1 / 100
黒の章
01.少女
しおりを挟む
少女は村の中を駆けていた。
明かりを灯す薪代すら覚束ない貧しい村の夜は早い。もうとっくに日は落ちた。
村人は代わり映えしない明日に希望すら抱かず眠りにつき、しんと静まり返った村の中は漆黒の闇に包まれている時分だ。
おまけに今日は新月で、厚い雲に覆われた空は星一つ出ていない。本来ならば明かりなしでは走ることはおろか、歩くことすらできないだろう。
しかし、その中を少女は駆けていた。赤々と燃え上がる村の中を。
これは何の臭いだろう。
家か、畑か、それとも人が燃える臭いか。あちこちで悲鳴が聞こえる。
ああ、さっきから漂ってくる鉄臭い臭いは血の匂いだと少女はようやく気付いた。
どうしてこうなったのだろうと少女は思う。
皆に疎まれ蔑まれても、殴られても蹴られても他に行き場がなかった少女は必死に生きていた。
隣国が攻め込んでくるという噂は、辺境のこの村にも聞こえてきてはいた。
しかし、こんな辺境の何もない貧しい村にわざわざ攻め込んでは来ないだろう。自分たちの知らない場所で戦は起こり、知らないうちに戦は終わる。
仮に自国が負けて隣国が勝ったとしても、税を納める場所が隣国に変わるだけだ。現に招集命令すら来ていないではないか。
ここは国からも忘れ去られたような村なのだ。自分たちの生活はこれからも何ら変わらない。
そんな楽観的な、諦めにも似た境地で村人も、少女もそう思っていた。
それなのになぜ、村は燃え上がっているのだろう。
ろくに飯も与えず、家畜のように少女を扱っていた養親と、少女を気持ちの悪い目で見て、最近では体に触ってくるようになったその息子が切り殺されるのを見た後、少女は粗末な家を飛び出した。
逃げられたのは奇跡といっていいだろう。ただその奇跡も長くは持たない。
死神の鎌は少女のすぐ後ろまで迫っている。
これまでも死んだような人生だった。それでも少女は死にたくなかった。
だから少女は走る。もつれる足で、生に向かって走った。
と、突然背中が焼けるように熱くなり、少女はもんどりうって倒れた。
必死で起き上がろうとしたところに、今度はわき腹に焼けつくような痛みが走った。
背中を切られ、わき腹を刺されたと気づいた時には、ぬらぬらと血糊で光る剣を握った男が、倒れこんだ少女に覆いかぶさるところだった。
荒い息を吐き、血走った目で自分を地面に縫い付ける男を見上げながら、少女は唐突に生きることを諦めた。
先ほどまで感じていた狂おしいまでの生への渇望が、みるみるうちに消えていくのを少女は感じた。
粗末な夜着を引きちぎられ、足を弄られながら少女は目を瞑り、どくどくと心臓の音とともに血が流れ出ていくのを感じながら、次に生まれてくる時は、あと少し、あと少しでいいからまともな人生を送りたいと願った。独りぼっちじゃない人生を願った。
ふっと、自分に覆いかぶさっていた男の重みが消え、少女は優しく抱きかかえられた。
重い瞼を必死に開けると、そこには見知らぬ青年がいた。炎に照らし出された髪は黒。
今にも涙がこぼれそうな瞳は、アメジストのような紫。
きっと明るいところでみたら綺麗だったろうなと少女は思った。
青年が何か叫びながら少女を胸にかき抱いたが、少女にはもう何も聞こえなかった。
この青年の腕の中で死ねるのならば幸せだ、となぜか思った。
そしてまた、自分は幸せなのだとこの見知らぬ青年に伝えなければならないと少女は強く思い、もう力が入らない震える右腕を必死に上げ、青年の頬に己の手のひらを添えて微笑んだ。
自分はうまく微笑めただろうか。青年に自分の気持ちは伝わっただろうか。少女が最期に見たものは、頬に添えられた少女の手を握り滂沱の涙を流している青年の姿だった。
少女は最期に独りぼっちではなくなった。
明かりを灯す薪代すら覚束ない貧しい村の夜は早い。もうとっくに日は落ちた。
