エトランジェの女神

四季

文字の大きさ
53 / 57

52.決着

しおりを挟む
 ミリアムは雨で濡れた体を乾かそうと思っていたのだが、流れでシャワーを浴びることになった。

 結果、さりげなく時間がかかってしまうこととなる。
 一度シャワーを浴び始めると、色々なところを洗いたくなってしまって。結局、すべて洗い終えるのに二十分くらいかかってしまった。

 また、それで終わりではなく、さらに時間がかかる。というのも、体を流せば完了というわけではないのだ。タオルで肌を拭いたり、髪を乾かしたり、そういうこともせねばならない。

「終わったのですね」

 仮設テント後方の建物で湯浴みと乾燥を終えたミリアムを、ロゼットは温かく迎えた。

「えぇ。さっぱりしたわ」

 ロゼットがその能力をもって降らせていた雨は、現在はもう止んでいる。けれども辺りの空気は湿気を帯びていて、過ごしやすい状態ではない。数分でも屋外に滞在すれば、肌がまたべたついてきそう。

「お疲れ様でした」

 仮設テントでミリアムを温かく迎えたロゼットは、簡易ベッドに座りながら、光を照り返す美しい銀の髪を結い直していた。

「ありがとう、ロゼット。……ところで、貴方の体調はどうなの?」

 テント内を歩き回って負傷者の世話をしている女性が、ロゼットのベッドのすぐ傍に座面が丸い椅子を一つ置いてくれる。ミリアムはそこに腰を下ろし、改めてロゼットへと視線を向けた。

「体調、ですか?」

 ロゼットはミリアムが思っていたより器用だった。長い髪を黒い紐で上手く結んでいる。見た感じ、摩擦不足で髪がすり抜けてしまいそうなものだが、案外そんなことにはなっていない。

「えぇ。怪我をしたのでしょう」
「心配していただくほどのことではありません。どうか、お気遣いなく」
「どうしてそんな言い方をするのかしら」
「そんな言い方? 何か失礼なことを申してしまったでしょうか」
「……いえ、いいの。気にしないでちょうだい」

 会えない時は会いたかった。傍にいって喋りたい、それが願いだった。なのに、いざこうして向き合うと、器用に喋ることはできない。

 突き付けられた現実に、ミリアムは戸惑っていた。

 言いたいことはたくさん。喋りたいこと、やりたいことも、色々あった。それなのに、現実には、何とも言えない空気を作り出すことしかできていない。そんなことをしたくてロゼットに会いにきたわけではないというのに。

「それより。ミリアムさん、お疲れ様でした」
「……ロゼット?」
「なぜそのような顔をされるのです。胸を張って下さい、皆のために力を尽くしたのですから」
「たいしたことはしていないわ。……それと、貴方に言われるとちょっと照れるわ」

 少しして、ミリアムは言葉を放つ。

「私ね……この騒ぎが落ち着いたら、改めて謝ろうと思うの」
「どなたにです?」
「電撃を浴びせてしまったあの人に。あのまま放置じゃ、私、悪い人になってしまうもの」

 テントの中の騒々しさも徐々に落ち着きつつある。
 新たな負傷者が運び込まれてくることが減ったから、だろう。


 ◆


 その後、ミリアムは前に電撃を浴びせてしまった男性のところへ向かった。
 周辺の人から聞いた話によれば、その男性は前線には出ていなかったそうだ。それを聞いて、ミリアムは納得した。見かけなかったはずだ、と。
 そうしてミリアムがたどり着いたのは、仮設テントから徒歩数分の距離にある一軒の店。
 初めて入る食料品店だ。

「……貴方、よね。その……今さらかもしれないけれど、この前はすみませんでした」

 男性は食料品店でアルバイトをしていた。その時はちょうど、棚に味噌を並べているところだった。そんなところにミリアムがいきなり現れ、声をかけたものだから、男性は両手に持っていた箱入り味噌を床に落としてしまう。驚きすぎてのことだ。

「あっ……落ちたわよ?」
「な、何しに来た!」
「警戒しないでほしいの。もう能力を使う気はないわ」
「寄るなぁ!」
「ちょっとちょっと、落ち着いて。危害を加えたりしないから。私はただ、話がしたいだけなの」


 まずは落ち着いてもらい、それから事情を説明して、ようやく話ができる状態になった。

 男性はアルバイトとして雇われている。そのため、男性に時間を割いてもらうためには、店主と話をする必要があった。男性がサボり扱いされないようにしなくてはならなかったからだ。

 店主への説明はミリアムが行った。
 その結果、男性を借りることができることになった。

「ごめんなさい。無理を言って」
「……あぁ、いや」

 店の奥の談話室にて、ミリアムは男性と二人になる。
 お茶の入った小さい湯呑みだけは貰えた。

「この前はごめんなさい。あんなことになってしまって」
「……怖かったが、怒ってないから……その、もう気にしないでくれな」
「わざとではないとはいえ、能力者が非能力者に手を出すなんてあってはならないことだわ。許してくれとは言わないけれど、謝らせてほしかったの」

 とにかく気まずかった。というのも、男性が妙に大人しかったから、予想以上に話が進まなかったのだ。ミリアムはもう少し何か言われるものだろうと考えていたので、この展開は意外だった。

「もう気にしなくていいからさ、そんなに謝らないでくれよ」
「でも」
「いいんだ! ……あの時はこっちもどうかしてた」
「……それは多分、紛れ込んだ能力者に精神をコントロールされていたのだと思うの」

 それからも、しばらく、ミリアムは男性と語り合うことを続けた。

 最初は能力を使ってしまったことへの謝罪をミリアムが行っていた。が、時が経つにつれて、話の方向性が変わっていく。ただしそれは悪い変化ではなかった。二人の心の距離が近づいていっているからこその変化だったのだ。

 二人はお茶を飲みながら、談話室内にて話を続ける。
 その話題は主にくだらないようなこと。ただ、それでも、意味がないことはなかった。むしろ有意義だったくらいだ。なんせ、心が接近したのだから。

「今日は謝らせてくれてありがとう」
「いやいや! こっちこそ、色々聞けて楽しかった!」
「じゃあまた。お仕事頑張って」
「もちろん!」

 男性に謝罪した帰り道、空には虹がかかっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

行き遅れのお節介令嬢、氷の公爵様と結婚したら三人娘の母になりました

鳥柄ささみ
恋愛
お節介焼きで困っている人を放っておけないシアは、数多のご令嬢達から人気の令嬢だ。毎日ファンレターが届き、社交界に出れば令嬢に取り囲まれるほどである。 けれど、それに反比例するように男性からの人気はなく、二十七だというのに嫁の貰い手もないため、毎日母から小言をもらっていた。 そんなある日のこと、突然公爵家から縁談の話が。 シアは公爵家がなぜ自分に縁談など持ち掛けるのかと訝しく思いつつ話を受けると、なんと公爵の後妻として三人の娘の母代わりになれと言われる。 困惑するも、自分へ縁談を持ちかけた理由を聞いて、お節介なシアは嫁ぐこと決めたのだった。 夫になるレオナルドはイケメンなのに無表情で高圧的。三人の娘も二女のアンナを除いて長女のセレナも三女のフィオナもとても反抗的。 そんな中でもお節介パワーを発揮して、前向きに奮闘するシアの物語。 ※他投稿サイトにも掲載中

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

子供にしかモテない私が異世界転移したら、子連れイケメンに囲まれて逆ハーレム始まりました

もちもちのごはん
恋愛
地味で恋愛経験ゼロの29歳OL・春野こはるは、なぜか子供にだけ異常に懐かれる特異体質。ある日突然異世界に転移した彼女は、育児に手を焼くイケメンシングルファザーたちと出会う。泣き虫姫や暴れん坊、野生児たちに「おねえしゃん大好き!!」とモテモテなこはるに、彼らのパパたちも次第に惹かれはじめて……!? 逆ハーレム? ざまぁ? そんなの知らない!私はただ、子供たちと平和に暮らしたいだけなのに――!

異世界で王城生活~陛下の隣で~

恋愛
女子大生の友梨香はキャンピングカーで一人旅の途中にトラックと衝突して、谷底へ転落し死亡した。けれど、気が付けば異世界に車ごと飛ばされ王城に落ちていた。神様の計らいでキャンピングカーの内部は電気も食料も永久に賄えるられる事になった。  グランティア王国の人達は異世界人の友梨香を客人として迎え入れてくれて。なぜか保護者となった国陛下シリウスはやたらと構ってくる。一度死んだ命だもん、これからは楽しく生きさせて頂きます! ※キャンピングカー、魔石効果などなどご都合主義です。 ※のんびり更新。他サイトにも投稿しております。

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

月城副社長うっかり結婚する 〜仮面夫婦は背中で泣く〜

白亜凛
恋愛
佐藤弥衣 25歳 yayoi × 月城尊 29歳 takeru 母が亡くなり、失意の中現れた謎の御曹司 彼は、母が持っていた指輪を探しているという。 指輪を巡る秘密を探し、 私、弥衣は、愛のない結婚をしようと思います。

処理中です...