愛の道標

郷 絵瑠夢

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愛の道標

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ー出会いー

     私、笹原麻奈は、サラリーマン家庭の長女として産まれ育ち、今年3月高校を卒業し親元を離れ就職した。
    住みなれた街を離れJRを利用し札幌へ着いた。
    両親の反対もあり、なかなか家を出るという許しが出なかった。特に母は、今でも家に居て欲しい気持ちがある。
    取りあえず会社の寮に入るという事で一人暮らしが許された状況である。
    それと私には、8歳離れた兄がいる。仕事の関係で札幌に居るので必ず連絡を入れるということを約束させられた。

    駅のホームに降り改札口へと向かって歩き、きょろきょろしていると西改札口の前で兄が待っていた。急ぎ足で西改札口まで行き声をかけた。
  「お兄ちゃん、迎えに来てくれてありがとう。忙しかったんじゃない?」
  「麻奈、心配しなくても大丈夫だよ。車で来たから寮まで送る。」
    私の入社する会社は北区にあり、寮は中島公園のそばにある。通勤は地下鉄を利用する。市営地下鉄の南北線で中島公園駅から北12条駅までの道のり。
  「麻奈、もう少しで寮に着くからな。」
  「うん。」
  「麻奈、ごめんな。」
  「えっ?お兄ちゃん何で謝るの?」
  「いや…本当は一緒に住んであげればいいんだけどな。」
  「いいの!お兄ちゃん千夏(ちなつ)さんとの結婚を控えてるんだもの。それに一緒に住んだら自立にならないでしょ。大丈夫よ心配しないで、その代わりちゃんと電話するから。」
    話をしているうちに寮の前に着いた。
  「お兄ちゃん、ありがとう。」
  「夜、ご飯でも食べに行こうか?迎えに来るから。」
  「うーん、今日はやめとくかなぁ。明日電話するね。」
 「分かった。じゃあな。」
 「はーい」
   私は車から降りドアを閉め、兄を見送り寮の中へ入って行った。
   寮と言っても、5階建てのマンションで部屋はすべて1LDkとなっている。
  1階は、小さなロビーと管理人室  2階は、食堂   3階から5階は部屋となっている。
  私の部屋は、3階の5号室。この3階は女性社員の専用スペースである。
  私は、管理人室に寄り挨拶して鍵を貰い部屋へと行く。
  2週間前に荷物を入れ、母と2人で片付けていたので、あとは家から送った荷物が明日届いたら片付けるだけだ。
  入社式まで、あと5日!
  

   疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまった。何となく目が覚め   うつらうつら状態な時 部屋の電話がなり`ハッ´と目が覚め  慌てて受話器を取った。
   相手は管理人さん。管理人室との内線用の電話が各部屋に付いている。夕食の用意が出来たとの連絡だった。
   時計を見ると17時半で、それから少し身なりを整えて2階の食堂へおりて行った。
   食堂には、6人ぐらい席に着いていた。その中に見覚えのある人が座っていて私は側に近づき声をかけた。
 「こんばんわ!もしかして入社試験の時、隣にいた方ではないですか?」
    彼女は顔を上げて小さな声で`あっ´と声をあげた。
 「覚えてますか?」
 「おぼえてます  覚えてます。わぁーびっくり。」
 「あの  ここ座ってもいいですか?」
 「どうぞどうぞ!」
 「私、笹原 麻奈です。よろしくお願いします。」
  「こちらこそよろしくお願いします。平井 あかねです。あー良かった!女1人だったから心細くて‥   窓側に座っている5人の男子同じ新入社員みたいですよ。」
  「そうなんですね。ほかに寮に入っている人っているんでしょうか?」
 「うん  先輩社員さんが何人かいるみたいですよ。」
 「そうなんですね。」
 「私、旭川から来たんだけど笹原さんは?」
 「私は、釧路なの」
   それから色々な話しをしながらご飯を食べた。そして一緒にエレベーターはあるが、平井さんと階段で部屋へと戻った。


    次の日、午前中に荷物が届き洋服や小物などタンスに入れたりと整理し途中、食堂で昼食を食べ14時過ぎには片付けが終わった。それから兄に連絡を入れておく。高校卒業後やっと携帯からスマホ(iPhone)に替えた。あとは兄からの返事を待つ。そして管理人室に電話を入れ外出する事を話した。それからしばらくボーっとベッドに横になって天井を眺めた。(いよいよひとり暮らしかぁ!寮だけど。まぁお兄ちゃんもいるし頑張るしかないよね。うん。)そう思いながら時計に目線を向けると16時40分だった。その時スマホの音がなった。兄からラインが来た。18時過ぎに迎えに行くよ!と連絡が入った。
   私は、ロビーで兄を待っていた。
   ちょうど管理人室から管理人さんが出てきたので、私は会釈し挨拶しているとエレベーターが開き男子社員の人達が降りてきた。
    昨日、ご飯を食べながら平井さんが男子社員の名前を教えてくれた。2席くらい離れていたので視線を向けると男子社員の人達も私の事が気になっていたようで、相馬さんという方が`よろしく´と声をかけてくれ他の人達も私の方を向いて声をかけてくれたので私も頭を下げ会釈した。
    相馬さんは管理人さんと私に気づき近づいてきて管理人さんに挨拶し声をかけてきた。管理人さんは部屋へと入っていった。
  「笹原さん、こんばんわ。あれ?平井さんはまだ?」
  「えっ?何ですか?」
  「あれ?平井さんから聞いてない?!」
    私は、首を傾げながら
  「はい!何も、これから私出掛けるので。」
  「えーそうなの?‥そうか!残念だな。今日のお昼に食べながら話してたんだけど、新入社員でこの寮に住むのは  どうやら僕ら7人だけだから親睦会をやろうかって、それで集まる事にしたんだ。お昼  笹原さんいなかったから平井さんが聞いてみるって言ってたから」
  話してると平井さんが階段から降りてきた。
  「遅くなってすみま‥‥あっ笹原さん、ここにいたの!今、部屋に寄ったけど  いなかったから!皆と一緒にご飯食べに行きましょう?!」
    私は申し訳ないなぁと思いながら
  「ごめんなさい。私   出掛けるところだったの」
   「えー!残念!淋しいなぁ」と言いながら平井さんが見つめてくる。
     外から車のエンジン音が聞こえてきてハザードランプを点し停車した。とりあえず私は、皆に頭を下げて外へ出て行った。兄が私に気づき助手席側のドアを開けてくれた。私は、乗らずに覗き込んだ。
    「お兄ちゃん、あれ?千夏さんは一緒じゃないの?」
   「うん。麻奈の所に寄ってからと思って  さあ乗って。」
   「お兄ちゃん、ごめん。行けなくなった。寮の皆とご飯食べに行く事になって、千夏さんと2人で行って」
   「そっか!分かった!あっ!皆出てきたぞ   早く行け、こっち見てるぞ。」
   「うん。じゃあね。千夏さんによろしくね。」
   「あー言っとく。」
      助手席のドアを閉めて、後ろを振り返り  慌てて皆の所へ走った。少しハァハァしながら、
    「私も一緒に連れて行って下さい。」
    「笹原さん、いいの?せっかく迎えに来てくれたんでしょ。」
    「大丈夫です。私の兄なんです。兄とは、いつでも会えますから。皆が集まるので私も仲間に入りたいです。」
      相馬さんが私の側に来て右肩に手を添えて、
    「笹原さん良いとこあるね。僕らと一緒に来てくれるなんて、嬉しいな!今日は楽しくハネを伸ばそう。入社したら、集まれるか分からなしさ!」
   「はい。そうですね。」
 
     相馬さんが予約してくれた居酒屋に来た。個室の部屋に案内され、それぞれ座った。飲み物や食べたい料理を色々注文した。先に飲み物が来たので相馬さんが音頭を取ってくれて乾杯をした。そして改めて自己紹介しあった。相馬さん・南さん・岸谷さん・太田さん・三宅さん  皆さん大学卒業で同期と言っても年上でした。それからご飯を食べた後、カラオケに行って最後はボウリングもした。寮に帰り着いた時は午前0時を過ぎていた。私は部屋に入り、そのままベッドにダイブした。(楽しかったぁ)瞼が閉じ眠ってしまった‥‥。


    4月1日入社式廣野建設株式会社私の入社した会社。  少し緊張気味に朝を迎えた。7時40分平井さんと一緒に寮を出て中島公園駅へ向かった。朝のラッシュは初めての体験で社会人の1日が、ここから始まる。
    8時45分大会議室で入社式が始まる。
    会社は、6階建てのビルになっている。1階 ロビー・受付  2階 総務課・経理課  3階 建築課・土木課・設計課  4階 社員食堂  5階 大会議室  6階 社長室・専務室・常務室 となっている。
     社長の挨拶から始まり、新入社員を代表して相良さんという方が挨拶をした。最後に1人ずつ辞令を貰い入社式が終わった。私の辞令は、建築課配属と書いてあった。同じ寮の平井あかねさんも同じ建築課になった。各課事に集まり、同じ寮の相馬さんと岸谷さんも同じ建築課になった。5階の大会議室から移動し3階の建築課に下りて来て小ルーム室で待機した。
     建築課長と、もう1人女性が一緒入って来た。
   「課長の西島です。彼女は主任の野田さんです。」私達は`よろしくお願いします´と言って頭を下げた。
   「笹原さんと平井さんは、野田さんが指導係になるので頑張って仕事を覚えて下さい。」
    「はい!」私と平井さんは返事をした。それから課長は、相馬さんと岸谷さんに声をかけ2人を伴って部屋を出て行った。
   「笹原さんと平井さん、改まして野田です。  どうぞ座って」私達は返事をしてイスに座った。
   「これからは私が指導していきますね。まずは平井さんから説明しますね。朝出勤してきたらコーヒーをティーポットに作って置きます。各自、自由に飲みますから、もちろん平井さんも飲んで大丈夫ですからね。仕事の内容ですが、見積書の作成や設計図のコピーなどです。場合によっては現場で見積書作成をする事もあります。パソコンは使えますか?」
    「あまり慣れていないので、自信がありません。すみません。」
    「謝らなくていいのよ。今日から練習してもらいますね。」
    「はい!よろしくお願いします。」
    「笹原さん、このまま待ってて!」
    「はい!分かりました。」
    「じゃあ、平井さん私と一緒に来て」と言って野田さんと平井さんは私を残して出て行った。残された私は、(同じ建築課なのに仕事内容違うのかなぁ?なんて考えてもわからないけど····)
        しばらくして「お待たせ」と言って野田さんが戻って来た。イスに座って私の方を見た。
    「笹原さん、あなたには建築部長の秘書をやって貰いたいの!」
    「え···」
    「前の秘書が辞めてから私が代わりにやってきたんだけど、これからは笹原さんにお願いしたいと思ってるの。じゃなくてお願いね。」と言ってニコッと笑った。
    「あ··あの でも、主任、わ わ  私は高校卒ですし、それに秘書の資格も無いですし無理だと思いますが」
        また野田さんはニコッと笑って、
    「笹原さん、ここだけのはなしなんだけど」
    「はい!」(何だろう?)
    「実はね新入社員で男子は相良君がトップだったのね、、なので代表の挨拶をしたんだけど。女子は笹原さん、あなただったのよ。」私は野田さんの言葉に驚いて目をパチパチさせた。野田さんは話を続けた。
      「高校時代すごく成績が良かったのね。進学しないのが逆に不思議だったわよ。まぁ理由は聞かないけど、私も秘書の資格は持ってないから大丈夫よ。慣れるまで笹原さんと平井さんの事は私がしっかりサポートしていくからお願いしますね。」野田さんは私に頭を下げた。
      私は慌てて、
    「主任!顔を頭をあげて下さい!申し訳ありません。主任に頭を下げさせてしまって···私、秘書やってみます。サポートよろしくお願いします。」席を立ち頭を下げた。
    「ありがとう笹原さん。じゃあ部長を紹介しますね。行きましょう。」野田さんと一緒に小ルーム室を出た。建築課 土木課の前を通り過ぎ左側に曲がると建築部長室があった。
    「ここが部長室よ」と言いながら野田さんはドアを開けた。中に入ると机と、横にパソコンとファックスが置いてある。
    「これが、あなたが使うデスクよ。後で説明するわね。部長は、この奥よ。」ドアをノックし「失礼します。野田です。」と言いながらドアを開け会釈した。
    「部長、新人の笹原さんです。」と紹介してくれた。
       私は少し俯き頭を下げて野田さんの後に部屋に入って、隣に立った。
    「笹原さん、岩田部長よ。」
       私は頭を下げたまま「今日、入社しました笹原麻奈です。よろしくお願いします。」頭を上げ正面の部長に視線を向けた。私は部長を見るなり驚いた。野田さんは、そんな様子の私を見て`クスッ´と笑い  言った。
     「びっくりでしょ?笹原さん」
     「はい!もっと歳を取った方だと想像してたので···あっ!部長、大変失礼しました。」部長の方を向き頭を下げて、`すみません´と言った。思いっきり2人に笑われてしまった。
    「笹原さん、私、平井さんの様子を見るので課に戻りますね。部長との話が終わったら課に来て下さい。」
    「はい!」
    「それでは部長、失礼致します。」野田さんは、部屋を出て行った。

      部長がデスクのイスから立ち上がりソファの前まで出てきた。
    「改めてまして部長の岩田です。」
    「はい。よろしくお願い致します。」
    「どうぞソファに座って」
    「はい。失礼致します。」
    「これからの仕事内容については野田  さんの説明を承けて下さい。分からない事が出て来たら何でも相談してくれて構わないからね。」
    「はい!早く仕事に慣れるように頑張って行きますので、ご指導よろしくお願い致します。」
    「それじゃあ今日はもういいよ。明日からよろしく。野田さんが待ってると思うから行きなさい。」
    「はい。失礼致します。」私は会釈して部長室をあとにした。
       私は建築課に向かった。建築課の入口は誰でも自由に出入り出来るようにドアが無かった。向かいの土木課も同じ造りになっている。課の中は、ほとんど人のいない机が並んでいる状態。それぞれが受け持っている現場事務所に詰めているからだ。常に課にいるのは課長と主任と事務で3年先輩の本川さん そして平井さんだ。
      私は、主任の野田さんから仕事のノウハウを教えて頂き、今まで自分なりにやってきた事をまとめ資料にしファイルしたのを私にくれた。秘書としての仕事は神経を使う仕事だという事を説明を聞いてしみじみと感じてしまった。


