婚約者がいるのに他の女性といちゃつくのはどうかと思いますが……。

８話「前向きでありたいものです」

　私とセインの婚約は無事破棄された。

　破棄を言い出したのはこちら。けれどもこちらが責められることはなかった。あちら側に明らかな問題行動があったからだ。頑張って集めた証拠も活躍してくれた。

　こうして、私はまた独り身に戻る。

　けれども寂しくはない。辛くもない。私には私を大事にしてくれる家族がいる。だから、今はまだ、このままでいることを嫌だとは思わない。むしろ心穏やかに過ごせるくらいだ。

　婚約破棄後に聞いた話によれば、ミレニアの妊娠が後から判明したらしい。そしてセインはミレニアと結婚することとなったようだ。噂によると、ミレニアの親が強く出て半ば強制的に結婚となったそうだ。

　もし私がまだセインの婚約者だったとしたら……。

　想像するだけでも恐ろしい。禍々しすぎる展開。正直、そんなことは考えたくもない。

　嫌な思いも不愉快な経験も重ねることになったが、結果的に、最悪の展開だけは避けられた。そういう意味では、幸運だったと言えるだろう。避けられないなら、せめて、傷は小さい方が良い。

　恋愛やら何やら、人との交友関係がそれほど広くない私にとって、この経験は大きなものだった。

　婚約だって経験するのはずっと先だろうと思っていた。なのに、そのまま結ばれることなく婚約を破棄することとなんて。そんな未来、そんな展開、欠片ほども想像してみなかった。

　けれどもきっとこの経験は糧になるはずだ。

　皆が経験するわけではないことを経験できた。それは良いことだったと、前向きに捉えるようにしたい。そして、もし機会があれば、この経験を活かしてゆきたい。

　私の人生にはまだ先がある。

　ここで終わるわけではない。むしろ、ここが始まりだ。


◆終わり◆