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暴虐
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人とは、蜘蛛の糸である。
細くて光る糸が1本のび始めたと思えば、他の糸と絡み合っては最後にはしっかりつながる。
つながっていた糸たちは時が経てばバラバラと消えていき、そしてまた新たな糸が絡み合う。
そして、最後にはするするとほどけていく。
人生とは、蜘蛛の巣である。
もちろん蜘蛛の巣の形や大きさは、人によっては全く異なる。
びっしりと無数の糸で緻密に支えられた立派な蜘蛛の巣もあれば、なんとも軟弱でまばらな数の糸で支えられた陳腐な蜘蛛の巣もある。
大半が、蜘蛛の巣を作り上げては静かに生を終える。
だが、そもそも蜘蛛の巣という形すら作り上げる事もできていない者もいるのだ。
例えば、彼。
彼の名は、辛一郎。(しんいちろう)
腕っ節だけが彼の強みで、みんなの嫌われ者だ。
いつも汚れてあちこちが破れた着物を着て、睨み殺すような鋭い目をしながら細い体でフラフラと歩く。
人々は、彼をこう呼んだ。
「運尽く辛一郎」
運も根も尽きた知恵の足りない愚か者を指している。
今、彼は大勢の男たちに追われている。
少しぶつかっただけで相手の小さな子供を、刀を抜いて斬り殺そうとした侍がいた。
だから彼はその大馬鹿侍に真正面から飛びかかって、厚い肉に覆われた右頬を1発ぶん殴っただけだ。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯!」
彼は喘ぎながら、ザワザワとどよめきながら家屋から顔を出してくる人々を無視しただ突っ走っている。
自分を見つめる人々の目が「辛一郎」に対する蔑んだような哀れみ、あるいは歪んだ好奇心を秘めている事を彼はとっくの昔に気づいていた。
彼は、決して間違ったことはしていない。
彼のお陰で、1つの小さな命が救われた事は紛れもない事実だった。
彼は「身分の違い」に屈さず、人を殺す武器を持った大人に立ち向かったのだ。
彼は決して間違ったことはしていない。
日々、あちこちの出店から盗みを繰り返していることを除けば。
しかし、身寄りもなく働き口もない彼は、生きていくためには仕方がなかったのだ。
だが、人々は「辛一郎」の事など分かろうとはしなかった。
それでも彼から振るわれる拳には、人を救わんとする真っ直ぐな正義があった。
その彼の正義に救われてきた人たちもいる。
彼らは、彼女らは、「辛一郎」にただただ感謝がしたかった。
「ありがとう」と。
だが、周りの人々の目がそれを邪魔した。
そのせいで、辛一郎は知らなかった。
一部の人々は、彼を「英雄」と呼んでいることを。
しかし、他の者達からすれば「辛一郎」は、すぐに突発的に人を殴り、あちこちの店から盗みをし続ける、ただの愚かな厄介者だった。
前まで彼は、心の中で誰かがいつの日か手を差し伸べてくれる者が現れることを願っていた。
だが、そう願い続けて今年で17年の時が過ぎてしまったのだ。
彼は諦めていた。
そして、彼はとうとう慢性的な貧血で固い木造の橋の上で倒れ込んだ。
「こんな時に⋯⋯貧血かよ⋯⋯!」
恨み殺すような声で辛一郎は絞り出した。
「へっ、餓鬼が!大人に勝てるわけがあるか!」
追いついて来た1人の男は、勝ち誇った顔でそう言いながら倒れた辛一郎の頭を掴んだ。
辛一郎は、クラクラしたままだったが辺りを見回す。
いつものように集まる見物人。野次馬。
誰もが見るだけで、誰も助けてくれやしない。
「どれ、軽く痛めつけてやるかァ」
そして、もう1人の男が腕をガッチリとおさえられて、無抵抗な辛一郎の青白い顔を思いっきり殴りつけようとした。
「⋯⋯当たるか⋯⋯鈍間がぁ⋯!」
辛一郎は声を絞り出して叫びながら凄まじく素早い反応で、男の拳打を首を傾けて躱した。
「何っ」
男は思わず目を剥いた。
「これでも⋯⋯くらえや!」
そして、辛一郎は細い右足で恐ろしく強い蹴りを繰り出した。
顎を砕くように蹴られた男は、美しい弧を描いて橋から川へ落ちていった。
「おおっ」
と周りの見物人が声をあげた。
「こいつ⋯⋯運尽くのくせに!!」
怒った男たちは、辛一郎を取り囲んで四方から蹴ったり殴ったりで殴りつけた。
多勢に無勢。
辛一郎は意識を失っていった。
やはり、周りの人々は見ているだけで、ヒソヒソと何かを話すだけだ。
救いなんて、ない。