     それから2年が過ぎた。主任の野田さんのサポートのおかげで少しは秘書らしくなれたような気がする。不安はまだあるけど、やっと独り立ち出来そうかなぁと思う今日この頃!
    「あー!今日も一日!ようやく終わったぁ!」思わず声が出た。部屋に入るなりベッドに横になり一息ついた。天井を眺めてると少しウトウトと眠気がさしてきた時、玄関のチャイムが鳴った。`ハッ´として、あわてて起き上がり返事をしながらドアを開けると、あかねちゃんが立っていた。
    「麻奈ちゃん、ご飯食べに行こう。」
    「あかねちゃん、先に行ってて私着替えてから行くね。」
     「うん。分かった!」
       私はドアを閉めて急ぎ着替えて食堂へおりて行った。
       この2年で平井さんとは、すっかり意気投合し仲良しになり お互い名前で`ちゃん´付けで呼び合うようになっていた。
      夕食を食べながら、あかねちゃんが話しかけてきた。すごく実感込めて、
   「麻奈ちゃん、あっという間に2年過ぎたね。」
   「うん。そうだね。今もだけど仕事覚えるので精一杯な2年だった。」
   「ホント!去年も今年も事務の方は新人さん入って来なかったしなぁ。まぁ入って来ても自分の事で手一杯で教えてあげるのはむりだけどでね!あはは!あっそうそう、本川先輩  結婚決まったんだよ。主任が言ってた。でもね!仕事は続けるんだって。きっと暫くは準備とかで忙しくなるだろうから頑張ってホローしてあげなくっちゃ。」
   「そっかぁ!会った時お祝い言わなきゃ!でも!あかねちゃん、あまり無理しないでね。」
    「うん。麻奈ちゃん、ありがとう。」
私達は顔を見合わせて笑った。
     夕食を終わらせ部屋へ戻ると、ちょうどスマホが鳴った。着信だ!兄の茂からである。(わぁ!暫く連絡してなかった)と思いながらスマホをタッチして、
    「もしもし  お兄ちゃん···」
    「お兄ちゃんじゃないぞ!さっぱり音沙汰ないじゃないか!元気でやってるのか?」
    「うん。ごめんなさい。寮に帰って来てご飯食べてお風呂に入ったら、もうねちゃってて  お兄ちゃんに電話するのも忘れてるよ。」
   「身体の方は大丈夫か?あまり丈夫じゃないんだからな!」
   「うん。分かってる。」
   「あっ!そうだ、明日 土曜だし遊びに来ないか?」
   「え!いいの?」
   「実は千夏が遅くなたけど成人のお祝いしてあげたいって言ってるんだ。」
   「わぁー嬉しい!でも、昼まで仕事なんだけど」
   「じゃあ会社まで迎えに行くよ。1時頃でどうだ?」
   「うん。大丈夫。」
   「分かった。それから着替え持ってこい。泊まってけ。」
   「うん。ありがとう。」
   「じゃあ明日な!おやすみ。」
   「おやすみなさい。」スマホを切り枕元に置いた。
     土日は会社が休み、今日の土曜私は出勤して仕事をしている。前日出来なかった書類の作成の為に。パソコンのパチパチと打つ音が響く。2年過ぎたが慣れない手つきで誤字脱字がないか、ゆっくりと画面を見ながら打っていく。(····ふぅ!ようやく打ち終わったぁ)両腕を上げイスの背もたれに少し体重をかけ伸びをした。時計をみると12時半を過ぎたところだ。さっと見直し保存してパソコンの電源を切った。あとは月曜にコピーしファイルに閉じ部長の確認を取るだけだ。
   「よし、片付けて玄関前でお兄ちゃんを待とう。」イスから立ち上がり使った資料を戸棚に仕舞っている  その時、ドアの開く音がし思わずドアの方を振り返った。会社で見た事のない男の人が入ってきた。
   「失礼致します。」
   「あ あの!どちら様でしょうか?」
   「部長に会いたいのですが、坂口と言えば 分かります。」
   「今日は部長、お休みですが約束されていましたか?」
   「いや   約束はしてなかったんだけど····」
   「···············」私は無言のままだった。(坂口さんって言ったけ!どこの会社の人?)お互い沈黙!坂口さんは、バツ悪そうに首の後ろに手を回してた。
   「あ··あの今日 土曜で·····会社休みなんです···けど」
   「ああ!休みなのは知ってる」(知ってる?あなたは何者?)
   「正面玄関も閉まってるし守衛さんに挨拶して職員通用口から入って来たからね。」(うぁーそうだよそうだよ!正面玄関閉まってるんだから···はァ私、何言ってるんだろう。恥ずかしい!)
   「そうですよね。」と苦笑した。でも坂口さんは別に気にしている様子はなかった。私は、チラッと坂口さんを見た。
   「そっかぁ!部長のことだから出社してるのかなと思ったんだけど····あっ!もしかして君が笹原さん?」私は驚いた。
   「えっ?はい!どうして私の名前を?」
   「驚かせて  すまない。改めて 坂口 透と言います。東京の営業所に勤務していたんですが昨日戻ったので部長に挨拶しようと思って来たという訳。笹原さんの事は部長と建築課の同僚から聞いてたので君の事かなと。」
   「そうですか。あの笹原 麻奈です。部長の秘書になって2年過ぎたばかりなんですけど、よろしくお願いします。」
   「うん。これから、ちょくちょく顔を合わせるから よろしく。ところで会社休みなのに笹原さんはどうしたの?」
  「あっはい!昨日の仕事が残っていたので」話しているうちに13時の時報が鳴った。私はデスクの上を片付けながら坂口さんの方を向いた。
   「坂口さん、月曜に部長が出社しましたら坂口さんがお見えになった事をお伝えしておきますね。」片付けが済み帰り仕度をする。その間、坂口さんは黙って私を見ている。
   「じゃあお願いするかな。伝えておいて。ところで、お昼はまだでしょ!よかったら一緒にこれからどうですか?」まさか誘われると思わないので驚いて私は一瞬固まってしまった。でもペコッと頭を下げた。
  「すみません。これから用事があるので。」
  「そうか!急に誘って悪かったね。」
  「いいえ。」
  「じゃあ帰るか。一緒に下までおりますか?」
  「はい。」
    先に坂口さんが廊下に出たので、もう1度部屋の中を確認し鍵を掛けた。2人でエレベーターホールに向かって歩いた。エレベーターは坂口さんが使って上がって来たままだったのでボタンを押すとすぐに開いた。坂口さんがどうぞと言ってくれたので先に乗った。1階に着いて裏口の職員通用口から守衛さんに挨拶して会社を出た。
  「坂口さん私は、ここで失礼します」と言って頭を下げた。
  「うん。月曜に会えると思うので、その時にまたね。」
     私は正面玄関に向かって歩きだしたが気になり振り向いて、もう一度坂口さんに頭を下げた。坂口さんは笑顔で、少し腕を上げ手を振ってくれた。
     正面玄関前に車を止めて、お兄ちゃんは待っていた。急ぎ近づいて車に乗り込みお兄ちゃんのマンションへと向かった。
     私の為に千夏さんは、美味しい料理とケーキを用意してくれて お祝いしてくれた。お兄ちゃんと千夏さんは去年から一緒に暮らしている。そして5月2日に結婚する事になっている。この日の夜は久しぶりに、お兄ちゃんの家でゆっくり過ごす事ができた。布団の中で ふと昼の出来事を思い出した。(坂口さんかぁ···背が高くて、めちゃくちゃイケメンさんだったなぁ)なんて思いながら眠りについた。
     まさか自分が坂口さんと お付き合いする事になるとは思いもしなかった。






ー 告      白ー

     4月中旬、雪も解け札幌も春らしくなって来た。土日はゆっくりお兄ちゃんの家で過ごし楽しかった。
     あと15日で大型連休に入る。世間でいうゴールデンウィークだ。わが社は建設会社という事もあって各課事で休みの日時が決まる。但し年末年始だけは会社の規定の休みになる。
      そして月曜の朝、いつも通り私は あかねちゃんと一緒に出社した。まだ部長は出社していない。まず先に部長室に入り応接のセンターテーブルや机の拭き掃除をする。今朝通勤途中の花屋でフリージアの花に目がいった。私はあかねちゃんに待ってもらいフリージアの花1本と一輪挿しの花瓶を買った。掃除を終わらせて給湯室で花瓶に水を入れフリージアを差して部長室に戻り部長の机に飾っていた時、部長が入って来た。
   「部長、おはようございます。」
   「おはよう。」と歩きながらデスクの側まで来ると机の上の花に気づき私の顔を見たので通勤途中で買った事を話した。
   「ありがとう。部屋の雰囲気が違って見えるな」と言って笑顔を見せてくれた。
    「良かったです。少しでも春が感じられればと思いましたので。今、お茶をお持ち致します。」私は、会釈して部長室を出た。給湯室に戻り湯を沸かしお茶を入れ自分のデスクから手帳を持ち部長室に入った。部長のデスクにお茶を置き、空いたトレーを脇に抱え手帳を開き、今日のスケジュールを読みあげた。
   「あと、土曜日に東京営業所の坂口さんが挨拶に来てました。」
    「おっ!帰ってきたか!うん?土曜?」
   「はい!金曜に残っていた書類の作成で出社してまして」
   「そうかぁ  分かった!来るよう呼んでくれるか?」
   「はい。分かりました」私は自分のデスクに戻り建築課へ内線電話を入れた。電話を取ったのは、あかねちゃんだった。
   「あかねちゃん?」
   「あっ!麻奈ちゃん。」
   「お疲れ様です。あの坂口さん出社してますか?」
   「坂口さん?って」
   「あっ!ごめんね。あかねちゃん まだ知らないのよね。東京営業所から帰ってきた方なの。」
    「分かった!ちょっと待って主任に聞いてみるね……お待たせ!今課長と総務課に行ってるそうです。」
    「ありがとう。総務課に連絡してみるわ」電話を切ってすぐに総務課へ連絡を入れたがタッチの差で建築課へ戻ったと言われた。私は部屋を出て建築課へ行った。課の近くまで来ると笑い声が廊下まで聞こえてくる。月末なので請求書の整理の為、現場事務所から何人か課に来ていた人達が課長を混じえ坂口さんを囲んで話に花が咲いたような明るさで私も自然と笑顔になって入口で立った。主任の野田さんが私に気づいて声をかけてくれた。私は頭を下げ、
   「おはようございます。」と、挨拶して中へ入った。
   「何か用事あった?あっそういえば坂口君 さがしてたのよね!」
   「はい!部長が呼んでいますので」野田さんは坂口さんを呼んでくれた。坂口さんは振り向き私の姿を見て`おはよう´と言いながら側まで来た。他の社員や課長もこちらを向き挨拶してきたので私も頭を下げ挨拶してから坂口さんの顔を見るのに首を上げ目線を向けた。
   「坂口さん、おはようございます。部長が呼んでいますので来て頂けますか?」
    「はい。じゃあ行きましょう。」
     私は課の皆に頭を下げ`失礼致します´と言って坂口さんと一緒に部長室へ戻った。私はドアをノックし`失礼致します´と言ってドアを開け、
   「部長、坂口さんです。」坂口さんに`どうぞ´と言って中へ入ってもらった。そのままドアを閉め私は給湯室でお茶の仕度を始めた。部長は朝 出社したらコーヒーではなく普通に日本茶を飲む。今、一番好んで飲んでいるのは福岡産の八女茶というお茶だ。もう一つある部長専用の湯のみとお客様用の湯のみを用意してお茶を入れ、ドアをノックし中へ入った。テーブルにお茶を置き会釈して出ようとした時、部長に呼びとめられた。
   「笹原さん。」
   「はい。」
   「来週から坂口君も千歳ホテルの現場へ行く事になったので宿泊の手配をして下さい。」
   「はい。分かりました。」
      部長のデスクの上から、先程入れた湯のみを持ち部長室を出て湯のみとお盆を給湯室に置き、自分のカップにハーブティーを入れ 一口飲んでパソコンの電源を入れた。入力ボタンを押しパスワードを入れ千歳ホテルの資料の画面を出し、まずは担当である佐田主任に坂口さんの事を伝えた。それから佐田主任と相馬さんの宿泊先の旅館へもう一部屋取れるか確認した。パソコンの画面に出した資料をコピーしファイルに閉じ部長室へ入った。
   「お待たせしました。」私は坂口さんにファイルを渡した。
   「今までの工事内容と設計変更された箇所の書類です。」
   「笹原さん、ありがとう。」
   「いいえ。あと、こちらですが」と言って1枚の紙を渡した。
   「佐田主任と相馬さんの宿泊されている旅館でもう一部屋取れました。後で確認して下さい。それでは失礼します。」会釈して部屋を出た。それからパソコンと向き合い自分の仕事をこなす。以外と長い時間話しているようで時計を見ると2時間が経っていた。コーヒーでもと思い立ち上がった時、坂口さんが打ち合わせを終わらせ出てきた。
   「お疲れ様でした」と声をかけた。
   「資料ありがとう。」と持っているファイルを上げ出ていこうとドアノブに手をかけたまま私の方を向いた。
   「笹原さん、今日仕事終わった後って用事ある?」
   「えっ?あ いえありませんけど···」
   「そう 土曜は断られちゃったから 一緒に食事しませんか?」
   「······あ、あの!私、会社の寮に入ってまして、それで·····」
     ピンっときたのか!坂口さんはドアノブから手を離し私の側まで来て、
   「そっかぁ!笹原さん寮生活かぁ。もし間に合うなら管理人さんに連絡入れてみて。」(うぁー何気に坂口さんって強引?命令形だぁ)おもわず、
   「はい。お昼休みに連絡してみます。」
   「うん。後で連絡するよ。じゃあ」坂口さんは出て行った。
     私は、そのままストーンとイスに座りボーっとしてしまった。(坂口さんと食事って···はぁ)
  「笹原さん····?笹原さん」
  「あっ!はい!」私はあわてて席を立ち返事をした。部長の呼んでいる声が聞こえなかった。
  「珍しいね。君がボーっとしてるなんて大丈夫かい?」
  「部長!すみません。大丈夫です。」
  「それでは打ち合わせに行って来ます。帰りは戻らないので、もし急ぎの連絡があったら電話して下さい。定時になったら帰っていいからね。」
  「はい。行ってらっしゃいませ。」
     部長が出かけて行き、気が抜けたようにイスに座り息をはいた。


     -コンコン-
     ノックの音がした。中に入って来たのは坂口さんだ。(何かぼーっとしている時間が多かった気がするなぁーはァ!まだ書類出来てないし)
   「笹原さん迎えに来たよ。」
   「はい。すみませんが少し待ってて下さい。」私はイスを差し出した。
   「どうぞ座って下さい。」
   「忙しそうだね。誘ってわるかったかな!」
    「いいえ。キーを打つのが遅くて····すみません。もう少しで終わりますから」私はパソコンに目を向けキーを打つ。やっと最後のキーを打ちコピーをしてファイルに閉じパソコンの電源を切った。
   「終わりました。待たせてしまいましたね。」机の上を片付けた。
   「よし じゃあ行こうか。今日は車で来てるから帰りは寮まで送るから。」
   「はい。」
      ちょうど18時の時報がなり会社を出た。

      坂口さんは車を走らせた。(車の事は、よく分からないけど国産車でもグレードが高いんだろうなぁ。シートの座り心地がめちゃめちゃ良いよ!)と思ってたら、
  「笹原さん、好き嫌いある?」
  「···あっえっと  ないですね。食べる事は大好きなので何でも食べます。」
  「そっかぁ じゃあパスタの美味しい店があるから、いいかな?」
  「はい。坂口さんにお任せします。」(なんかドキドキしてきた。男の人と二人で食事なんて行ったことがないし、高校時代の男子や寮の皆とご飯食べに行く感覚とは訳が違うよなぁ!どうしよう!)
   「笹原さん?大丈夫?」
   「えっ?はい!大丈夫です。」
   「そう?何か考えてた?」
   「いいえ。」(言える訳ないよぉ)
   「どう仕事は、馴れた?」
   「馴れただなんて、まだまだで大変です。私、 まさか秘書の仕事をするなんて思ってもみませんでした。先程坂口さんも見てたから分かると思いますけどパソコンの操作も悩んでやっています。」
   「無理せずマイペースでやればいいと思うよ。僕で良ければ相談に乗るし、まぁ来週から千歳だけどね。」と笑った。
   「ありがとうございます。」私は運転している坂口さんの横顔を見ながら(優しい人だなぁ)と思い嬉しくなった。いつの間にかドキドキが治まっていた。
     話しているうちに、お店の駐車場に着いた。店の中はこじんまりとしてカントリー風の雰囲気が漂っている。席はカウンター席とテーブル席3卓あるだけだ。
   「ステキなお店ですね。落ち着きます。」
   「ここは一番好きな店なんだ。」
   「私、初めてです。こういうお店に入るの。」お店のマスターが挨拶に来た。
   「いらっしゃいませ。坂口君、元気でしたか?」
   「マスター、お久しぶりです。このとおり元気です。」
   「いつ東京から?」
   「先週の金曜に戻って来ました。」
   「そうですか。本日は可愛いらしいお嬢さんとご一緒で」マスターは、私の方を向いて「初めまして岩田と申します。」と自己紹介してくれた。私もその場で席を立ち「初めまして笹原と申します。」と頭を下げ挨拶した。
    「マスター、彼女は会社の後輩なんだ。そして···」坂口さんは立ち上がりマスターの耳元で何かを言っていた。
   「そうですか!」何故かマスターは、驚いていた。私は少し首を傾げ不思議に思った。
   「今日は何になさいますか?」とマスターが聞いてきた。
   「笹原さん、何が食べたい?」私はメニューの写真を見ていたが、
   「どれも美味しそうで迷いますね。あの坂口さんのおすすめは何ですか?」
   「じゃあマスターのおまかせコースで。 いい?」
   「はい。」
   「マスターお願いします。」
   「分かりました。」マスターは調理場へと戻った。

     料理が運ばれて来た。料理を持って来てくれたのは、ショートヘアで化粧はしているとは分からないくらい薄化粧で綺麗な人でカントリー柄のエプロン姿がすごく似合っている女性だった。
   「いらっしゃいませ。坂口君久しぶり」
   「光里さん、お久しぶりです。笹原さん、こちらマスターの奥さんです。」と紹介してくれた。私とマスターの奥様の光里さんと挨拶を交わしあった。それから一品ずつ料理をテーブルに置いた。蒸したナスのマリネ·パスタはナポリタン·お肉は鶏とトマトのチーズ焼き。
   「では、どうぞごゆっくりと召し上がって下さい。」坂口さんがお礼を言い、
    「じゃあ食べようか。」
    「はい。すごく美味しそう。いただきます。」手を合わせて言った。私はフォークを持ちパスタをクルクルと巻き口へ運んだ。
   「あー!美味しい!懐かしいナポリタンですね。」パスタだけで妙に感動した。久しぶりに食べ物で幸せな気分になっている。そんな姿を優しい瞳(め)で坂口さんが見ているとも気づかずに一口一口美味しさを噛みしめて食べた。

   「ごちそうさまでした。とっても美味しかったです。」
   「気に入ってもらえたかな?」
   「はい!また来たら違う料理も食べてみたいです。」
     (こういう素直な感じの子って東京にはいなかったなぁ。かわいいなぁ···うん?俺、何考えて·····)
   「坂口さん?」
   「あ、気に入ってくれて良かった。じゃあまた来ような。」
   「はい。ありがとうございます。あと、お友達にもこのお店教えてもいいですか?」
   「友達?」(男か?)
   「はい。同じ建築課の平井あかねさんです。寮も一緒なんですよ。仕事の休みに一緒に食べに来たいと思って」
   「そっかぁ!ランチもワンプレートで色々あるから女の子同士で来るのもいいと思うよ。」そう言うと笹原さんは満面の笑顔で笑った。
   「そうだ!デザートも美味しいけど食べてみる?」(返事聞かなくても分かるな!嬉しそうだ。)
   「はい!食べたいです。」(食べ過ぎかなァ。でも別腹って事で)
      坂口さんはマスターを呼んでデザートとコーヒーを頼んだ。今日のデザートはレアチーズケーキのラズベリーソースがけ。奥様の光里さんがデザート担当で手作りだ。ほっぺが落ちそうなくらい美味しかった。(コーヒーは私には大人すぎたなぁ。)