村人は代わり映えしない明日に希望すら抱かず眠りにつき、しんと静まり返った村の中は漆黒の闇に包まれている時分だ。
おまけに今日は新月で、厚い雲に覆われた空は星一つ出ていない。本来ならば明かりなしでは走ることはおろか、歩くことすらできないだろう。
しかし、その中を少女は駆けていた。赤々と燃え上がる村の中を。
これは何の臭いだろう。
家か、畑か、それとも人が燃える臭いか。あちこちで悲鳴が聞こえる。
ああ、さっきから漂ってくる鉄臭い臭いは血の匂いだと少女はようやく気付いた。
どうしてこうなったのだろうと少女は思う。
皆に疎まれ蔑まれても、殴られても蹴られても他に行き場がなかった少女は必死に生きていた。
隣国が攻め込んでくるという噂は、辺境のこの村にも聞こえてきてはいた。
しかし、こんな辺境の何もない貧しい村にわざわざ攻め込んでは来ないだろう。自分たちの知らない場所で戦は起こり、知らないうちに戦は終わる。
仮に自国が負けて隣国が勝ったとしても、税を納める場所が隣国に変わるだけだ。現に招集命令すら来ていないではないか。
ここは国からも忘れ去られたような村なのだ。自分たちの生活はこれからも何ら変わらない。
そんな楽観的な、諦めにも似た境地で村人も、少女もそう思っていた。
それなのになぜ、村は燃え上がっているのだろう。
ろくに飯も与えず、家畜のように少女を扱っていた養親と、少女を気持ちの悪い目で見て、最近では体に触ってくるようになったその息子が切り殺されるのを見た後、少女は粗末な家を飛び出した。
逃げられたのは奇跡といっていいだろう。ただその奇跡も長くは持たない。
死神の鎌は少女のすぐ後ろまで迫っている。
これまでも死んだような人生だった。それでも少女は死にたくなかった。
だから少女は走る。もつれる足で、生に向かって走った。
と、突然背中が焼けるように熱くなり、少女はもんどりうって倒れた。
必死で起き上がろうとしたところに、今度はわき腹に焼けつくような痛みが走った。
背中を切られ、わき腹を刺されたと気づいた時には、ぬらぬらと血糊で光る剣を握った男が、倒れこんだ少女に覆いかぶさるところだった。
荒い息を吐き、血走った目で自分を地面に縫い付ける男を見上げながら、少女は唐突に生きることを諦めた。
先ほどまで感じていた狂おしいまでの生への渇望が、みるみるうちに消えていくのを少女は感じた。
粗末な夜着を引きちぎられ、足を弄られながら少女は目を瞑り、どくどくと心臓の音とともに血が流れ出ていくのを感じながら、次に生まれてくる時は、あと少し、あと少しでいいからまともな人生を送りたいと願った。独りぼっちじゃない人生を願った。
ふっと、自分に覆いかぶさっていた男の重みが消え、少女は優しく抱きかかえられた。
重い瞼を必死に開けると、そこには見知らぬ青年がいた。炎に照らし出された髪は黒。
今にも涙がこぼれそうな瞳は、アメジストのような紫。
きっと明るいところでみたら綺麗だったろうなと少女は思った。
青年が何か叫びながら少女を胸にかき抱いたが、少女にはもう何も聞こえなかった。
この青年の腕の中で死ねるのならば幸せだ、となぜか思った。
そしてまた、自分は幸せなのだとこの見知らぬ青年に伝えなければならないと少女は強く思い、もう力が入らない震える右腕を必死に上げ、青年の頬に己の手のひらを添えて微笑んだ。
自分はうまく微笑めただろうか。青年に自分の気持ちは伝わっただろうか。少女が最期に見たものは、頬に添えられた少女の手を握り滂沱の涙を流している青年の姿だった。
少女は最期に独りぼっちではなくなった。
0
あなたにおすすめの小説
ギルド回収人は勇者をも背負う ~ボロ雑巾のようになった冒険者をおんぶしたら惚れられた~
水無月礼人
恋愛
私は冒険者ギルド職員ロックウィーナ。25歳の女で担当は回収役。冒険者の落し物、遺品、時には冒険者自体をも背負います!