氷のように冷たい放り込まれた牢の中で、体のあちこちのヒリヒリやズキズキとした痛みに耐えながら、辛一郎はそう感じていた。
つづく
細くて光る糸が1本のび始めたと思えば、他の糸と絡み合っては最後にはしっかりつながる。
つながっていた糸たちは時が経てばバラバラと消えていき、そしてまた新たな糸が絡み合う。
そして、最後にはするするとほどけていく。
人生とは、蜘蛛の巣である。
もちろん蜘蛛の巣の形や大きさは、人によっては全く異なる。
びっしりと無数の糸で緻密に支えられた立派な蜘蛛の巣もあれば、なんとも軟弱でまばらな数の糸で支えられた陳腐な蜘蛛の巣もある。
大半が、蜘蛛の巣を作り上げては静かに生を終える。
だが、そもそも蜘蛛の巣という形すら作り上げる事もできていない者もいるのだ。
例えば、彼。
彼の名は、辛一郎。(しんいちろう)
腕っ節だけが彼の強みで、みんなの嫌われ者だ。
いつも汚れてあちこちが破れた着物を着て、睨み殺すような鋭い目をしながら細い体でフラフラと歩く。
人々は、彼をこう呼んだ。
「運尽く辛一郎」
運も根も尽きた知恵の足りない愚か者を指している。
今、彼は大勢の男たちに追われている。
少しぶつかっただけで相手の小さな子供を、刀を抜いて斬り殺そうとした侍がいた。
だから彼はその大馬鹿侍に真正面から飛びかかって、厚い肉に覆われた右頬を1発ぶん殴っただけだ。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯!」
彼は喘ぎながら、ザワザワとどよめきながら家屋から顔を出してくる人々を無視しただ突っ走っている。
自分を見つめる人々の目が「辛一郎」に対する蔑んだような哀れみ、あるいは歪んだ好奇心を秘めている事を彼はとっくの昔に気づいていた。
彼は、決して間違ったことはしていない。
彼のお陰で、1つの小さな命が救われた事は紛れもない事実だった。
彼は「身分の違い」に屈さず、人を殺す武器を持った大人に立ち向かったのだ。
彼は決して間違ったことはしていない。
日々、あちこちの出店から盗みを繰り返していることを除けば。
しかし、身寄りもなく働き口もない彼は、生きていくためには仕方がなかったのだ。
だが、人々は「辛一郎」の事など分かろうとはしなかった。
それでも彼から振るわれる拳には、人を救わんとする真っ直ぐな正義があった。
その彼の正義に救われてきた人たちもいる。
彼らは、彼女らは、「辛一郎」にただただ感謝がしたかった。
「ありがとう」と。
だが、周りの人々の目がそれを邪魔した。
そのせいで、辛一郎は知らなかった。
一部の人々は、彼を「英雄」と呼んでいることを。
しかし、他の者達からすれば「辛一郎」は、すぐに突発的に人を殴り、あちこちの店から盗みをし続ける、ただの愚かな厄介者だった。
前まで彼は、心の中で誰かがいつの日か手を差し伸べてくれる者が現れることを願っていた。
だが、そう願い続けて今年で17年の時が過ぎてしまったのだ。
彼は諦めていた。
そして、彼はとうとう慢性的な貧血で固い木造の橋の上で倒れ込んだ。
「こんな時に⋯⋯貧血かよ⋯⋯!」
恨み殺すような声で辛一郎は絞り出した。
「へっ、餓鬼が!大人に勝てるわけがあるか!」
追いついて来た1人の男は、勝ち誇った顔でそう言いながら倒れた辛一郎の頭を掴んだ。
辛一郎は、クラクラしたままだったが辺りを見回す。
いつものように集まる見物人。野次馬。
誰もが見るだけで、誰も助けてくれやしない。
「どれ、軽く痛めつけてやるかァ」
そして、もう1人の男が腕をガッチリとおさえられて、無抵抗な辛一郎の青白い顔を思いっきり殴りつけようとした。
「⋯⋯当たるか⋯⋯鈍間がぁ⋯!」
辛一郎は声を絞り出して叫びながら凄まじく素早い反応で、男の拳打を首を傾けて躱した。
「何っ」
男は思わず目を剥いた。
「これでも⋯⋯くらえや!」
そして、辛一郎は細い右足で恐ろしく強い蹴りを繰り出した。
顎を砕くように蹴られた男は、美しい弧を描いて橋から川へ落ちていった。
「おおっ」
と周りの見物人が声をあげた。
「こいつ⋯⋯運尽くのくせに!!」
怒った男たちは、辛一郎を取り囲んで四方から蹴ったり殴ったりで殴りつけた。
多勢に無勢。
辛一郎は意識を失っていった。
やはり、周りの人々は見ているだけで、ヒソヒソと何かを話すだけだ。
救いなんて、ない。
氷のように冷たい放り込まれた牢の中で、体のあちこちのヒリヒリやズキズキとした痛みに耐えながら、辛一郎はそう感じていた。
つづく
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