常世の彼方

ひろせこ

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金の章

18.正体

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 マリーが朝食の準備をしている間にシャワーを浴びたトウコがリビングに戻ると、ダイニングテーブルに付いていたカインが、少し目を丸くした後にすぐに視線を逸らした。
それを見たリョウが後ろを振り返りトウコを見るや、睨み付けた。
「トウコ、てめえふざけんなよ。」
そう言われたトウコが不思議そうな顔をしながら、そのままマリーのいるキッチンへ水を取りに行くと、マリーが叫んだ。
「アンタね!そんな格好で出てくるんじゃないわよ!」
トウコが水を飲みながら、小首を傾げすぐに「あ。」という顔になる。
憮然とした顔のリョウがトウコを追いかけるようにキッチンに入ってくると、着ていたシャツをトウコに投げつけ、またトウコを睨み付けるとキッチンを出て行った。
「悪い。いつもの癖で。」
「だから、いつも言っているでしょう!」
いつものように白のタンクトップと下着のみで、おまけにタンクトップの下には何もつけていないと分かる姿のトウコが、苦笑しながらリョウのシャツを羽織ってキッチンから出る。
苛立った顔でトウコを睨み付けるリョウと、苦笑を浮かべて少し目を逸らしたカインを見ながら、「悪い。着替えてくる。」と言ってトウコは自室へと上がって行った。
トウコの気配がなくなると、カインが「いつもトウコはあんな感じなのかな。」とリョウに聞いたが、リョウは不愉快そうにカインを一瞥しただけで何も言わなかった。
しかし、特にカインは気にした風でもなく、小さく笑みを浮かべると呟いた。
「自由で…楽しそうで良かった。」

その後、着替えて戻って来たトウコは、皆で朝食を取りながら、神殿から帰還した日から3日経過しており、その間眠り続けていたこと、カインがやってきてリョウをトウコの夢の中に入れたこと、そしてリョウが助け出して目覚めたことを簡単に説明された。
トウコは何とも言えない表情を浮かべて、「なぜ眠り続けることになったのか」という、至極まっとうな疑問を口にしたが、「それも含めてあとでカインに聞く」とリョウが言い、納得のいかない表情を浮かべたものの、トウコはそれ以降口を噤み、4人は静かに朝食を終えた。
朝食を終えたマリーは、今になってリョウとカインが同席しているという異様さにようやく気づき、内心冷や汗をかきながら逃げるようにキッチンへ向かいコーヒーを淹れた。
しくしくと痛み出した胃を押さえながらコーヒーを手にマリーが戻ると、トウコたち3人はリビングへと移動しており、いつもマリーが使っている1人掛けのソファにカインが座り、その向かいにトウコとリョウが座って煙草を吸っていた。
マリーもまたトウコの隣に腰かけるとコーヒーを配り、煙草に火を付けた。
そのまま再び誰も話さない時間が過ぎ、マリーがそっと胃を抑えた時、2本目の煙草に火を付けたリョウが、無表情でカインを見据えて口を開いた。

「そろそろ答え合わせといこうか。」
「…そうだね。きっと色々と僕に聞きたいことがあるだろうから、何でも聞いてくれるといいよ。」
「ねえ、その前に私から1つ聞いていいかしら。あなた―カインって言うのよね?カインになのかトウコやリョウへの質問になるのかは分からないけれど。どうせ私は一番事情が分かっていないもの。1つ聞いたら、あとは大人しくしておくわ。」
そう言ったマリーをカインが静かに見つめ、リョウが頷いたためマリーが続けた。
「以前、トウコが寝ている時に知らない男の名前を呟いて、リョウがキレたことがあったでしょう?あの時の男の名前が確かカインだったわ。…あれは、この人だと思っていいのかしら。」
トウコがきょとんとした顔をしてリョウとカインを交互に見やる。