素敵な恋愛に憧れているのに培われるのは筋肉だけ。
しかし無駄に顔が良い先輩と出動した先で、行き倒れた美形剣士を背負ってから私の人生は一変。初のモテ期が到来です!!
……とか思ってウハウハしていたら何やら不穏な空気。ええ!?
私の選択次第で世界がループして崩壊の危機!? そんな結末は認めない!!!!
※【エブリスタ】でも公開しています。
【エブリスタ小説大賞2023 講談社 女性コミック9誌合同マンガ原作賞】で優秀作品に選ばれました。
簒奪女王と隔絶の果て
紺乃 安
恋愛
穏やかな美青年王子が、即位した途端に冷酷な王に変貌した。そしてそれが、不羈の令嬢ベアトリスの政略結婚相手。
ポストファンタジー宮廷ロマンス小説。
※拙作「山賊王女と楽園の涯」の完結編という位置づけでもありますが、知らなくとも問題ないよう書いてあります。興味があればそちらもお読みください(ただしずいぶんジャンルが違い、とても長いです)。
贖罪の花嫁はいつわりの婚姻に溺れる
マチバリ
恋愛
貴族令嬢エステルは姉の婚約者を誘惑したという冤罪で修道院に行くことになっていたが、突然ある男の花嫁になり子供を産めと命令されてしまう。夫となる男は稀有な魔力と尊い血統を持ちながらも辺境の屋敷で孤独に暮らす魔法使いアンデリック。
数奇な運命で結婚する事になった二人が呪いをとくように幸せになる物語。
書籍化作業にあたり本編を非公開にしました。
異世界の花嫁?お断りします。
momo6
恋愛
三十路を過ぎたOL 椿(つばき)は帰宅後、地震に見舞われる。気付いたら異世界にいた。
そこで出逢った王子に求婚を申し込まれましたけど、
知らない人と結婚なんてお断りです。
貞操の危機を感じ、逃げ出した先に居たのは妖精王ですって?
甘ったるい愛を囁いてもダメです。
異世界に来たなら、この世界を楽しむのが先です!!
恋愛よりも衣食住。これが大事です!
お金が無くては生活出来ません!働いて稼いで、美味しい物を食べるんです(๑>◡<๑)
・・・えっ?全部ある?
働かなくてもいい?
ーーー惑わされません!甘い誘惑には罠が付き物です!
*****
目に止めていただき、ありがとうございます(〃ω〃)
未熟な所もありますが 楽しんで頂けたから幸いです。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~
黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。
そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。
あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。
あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ!
猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。
※全30話です。
貴方だけが私に優しくしてくれた
バンブー竹田
恋愛
人質として隣国の皇帝に嫁がされた王女フィリアは宮殿の端っこの部屋をあてがわれ、お飾りの側妃として空虚な日々をやり過ごすことになった。
そんなフィリアを気遣い、優しくしてくれたのは年下の少年騎士アベルだけだった。
いつの間にかアベルに想いを寄せるようになっていくフィリア。
しかし、ある時、皇帝とアベルの会話を漏れ聞いたフィリアはアベルの優しさの裏の真実を知ってしまってーーー
魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました
iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。
両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。
両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。
しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。
魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。
自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。
一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。
初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。
恋人になりたいが、年上で雇い主。
もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。
そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。
そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。
レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか?
両片思いのすれ違いのお話です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる