エトランジェの女神

四季

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53.贈り物

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 あの戦いから一カ月。

 銀の国が調査員を派遣してくるのは、しばらく止まっている。

 あの戦い以前は、やたらと派遣の話が出ていた。調査員をエトランジェに送り込みたくて仕方がないかのように。

 けれども、あれ以来、銀の国との間にいざこざはない。

 この平穏は永久のものではないのだろう。いつかはまた何かが起こるかもしれない。未来は読めないものだから、現時点で判断はできない。

 ただ、今この時だけは、平穏なのだ。

 エトランジェに平和な瞬間が訪れた——それだけでも大きなことである。

 悲しみが生まれない街。力を持たぬ者が理不尽に被害者にされることのない街。それらを目指す上で、この平和は大きな一歩と言えるだろう。この先、数歩戻る時は来るかもしれない。が、それでも、この大きな一歩がすべて無駄になるわけではない。

 何事も、進んだり戻ったりして作り上げられてゆくものだ。

 最高のエトランジェへの道も、一歩ずつ。


 ◆

「おはようございますー。お邪魔します」

 よく晴れたその日、ミリアムは一人文房具屋へ来ていた。
 パンにおつかいを頼まれたからだ。
 ただし、彼が押し付けたわけではない。パンが自ら頼んできたのではなく、ミリアムが何か手伝うことはないかと質問したのだ。それで、パンがおつかい係をミリアムに任せたのである。

「おはよう! ミリアムさんじゃないのー」

 ミリアムを迎えてくれたのは、店主の女性。

「おつかいに来ました」
「いらっしゃいませー。今日のおつかいはどのような内容なのかしらー?」
「このメモのものが買いたくて」

 パンから受け取っていた一枚のメモを、店主の女性に差し出す。
 彼女はその内容を「ふむふむ」と言いつつ読む。そして、「集めてくるわねー。待っていて」と笑顔で告げる。ミリアムは一旦頷いた。しかし、女性が店内に歩いていこうとした瞬間、咄嗟に服の裾を掴んでしまう。

「ミリアムさん?」

 カラスのくちばしに足首をはさまれたかのような表情をする女性。

「あの……」

 ミリアムには考えていることがあった。けれどもそれは、誰にも相談できないもの。その内容は、ロゼットへの贈り物について、である。ミリアムはロゼットに贈り物をしたいと考えていたのだが、何をどう買えば良いのか分からなくて、悩んでいたのだ。

 彼女はこの時、やっとそれを口にすることができた。
 文房具屋の店主と街の人というさほど近しくもない関係なのに、ミリアムはなぜか彼女に相談したい気分になったのだ。

「贈り物?」

 相談内容を聞いて、女性はきょとんとした顔をする。

「はい。そうなんです。お礼の意味も込めて何か贈れたらって考えていて」
「文房具を贈りたいということ?」
「相手が男性なので、雑貨より文具の方が良いかと思いまして」
「そうねぇー。異性へのプレゼントってことよねー」
「一緒に考えてもらえませんか? あ、もちろん、可能であればですけど」

 ミリアムとて、強制的に協力させる気はない。
 力を貸してもらえたらラッキーぐらいの考え方だ。

「良いわよー。やる気になってきたわ! うふふー」

 女性は急に元気そうな顔つきになり、その後、年頃の少女のような雰囲気を漂わせ始める。ミリアムは密かに「自分より心が若いのではないか」などと思う。実際の年齢は女性の方が遥かに上だというのに、瑞々しさで負けているような気さえしてくる。

「本当ですか……! ありがとうございます」
「良いのよー。それで? どういうものが希望なのかしら?」
「実はまだあまり考えていなくて……」
「そう! じゃあ今から考えてみましょうー」

 こうして、ミリアムは女性と共にロゼットへの贈り物を選ぶこととなった。

 この文房具屋には数回は入店したことがあるミリアムだが、店内をじっくり見てみたことはない。そのため、どのような商品があるのかまで詳しく知ることはできていなかった。陳列棚をじっくり観察するのは、何げにこれが初めてだ。

「文房具屋って、棚だけでも色々あるんですね」

 棚だけでも色々な形のものがある。背が高いもの、低いもの、段数が多いもの。人に個性があるように、棚にもそれぞれの個性がある。もちろん、色や素材も色々。中には同じものもあるけれど、他と違っているものが多数派だ。

「そうかしらー」
「ここまでじっくり見るのは初めて。新鮮です」

 思えば、ミリアムはこれまで誰かに贈り物をすることはなかった。
 他人に贈り物をするのが嫌だったというわけではない。ただ、何となくそういう機会がなかっただけのことだ。これまでの毎日はそれほど平和でなかったからかもしれない。

「着眼点が画期的だわー。棚の違いなんて気づいていなかったもの。……で、どういう系統が良いかしらー?」

 店主の女性は親切だった。それほど濃い関係ではないミリアムからの依頼であっても、自分のことかのように熱心に取り組んでくれている。

「ええと……おしゃれな、感じ?」

 棚に置かれている商品を並べ直しつつ女性が放った問いに、ミリアムは深く考えず答えた。

「おしゃれ!? ……意外なのが出てきたわねー」
「何となく言ってみただけなんです。分かりづらかったらすみません」

 文房具屋の店主の女性はやる気に満ちている。ミリアムに様々なことを質問し、何を贈るのが良いか熱心に考えていた。
 ミリアムにとって、それは心強いことだった。
 特別なものを見つけてほしいというわけではない。絶対喜ばれるものを考えてもらわなくては、ということでもない。大きな期待を抱いているわけではないのだ。贈り物のやり取りに慣れていないミリアムとしては、誰かに一緒に考えてもらえるだけで良かった。

 そんな風に考えること数十分。

 ロゼットへの贈り物の内容が決定した。

「金額はこちらになりますー」
「これで良いですか?」
「えぇ! お釣り、ちょっと待っていてねー」
「はい」

 話し合いの結果、ロゼットへのプレゼントはペンになった。ただし、ペンといっても日常で使うような安価なものではない。比較的高級な部類の、箱に入ったペンである。
 贈り物をそれに決定したのは、ミリアムが気に入ったから。女性がいくつか見せてくれていた時、ミリアムはその艶のある漆黒に惹かれたのだ。一目惚れしてしまったのである。

「お待たせー。こっちがおつかいのもの、こっちがプレゼントよー」

 会計を終えた女性は、まずおつかいの商品が入った袋を渡す。パンが指定したものは何げに数が多かったようで、ビニール袋は膨らんでいた。それなりに整理して入れてあったのだが、それでも袋が妙な形になってしまっている。

 それから少し間を空けて、女性はプレゼント用の品が入った紙袋を差し出してきた。

 こちらはプレゼント用なのでビニール袋ではない。紐で持つようになった紙袋だ。ちなみに、黒地に白いロゴという大人びたデザインのものである。

「ありがとう。助かりました」
「いいのいいのー。またいつでも言ってちょうだい。力になるわー」
「感謝しています」

 その時、文房具屋の入り口の扉が開いた。

 今日は他の客に遭遇することはなかったので意外に思い、ミリアムは扉の方を見る——そして驚く。

「ロゼット!?」

 紙袋を受け取った体勢のまま、思わず叫んでしまう。

「あ。ミリアムさん、やはりこちらにいらっしゃいましたか」
「どうしてここに!?」
「おつかいを頼んだが帰ってこないので見てきてくれ、と、少々命じられまして」
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