをここまで案内した女性も、周りで動き回っている人たちも、皆同じように抱き合う二人を見ていた。ある人は母親のような温かい眼差しで。ある人は驚いたような顔で。反応の仕方は個人差があるが、不快感を露わにしている者はいなかった。

「それにしてもミリアムさん、凄く濡れていますね。降らせ過ぎたでしょうか」
「……そんなことはどうでもいいの」
「僕の服まで濡れてきました」
「あっ……。そ、そうよね。ごめんなさい」

 それまでは何の迷いもなくロゼットを抱き締め続けていたミリアムだったが、濡れると言われて、すぐに腕と体を離した。

「抱き締めるのは、乾かしてからの方が良かったわね」
「この奥に色々なものを乾かす場所があります。そこを利用するというのはいかがでしょうか」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

処理中です...