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14話「そのことにようやく気づいた」
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「今日も楽しかったね!」
「王子さまありがとー」
「また遊ぼうぜ! このメンバーで、な!」
「ばいばーい」
「はぁー、遊んだ遊んだ。じゃあまた明日ね。もうねむーい」
遊びを終えた子どもたちはそれぞれの家へと帰っていく。
夕暮れ時の定番の風景である。
「マリエさん、本日も一日お疲れさまでした」
「お付き合いありがとうございました」
「一緒に遊ばせていただいて、色々なことを学ぶことができました。この世にはまだまだ勉強だけでは分からないことがありますね、改めてそう感じました」
ラムティクは「有意義な時間でした」と柔らかく笑う。
「そうだ、今度ですけど」
「何でしょう」
「マリエさんを城へお招きしたいと考えているのですが……どうですか?」
いきなりの提案に思わず言葉を失ってしまう。
「嫌でしたら断ってもらって構いません」
「あ……い、いえ。決してそういうわけでは」
「こんなことを急に言ってすみません。ただ、いつかは言ってみようと思っていたことなのです」
城へ誘われる展開なんて想定していなかった。それゆえ混乱してしまって。脳内がぐるぐるなってしまっている。気の利いた言葉が上手く出てこなくて、最低限の言葉しか発することができない。相手を不安にしてしまうことには申し訳なさを感じるのだが、だからといってどうにかできるわけでもなくて。今はただできる範囲で言葉を発するしかないのだが、それで発することができる言葉というのは多くはなくて、十分ではない。
「今決めなくても大丈夫ですよ」
「すみません」
軽く頭を下げる。
それに対し彼は首を横に振った。
「よければ少しだけでも遊びに来てください。お茶をしたり、庭を散歩したり、長時間でなくてもできることは色々あると思いますので」
「お茶や散歩は楽しそうですね」
「他の内容でも、マリエさんのご希望があればできる限り対応しますので」
「それはさすがに申し訳ないです……」
「せっかくですので城へ来て楽しんでいってもらえればなと考えています。息抜きにもなるでしょうし」
いやいやいや、それはない! 城へ行くなんて、緊張の最高地点みたいなものではないか。高貴な人たちが過ごす場所へ足を踏み入れるのだ、さすがに息抜きにはならないだろう! ……ただ、彼に悪意はないということは知っている。彼にとってはそこが心休まる場所なのだろう。だからこそそうやって言ってくれているのだろう。
「分かりました。お誘いありがとうございます。後日改めてお返事させてもらっても問題ないでしょうか」
「もちろんです」
「ではすみませんが……少しだけ時間をください」
「考えてみていただけるだけでも嬉しいですよ、こちらこそありがとうございます」
そうしてその日はラムティクと別れたのだった。
帰宅後、両親に話す。
両親はかなり驚いていたけれど、前向きな態度で対応してくれ、思っていたよりも真っ直ぐな形で背を押してくれた。
私の意思を尊重したうえで、行きたいなら行けばいい、というようなことを言ってくれたのだった。
王城へ行くなんて、怖さもある。
でも、怖い怖いなんて言っていても何も生まれないこともまた事実だ。
少なくとも王城は戦場ではない。敵兵がいるわけではないし、命を狙ってくる魔物がいるわけでもない。あくまで、人間が暮らす空間。そこへ飛び込んだからといって即座に落命することはないだろう。
……もう少し考えてみよう。
なるべく前向きに。
なるべく良い方向に。
そんな風に思いながら夜を通り過ぎて――。
「ね、ねえ! 聞いた!? 視察中に王子殿下が襲撃された事件!」
次の日の午後、夕方が近づきつつある時間帯のことである。
近所に住む十歳ほど年上の女性が私の顔を見るや否や駆け寄ってきて、そんな言葉を発してきた。
「殿下……?」
「ラムティクさまよ!」
「え」
「今日西の地域へ視察に出掛けていらっしゃったみたいなの。その途中に襲撃があったらしくって」
まさかの言葉に思考が停止する。
彼の身に何かがあったなんて考えたくなかったからだろうか。
「刃物で斬られたんですって」
「……うそ」
「一応命を落とされるほどの怪我ではないみたいだけど……でも搬送はされたみたいだし、不安よね」
そこまで言って女性は去っていった。
「殿下……」
一人、その場に残された私は、ただ力なくそう呟くことしかできなかった。
あんなにも優しくて、思いやりに満ちていて、子どもの自由奔放な言動にも怒らず対応してくれていたラムティク。本当に、とても良い人だ。それなのにどうしてそんな善良な彼が襲われなくてはならないというのか。
悲しみと怒りが重なり合い胸の中で渦巻く。
「どうか……どうか、無事でいて」
私は昨日のことを悔いた。
城へ誘ってくれたあの時すぐに返事をしておけば良かった、と。
人の命など絶対的なものではないのだと今になって気づく。
もしこのまま二度と会えなくなったらという恐怖がじわりじわりと広がる。
会えるなら会いたい。今すぐに。会って話がしたい。あの時すぐに答えを出せなかったことを謝って、それから、またこれまでのように仲良く喋ったりお茶を楽しんだりしたい。
ただ一つ、それだけが願いだ。
