深説 桶狭間の戦い

日野照歩

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本編

桶狭間①

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 ― 桶狭間 ―

 1559年、桶狭間の戦いの前年。

 日本は戦国時代の真っ只中にあった。

 その頃の桶狭間(現代の愛知県名古屋市緑区周辺)は、小高い山と谷が入り組んだ丘陵地だった。谷底には数多くの沼があり、それを避けるように田畑や民家が点在していた。

「桶狭間」の地名は、この桶のような沼の隙間を縫うように、人々が暮らしていたことに由来する。


 また、この地域は、尾張の織田家と、駿河・遠江・三河の3国を擁する今川家の国境地帯となっていた。

 重要な拠点として3つの城があったが、お互いに取ったり取られたりを繰り返していた。この辺り一帯で、もっとも高い山である桶狭間山を挟んで、東に沓掛城。北西に鳴海城、西に大高城があった。

 織田信長の父である信秀の死後、それまで織田方であった鳴海城主、山口教継の裏切りによって、3城とも今川の手に渡ってしまう。しかし、実質的には、まだ織田家が地域を支配していた。


 旧暦5月(現代では6月頃)

 梅雨に入り、ただでさえ多い沼は、さらに面積を広げていた。

 沼に追いやられるように挟まれた小さな水田で、仲間とともに農作業に励む1人の青年がいた。


 彼の名は、簗田広正。桶狭間一帯を根城とし、織田家に仕える土豪であった。

 土豪とは、普段は農作業を行っているが、いざ戦となると武器をとって戦う、半分百姓、半分侍のような存在で、武士としての位は最下層に位置した。

 しかし、広正は土豪らしくない端正な顔立ちをしており、大きな目からは知性を感じられた。いつも髭を剃り、髪も整えていたため、それなりの着物さえ着れば、一端の武士に見えるだろう。


「雨が来るぞー! そろそろ引き上げじゃー!」

 仲間の一人が大声で怒鳴った。

 広正も帰り支度を始めたが、植えたばかりの稲の苗を見て、大きなため息をついた。

『今年は良く育ってくれればよいが…』

 ここ数年、日本全国で米の不作が続いており、慢性的な飢餓状態にあった。少ない米を奪い合うように、各地で戦が絶えなかった。

 ここ桶狭間も例外ではない。長らく織田家と、今川家の小競り合いが続いていたが、ついに今川義元が尾張へ向け、大規模な侵攻作戦を行うと大号令を出し、準備を進めているという。

 あの今川軍が大軍で攻めてくる! 皆殺しにされるかも知れない。百姓や、仲間の土豪たちは戦々恐々としていた。

にわかに黒い雲が空を覆い出し、風が木々をざわつかせ始めた。皆の不安を象徴するかのようだった。
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