    本当にお腹がいっぱいになった。(幸せ)自然と笑顔になった。
   「そろそろ出ようか」
   「はい。」
      店を出た私と坂口さんは車に乗り、坂口さんはエンジンをかけてから私に、
    「笹原さん時間まだ大丈夫?」
    「はい!大丈夫です。」
       私の返事を聞いて、坂口さんは車を走らせ円山公園の方へ向かった。次第に森のように木が見えて来た。暗くてよく見えないが桜の木で、そろそろ咲きそうな時期だ。ゴールデンウィークは花見客で賑わうらしい。この道を通り過ぎ坂口さんはテニスコート野球場に近い駐車場へ車を止めた。しばらく沈黙·····坂口さんが口を開いた。
   「今日はありがとう。無理に誘って悪かったね。」
   「あっいいえ、ご馳走していただいてありがとうございました。」
   「誘う時、少し強引だったかなって!反省してます。」と言ってハンドルに顔を伏せた。
   「坂口さん! そうですね。びっくりしました。」私がそう言うと坂口さんは`はァ´と大きく息をはいた。まだ坂口さんはハンドルに伏せたままで·····そのまま顔を助手席の私に向けた。(何?イケメンさんの困り顔って!私が困るぅー)
   「聞いてもいいかな?」
     (え?何?)
   「はい。何でしょうか?」
   「笹原さん、誰かお付き合いしてる人いる?」
    「え、いいえ。いませんけど····」それから坂口さんは、顔を上げ身体を起こした。
    「土曜に迎えに来てたけど、彼氏かなって思ったんだけど!それで誘ったのまずかったかなって思ってしまって」
     私は思わずクスッと笑って、
     「私の兄なんです。土曜は兄の所に泊まりに行く約束だったので迎えに来てくれたんです。それに彼氏がいたら、きちんとお断りしてました。」
     (お兄さんだったんだ!う?何!ホッとしてるんだ俺?)
    「そっかぁ!良かった。」と坂口さんは聞こえないくらいの小声で呟いた。私は、えっ?っと思いながら首を傾げた。
    「じゃあまた、千歳から帰った時に誘ってもいいかな?」
    「···はい。またマスターの料理と奥様のデザート食べたいです。」
    「了解」と言って笑った。
      (わぁー破壊力満点!その笑顔!カッコ良すぎです。またドキドキしてきちゃったよ。)
     「それじゃあ連絡先、交換しようか。」
     「はい。」と返事をしてバッグからスマホを取り出してお互いに交換し合った。私は先ほどの坂口さんがマスターに耳打ちしてた事が気になって聞こう聞こうと思っているうちに聞きそびれてしまい結局寮まで送ってもらった。

      一緒に食事してから、あっという間に1週間が経ち4月20日月曜日 坂口さんが千歳の現場へ行く日が来た。先週は日帰りで何度か千歳に行っていたらしい事は、あかねちゃんから聞いていた。あれからなかなか会社で会う機会がなかった。今日は週末に佐田主任が戻って来ているので連休前の最終打ち合わせを部長室でやる事になっている。いつも通り朝8時40分、部長が出勤して来た。いつも通りに挨拶をし給湯室でお茶の用意をしてお茶と自分の手帳を持ち部長室へ入った。デスクにお茶を置き、今日の予定を読みあげた。
   「部長、打ち合わせですが何か用意する書類はございますか?」
   「いや、いつものファイルがあればいいので佐田君と坂口君が来たら持って来て。」
   「はい。分かりました。失礼致します。」部長室を出た。自分のデスクに手帳を置き給湯室でコーヒーを出せるようにカップなどの用意をしておいてからパソコンの電源を入れた。午後から部長が訪問する会社の見積書の作成に取りかかりパソコンに入力していく。少し一段落し給湯室で自分のカップにハーブティを入れた。時計を見ると10時の打ち合わせまで、あと10分前(そろそろ時間だなぁ)と思った時、ドアがノックされた。入って来たのは佐田主任と坂口さんだ。
   「笹原さん、おはよう。」と先に佐田主任が挨拶して来た。
   「佐田主任、坂口さんおはようございます。」と言い頭を下げた。
   「笹原さん、おはよう。」と坂口さんも笑顔を見せて挨拶してくれた。
    佐田主任が部長室のドアをノックし坂口さんも後に続いて中へ入って行った。私は給湯室に行きコーヒーの用意をしトレイに乗せ千歳ホテルのファイルを持ち部長室へと入った。テーブルにそれぞれカップを置きファイルを部長に渡して部長室を出た。それから私はパソコンに向かい作成途中だった見積書の続きを始めた。
     時計を見ると、12時半だった。何とか時間に間に合いコピーを取りファイルにした。打ち合わせもまだで(もう終わるのかな?)と思った時、部長室のドアがカチャっと音がして開いた。失礼しますと言って佐田主任と坂口さんが出てきた。私は席から立ち上がり、
   「打ち合わせお疲れ様でした。」と言った。
   「お疲れ」と言って佐田主任は出て行った。坂口さんはドアのぶに手をかけたまま私の方を向いた。
   「笹原さん、お疲れ様!」と言ってスマホを持っている手を上げ私に見えるように見せて出て行った。
     私は首を傾げ、「坂口さん」と呟いた。(何でスマホ、私に見せたんだろう?連絡くれるってこと?)あー!私·····イスに座りため息をついた。坂口さんの姿、見ただけで胸の鼓動が高鳴りドキドキしてる。(ホントにどうしちゃったのかな!こんなにドキドキして!身体が震えて来そう!自分じゃないみたい!)額をデスクに付けて伏せてしまった。(坂口さん!)···急ぎ身体を起こし(あ、ダメダメ仕事中)と自分を窘(たしな)めた。深呼吸し出来た見積書を渡しに部長室に入った。部長は外で昼食を取り、そのまま真っ直ぐに打ち合わせの会社へ行くと言って出掛けて行った。私は部長室を片付け簡単に掃除をして給湯室で洗い物をして、遅い昼食をとる為部屋に鍵をかけコンビニへと行った。

    17時半、退社時間になった。デスクの上の片付けをしていた時に部長が帰ってきた。
   「部長、おかえりなさいませ。」
   「ただいま」
   「今、お茶入れますね」
   「いや、入れなくてもいいよ。あと見積書だけど何ヶ所か手直しがあるから、直してから渡すからよろしく頼むよ。」
   「はい。分かりました。何時までに仕上げれば良いですか?」
   「持って行くのは水曜だから明日中で大丈夫だよ。今日はもう帰っていいよ」
   「はい。ではお先に失礼させていただきます。」
   「うん。お疲れ」と言って部長室に入って行った。
      私は片付けを終えパソコンの電源を切って部屋を出た。独りエレベーターに乗り、`はぁー´と息をはいて俯いた。(あっそうだ)顔あげるとエレベーターが開き1階のロビーに着いた。正面入口の端に寄りスマホを出した。(千夏さん今日会えるかな?)と思いながら電話をかけた。5~6回コールの後繋がった。
  「もしもし 麻奈ちゃん。」
  「千夏さん、忙しいところごめんなさい。」
  「大丈夫よ。ちょうど帰ろうかなって思ってたところ。どうしたの?」
  「うん·····聞いて欲しい事があって」
  「そう、じゃあ一緒にご飯食べようか。」
  「いいの?お兄ちゃん大丈夫?」
  「うん。茂さん昨日から出張だから、麻奈ちゃんまだ会社?」
  「うん!終わって今会社のロビーにいる。」
  「じゃあ時計台で待ち合わせしよう。」
  「分かりました。今から向かいますね。」
  「うん!後でね。」
      私は電話を切って、すぐに管理人さんに急な残業っていう事で夕食をキャンセルして、地下鉄に乗る為会社を出た。

      時計台で千夏さんと会い、隣の時計台ビルの地下へと下りてきた。店の中に入るとハーブの香りに包まれて落ち着いた感じの店でホッとした。(気分が安らぐなァ)
      千夏さんが笑顔で、
    「ここ、いいでしょう。落ち込んだ時や茂さんと喧嘩した時は、よくここに来るのよ。」
    「え?千夏さんお兄ちゃんと喧嘩する事あるの?」
    「あるわよ!とりあえず座りましょ。麻奈ちゃんが知らないだけ···ふふ  この店は私の大学時代の先輩がオーナーなのよ。あっ今、こっちに来るわ。」
    「千夏、いらっしゃい。」と言って私にも、「いらっしゃいませ」と言ってくれた。
    「先輩。」
    「結婚式までもう少しね。忙しいでしょ?」
    「ええ。ほぼ準備は終わったので当日まで体調整えてます。 先輩、紹介しますね。こちら茂さんの妹で麻奈ちゃんです。」
    「初めまして、笹原麻奈です。」
    「まぁ!茂さんの!こんなに綺麗な妹さんがいたなんて!オーナーの三輪です。よろしく。」
     「先輩、料理はおまかせでお願いします。」
     「分かった。」
        オーナーの三輪さんは常連さんが多いのか別のテーブル席にも挨拶をして回って奥の厨房へと戻った。

      料理が運ばれて来て、雑談しながら食べた。(ただご飯食べに来た訳ではないのに どうしよう。)と思ってはいるけれど、どの料理も美味しくて完食した。最後にデザートのケーキとハーブティが置かれた。なかなか話を切り出せない私のことを思って千夏さんが話を切り出してくれた。
   「麻奈ちゃん、私に聞いて欲しい事って何?」
   「あ あの···実は··すごく··気になる人が··いまして······」
   「麻奈ちゃん!!」
   「えっ?」(何か千夏さん!めちゃくちゃテンションが上がってない?)
     ニコニコ顔で、
   「嬉しい!!麻奈ちゃんと恋バナトークできるなんて!」
   「千夏さん?」
   「うんうん。何でも聞くよ。」
   「えーと!···会社の先輩なんですけど····」
   「うん。」
   「3年ほど東京の営業所に行ってたんですけど先日帰って来た時に部長室で会ったんです。」
   「うん。」
      (千夏さん本当に話、聞いてくれるんだ。ちゃんと相槌してくれて私のペースで話させてくれる。)
   「その日は会社が休みで部長も出勤していなかったので、とりあえず自己紹介だけで話が終わったんです。」
   「うん。」
   「週明けに部長に挨拶しに来たんですけど····その時に食事に誘われたんです。」
   「うん。」
   「その日、、仕事が終わってから一緒に食べに行きました。」
   「うん。」
   「食事に行った後は お互い忙しくて会社で会えなかったですけど·····今日打ち合わせがあって1週間ぶりに会えたんです。挨拶だけでしたけど。」
   「うん。」
   「千夏さん···私ね····」
   「うん。」
   「私、先輩の姿見ただけで··すごくドキドキしちゃって」
   「麻奈ちゃん」千夏さんはすごく優しい声で私の名前を呼んだ。そしてニコッと笑顔を見せた。
   「麻奈ちゃんは、その先輩に恋したのね。」
   「えっ?······え、恋!こ  い?」
   「うん。好きになっちゃったのね。」
   「でも、千夏さん!会ったのってまだ3回なんだけど、先輩だから食事しには行ったけど·····」
   「恋に気付くのに会った回数は関係ないと思うけど。」
      (このドキドキは···好きってこと?)
      私は千夏さんの顔を改めて見ると、`うんうん´と何度もうなづいている。
    「千夏さん、私·····自分の事なのに···びっくりしちゃって!もう少し自分の気持ちと向き合ってみます。」
    「そうね。それはとても大事なことよ。麻奈ちゃんらしいわ。」と笑って食べましょと言った。それからデザートのケーキを食べハーブティを飲み終わって、私と千夏さんはお店を出て別れた。寮に戻った私は、いつもだとシャワーで済ませてしまうが今日は湯を貯めて湯船に浸かっている。(あー落ち着く····坂口さん、もう千歳の現場かな?)
   「ふぅ~」と息を吐き湯から上がり身体と髪を洗い又湯に浸かった。千夏さんの言葉が思い出される。`恋しちゃったのね´と·····(千歳に行く前にもう一度会いたかったなぁ···す  きかも?好き····恋     こ  い···しちゃった。)私は自覚したら恥ずかしくなってしまった。
   「あっ!のぼせちゃう。上がろう。」それからパジャマに着替え髪を乾かし顔に化粧水·美容液を付けてベッドにもぐりこんで眠った。

     ゴールデンウィークに入った。わが社は課ごとに休みが異なる。会社自体は今日4月29日から5月6日まで休みだが、建築課は5月2日から5月6日までが休みとなる。各現場事務所も完全休になる。
      私も毎年実家の釧路へと帰省するが今年は2日にお兄ちゃんと千夏さんが結婚する。明日30日、両親と親戚の叔父や叔母が札幌入りする事になっている。折角札幌に来るのだからと観光も兼ねて来る。
      お兄ちゃんと千夏さんの結婚式は札幌で有名なホテルで開かれる。このホテルは中島公園の一角に立っている。私の寮から歩いて10分程の距離にある。
      30日今日、午前の仕事を終わらせお昼休みだ。久しぶりに、あかねちゃんとランチに行く。部屋を出て私は建築課にあかねちゃんを迎えに行き近くのお蕎麦屋さんに入った。席に座るとスマホが鳴った。画面を見るとお兄ちゃんからのラインだった。私はあかねちゃんにひと声かけてスマホを見た“みんな無事に札幌入りしたよ。あちこち観光するらしい。明日の夜、みんなで食事会するから仕事終わったらホテルに来る事” 見ただけでスマホを置いた。
   「麻奈ちゃん返信しなくていいの?」と言って来た。
   「うん。お兄ちゃんから、夜に電話するから大丈夫!」
     それから色々な話をしながら、お蕎麦を食べて会社へと戻った。あかねちゃんも明日、仕事が終わったら実家の旭川に帰ると言っていた。6日の夜には寮に帰って来る。
     夜、お兄ちゃんと電話で話し明日は仕事が終わったら真っ直ぐホテルに行くことにした。食事会のあとは私もホテルに宿泊する事になり1泊分の着替えを用意し眠りについた。
      1日の今日、残業なしで仕事を終わらせた。会社を出ていつも通りに地下鉄に乗り中島公園駅で降りた。今日はいつもと反対方向に歩きホテルへと向かった。

     2時間のお食事会は、とても楽しかった。叔母に勧められ成人して初めてアルコール(スパークリングワイン)を飲んだ。ワイングラスに3口くらいの量だったけれど顔がほてり、ふわふわした感じで酔ってしまった。
叔母には「まだまだ麻奈ちゃんはお子様ね」なんて言われてしまった。それから母に付き添われ部屋に入ってそのまま眠ってしまった。
     目覚めのよい朝を迎えた。母に付き添われたまでは覚えていたがその後は······私は自分の姿を見ると母のパジャマを着ていた。(お母さん、着替えしてくれたんだ。ありがとう。)私は声を出して「シャワー浴びて来よう。」と言ってバスルームに入った。
     今日は一日忙しい日だ。挙式は午後15時からだけど私もこれから朝食が終わったらエステに化粧·髪のセットそして着物の着付け。成人式用にと振袖を母が用意してくれていたが仕事の都合上、地元の成人式には着て出席できなかった。結局写真を撮る為だけに着ただけだった。だから今日は振袖を着られるのがすごく楽しみにしていた。
     母や叔母達もセットや留袖の着付けで、あっという間に半日が過ぎて言った。笹原家(新郎)の控室に来た時は午後12時30分を過ぎていた。草履をぬぎ、襖を開け中へ入った。控室のテーブルには飲み物や軽食にサンドイッチやマフィンなどが置かれていた。両親と叔父·叔母達は食べて飲みながら歓談していた。お兄ちゃんは···窓側を見るとイスに座って私の知らない人達と話をしていた。お兄ちゃんと話したかったけど·····テーブルのそばまで行き「お待たせ、やっと支度終わったよ。」と言って母の隣に座った。
   「ねぇお母さん、お兄ちゃん誰と話してるの?」
   「会社の先輩と同僚の方たちよ。」
   「そうなんだぁ。」
   「麻奈も少し食べなさい。」と言って母は小皿にサンドイッチとマフィンを取って置いてくれた。
   「ありがとう。いただきます。」私はサンドイッチを頬ばりながらお兄ちゃんを見た。(今日のお兄ちゃん、かっこいいなぁー)光沢のあるグレーのフロックコートと呼ばれる新郎の衣裳らしい。(千夏さんのウェディングドレス姿も綺麗だろうなぁ!新婦の控室に行ってもいいのかな?行ってみようかな?)と思っていたら、母がコップにウーロン茶を入れ始めていた。コップが5個、お兄ちゃんの所に持って行くつもりなんだと察した。
   「お母さん、お茶 私が持って行こうか?」
   「そう!じゃあサンドイッチも一緒にお願い。」
     私はうなづいて立ち上がりトレーにウーロン茶とサンドイッチの皿を乗せて兄の方へ近づいた。
   「お兄ちゃん。」
   「おぅ!麻奈。」
   「ウーロン茶とサンドイッチ皆さんでどうぞ。」とトレーごとテーブルに置いた。兄の先輩や同僚の人達は`ありがとうございます。´とお礼を言ってくれた。そして兄は私を紹介してくれた。
   「初めまして、妹の麻奈です。いつも兄がお世話になり今日は兄の為に出席頂きありがとうございます。」と言って頭を下げた。
   「すごくしっかりした妹さんだなぁ」と兄の先輩の香川さんが感心している。
   「香川さん、これでも廣野建設で建築部長の秘書をしてるんですよ。」
   「へぇ~すごいなぁ!」同僚の人達も「おぅ~!」と声を出している。
   「お兄ちゃん!!これでもって何?ひどい!」
   「ごめんごめん。可愛い妹の自慢したんだよ。膨れるな。」と兄の言葉でみんなで笑った。
   「お兄ちゃん、千夏さんの所に行きたいんだけど迷惑かな?」
   「30分くらい前に支度が終わって控室にいるって連絡来てたから大丈夫だと思うよ。」
   「本当!じゃあ行ってくる。」と言って私は兄の先輩と同僚の方に頭を下げて、その場を離れた。母に千夏さんの所に行って、真っ直ぐにチャペルに行くと言って新婦の控室へと向かった。
    同じ階の反対側の廊下を歩いて行くと相沢家(新婦)控室の札が見えた。新郎の控室は襖だったが、ここは普通にドアだった。私はノックし「はい」と言う声を聞いてから「失礼します」と言ってドアを開け中へ入った。千夏さんが姿見の鏡の前に立っていて鏡越しから私の姿を見てくれて声をかけてくれた。
   「麻奈ちゃん」と、満面な笑顔で。
   「千夏さん!···き れい····あっ、本日はおめでとうございます。」と慌てて挨拶した。
   「思わず見とれちゃった。」
   「うふふ、ありがとう。」
     千夏さんのドレスは、エンパイアラインという胸下からスカート部分がストンと落ちるタイプで着心地と見た目が軽やかな感じのドレスで人気らしい。
   「ドレスめちゃめちゃ似合ってます。素敵です。」
   「麻奈ちゃん、褒めすぎ····でも、ホントありがとう。」
   「千夏さんがお姉さんになってくれて嬉しいです。チャペルの挙式 楽しみにしてますね。千夏さん··お兄ちゃんの事よろしくお願いします。」
   「麻奈ちゃん····はい。任せて!!」そしてお互い笑顔になった。

    私は新婦の控室を出た。時計を見ると13時40分だった。まだ時間があるなぁと思い外に出て散歩でもしようとエレベーターに乗り下へ降りた。1階のロビーはチェックイン前だったので静かだった。フロントの方に散歩したい事を伝えたら滝の庭園があると教えてくれた。
     私は北側の方へと歩いて行くと、水の音が聞こえてきた。
   「わぁーすごい」思わず声が出てしまった。真夏の暑い日に来たら涼しくて気持ちが良いかも。
    もう少し滝の側まで行こうと歩き出した時、1組の男女の姿が目に入った。背が高くて濃紺のスーツを着た男性と桜色の小花のプリントが入ったワンピース姿でストレートの黒髪が綺麗な女性だった。
    後ろ姿だけど、とてもお似合いな感じがして邪魔してはいけないと思い、端のほうで滝を見ようと向きをかえ歩いた。
    近くで見る滝は、幅が何メートルくらいあるのかぁと思いながら向こう側の端を見ようと顔を向けると男性の横顔が見え、「えっ?」(坂口さん!!?)急に胸がざわついてどきどきしてきた。(彼女さん···いたんだ。そうだよね。優しくてイケメンだもの。いない訳がないんだよね。何も始まらないままで終わっちゃったな私の恋!!)
   「そろそろチャペルに行こう。坂口さん、お幸せにね。」私は独り言を言って、もう一度坂口さんの方を見ると偶然に坂口さんがこちらを見て驚いた顔をしていた。
    私は気付かない振りをして着物で走れないので急ぎ足で、その場を後にしチャペルに向かった。まさか追いかけて来るとは思わなかった。
   「笹原さん···笹原さんだよね?待って!」
     久しぶりに坂口さんの声を聞いて足を止めてしまった。けど、俯いたまま振り返る事が出来ない。本当にお似合いの2人だった。そんな姿を思い出すと胸が苦しくなった。(早く行かなきゃ!!)
   「すみません私····」「お兄さん!」と声が被(かぶ)った。
   「えっ?」私は振り返った。
   「ひどいよーお兄さん、急に走り出すなんて」と息を切らせてはァはァしてた。(妹さんだったんだぁ····)
    坂口さんはそんな様子の妹さんに構わず私の顔をじぃーっと見つめている。
   「笹原さんで間違いないよね。」
   「は··い。」
   「着物姿だから、最初人違いかな?と思ったから少し躊躇した。すごく似合ってる。」笑顔で言ってくれた。
   「あ、ありがとうございます。」
    息が落ち着いた妹さんは、私と坂口さんの会話を私にずっと視線を向けて聞いていた。私は妹さんの視線に何故か気まずくなり早く離れようと思い、
   「坂口さん、私 時間なので失礼します。」と頭を下げて歩き出した。
   「待って!!」と坂口さんに右の手首を掴まれた。
   「後で電話してもいいかな?話がしたい。」そう言われて振り返り首を上げて坂口さんを見た。
   「今日は無理なので、明日の夜でしたら寮にいます。」
   「分かった。じゃあ明日の夜電話するよ。」
   「はい。じゃあ失礼します。」
     ちらっと時計を見ると14時35分になるところ。急ぎチャペルへ向かう私の足取りは軽やかだった。(彼女じゃなかった。)

チャペルの挙式は、温かみのある素敵な式だった。式後のフラワーシャワーも私は初体験、千夏さんの幸せを頂いた感じがした。そしてもう1つの大事なセレモニーは、ブーケトスだ。これはさすがに、私は気後れしてしまった。千夏さんの友人のお姉様方の凄(すさ)まじい事、びっくりしてしまい母のそばでおとなしく見ていた私だった。
     3時間という長い披露宴が終わった。一日中着物姿でいるのも大変だった。でもアットホームで楽しい披露宴で良かったと心から思った。そして千夏さんの先輩の三輪さんが作ったウェディングケーキがめちゃくちゃ凄くて美味しくて笑顔になった。
    控室で着物を脱ぎ着替えホテルの部屋へと戻って来て化粧を落とし髪のセットをほどいてシャワーを浴び、麦茶を飲みながらやっと寛いでいる。
    明日はお兄ちゃんと千夏さんが新婚旅行に千歳空港からオーストラリアに行く。両親と私、千夏さんの両親と2つ下で25歳の妹の千理(ちり)さんとで見送りに行く。 ベッドに入って眠りについた。

    千歳空港の国際線ターミナルの3階のレストランで昼食の海鮮料理をみんなで食べ、15時30分発のオーストラリアのシドニー行きの便で、お兄ちゃんと千夏さんは出発して行った。
    私の両親は、これから叔父や叔母達と合流する為 定山渓温泉へと向かう。今日明日と2泊し釧路へと帰る。
   「お父さんお母さん、気をつけて行ってね。ゆっくり温泉に浸かって楽しんでね。」
   「麻奈、またね。あなたも気をつけて帰るのよ。」
   「うん。釧路に着いたらメールしてね。」
    私と母が、そんな会話している間に父は千夏さんの両親に挨拶し母もお礼の挨拶して千歳空港を後にした。
    私は地下に下りてJRで札幌駅まで戻り地下鉄で寮まで戻って来た。

    ケトルで湯を沸かしローズヒップのハーブティを入れ一口飲んだ。さっぱりとした口当たりが良くてホッとする。
   「7時かぁーご飯どうしようかなぁ」立ち上がり冷蔵庫を開けてみる。
    寮の食堂は、祝祭日·年末年始·ゴールデンウィーク·お盆休みは完全に休みとなる。土日も基本休みだが希望すれば夕食だけは作ってもらえる。
    うどんが1玉残っていた。野菜も玉ねぎと人参と長ネギもある。煮込みうどんでも作ろうと思った。土鍋を出し水を入れIHのボタンを押した。野菜を切り沸騰したなべに入れうどんも入れた。味付けは、お味噌があるので味噌煮込みにした。最後に玉子を割入れ蓋をして少し蒸らして出来上がり。IHのボタンを押し切った。テーブルに置き、
   「いただきます。」
    久しぶりに食べる煮込みうどんは美味しかった。キッチンに土鍋を置き水を入れうるかしておく。(洗うのは明日しよう。シャワーもどうしようかなぁ!今朝ホテルで浴びたからやめよ。)部屋着に着替えた。いつものように化粧を落とし歯を磨き顔を洗って化粧水 美容液をつけた。
   「そろそろ9時かぁ。坂口さん···電話くれるのかなぁ。あーぁ」あくびが出た。枕元にスマホを置いてベッドに入った。ウトウトと眠気がさしてきて瞼が落ちそうになる。
    その時····スマホの音が鳴った。意識が遠のきそうだったから本当なのか夢なのかと錯覚に落ちそうになったが······鳴ってる!!慌ててスマホを見ると、間違えなく坂口さんからだった。
   「もしもし」
   「笹原さん、坂口です。こんばんは!」
   「こんばんは!」
   「電話して大丈夫だったかな?」
   「はい。大丈夫です。」
   「そっか。良かった。昨日は驚いたよ。まさか笹原さんと会うなんて。」
   「私もです。」
   「着物、ほんと似合ってたよ。独りで来てたの?」
   「ありがとうございます。昨日は兄の結婚式だったんです。挙式まで時間があったので、フロントの方に滝の庭園がありますよって教えて頂いたので散歩してたんです。」
   「そうだったんだぁ。じゃあ、お兄さん結婚おめでとうございます。」
   「あ、ありがとうございます。あ···あの坂口さんはどうして?」
   「あー妹にせがまれて、東京から戻ったと思ったら今度は千歳だったから、ランチしに来てたんだ。」
   「そうだったんですね。」
   「笹原さん、明日は何か予定ある?」
   「えーと、日中は食料の買い物に行こうと思ってました。夕方からなら大丈夫ですけど····」
   「······じゃあ、その買い物付き合うよ。」
   「えっ?でも····いいんですか?」
   「うん。一緒に買い物して夜、岩田さんの所に食べに行くっていうのはどう?」
    私は岩田さんの名前が出た途端即答した。
   「はい!岩田さんのパスタ食べたいです。」
   「OK、決まりだね。じゃあ2時頃に迎えに行くよ。」
   「分かりました。2時に寮の前で待ってます。」
   「それじゃあ明日、おやすみ」
   「おやすみなさい」スマホを切った。思わず笑みがこぼれる。枕を持ち抱きしめて(坂口さんに会える!!買い物して、食事して····これってデートかな?)
    枕を抱えたまま横になった。あんなに眠気がしてたのに、どこかに吹き飛んでちゃった。
    でも·····寝なきゃ·······

     13時50分、部屋に鍵をかけ階段で下までおりた。
   「あれ?笹原さん?」
   「相馬さん!」
   「釧路に帰らなかったのか?」
   「はい。一昨日、兄の結婚式だったんです。」
   「そうだったんだぁ。」
   「相馬さんは?」
   「明日、大学の同期会があるから帰って来たんだ。南と岸谷も帰って来るよ。」
   「そうだったんですね。」
   「平井さんは一緒じゃないの?」
   「平井さんは旭川に帰っていて、6日の夜に帰って来ます。」
   「そっかぁ。そのうちまた、皆で遊ぼうな!」
   「はい。じゃあ私、出かけるので失礼します。」
   「引き留めてわるかったな。」
   「いいえ。」頭を下げて玄関を出た。
    外で待っていると坂口さんの車が私の前で止まった。運転席から わざわざ降りてきてくれた。
   「笹原さん、お待たせ。」
   「坂口さん、来て頂いてありがとうございます。」
   「うん。さあ乗って」助手席のドアを開けてくれた。
   「はい。失礼します。」と言って私は乗り込んだ。ドアを閉めて坂口さんは、運転席に座った。
   「買い物どこに行こうか?行きたい所言って!」
   「はい。じゃあアリオに行きたいです。」
   「OK、苗穂駅の所だよね。」
   「はい。そうです。」
   「よし。それじゃあ行こうか!」
   「はい。」坂口さんは、車を走らせた。
     ゴールデンウィーク真っ只中なので家族連れで賑わい混んでいた。1階のイベント会場には、小学生以下の子供達対象のイベントが開催されていて賑やかだった。
   「すごく混んでますね。子供達で賑やか····うふふ楽しそう。」思わず笑顔になる。
   「笹原さん、子供好き?」
   「はい。大好きです。」
   「そう。」と言って坂口さんもニコッと笑った。(優しい笑顔、見ちゃうとどきどきしてきちゃうよ。)
   「少し2階のテナントの方に行ってみようか?見たいお店があれば遠慮しないで見ていいからね。」
   「ありがとうございます。」
   「じゃあエスカレーターに乗ろうか。はい!」と言って坂口さんが右手を差し出した。
   「えっ?あの····坂口さん?」顔を見上げた。
    坂口さんは、私の左手を優しく握り、
   「デートだからね。」とウィンクした。(デート····デートって思っていいんだ。)
   「さぁ行くよ。」
   「はい。」
    手をつなぎエスカレーターに坂口さんは1段上、私は1段下に乗った。つないだ手を上がるまで見てしまっていた。ひと周りするよう店を見て廻った。色々な雑貨を置いてあるお店で気に入ったエプロンを見つけて手に取って見ていると、
   「そのエプロンかわいいね。」
   「はい。気に入ったので、ちょっと買って来ますね。」
   「ちょっと待って笹原さん!」
   「えっ?」
     坂口さんは、私の手からエプロンを取った。
   「坂口さん?あの·····」
   「俺に買わせて。」
   「でも·····」
   「デートの記念。」と言って奥のレジに行ってしまった。
    白のビニール袋に店のロゴが入っていて赤いリボンが結んでラッピングしてあった。
   「はい どうぞ。」と坂口さんは、手渡してくれた。
   「ありがとうございます····あの私も坂口さんに何か買いたいです。」
   「俺に?」私は`コクっと´頷いた。
     反対側の通路に紳士服や紳士用の雑貨のお店を見つけ行こうとした時、
   「透!!透 じゃない?」その声に坂口さんが振り返った。
   「亜矢?  亜矢か?」
   「うん。わぁ~久しぶり!」
   「そうだな。元気だったか?」
   「うん。この通り 元気!元気!」
     この時 私は、繋いでた手を離し少しずつ距離をとって2人のやり取りを見ていた。(誰?なのかな?お互い名前で呼び合うくらい親しい···もしかしたら この人が彼女なのかな?だったら···私···邪魔だよね?)私は その場で頭を下げて反対方向に歩き向こうのエスカレーターから下りる事にした。俯きかげんにトボトボと歩きエスカレーターに乗り下りた。
   「ねぇーもう少し話したいから、これからお茶でもしない?」
   「悪い。連れがいるから今日は無理だ。」
   「えー!連れって誰?どこにいるの?」
   「えっ?」
   「誰もいないじゃない?」(手を繋いでたはず!?)繋いでいたはずの手を見ながら後ろを振り向いた····が···姿がなかった。俺は焦った!!!!
   「笹原さん!?」(クソっ!!何やってんだ俺!!何で手が離れたの気づかなかった!?)
   「亜矢   またな。」
   「えっ?ちょっと 透!!······焦った顔しちゃって」とため息が出た。
     (どこに行った····?あ~人、多すぎ!!)俺は人のいないはずれに寄ってスマホ出した。
    私はエスカレーターを下りたら、ちょうどトイレのマークを見つけトイレに駆け込んだ。鍵をかけ便座に坐り`はァ´と息をはいた。とうとう涙腺がゆるみポロポロと涙が出てきた。(泣いちゃだめ····)自分に言い含めバッグからハンカチを出し涙を拭いた。(このまま··バスに乗って帰ろう。)鍵を開け出たところでバッグの中のスマホがブルブル鳴り出した。スマホを持つと坂口さんからの着信。
     (頼む   出てくれ。)
     (どうしよう····)周りの人達がチラチラと見ている。仕方なく、邪魔にならないよう端に寄って電話に出た。
   「も··し」被るように、
   「良かった!!出てくれて!笹原さん どこにいる?」
   「··················」私は声が出なかった。
   「笹原さん  ごめん。どこにいる?」申し訳なさそうに話している。
    私は、坂口さんの言った事には答えず やっとの思いで声を出した。
   「あの····わた··し、帰るので坂口さんは彼女さんの所に戻って下さい。今日は······」もうだめ泣きそう。
   「ちょっとまって!!!!」話しの途中で俺は言葉を発した。その声が いつもの倍よりも大きかった為 周りの人達が一斉に俺の方を見た。頭を下げ場所を移動した。
   「笹原さん!お願いだ!居る場所教えて?頼む···話そう。」
     私はトイレから出ながら坂口さんの声を聞いていた。最後の`話そう´という声は苦しそうな声だった。私はひと言、
   「は···い。」俺は笹原さんの返事にホッとした。
   「居る場所 教えてくれるね。」
   「は··い。一番端のエスカレーターを下りたらスポーツ用品のお店があります。その辺りにいます。」
   「分かった。すぐ行くから待ってて!!」
   「はい。」
     トイレから出ると すぐ脇がスポーツ用品のお店だった。その隣が百円ショップで店と店の間にベンチが置いてある。私は空いているベンチに座りバッグとエプロンの入った袋を膝の上に置き俯いたまま袋のロゴをボーッと見つめて坂口さんを待った。それから周りがざわめいているにも気付かず、、そう!坂口さんは周りがざわめく程カッコよくて目立つ人。
    坂口さんに声をかけられた。
  「笹原さん」
  「·················」ボーッとしていたので気づかなかった。そして肩に手を置かれ私は顔を上げて坂口さんを見上げ、
   「坂口さん······」
   「行こう。」と言って私の手を握りベンチから立たせ、そのまま歩き出した。(どこに行くのかな?)声をかける雰囲気じゃない。坂口さんは駐車場に戻って来て私は助手席に座らされた。
    でも、お互い無言のまま·················
    