私にとって彼はもう特別な人になっている――そのことにようやく気づいた。
「王子さまありがとー」
「また遊ぼうぜ! このメンバーで、な!」
「ばいばーい」
「はぁー、遊んだ遊んだ。じゃあまた明日ね。もうねむーい」
遊びを終えた子どもたちはそれぞれの家へと帰っていく。
夕暮れ時の定番の風景である。
「マリエさん、本日も一日お疲れさまでした」
「お付き合いありがとうございました」
「一緒に遊ばせていただいて、色々なことを学ぶことができました。この世にはまだまだ勉強だけでは分からないことがありますね、改めてそう感じました」
ラムティクは「有意義な時間でした」と柔らかく笑う。
「そうだ、今度ですけど」
「何でしょう」
「マリエさんを城へお招きしたいと考えているのですが……どうですか?」
いきなりの提案に思わず言葉を失ってしまう。
「嫌でしたら断ってもらって構いません」
「あ……い、いえ。決してそういうわけでは」
「こんなことを急に言ってすみません。ただ、いつかは言ってみようと思っていたことなのです」
城へ誘われる展開なんて想定していなかった。それゆえ混乱してしまって。脳内がぐるぐるなってしまっている。気の利いた言葉が上手く出てこなくて、最低限の言葉しか発することができない。相手を不安にしてしまうことには申し訳なさを感じるのだが、だからといってどうにかできるわけでもなくて。今はただできる範囲で言葉を発するしかないのだが、それで発することができる言葉というのは多くはなくて、十分ではない。
「今決めなくても大丈夫ですよ」
「すみません」
軽く頭を下げる。
それに対し彼は首を横に振った。
「よければ少しだけでも遊びに来てください。お茶をしたり、庭を散歩したり、長時間でなくてもできることは色々あると思いますので」
「お茶や散歩は楽しそうですね」
「他の内容でも、マリエさんのご希望があればできる限り対応しますので」
「それはさすがに申し訳ないです……」
「せっかくですので城へ来て楽しんでいってもらえればなと考えています。息抜きにもなるでしょうし」
いやいやいや、それはない! 城へ行くなんて、緊張の最高地点みたいなものではないか。高貴な人たちが過ごす場所へ足を踏み入れるのだ、さすがに息抜きにはならないだろう! ……ただ、彼に悪意はないということは知っている。彼にとってはそこが心休まる場所なのだろう。だからこそそうやって言ってくれているのだろう。
「分かりました。お誘いありがとうございます。後日改めてお返事させてもらっても問題ないでしょうか」
「もちろんです」
「ではすみませんが……少しだけ時間をください」
「考えてみていただけるだけでも嬉しいですよ、こちらこそありがとうございます」
そうしてその日はラムティクと別れたのだった。
帰宅後、両親に話す。
両親はかなり驚いていたけれど、前向きな態度で対応してくれ、思っていたよりも真っ直ぐな形で背を押してくれた。
私の意思を尊重したうえで、行きたいなら行けばいい、というようなことを言ってくれたのだった。
王城へ行くなんて、怖さもある。
でも、怖い怖いなんて言っていても何も生まれないこともまた事実だ。
少なくとも王城は戦場ではない。敵兵がいるわけではないし、命を狙ってくる魔物がいるわけでもない。あくまで、人間が暮らす空間。そこへ飛び込んだからといって即座に落命することはないだろう。
……もう少し考えてみよう。
なるべく前向きに。
なるべく良い方向に。
そんな風に思いながら夜を通り過ぎて――。
「ね、ねえ! 聞いた!? 視察中に王子殿下が襲撃された事件!」
次の日の午後、夕方が近づきつつある時間帯のことである。
近所に住む十歳ほど年上の女性が私の顔を見るや否や駆け寄ってきて、そんな言葉を発してきた。
「殿下……?」
「ラムティクさまよ!」
「え」
「今日西の地域へ視察に出掛けていらっしゃったみたいなの。その途中に襲撃があったらしくって」
まさかの言葉に思考が停止する。
彼の身に何かがあったなんて考えたくなかったからだろうか。
「刃物で斬られたんですって」
「……うそ」
「一応命を落とされるほどの怪我ではないみたいだけど……でも搬送はされたみたいだし、不安よね」
そこまで言って女性は去っていった。
「殿下……」
一人、その場に残された私は、ただ力なくそう呟くことしかできなかった。
あんなにも優しくて、思いやりに満ちていて、子どもの自由奔放な言動にも怒らず対応してくれていたラムティク。本当に、とても良い人だ。それなのにどうしてそんな善良な彼が襲われなくてはならないというのか。
悲しみと怒りが重なり合い胸の中で渦巻く。
「どうか……どうか、無事でいて」
私は昨日のことを悔いた。
城へ誘ってくれたあの時すぐに返事をしておけば良かった、と。
人の命など絶対的なものではないのだと今になって気づく。
もしこのまま二度と会えなくなったらという恐怖がじわりじわりと広がる。
会えるなら会いたい。今すぐに。会って話がしたい。あの時すぐに答えを出せなかったことを謝って、それから、またこれまでのように仲良く喋ったりお茶を楽しんだりしたい。
ただ一つ、それだけが願いだ。
私にとって彼はもう特別な人になっている――そのことにようやく気づいた。
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