    それから5分程経った頃(私にはもっと長く感じた)
   「取り敢えず、駐車場出るよ。」
   「はい。」(どこ行くのかな?何か、さっきからこればかり思ってる。)
    車で走ること約20分、次第に緑と桜が見えて来た。走っている間ずっと坂口さんの方を見れなくてずっと外を眺めた。
     (ここ!!円山公園だ。)
     坂口さんは北海道神宮そばの駐車場に車を入れた。
    離れた場所では花見客で賑わっている。仲間同志でバーベキューを食べながら家族でお弁当を持参して食べている。などなど······楽しんでいる。
    私と坂口さんは、しばらく車の中にいた。年配のご夫婦が花見をしながら境内に向かい参拝して行く姿を何組も見ながら(何を話したらいいのか?考えるけど···)分からなかった。だって中学·高校時代と一度も彼氏がいなかったから付き合った経験がないのだから、どう接したらいいのか検討もつかないのだ。その時、
   「笹原さん。」坂口さんの呼ぶ声で私の身体は`ビクッと´と反応してしまった。
   「少し歩こうか。」
   「はい。」お互いドアを開け車からおりた。
    本当に桜は満開だった。中島公園やホテルの庭園の桜も綺麗だったが、ここの桜は格別に綺麗だと感じた。色が濃くて鮮やかな印象を受ける。
    私は一本の桜の木の前で立ち止まり上を向いて桜の花を見た。
   「ピンク色が濃くて本当に綺麗····」と思わず呟いた。花を見ながら、後ろにいる坂口さんが気になる。(謝らなきゃ!すごく迷惑かけちゃって····)私は下唇を噛みしめ坂口さんの方に振り返った。ずっと黙って私の事を見ていたんだと思った。顔を上げると坂口さんの目線と合った瞬間私は、
   「坂口さん!!ごめんなさい。」と頭を下げた。(我慢だよ!泣いちゃだめ···)気持ちとは裏腹に、うるうるしてきた。(この、人の通る所で·········)

     俺は笹原さんが一本の桜の木の前で立ち止まったので、それに合わせ俺も立ち止まった。後ろから黙って見ている。何か考えているようだ。俺もあの時の自分の行動に憤(いきどお)りを感じていた。あんな所で立ち話しをするべきではなかった。まして、手を離されたのにも気付かず笹原さんを独りにしてしまった。俺の彼女だと思い帰るつもりでいたなんて本当に焦った!!!!二度と同じ間違えはしない。そう思った時、笹原さんが謝ってきた。俺は声をかけた。
   「笹原さん。」肩に手をかけ、
   「ここじゃあ、人も通るから一度車に戻ろうか。」笹原さんは俯いたまま`コクっと´頷いた。そしてそのまま笹原さんの肩に手を置いたまま車まで戻って来た。お互い運転席と助手席に座った。
   「笹原さん、どうして君が謝るの?」
   「どう··し··てって私、邪魔···しちゃったから」
   「邪魔?」(何が邪魔なんだ!?)
   「あ、あの綺麗な方 彼女さんなんですよね?」
   「えっ?」
   「私の買い物に付き合った後に会う約束してたのかな?って」
   「ちょっと!まって!!笹原さん勘違いしている!!」
    「でも···お互い名前で呼びあって楽しそうに話してて とてもお似合いでした。だ、だから邪魔だと思って·····帰ろうと思いました。」ぽたぽたと涙が零(こぼ)れてしまった。
    俺は笹原さんの両腕を優しく掴み自分の方に向かせ胸の中へ抱き寄せた。華奢な身体が震えて泣いている。
   「謝るのは俺のほうだよ。ごめん。亜矢は彼女じゃない。大学時代の友人···でも一時期、付き合った事はある。別に好きな人ができたと言われて振られた。だから大学卒業してから一度も会った事はなかった。俺は地元、廣野に就職したしね。亜矢は彼氏と一緒に横浜の企業に就職したはずなんだ。本当にあそこで会ったのは偶然。」
    私は抱きしめられ、半分パニック状態で固まっていた。坂口さんの胸は広くて、温かくて安心感があった。涙が止まり呼吸を整えて、坂口さんの話しに耳をかたむけた。ものすごく恥ずかしくなった。
    坂口さんは、抱きしめていた腕を緩め私の顎に手を置き顔を上げ見つめてきた。そして、
   「麻奈····」名前を呼ぶ声に驚いた。返事をしたいけど肺に空気が入っていない感じで声が出なかった。
    坂口さんは又、抱きしめてきた。坂口さんの肩に私の顎がのっかている型になり坂口さんの唇が私の右耳のそばにある。
   「本当は、岩田さんの所で食事してから ここへ来ようと思ってたんだ。まさか、こんな事になるとは思わなかった。ホント!!焦ったよ。」
    私はやっと、
   「ごめんなさい。」と声が出た。

    そして俺は!!!!   坂口さんが私の耳元で!!!!
   「麻奈···好きだよ。俺と付き合って!?」坂口さんの言葉に身体が震えた。ちゃんと声出さなきゃ!
   「ほん···とに 私で いいんですか?」
   「うん。麻奈がいい。優しく 人思いな所が俺は気に入ってる。」
   「ありがとう··ございます。わた···私も坂口さんが大好きです。」
   「麻奈····」俺は名前を呼びながら腕の力を強めより一層、愛しくなり抱きしめた。
    それから、お互いの想いが通じ合い 岩田さんの所に食事をしに行った。お店では美味しい料理とスィーツを堪能し、岩田さんと奥様の光里さんに私達の事を話すと すごく喜んでくれた。
    私の早とちりで坂口さんに迷惑をかけしまって悲しい思いもしたけれど、坂口さんの優しさ そして温かく包んでくれる包容力に心の中が坂口さんでいっぱいになっていった。




ー初めてのお付き合いと初体験ー
   
    ゴールデンウィークが終わり、今日5月7日いつも通りの日課が始まった。その日課の中に坂口さんと付き合う事になり!!····そう、初めて彼氏ができた。私には もったいないくらいのイケメンでかっこいい彼氏だ。そんな平凡な日課だった私にカラー(色)が添えられた。

    久しぶりの会社だ。大型連休·お盆休み·年末年始のあとはいつも思う私だ。私は部長室の掃除をし給湯室と自分のデスクまわりの拭き掃除を済ませパソコンの電源を入れた。時計を見ると、そろそろ部長の出社して来る時間、、私は給湯室に入り湯を沸かした。
    ドアのカチャと開く音がした。
   「おはよう。」と言って部長が入って来た。
   「部長、おはようございます。」と会釈した。
   「連休どうでしたか?楽しく過ごせた?」
   「はい。」
   「それは良かった。今日からまたよろしく。」
   「こちらこそよろしくお願い致します。」
    このやりとりも、毎回の事。必ず楽しく過ごせたか聞いてくれる。部下思いの部長だ。
   「じゃあ、久しぶりに笹原さんのお茶 頂こう。」
   「はい。入れてお持ち致します。」
     部長は部屋へ入って行った。
     ちょうど湯も沸きお茶の葉を出し、いつも通りに湯呑みにお茶を入れて部長室へ入った。
   「いつもの笹原さんのお茶だ。」と言って笑顔を見せてくれた。
   「ありがとうございます。」
   「早速だけど、この書類なんだけど笹原さんに作成して貰いたいと思って。」
   「分かりました。」と言って書類を受け取った····が······見ると札幌駅前都市開発についての書類だった。上手く要点をまとめ簡潔に判(わか)りやすくデータを取り込んで作成しなければならない。
   「部長····」
   「うーん?」
   「この書類··私には無理かと思うんですが?」
   「難しいか?」
   「はい。この書類は 野田主任にお願いしたほうが、間違えないと思います。」
   「そうだな。僕もそれは考えた。野田さんに頼んだら間違えない。でも、敢えて笹原さんにやって貰いたい。」
   「部長」
   「この書類ができれば笹原さんにとって自信につながる。判らなければ僕でも野田さんにでも聞いてくれればいい。1人でやる必要はないんだよ。どうだ!やってくれるか?」
   「はい。やります。期限はいつ迄ですか?」
   「8月31日迄に。そうだなぁ···項目ごとにやってもらって1ヶ月毎にできた所まで確認しよう。その都度訂正箇所があれば直していけるだろう。」
   「そうして頂ければ助かります。部長、よろしくお願い致します。」
   「じゃあ、この項目の書類から、来月の中旬までに仕上げて貰うかな?できた時点で次の書類渡すよ。もし必要な資料が見たければ総務課から資料庫の鍵借りて参考にして構わないからね。」
   「はい。では失礼します。」書類を手に部長室を出た。
    デスクに書類を置きイスに座った。思いっきり ため息が出た。
    札幌駅前に建っていたデパートが閉店し解体されて空地になっていた。都市開発の話しが持ちあがっていた。駅前という事もあり、いつまでも空地のままではという事で開発方針を決定する。
   「9時半だぁ····」連休明けの為、10時から役員会議がある。(45分になったら部長に声かけよう。)
    時間になり部長に声をかけた。そして会議室へと出向いて行った。
    それから私は書類を手に持ち建築課へと向かった。入口の前で立ち野田主任の姿を探した。自分のデスクに座ってパソコンの打ち込みをしているのが見えた。(主任、忙しそうだなぁ。後の方がいいかな?取り敢えず一度戻ろう。)すると後ろから、
   「笹原さん、おはよう。」
   「えっ?」(この声は?)振り返るとやっぱり坂口さんだった。
   「坂口さん!千歳に戻ったんじゃなかったんですか?」
   「うん。今日はここで仕事」
   「そうだったですね。」
   「笹原さんは?どうしたの?」
   「はい。主任に話したい事があったんですが忙しそうなので、後から出直そうと思っていたところです。」
   「そっかぁ。ちょっと待ってて。」坂口さんは中へ入って行き野田主任のデスクへ向かった。
   「主任、おはようございます。」
   「あら坂口くん、おはよう。千歳 直帰じゃなかったのね。」
   「はい。今日は部長と打ち合せもあるので明日から行きますよ。ところで、笹原さんが主任に話しがあるって来てますよ。」
   「あらまぁ!相変わらず遠慮して中へ入って来ないのね。」席を立った。
   「坂口くん、小ルーム室にいるので何かあったら内線かけて」
   「了解です。」
     主任は私の元まで来てくれた。
   「笹原さん、おはよう。」
   「主任、おはようございます。お忙しいところ申し訳けありません。」
   「大丈夫よ。小ルーム室へ行きましょうか。」
   「はい。」

    私と主任はテーブルを挟んで座り、手に持っていた書類を見せる為テーブルに置いた。
   「主任、今朝 部長から言われてこの書類の作成をする事になったんです。」
   「駅前の都市開発ね。」
    即答だったので、私は驚いた。
   「主任!!知ってたんですか?」
   「最初は私に頼みたいって言って持って来ていたの。」
   「そうだったですか?」
   「うん。でも、笹原さんに作らせてみてはどうですか?って私から部長に提案したの。」
   「えっ?」
   「笹原さんにとって、いい機会だと思う。」
   「·······私、部長には無理だっていったんです。あまりにも難しい案件なので主任にお願いしたほうがいいです。って!でも···部長言ってくれたんです。これをやり遂げたら私の自信になるって、だから私、やりますって言ってしまって······」
   「笹原さん、あなたの仕事ぶりは部長も私も課長も そして建築課の皆んなもちゃんと見てるよ。」
   「主任、ご迷惑かけるかも知れませんがサポートお願いしてもいいですか?」
   「迷惑なんかじゃないよ。課長にも話しておく。何度も手直ししたっていいんだからね。」
   「はい。ありがとうございます。」
   「あと、遠慮しないで課の中へ入ってらっしゃい。」
   「しゅ···任。」
   「部長秘書だけど、笹原さんも課の一員なんだからね。分かった?」
   「はい。」
   「じゃあ、頑張って作成していきましょう。」
   「よろしくお願いします。」
    小ルームを出て、主任は課へ戻り私は部長室へと戻って来た。(本当に野田主任には入社した時からお世話になりっぱなしだ。今度、お礼を兼ねて食事に誘ってみようかなぁ。でも確か 主任って結婚してたはず?仕事終わって帰ったら夕食の仕度とかあるだろうなぁ。あっ!だったら会社の休みの時、ランチ 誘ってみよう。岩田さんの所がいいかも!)とあれこれ考えていたら、部長が会議を終えて戻って来て中へ入って来たのにも気付かなかった。立ち止まって ずっと私の顔を見ていたようで·········声をかけられた。
   「笹原さん····笹   原さん!」クスッと笑われた。
   「部長!!!!  お、お疲れ様でした。」
    あはははは·······と豪快にまた笑われた。
   「何、考えてたの?すごい百面相で····まぁ!可愛いかったよ。」
   「部長···かわいい··って言ってくれるのは嬉しいですけど···そんなに笑わないで下さい。恥ずかしいです。」
   「相変わらず素直でいい子だよ。笹原さんは。」
   「部長····ありがとうございます。」
   「じゃあ ここからは仕事の話」
   「はい。」
   「会議の話し合いの中で都市開発の件も話題に上がったから笹原さんに作成させると言ったからね。まぁ各課から不安の声も出たがサポートは万全を期すると言っておいた。」
   「はい。」
   「この案件が通れば、会社全体の取り組みになってくるから独りで抱え込む必要はないからね。」
   「はい。先程、野田主任と話しをさせて頂きました。課長にも話しを通しておいてくださると言って頂きました。」
   「そうか。僕も協力して自分で出来る事はするようにするか。」
   「部長!?·····いえ!部長に不便をかけないよう頑張りますから。」
    `頼もしいなぁ´なんて言いながら笑顔を見せた部長でした。
   「あと、坂口くんに そうだなぁ···4時に来るよう連絡してもらうかな。」
   「わかりました。部長は もう出掛けられますか?」
   「昼食とって、真っ直ぐ現場事務所2ヶ所回って時間まで戻るよ。」
   「はい。行ってらっしゃいませ。」部長が出掛けて行った。私は課に電話をした。電話を取ったのは西島課長だった。
   「もしもし課長ですか?笹原です。」
   「笹原さんか。」
   「はい。お疲れ様です。坂口さんは、いらっしゃいますか?」(話しながら私、すごくドキドキしてる。)
   「ちょっとまってよ。」課長の坂口さんを呼ぶ 声が聞こえる。
   「坂口くん、部長室から電話。内線2番」「ありがとうございます。」と言って内線ボタンを押し、
   「はい。坂口です。」
    ここは平常心で····
   「お疲れ様です。笹原です。」
   「笹原さん、お疲れ様!」
   「部長との打ち合せ時間の件なんですが4時から始めたいとの事です。」
   「了解です。」
   「よろしくお願いします。では失礼···し」
   「笹原さん。」話している途中で名前を呼ばれた。
   「は··い。」
   「お昼食べた?」
   「いいえ、これから外出しようと思ってました。」
   「ちょうど良かった!一緒に食べに行こうか?」
   「えっ?····あの 一緒してもいいんですか?」
    坂口さんは小声で、
   「麻奈と一緒がいいから誘ってるんだけど····」
   「はい。私も一緒がいいです。」
   「うん。じゃあ今、そっち行くよ。」
   「はい。」私は受話器を置いた。

    俺は課長のそばに行き、
   「課長、部長との打ち合せ4時からですが一緒できますか?」
   「悪い!部長と入れ代わりでススキノのビル解体現場に行く事になってる。」
   「そうですか!わかりました。これから笹原さんとお昼行って来ます。」
   「えっ?····坂口くんいつの間に!!」
   「今、電話で誘ってみました。ちょうど外出するところだったみたいです。」
   「そっかぁ。俺も一緒しようかな?···あはは冗談!だ。美味しい物奢ってやれ!!これから笹原さん大変だからな。」
   「大変?何かあったんですか?」
   「それより待たせないで、早く行ってやれ。」(はぐらかされた?)
   「じゃあ、行って来ます。」(何が大変なんだ?)と思いながら俺は部長室へ向かった。
    部長室のドアをノックし中へと入った。
   「麻奈。」
   「坂口さん、来て頂いてありがとうございます。」
   「うん。行こうか。」
   「はい。」
     2人で部長室を出て、私は鍵をかけた。
    「部長、でかけた?」
    「はい。お昼食べたら現場事務所へ、電話で話した通り4時までには戻るそうです。」
    「時間に、行くよ。」
    「はい。お待ちしてます。」
    「さて、麻奈は何が食べたい?」
    「オムライスが食べたいです。」
    「····じゃあH大そばの洋食屋さんに行こう。」
    「坂口さん この辺り詳しいんですか?」
    「·······麻奈!」
    「はい。」
    「2人の時は名前で呼んで欲しい。」そう言われて立ち止まってしまった。かぁーと顔が火照(ほて)り熱くなった。
    「麻奈、こっち」
    坂口さんは私の手首を握り左側の角を曲がり人通りの少ない建物の端に寄った。私の背中に手を回し自分の胸元へ引き寄せた。
    「麻奈、呼んで欲しいな。」
    手持ち無沙汰の様に真っ直ぐに腕をぶらんと下ろしたままの状態だったけど 私は両脇の辺りまで腕を曲げ坂口さんのスーツを握り顔を見上げ、
    「と、とお···るさん。」
    「麻奈、顔、真っ赤!!かわいいけど、途切れて呼ばれた感じがしないよ。もう一度呼んで!とおるって!」
    「透さん····」
    「うん。良くできました。チュッ」と言っておでこにキスをした。
    「また真っ赤!! よし、じゃあ行こう。学生時代あちこちのお店に食べに来てたからね。」
    「えっ?あの、透さん もしかしてH大卒業なんですか?」見上げた。
    「うん。工学部建築学科。」
    「す···ごい。」
    「お店、ここ入ろう。」入ると混んでいた。壁側の席が空いていて案内され席についた。私は迷わずにケチャップのかかったオムライスを注文した。透さんはデミグラスソースのかかったオムライスを注文した。
    「あの、透さんは」「実は、麻奈に、」と同時に声を発した。
    「透さんから先にどうぞ」
    「うん。ほんとは千歳の現場終わってから話そうと思ってたんだ。まさか こんなに早く話す時間ができると思わなかった。」
    「じゃあ無理に話さなくてもいいですよ。」
    「折角だしちょうどいい機会だから今話すよ。」
    「はい。」
    「廣野建設の社長は俺の祖父、専務は叔父、常務は従兄なんだ。」
    「えーっ?社長が···おじいさ··ん   おじ···いとこ···!!」
     「そう。俺の母と専務が兄妹って事。」
     「時期がきたら透さんも取締役になるって事ですか?」
     「うーん?それはどうかな?考えた事がないな。」(坂口さんが透さんが···廣野一族の人·····)
     「麻奈、何考えてる?」
     「あっいいえ、びっくりしちゃって!···あの、誰にも言いませんから。」
      「ありがとう。自分の口から言えて良かった。あと、会社で知ってるいるのは岩田部長と奥様だけだから。」
    「部長と奥様?····部長の奥様ですか?えっ?部長の奥様って会社に勤めてるんですか?」
    「麻奈、知らないの?」
    「知らないです。秘書になって一度もお会いした事ないです。」
    「えー!!麻奈!いつも会ってるよ。」
    話しをしている時に、オムライスが出来上がってきた。(美味しそう!!美味しそうだけど····気になる  いつも会ってる?誰?)
    「麻奈、食べようか。」スプーンを持たず、くいいるように俺を見ている麻奈。
    「透さん!!気になって食べれません。誰なんですか?」(麻奈、かわいい!切羽詰まった顔をして聞いてきて!)俺は半分意地悪で、一口オムライスを口に入れた。
    「あーうまい。久しぶりにオムライス食べたな。ほら、麻奈も食べて。」俯きかげんで口をすぼめて俺を睨(にら)んでいる。
    「透さん···いじわるだ。」
    「そうか?意地悪か?先に食べてから聞いた方が、いいかと思うけどなぁ~」
    「わかりました。じゃあ食べます。  いただきます。·········お·いしい。」自然と笑顔になった。(いつもの素直な麻奈だ。)と思い俺も自然と声を出さず笑った。
    2人でオムライスを完食し、食後に私はアールグレイの紅茶、透さんはコーヒーを頼んだ。
    「透さん、教えて下さい。」
    「麻奈、ほんとに気付いてないんだ。」私は首を横に振り、
    「ほんとに知らないです。誰なんですか?」
    「主任の野田さんだよ。野田さんが部長の奥様。」
    「·····へっ!?········」
     俺は麻奈の顔を見ながら野田さんだと教えた。みるみる麻奈の口が開いてくる。鳩が豆鉄砲をくらうっていう`ことわざ´の通り開いた口が塞(ふさ)がらず、呆気(あっけ)に取られた顔をしている。
    「麻奈···大丈夫?」俯いて、ぶつぶつと呟いている。
    「主···任が···主任が、お·お·おくさま!?お···くさま?」このタイミングで、紅茶とコーヒーが置かれた。
    俺は立ち上がり、麻奈の隣に座って水の入っているコップを持ち声をかけた。
    「麻奈···、水 飲もうか?」俯いたまま、コクっと頷いた。
    「はい。コップ持って。」麻奈にコップを持たせると両手でコップを握り、一気にゴクゴクと飲み干した。
    「ハー ~~」と長く息を吐いた。
    そして、
    「透さん·····」と呼んで、いつの間にか隣に座っていた透さんの方に顔を向けた。水を飲んだおかげで遠くに行っていた意識が やっと戻って来た感じだった。
    「主任が本当に奥様なんですか?」
    「うん。本当だ。」
    「ハー···私だけですか?知らなかったのは?」
    「いや、知っている人の方が少ない。課で知ってるのも課長と佐田さんに俺の同期で菊池と小川、あとは役員達と野田さんの同期くらいだ。」と言って向かいの席に戻って、透さんはコーヒーを飲んだ。私も紅茶を飲んだ。
    「どう?少しは落ち着いた?」
    「まぁ··少しは·····」
    「びっくりな話しでごめん。でも付き合っていく上で早く知って欲しかったんだ。後から他人の口から聞くよりは、きちんと俺から聞いたほうがいいと思った。だから、あともう1つ!」
    「えー!!まだびっくりする話し あるんですか?また私····意識、遠くに行っちゃいそう!!」
    「あはは、麻奈、おおげさ。」
    「もう!おおげさじゃないです·····待って下さいね。今、深呼吸します。」私は、吸って吐いてを繰り返した。
    「よし、大丈夫です。」
    「もう、身構えて!!麻奈。」と言いながら手を、こっちにおいでと振りながら顔を前に出した。そして私も顔を近づけると·······小声で、
    「麻奈、大好きだよ。」と言われ、みるみる顔に熱が集まって来た。

    札幌と千歳の近距離恋愛が始まった。透さんが千歳へ行って3日がたって何もないまま待つのが寂しくてイヤになり、私は毎朝·毎夜{おはようございます}{おやすみなさい}の挨拶をラインで送る事を考えた。お互い忙しい毎日だから時間がある時に見てもらえて既読が付いてくれるだけでも良かったと思えるし····明日 月曜日から実行しようと思った。
    今日10日の日曜日、お兄ちゃんと千夏さんがオーストラリアから帰って来る。帰りの時間は聞いてなかったので、そのうち連絡が入るだろうと思いながら しばらく自分も残業になる事を予測しながら食材の買い物へと出掛けることにした。下におり管理人室に寄り、しばらく残業になる事を伝え明日から朝食のみでお願いした。
    夜、8時頃にお兄ちゃんからラインが入った。
    {無事オーストラリアから帰国した}
    {お兄ちゃん おかえりなさい}と返信した。
    {来週 遊びに来いよ}
    {分かった。その時 連絡するね}
    {了解!連絡まってる}
    私は笑顔のスタンプを送ってスマホを枕元に置いた。それから簡単な夕食をと思いパスタを茹でケチャップでナポリタンを作り食べ、シャワーを浴び髪を乾かしベッドに横になった。
    透さんと一緒にランチした時の事を思い出す。本当に衝撃的な話だった。普通の会社の先輩だと思っていた人が·····(私でいいのかな?ほんとに·····)でも、好きって言ってくれた時は嬉しかった。あの時の情景が想い浮かぶ。そして自分自身も これほど透さんの事を意識し好きになってしまったなんて考えてもみなかった。千夏さんの言った通り、好きの気持ちに時間なんて関係なかった事を改めて知った。
    「会いたいなぁ~」と言いつつ眠りについた。
    朝6時起床。さっそくスマホを持ち透さんに{おはようございます}と打ち送信した。今日から都市開発の書類作成に取りかかる為、お昼は外食しないで お弁当を作り持参する事にした。お弁当を作り身支度をして食堂へと行く。久しぶりに あかねちゃんと会った。
    「あかねちゃん、おはよう。」
    「麻奈ちゃん、おはよう 久しぶり。」
    「うん。旭川どうだった?」と言いながら向かい側に座った。
    「家はやっぱりいいわ。変わりなくて。あっ、高校時代の友人と何人かで集まってミニクラス会して来た。」
    「そっかあ~楽しめて良かったね。」
    「うん。麻奈ちゃんは、お兄さんの結婚式だったんでしょ!」
    「うん。それが めちゃくちゃお兄ちゃんカッコ良くて、千夏さんのウェディングドレス姿もきれいだったぁ。あっ!写真見る?」
    「見る 見る 見せて!」
     私はスマホのアルバムを開き、あかねちゃんに見せた。この時に相馬さんと岸谷さんが挨拶しながら入って来たので私達も挨拶した。
    「何?見てるの?」
    「相馬さん!見て 麻奈ちゃんのお兄さんの結婚式の写真···いいなぁ。」
    「笹原さん、俺らも見ていい?」
    「どうぞ。」
     写真を見た瞬間、
    「うわー!!!!」「うわー!!!!」と相馬さんと岸谷さんの声がハモった。
    「すげーカッコいい!」と岸谷さんの一言。
    「本当に笹原さんのお兄さんか?」と失礼な事を言う相馬さん。そして、すかさずあかねちゃんが言ってくれた。
    「相馬さん!今の言い方、麻奈ちゃんに失礼よ。」
    「あっ!··悪い」と言って両手を合わせた。
    「ううん。妹の私から見てもお兄ちゃんカッコいいから、私の自慢のお兄ちゃんだからね。それよりも早く食べよ!遅刻したら大変!」
    私はスマホをポーチにしまい皆んなと一緒に朝食を食べた。
    行きの地下鉄の電車も皆んなと一緒に行き、ホームで電車の来るのを待つ。
    あかねちゃんが、
    「麻奈ちゃん、これ旭川のお土産、クッキーだから休憩の時にでも食べて。」
    「ありがとう。遠慮なく頂くね。」私は お弁当の入っているトートバッグに入れた。
    会社に着いて、いつも通り掃除をし湯を沸かし部長の出勤を待つ。今日から3日間千歳へ出張する。
     「笹原さん、おはよう。」
     「部長、おはようございます。お茶を入れてお持ち致します。」
     「あーお願い。」
     私は湯のみにお茶を入れ、あかねちゃんから 頂いたクッキーを2枚小皿に乗せて部長室へ入った。
     「失礼致します。部長、お茶どうぞ。それからクッキー、課の平井さんからお土産に頂いたのでおすそ分けですがお茶受けに召し上がって下さい。」
    「ありがとう。じゃあ、頂いてから出掛けるとするか。今日から3日間留守するが、よろしくな。」
    「はい。」
    私は部長室を出てパソコンの電源を入れた。(さぁ!今日から気合いを入れて都市開発計画書の作成だ。)部長から預かった書類のファイルを出し読み込んでいく。中心部や駅周辺ではタワーマンションやオフィスを中心としたビルが建設されている。これから北海道新幹線が札幌延伸に合わせ構想され計画されていく。夢中で読んでる時、部長に声をかけられた。
     「笹原さん。」
     「あっ部長!気づかなくてすみません。」
     「いや。顔色が良くない。」
     「いぇ···大丈夫ですって言いたいところですが···読んでるうちに不安になってきました。」
    「この企画はまだ一次審査だと思っていいんだよ。笹原さんが、こういう機能があったらいいなぁとか、こういう環境の場所があったらいいなぁとか考えてみて欲しい。」
    「部長·····」
    「難しいよな。うーん?そうだな。皆んなに意見を聞いてみたらどうかな?」
    「····はい。その点も含めて、主任に相談してみます。」
    「そうするといい。じゃあ、行って来るよ。」
    「はい。気をつけて行ってらっしゃいませ。」
    部長は千歳へと出掛けて行った。
    私はファイルを見つめ、ため息が出た。
    それから部長の出張している3日間で、色々な意見を聞いてメモをとっていった。それをすべてパソコンに打ち込みコピーをとり、これをどう纏(まと)めていくかを主任の野田さんに相談する事にした。別の書類作成もあり同時進行でやっている為、10日経ってまだ この段階だった。結局土日にお兄ちゃんの所にも行けず部屋で考えを纏めるので必至だった。唯一、ホっとできるのは透さんに挨拶のラインを送った時だ。既読が付き透さんも返信してくれた時はすごく嬉しい。本当は`会いたい´って送りたいっていうのが本音だった。

     8月に入り、都市開発計画書も部長·課長·主任に助けられながら作成してきてほぼ良い感じになってきた。
    お互い忙しく透さんとはラインでのやり取りがほとんどだった。
    部長から透さんは、インテリアコーディネーターの資格も持っていて各 客室·スィートルームの設計を担当していて、今一番忙しい時だと話してくれた。
    私も透さんを見習って計画書の作成を頑張ってやってきたのだ。お兄ちゃんにも行ける時に連絡を入れるとラインしたまま8月になってしまった。お盆休みは13日~16日迄。釧路の両親には帰省できないことは伝えてある。どれか一日は、お兄ちゃんの所へ行こうと思っている。
    8月10日今、小ルーム室で主任に最後の書類を確認してもらっている。
    「笹原さん、良く頑張ったわね。」
    「主任···ありがとうございます。」
    「素敵な 憩いの場所として活性化して欲しいわね。」
    「はい。自分も立ち寄りたいと思います。」
    「そうね。皆んなで行きましょう。」
    「はい。本当に部長や課長·主任のおかげで、ここまで出来るなんて思ってもみなかったので嬉しいです。ありがとうございました。」
    「大丈夫よ。あとは部長が役員達を唸らせるでしょう。」
    「本当にありがとうございました。」と頭を下げた。
    「どう致しまして。もう 立派な部長秘書になったわね。」
    「主任···まだまだ未熟です。私は·····」
    「そんな事ないよ。真面目で一生懸命だし各現場の内容も把握しようと努力している。高卒の一般入社して建築用語を憶えるのも大変だったでしょ?普通の秘書とは仕事の内容が違うかも知れない。でもこれは部長の考え方だから。笹原さん、部長の為に頑張ってくれてありがとう。これからもよろしくね。」
    「主任··はい。ありがとうございます。こちらこそよろしくお願いします。」
    「ねぇ笹原さん、仕事終わったら食事に行こうか?」
    「えっ?」と私は驚き、主任の顔を見た。首を縦にうんうんと頷いている。
    「頑張った ご褒美ね。」
    「はい。」
    「じゃあ、終わったら課に寄って声かけて待ってるから。」
    「はい。わかりました。」
    二人で席を立ち小ルーム室を出た。

   私と主任は、主任の行きつけだという洋風居酒屋に来ている。完全個室型のお店だ。時間予約とコース料理をと主任が連絡してくれていたので席に着くと あまり待たずに多国籍な料理がコースでテーブルに置かれていく。ドリンクは、主任は生ビールで私はスパークリングワインで乾杯する。
    「笹原さん、本当にお疲れ様でした。」
    「主任、ありがとうございます。主任もお疲れ様でした。」と言って お互いドリンクを口に含んだ。
    料理を食べながら、仕事以外の話しをする。
    「笹原さん、釧路出身だったよね?帰れてる?」
    「年末年始の時には帰りました。」
    「ゴールデンウィークは?帰らなかったの?」
    「はい。兄の結婚式があったので。」
    「笹原さん、お兄さんがいるんだ。····好きな人いる?」
    「····えっ?」(急に!何?聞かれた?)
    「だ·か·ら、好きな人、どんな人?」
    「え···しゅ····主任!す·す···好きな人···」(なぜ?いる前提で聞いてくるの?知ってる?)
     「そう····いるのよね?」
     「ど··ど·どうして、そう思うんですか?」
     「う~ん。雰囲気?変わった気がする。臣くんも言ってた。」
     「臣くん?」(臣くんって?えーもしかして部長のこと?···それより、主任、絶対酔ってるよ。)
     「あの····主任、大丈夫ですか?」
     「ら··いじょうぶ。」(これ、大丈夫じゃないよ。)と思っているとスマホの音が聞こえてきた。最初 自分かなと思ったけど鳴る方向が主任の後ろに置いてあるバッグの方から聞こえてきた。
    「主任、スマホ鳴ってます。」
    「えっ···どこ?」
     私は立ち上がり、主任の側まで行き 失礼してバッグの中からスマホを出し主任に渡そうとしたがテーブルに伏せてしまった。画面を見ると、貴臣と····(部長だわ。)仕方なくボタンを押し主任の代わりに電話に出た。
    「もしも」「真由美?」声が被(かぶ)った。
    「部長ですか?笹原です。」
    「笹原さん?」
    「はい。主任と一緒に食事してるんですけど酔って寝てしまったんです。」
    「ごめんね。迷惑かけたね。今から迎えに行くよ。いつもの洋風居酒屋の店かな?」
    「はい。そうです。」(部長、ちゃんと分かってるんだ。いる店。)
    それから、30分くらいで店の人に案内され部長が迎えに来た。
    「失礼します。お連れ様がみえました。」と店の人が声をかけ戸をスライドして開け、部長が苦笑いで入って来た。
    「笹原さん、ごめんね。あー!マジで寝てるな。」と言って後ろを振り向き、お店の人にウーロン茶を頼んで座った。
    「笹原さんは大丈夫?」
    「はい。私は最初の一杯だけで、あとはノンアルのカクテルを飲んでいたので、主任 ビール好きなんですね。」
    「うん。でも··初めてだな こんなに酔うほど飲むのは。」
    「えっ?そうなんですか?」
    この時、お店の人がウーロン茶を持って来た。テーブルに置かれたウーロン茶をゴクゴクと部長が飲みほした。
    「ところで笹原さん、俺たちの事知ってた?」
    「えっと···とぉ···坂口さんから、ご夫婦だと聞きました。」
    「透かぁ·····付き合ってる!?」
    「あ···あの·····」
    「実は、透から聞いてるんだ。君と付き合ってるって。」
    「·····え····えー!!!!」あまりの驚きで思わず声が大きくなり、慌(あわ)てて手で口を押さえた。
    「う~ん。うー笹原さん、ごめん。寝ちゃって。」と言って主任が起きた。
    「臣くん?」
    「うん。真由美、迎えに来た。」
     この状況に私は、半分パニックだ。(部長が知ってるって事は主任も知ってるんだ。)
    「主任、主任も知ってるんですね。」
    「う~ん?なんの話し?」
    「ずるい!!主任!わざと言ってますよね。」
    「真由美!!」
    「あっ!!臣くん、言っちゃったの?」とガクッと項垂(うなだ)れてしまった。
    「主任、今日誘ってくれたのは もしかして·····」
    「うん。でも、ご褒美なのは本当よ。透くん嬉しそうに話してくれたんだ。笹原さんの事。私達の事も透くんから聞いてたんでしょ?」
    「はい。それから社長がお祖父さんで専務が叔父さん·常務も従兄だと話してくれました。」
    「透···笹原さんに本気だな。」
    「そうね。」
    「部長···主任····」
    「次いでだ。これも教えておくか!」
    「部長?」
    「うん。俺と透も従兄なんだよ。」
    「えっ?えー!!!!」
    「俺の母と透の父親が姉弟なんだ。」
    「·······················」
    「笹原さん?大丈夫?」と言って主任が私の背中を撫でてくれた。
    「だ···大丈夫です。」私は息を吸い込んで深呼吸した。
     「あと3日でお盆休みだし、ゆっくり休むといいよ。透も千歳から戻って来るだろうし、美味しい物 食べに連れてってもらうといいよ。」
    「笹原さん、透くんと仲良くね。私達も陰ながら応援してる。うちの会社は社内恋愛は禁止じゃないけど知られたくないでしょ?」
     と聞かれ私は頷いた。
     「でもな。透は内緒ごと嫌うからな。」
     「あの、その時は私も覚悟を決めます。」と なぜか力強く言ってしまった。それに対して部長夫婦は(心の中では部長夫婦と呼ばせてもらいます。)終始笑顔だった。お店を出て部長が車で寮まで送ってくれ帰って来た。

    明日から、お盆休みだ。久しぶりに定時で仕事を終わらせ寮に帰って来た。計画書もすべて部長に渡した。`よく頑張った´と言われ本当に嬉しかった。休み明けに役員会議で可決され正式な書類として作成製本できれば本当に終わる。
    シャワーを浴び髪を乾かしてると炊飯器の音が鳴った。ご飯が炊けた。
    寮の夕食は来月9月からとお願いしたので自炊だ。
    小松菜とあげのお味噌汁を作りだし巻き卵と豚の生姜焼きを作った。凝った料理は無理だけど普通に作れるのは母のおかげだ。テーブルに出来た おかずを置いていると、スマホが鳴った。ラインかな?と思ったが着信だ。画面を見ると透さんから~~
    ボタンを押しスマホを耳にあてる。
    「麻奈。」すぐに名前を呼ぶ声が聞こえてくる。 大好きな人の声。
    「透さん···」久しぶりの電話に声が震える。
    「元気かな?」
    「うん。いつもラインで元気だよって言ってるはずだけど····」
    「そうだけど、やっぱり声を聞いて元気か知りたかった。いつもラインだけでごめん。」
    「ううん。部長から話しを聞いてたよ。インテリアコーディネーターの資格持っててホテルの客室すべて設計任されたって。」
    「そっかあ。部長、話してくれてたんだ。」
    「はい。一応、部長秘書ですから!工事現場については、すべて把握していますよ。」
    「おー。部長秘書殿は頼もしいなぁ。」
    「やだぁ~透さん!殿って!!うふふ」
    「あははは····ごめん。」
     やっぱり透さんとお話しをするのは楽しい。(休みのどれか会えるかな?)
    「麻奈、話しがあって。」
    「はい。何ですか?」
    「明日、そっち帰るけど 迎えに行くから旅行に行かないか?」
    「えっ?旅行ですか?」
    「うん。勝手に決めたけど、小樽に。ほぼ近所だけどね。ホテルも予約してあるから。」
    「嬉しいです。小樽!中学の修学旅行の時に行って以来です。」
    「中学かぁ~じゃあ、もう10年経つんだな!?」
    「えっ?10年ですか?····もうそんなに経つかな?···えっと透さん、6年です。」
    「ん?ちょっとまて!麻奈。」
    「はい?」
    「女性に歳を聞くのは、はばかられるが彼女だしいいよな?今、24歳だよな?」
    「···················」(透さん大学卒だと思ってるんだ。)
    「麻奈?」
    「あの···は···た·····」
    「うん?」
    「20歳なんです私·····」
    「そっか。20歳なのか····って えー!!!!20歳?」
     俺の頭の中の思考回路が停止した。
     「透さん?大丈夫ですか?大学卒だと思っていたんですよね。」
     「うん。思ってた。だから俺の妹と同い年だと思ったんだ。···考えてみたらお互いの話しって······できる状況じゃなかったな。」
     「そうですね。」
     「麻奈。」
     「はい。」
     「明日、改めて お互いの自己紹介しようか?丁度いいタイミングだ。」
     「そうですね。私も透さんの事、もっと知りたいです。」
     「じゃあ、明日9時には、こっち出るから、11時頃には着くと思う。」
     「わかりました。待ってますね。」
     「うん。おやすみ」
     「はい。おやすみなさい」電話を切った。
     電話を切った私は、冷めてしまった おかずをじぃーと見た。
    「温めなきゃ···透さんと旅行····ホテル予約してるって言ってた。部屋··別々かな?一緒だったらどうしよう。」と独り言。ぶつぶつと呟いた。(ご飯 食べよう!)おかずをレンジで温めお味噌汁も温め直しご飯をお茶碗に盛り、空腹なお腹を満(み)たした。

    朝6時半、8時のアラームが鳴る前に目が覚めた。起き上がり伸びをした。夕べは寝る前に小さ目のボストンバッグに1泊分の着替えを用意した。2度寝はせずにアラームを解除しシャワーを浴び髪を乾かして炊飯器に残っているご飯で おにぎりを作りお味噌汁を温め朝ご飯を食べた。後片付けをし炊飯器とお鍋を洗う。
     ベッドの上に置いてあるスマホが鳴った。ラインだ。透さんからだった。丁度9時。
   {麻奈 おはよう。これから出るよ。待ってて}
   {透さん おはようございます。気を付けて来て下さい。待ってます。}と返信し、すぐ既読が付き笑顔の絵文字で返信が来た。思わず`ふふ´と笑った。
     私は会社の通勤時よりも薄化粧をし着替えをする。透さんから買って貰ったエプロンをはずしハンガーに掛けてある花柄のワンピースを手に取る。丸首で袖はノースリーブ、裾は2段になっていて、ふんわりとしているので通気性がよい。レースの半袖ボレロを羽織る。天気も良く気温が高くなりそうなので麦わらの帽子をかぶろうと思い、備え付けのクローゼットから帽子を出す。洗面台前に立ち鏡を見て帽子をかぶる。(子供っぽいかな?でも···熱中症になったら大変だし)と自分で納得した。
    あっという間に時間が経ち11時迄あと10分前だった。急ぎボストンとお財布·スマホ·ハンカチ·ティッシュの入ったバッグを持ち部屋を出た。
    玄関を出ると助手席側のドアに身体を預けるように透さんが立って待っていた。
    「透さん!!」
    「麻奈」と言って笑顔を向けた。相変わらずの破壊力満点の笑顔だ。
    「ごめんなさい。待ってましたか?」
    「いや。少し前に着いたばかりだったから、さぁ乗って!」助手席のドアを開けてくれた。
    「あっ荷物、後ろの席に置くから」と手に持ってたボストンを取り後部座席に置いてくれた。
     「ありがとうございます。」
     「じゃあ、行こうか。」と透さんも運転席に座り車を走らせた。

    俺は少しでも麻奈とドライブを楽しみたくて有料道路を使わず、国道5号線に出る道を走り始めた。
    「麻奈、水族館に行こうと思ってるんだけど、行きたい所ある?」
    「水族館 行きたいって思ってたので嬉しいです。」
    「了解!着く頃ちょうどお昼だから、何か食べようか?」
    「そうですね。···透さん、私食べたい物があるんですけど。」
    「ok!何?」
    「はい。あんかけ焼きそばが食べたいんです。」と透さんの横顔を見ると、何故かめちゃめちゃ笑っている。
    「透さん?可笑しいですか?」
    「あはは····ごめん。麻奈って食べる物、迷わず言ってくれるなぁて思って。」
    「えっ?そうですかね?」
    「うん。オムライスの時もそうだったから思い出してた。」
    「あっ!もし透さん、別の物にしたかったら お任せしますよ。」
    「ううん。大丈夫!あんかけ焼きそば食べに行こう。」
    「はい。」
     少し渋滞にもあったが1時間ちょっとで小樽の街中に入って、コンビニがあったので寄ってもらい透さんがコンビニの駐車場に車を停めた。
    私はひとり車から降りて店の中へ入った。御手洗に入った後、ATMでお金をおろした。自分のミルクティーと透さんにはホットコーヒーを買って車に戻った。車で待っていた透さんが両手が塞(ふさ)がっていたのに気づいて助手席のドアを開けてくれた。
    「透さん、ありがとうございます。コーヒーどうぞ」と手渡してから席に座った。
    「ありがとう。」二人で口を付けて飲んだ。
    「ふぅ~」と声が出た。
    「疲れた?」
    「いいえ、一息ついた感じです。」
     俺は、そんな表情の麻奈を見て愛(いと)しさが益々つのり始める。(本当に可愛いなぁ···抱きしめたい。)と思ってしまった。
    「麻奈、あんかけ焼きそば食べに行こうか。近くに中華料理店あるみたいなんだ。」
    「はい。楽しみです。」
     走ること10分中華店へ着くと並んで待っている人が何人かいた。私と透さんも並んで待つ事にした。ちょうどお昼時で混みあっていた。待つ事20分、やっと店の中へ案内された。あんかけ焼きそばの注文をすぐにした。周りの人達も人気メニューなので食べている人が多かった。慣れて手際がよく何分も待たずにテーブルに置かれた。アツアツの湯気と匂いで食欲が増す、醤油ベースで白菜のシャキシャキ感とエビ·イカがプリップリしている。透さんと二人、熱さに負けず ふぅふぅしながら食べた。
    会計の時に透さんに運転のお礼に支払いしたいと言ったけれど却下されてしまった。
    素直に、
     「透さん、ごちそうさまでした。」
     「うん。じゃあ、水族館行こう。」
     「はい。たくさん歩けるから食後の運動にちょうどいいですね。」
     「そうだな。麻奈は見たい所ある?」
     「時間合えばイルカショーが見たいです。」
     「ok!!」車を水族館に向かって走らせた。
    水族館に着いたのが14時を少し過ぎていた。タイミングよく14時半からイルカショーが始まるので先に見てから他を見廻る事にした。家族連れで賑わっている。イルカショーが行われるイルカスタジアムに来た。
    「すごい人ですね。」
    「夏休みでお盆だしね。麻奈は見た事ある?」
    「いいえ、ショーは初めて見ます。」
    「そっか。一緒に見れて良かった。」
    「私も、一緒に見れて嬉しいです。」
    迫力満点の豪快なショーに圧倒されながら楽しく見れた。
    ショー後、スタジアムのすぐ近くがペンギンのコーナーだった。くちばしと足の色がオレンジ色で目と目の間を結ぶ白い模様が、このペンギンの特徴らしい。冬の時期に雪中さんぽがあり、雪の上を元気いっぱいにさんぽする姿を見る事ができるとの事。
    それから、マリンギャラリーのコーナーに行き珍しい生き物が勢揃いしている。
    「透さん、見てクリオネ!不思議な生き物ですね。」
    「流氷の天使って言われているんだな。」
    透さんと何気ない会話をしながらだけど楽しい。
    「あっ!ニモだわ。」
    「ニモ?あー カクレクマノミ。」
    「ディズニー映画でファイティングニモってあったんです。」
    「それで··ニモ!!」
    「はい。名前、言いずらいじゃないですか。友達と話したりした時はニモで通じるんです。」
    「なるほどね。俺も覚えておくよ。ニモ···でね。」
    「ふふふ···透さんったら。」
    「今度、DVD借りて、ニモ一緒に観ようか?」
    「いいんですか?アニメですよ。」
    「うん。」
    「わぁ~楽しみにしてます。」
    それから海獣公園を見て、本館に戻って一通り見て廻った。あっという間に時間も経ち、水族館を出た。

    ホテルの駐車場に車を停めた。水族館を出て30分程 車を走らせ着いたのは朝里川温泉のホテルだった。
    私は、てっきり小樽市内のホテルだと思っていたのでびっくりしていた。
    「透さん···ここ?」
    「うん。折角だからゆっくり過ごせる所と思って、温泉って考えて朝里川にした。」ニコッと笑った。
     朝里川温泉郷は【ゆらぎの里】と呼ばれており、心がリラックスするほのぼの感、散歩·散策のブラブラ感、木漏れ陽のキラキラ感、湯面のゆらゆら感など心と身体全体が【ゆらぎ】ます。のゆらぎだそうです。
     私と透さんにはピッタリの場所だと思った。
     今日宿泊するのは小樽朝里KSホテルという所だ。森の中に囲まれて癒され感が満載だ。
    透さんがフロントに向かって歩いていく。私はその後ろをついて歩いていく。チェックインの手続きをし宿泊者カードに明記している。フロントの人からキーを受け取り、`左側通路´をお進み下さいと言われた。
    「麻奈、行こう。」
    「はい。」
    「手····」
     私は透さんの隣に寄り手をつないで歩いた。
    部屋は南館のコンドミニアム棟の最上階8階の和洋室エグゼクティブツインルーム。ルームキーを差し込み透さんがドアを開けた。
    私は思わず息を飲み立ち止まって動けなかった。(こんなに立派な部屋·····)
    透さんが開けたドアに手をおいたまま
    「麻奈?どうした?」
    「と··透さん!!本当にこの部屋なんですか?」
    「そうだよ。さぁ入って。」
    「あっ    はい。」
    私が入るとドアに手を置いていた透さんがドアから手を離すと自然とドアが閉まる カチャと音がした。
     「す···すごい!!」
     部屋は、ベッドが2台 L型のソファが置いてあり畳の間もあった。
     窓から深緑と言っていいほど緑の色彩(あざ)やかな森が広がって見える。
     景色にくぎ付けになり見入っていると後ろの空気が動いた。
     「麻奈····」
     透さんの腕が後ろから回され抱きしめられた。
     「透···さん?」
     「やっと、麻奈に触れられた。」
    しばらく言葉もなく、1分?2分?ただただ抱きしめられたままでいた。(どうしよう!何か言った方がいいのかな?ドキドキが止まらないよぉー)
     「あの?透···さん?」
     「ごめん。もう少し このままで····」
     「は···い。」
    がっちりとホールドされてしまって私は、直立不動に立っている。自分の腕も動かせず手の指だけが小きざみに動かしてしまう。
    透さんが耳元で言う。
     「ずっと麻奈が足りなかった。やっと補充できた。」
    俺は腕の力を緩め、肩甲骨まである麻奈の髪の毛を左肩に寄せ右の首すじに唇をラップ音とともに口付けた。
    「チュ」
    「きゃぁぁぁ」
    見ると麻奈の右耳が真っ赤だ。
    「麻奈、耳真っ赤。こっち向いて顔見せて」
     麻奈は、あまりの恥ずかしさからなのか両手で顔を覆い俯いている。俺はもう一度名前を呼ぶ。
    「麻奈····」
    そのまま両手で顔を覆ったまま、ゆっくりと振り向き すぐに顔を見られまいと俺の胸に顔をうずめ抱きついてきた。
     「麻奈····?」
    小さな声で
     「わた··私も透さんが足りないです。」ぎゅっと回した腕に力が入った。
    (きゃぁー私、何?大胆な事してるんだろう。)
     あまりの可愛さに俺は、左手で肩を抱き右手で麻奈の頭を撫でた。
     「透さん···」
     「ん···?」
     「大好き···です。」
     「麻奈···俺も大好きだよ。」(頼むよ麻奈!これ以上俺を煽るな。理性がマジに決壊しそうだ。)俺の心の中は乱されいた。
     「麻奈、顔を上げて?俺を見て」
     私は透さんの言葉を聞いてビクッとなり、ふるふると首を横に振った。
     「ずっと このままでいるの?」
      又、ふるふると首を横に振った。(どうしよう?どうしよう?どうしたらいいの?)完全に緊張してしまい身体が硬直してしまっていた。
    そんな私の様子に透さんは、気付いたのでしょう?多分?
    透さんの手が私の両肩に置かれ、胸から離された瞬間~~右手が脇に入り、左手が両膝裏に差し入れられ抱き上げられてしまった。あまりの素早さで·······
    「えっ?」と声を発し、顔を上げると目の前に透さんの眉目秀麗な顔があった。
    「やっと見てくれた。」
    「あ···あの?透さん?  この··状態は?」
    「ちゃんと掴まってないと落ちるよ?」
    「え···えっと」透さんの首に腕を回した。
    「はい。良くできました。俺のお姫様。」
(お姫様って?)
     「透さん?」
     「ん···?」
     「あの、重いので下ろして下さい。」
     「全然重くないよ。軽いくらいだよ。」と言いながら歩きソファに座った。
     そして··········そう···············
     私は、透さんの膝の上に座っている。もう恥ずかしくて首に腕を回したまま、肩に顔をうずめた。
    「麻奈··また、顔を隠すの?」
    「だって···だって···恥ずかしいです。」ウェディングの花嫁さんみたいに抱き上げられ、その上、膝の上にお座り、初体験その①である。(う~ん。)と心の中が唸っている。その刹那!!!!
    「麻奈、かわいい、、、」と耳元で囁かれた。
    「ダーメェ」と私は手で耳を押さえ顔を上げた。
    クスクスと透さんが笑っている。
    「透さん···遊んでます?」
    「いいえ!?」
    「じゃあ、意地悪してる?」
    「いいえ!?」と言いつつ笑っている。
    「うそ!?」
    「うそじゃないよ」と言いながら抱きしめてくれた。
    「麻奈····」
    「はい。」
    「キスしたい。キスしてもいい?」
    透さんの言葉に私は固まった·········透さんが私の顔をじぃ~と見つめている。
    「さっき···首に····首にキスしてました。」(何、訳の分からない事 言ってるんだろう私···)
    「うん。したね。でも、ここにしたい。」と言って、人差し指を私の唇に当て、ちょんちょんとした。
    思わず力が入ってしまい真一文字に引き結んでしまった。
    「麻奈?ダメ?」
    「·····ダ···メ···········じゃないです。」と言って唇を閉じる。
    「ありがとう。じゃあ、力抜こうか?」と又、人差し指でちょんちょんとした。
    「麻奈の唇、薄くて小さくて、かわいい。」
     ドキドキして目を閉じている事しかできていない私········  初体験その②初キス。
    透さんの顔が近ずいてきて私の唇にリップ音をさせて口づけた。
    「チュッ」と一瞬だった。
    「時間切れだぁ~~」(ん?時間切れ?)私は閉じていた目を開けた。
    透さんはニコッと笑って、私の頭に手を乗せた。
    「麻奈、ご飯食べに行こう。」
    「ご飯?」
    「うん。下のレストランに18時半に予約してる。ちょうどタイムリミット 残念だけど」
    私はベッドの方に顔を向け、デジタルの時計を見た。18時20分~予約の10分前だった。部屋を出て一階のレストランへと向かった。
    席に案内され座った。料理は和洋織り交ぜた創作の会席料理。さすが小樽の街、お造りや握り寿司は最高に美味しい。
    最初の約束通り、食べながら お互いの事を話した。生年月日や家族の事、小さい頃の話しなどを楽しく おしゃべりした。
    「麻奈、来週の火曜日 誕生日か」
    「はい。」
    「岩田さんの処でご飯食べようか?」
    「えっ?でも·····」
    「仕事の事なら大丈夫だよ。休み明け17日と18日は会社で打ち合わせだから」
    「そうなんですか?部長 何も言ってませんでした。じゃあ、楽しみにしてます。」
    「岩田さんに予約の連絡しておくよ。」
    「はい。よろしくお願いします。」
     料理を堪能し楽しい会話は、あっという間だった。20時になりレストランを後にして部屋に戻って来た。それから入浴の準備をしホテルの浴衣を持ち、大浴場へ行く為、又一階へと下りて行った。
    私は、長湯だから先に部屋へ戻ってて下さい。と言ったが透さんはロビーで待ってるよ。と言ってくれたので素直に返事をして男湯と女湯へと、それぞれ のれんをくぐり入った。
    体をボディーソープで汗を流し湯船へと入った。(温泉!!最高!!気持ちいい~····透さん·····二人っきりになるとスキンシップが半端ないなぁ~)私は人差し指で自分の唇に触れた。(透さんの唇が····触れたんだよなぁ~一瞬だったけど····柔らかかったなぁ。あっ首すじにもキスされたんだった。)一気にカーッと身体が熱くなってきた。(部屋に戻ったら抱かれるのかな?)
    一度だって この容姿に自信を持ったことは無かった。胸は以外と大きいほうだ。だから余計に腰の太さも同じように見える。洋服は一応、Mサイズ·9号で充分着れるから良しとしているけど油断は禁物。(どうしよう?)
    ふと私は、ゴールデンウィークに会った亜矢さんを思い出してしまった。透さんの元カノを。
    身長もちょうど良くて、スタイルも抜群だった。彼氏がいるって透さんは言ってたけど······すごく近づいてて透さんの腕に手を置いて話してた事を思い出した。そう····だから私は彼女だと思ったんだ。
    「ふぅ~」と息をはいた。(やば····入り過ぎた。のぼせちゃう。)湯船から上がりボディーソープでまた体を洗い、洗顔し髪を洗って湯船に入り百(ひゃく)を数えて上がった。脱衣場の時計を見ると21時半になるところ。一時間きっかり入る私。(透さん、きっと待ってるなぁ~)ドライヤーで半乾きぐらいまで乾かして、髪ゴムでおダンゴにした。部屋に戻ったら もう一度乾かそうと思い、のれんをくぐり透さんを探した。
    透さんを見つけて、
    「透さん、お待たせしました。」と後ろから声をかけた。
    「麻奈、ゆっくり入れた?」
    「はい。だいぶ待ちましたか?」
    「いや、そんなには待ってないよ。はい!お水」とペットボトルの水を渡してくれた。
    私は、隣に座りペットボトルのキャップをゆるめ一口水を飲んだ。
    「美味しい~あっ!透さんは?」
    「うん。もう飲んで捨てたよ。」
    「やっぱり、だいぶまったんですね。ごめんなさい。」
    「謝らなくていいよ。俺が麻奈を待っていたかったから。湯上りの麻奈···色っぽい」
    「え···色っぽ?全然そんな事ないです。」
    「そんな事、ある!!さぁ部屋戻ろう。」
    「はい。」
     私は、キャップを閉め水の入ったペットボトルも持ち立ち上がった。

    部屋に戻り、着替えた下着や洗面道具をバッグの中に入れ洋服はハンガーに掛け、濡れたタオルをタオル掛けに掛け、透さんにもう少し髪を乾かして来ますと言い浴室へ入った。洗面台の脇に掛けてあるドライヤーを取り髪を乾かし始めた。おダンゴにしていたので波状に髪がうねっているのでブラシを当て伸ばしていった。最後にお気に入りのヘアムースで整えた。少し時間がかかってしまった。浴室から出ると透さんがソファに座っていた。浴室のドアの閉まる音で透さんが振り向いた。
    「麻奈、おいで、ワイン飲もう。」
    「どうしたんですか?···あっ!このワイン!?」ディナーの時に飲んだ小樽ワイン。ナイヤガラ。
    「半分くらい残ってたから頼んでたんだ。」
    「全然、気付きませんでした。」
    「麻奈、ドライヤーかけてたでしょ。さぁ座って、ここおいで」
    私は透さんの隣に座った。
    「このワイン、すごく美味しかったです。」
    「小樽のナイヤガラは有名だからね。特に女性に好まれているらしいよ。」
    「そうなんですか?とてもフルーティで飲みやすかったです。」
    「気に入って良かった。明日、買って帰ろうか。」
    「いいですね。私もお土産に買おうかな?   本当に美味しい」飲みほした。
    「明日は行きたい所ある?」
    「う~ん·····オルゴール堂や北一ガラス館とか見たいです。」
    「ok!!明日は小樽市内に戻ろう。」
    「はい。·····ふぅ~~~」
    「麻奈?大丈夫?」
    さすがに、グラスで2杯は酔ってしまう。そして眠気がさしてくる。首を傾け透さんの肩というか腕というか、凭(もた)れた。
     「麻奈?眠くなった?」
     「い···いえ、少し酔いました。」
    透さんは両膝裏に腕を差し入れ抱え上げ、そのまま自分の膝の上に座らせた。
    「えっ?透さん?」
    「麻奈····」と呼び、抱き寄せた。(あっ!夕方の時と同じパターンだ)麻奈と耳元で 囁(ささ)やかれた。
    それだけで心臓がバクバクと鳴っている。(音、聴こえそう!)と思いながら私は、顔を上げて透さんを見つめた。ワインの酔いでドキドキしている訳じゃない·····やっぱり········
    そっと掌(てのひら)が頬にあてられ次第に透さんの顔が近づいてくる。(もうダメ!!目···開けてられない!)目をギュッと瞑った。(キスしてくる·····   えっ?何?何してるの?)
    「う~~ん」と声が漏れた。
     私は、薄目を開けた。見えたのは透さんの鼻先だった。そして、舌を出している。
    そう·····透さんは舌で私の唇をなぞったり舐めたりしていた。慌(あわ)てて又、目を閉じた。
    「麻奈、唇の力抜いて····少し口を開いて大丈夫だから」
    「と··透さん?」
    「麻奈、目を開けて、俺を見て!」
    私は透さんに言われた通りに、そっと目を開け透さんを見た。
    「透さん·······」
    「緊張してる?」と聞かれ、コクコクと頷いた。(もう真っ赤になってホントかわいい)
    そして·············
    最初は軽く啄むようなキスでチュッチュッと音がなっている。それから上唇を食まれ、次に下唇を食まれて次第に肩の力も抜けてきた瞬間~~唇と唇が合わさった。隙間がないほどに、吸われている。
    「ん~~ん·······」と思わず声が漏れる。(息が···息が苦しい··かも!)(1分?2分?もっと短いのかな?)と思った時、唇が離れた。離れた時には走った後のように息が切れてしまっていた。
    透さんの胸元におでこを付け、
    「ハァ~ハァ~」と。
    「麻奈?大丈夫?」とクスッと笑われた。
    「あ·····~~は···ぃ。」
    「麻奈、息止めてたでしょ。キスしてる時は鼻で息をするんだよ。」
    「えっ?そうなんですか?」
    「そう。じゃあ、もう一回。」
    「え····ん·······」不意打ちに又、唇を塞がれた。
    
    ぼーっとしているうちに、ベッドまで運ばれて今、この体勢でいる。
    透さんがべッドに上がり置いてある枕を立てて背中を預け凭れ両脚を伸ばしている。いるのだが·········
    私は、跨(またが)って、透さんと向き合って座っている。あまりの恥ずかしさに透さんの首に腕を回し肩越しに顔を付けている。
   「麻奈、首 苦しいんだけど!」
   「だって····はず··か··しぃ··です。」
   「ほんと、麻奈は かわいいなぁ~」
     俺は麻奈の背中を上下に動かし撫でた。初々しくて優しい子なんだなぁと俺はつくづく思った。
    最初に会った時から全然男慣れしていないのはすぐに分かった。だけど····まさか、20歳だったとは!仕事中の麻奈は真面目で一生懸命に仕事をこなしている。てっきり絵理と同い年だと勘違いしてしまった。
     絶対に手放せない。いや、手放さない。
     俺は麻奈の背中をポンポンと軽く叩き声を発した。
    「麻奈····」
    「はい。」
     私は透さんに背中を撫でられた時、何とも言えないゾクゾク感があった。こんなに密着してるのに嫌な感じがしない。(あー私、透さんに触れて欲しいと思ってるんだ。キス···気持ち良かった)
    私は回していた腕を緩め身を引き透さんの顔を見た。
    「今度は麻奈からキスしてくれる?」
    「え?えっ?私か···らですか?」
    「そう。····ん······」
    「私から·········」と言いながら透さんの唇に目線がいく。
    「あの、目、閉じて下さい。」
    「分かった。」と言って透さんは目を閉じて私のキスを待っている。
    私は透さんの両肩に手を置き、そっと顔を近づけていき閉じている唇に自分の唇を合わせ離れた。
    「ん?麻奈?もうおしまい?」と言って目を開けた。
    気持ちが追いつかずパニック状態、、透さんの目が細まり優しい笑顔を向けている。
     私は、透さんの胸におでこを付け顔を隠した。
    「い····いまので····せ·せいいっぱい···です。」
    「うん。分かってる。」と言って ぎゅっと抱きしめてくれた。
    透さんの胸は とても心地が良くて安心する。そしてそのまま私は、睡魔におそわれ眠ってしまった。
    「麻奈?·····」透さんの呼ぶ声は届くことはなかった。
    「寝ちゃったか。」
    俺は隣のベッドに麻奈を寝かせた。本当は一緒に寝たいところだが、今日はゆっくりとひとりで寝かせてあげることにした。
    「麻奈、おやすみ」と言って俺は麻奈の唇にキスをした。

    しっかり熟睡した私は、パチッと目が覚めた。身体を起こし自分の胸元に目をやると浴衣の乱れが全然なかった。
    隣のベッドでは静かな寝息をして透さんが眠っている。(私···自分からキスして·····それからどうしたんだっけ?)思い出せない。
     何時かな?と思いデジタルの時計を見ると、まだ6時前、5時48分だった。
     私はベッドから降り浴衣を整えて、透さん宛にメモを残しスマホとカギを持って散歩へと出かけた。
     フロントロビーは、静かだった。何人かは大浴場に向かう人がいた。
    外の空気は気持ちが良く、深呼吸する。建物沿いに歩いて行くと少し拓(ひら)けてきた。見えたのは2面のテニスコートだった。さすがに朝が早いのでプレーしている人はいなかった。
    スマホで時間を確認、6時半になるところ、
    「そろそろ部屋に戻ろう。気持ち良かったし····朝風呂も入りたいし。はぁ~でも···顔、合わせずらいなぁ。寝ちゃったし····どうしよう」とぶつぶつ言いながら来た道を戻った。

    エレベーターをおり、部屋のドアの前に立って鍵を開け静かに中へ入った。
    ベッドにはまだ透さんが眠っていた。とりあえずほっとしてソファに座った。スマホを持ち携帯小説のアプリを立ち上げ、透さんが起きるまで読むことにした。大好きな作家さんの小説が無料で読めるという事はすごく嬉しかった。15分くらい夢中で読んだ。
    透さんが目覚め、起きあがったのも気づかずに···············
    そして後ろから、抱きしめられ耳元で
    「麻奈、おはよう。起きるの早いね」
    「わぁ~~ぁぁ」驚きの声をあげてしまい前かがみになった。
    「あはは····麻奈、驚きすぎ!!」と笑った。
    ソファの背もたれを豪快に跨いで座り、麻奈を抱きしめた。
   「透さん···ごめんなさい。」
   「うん?」
   「寝ちゃっ······て」
   「麻奈の寝顔、カワイかったから許す!」
   「えっ!?·····や···だ  はずかしい」
   「あはは···顔 真っ赤、なぁ麻奈」
   「はい。」
   「今日、うちに来ないか?まだ一緒にいたい」
   「····はい。私も透さんと一緒にいたいです。」
    
    それから朝風呂に入りに行き朝食を食べ帰り支度をして、市内観光の為ホテルを出た。

   

     



   


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