「言われてみればそんなことあったな。…そうなのか?」
カインが苦笑を浮かべ、リョウがトウコを睨みつけた。
「お前、今の今まで忘れてたみたいな言い方してるけどな。あの1回だけじゃないからな。あの後も、お前は何度もこいつの名前を呟いてるぞ。」
トウコがリョウをまじまじと見る。
「リョウ…お前よくキレなかったな…。」
「この野郎…お前本当にムカツク女だな。毎回、どれだけ俺が我慢してたと思ってんだボケ!」
「…そうか。それはわるかっ…いや、やっぱり謝らない。」
「ふざけんな、そこは大人しくごめんなさいしやがれ。」
「無意識だし、そもそも夢自体を覚えていないんだ。謝りたくない。」
苛立った顔をしたリョウが言い返そうと口を開きかけたが、はたと何かに気付き、当惑顔になった。
「待て…お前さっき、そうなのかって言ったか?この期に及んで、こいつの正体分かってないのか?」
「分かるわけないじゃないか。」
「おい、今回眠り続けていた間に見た夢も…覚えてないとか言わないだろうな。」
「ほとんど覚えていない。」
けろっとした顔で言ったトウコに、リョウが頭を抱え「マジかよ…。俺のあの苦労…。」と呻いたが、すぐにはっとするとカインを見た。
「そうだね。おそらくトウコは無意識のうちに見た夢を忘れようとしているのだと思うよ。…そうじゃないと耐えられないから。」
カインの言葉と、それに納得したように小さく頷いたリョウを見て、トウコが不思議そうな顔をする。
そんなトウコの頭を撫でながら、「気にするな。…ほとんど覚えてないってことは、多少は覚えてるのもあるんだろ?なに覚えてんだよ。」とリョウが静かに聞いた。

「リョウが私を置いてどこかにいこうとしてた。」
「最後の最後じゃねーか!お前マジか!じゃあなんでこいつと飯食ってそれから話そうとか言ったんだよ!もしかしてお前、事情が全然分かってないのか!?」
即答したトウコにリョウが怒鳴り、トウコが不愉快そうな顔になる。
「お腹が空いてたから早くご飯食べたかったんだ。カインだけ仲間外れは可哀想だろう?話そうって言ったのは、訳が分からないことばかりだったからだ。夢の中にお前が出てきて、いきなり私を焼き殺そうとするし。」
カインが小さく声を上げて笑い、リョウが脱力する。

「駄目だ…バカだバカだと思ってたが、ここまでバカだとは思わなかった…。」
リョウの言葉にトウコがむっとした顔をしたとき、疲れた顔と声でマリーが割り込んだ。
「ねえ、結局私の質問の答えはYESってことでいいわけ?」
「そうだね。トウコの夢の中に出てくる男は僕で間違いないよ。」
「…全く意味が分からない。何で私の夢にカインが出てくるんだ。そもそも、最初の夢…かどうかは分からないが、少なくともリョウがキレた時、あの時はまだ私はカインと出会ってもいないじゃないか。」
短くなった煙草を灰皿で揉み消し、新たな1本に火をつけたトウコが小さく小首を傾げて聞くと、リョウがトウコから煙草を奪って1口吸い、煙を吐き出しながらカインを見た。
「…トウコ、因みにな。お前は、俺がどこかに去ろうとしていたところからしか覚えていないっていうがな。その前…。」
言葉を切ったリョウがトウコを視線に移し、トウコを見つめたまま言葉を続けた。
「その前、お前はカインとあの場所に2人で立っていた。」
眉を顰めてカインを見ようとしたトウコの顔を掴み、自分の方を向かせたリョウがトウコの唇を親指でなぞった。
「幸せそうに見つめ合って、あいつに何か囁かれて嬉しそうにしてたな。お前、俺が他の女に誑かされたのなんだのって切れてたが、お前はお前で他の男とキスまでして楽しそうにやってんじゃねーか。」

「…はあ?」
冷たく言ったリョウの言葉に、トウコがぽかんとした顔をして気の抜けた声を出す。
その顔を見たリョウが苦笑を浮かべ、トウコの頭を乱暴に撫でた。
「お前、この俺の器の広さに感謝しろよ。」
「そんなこと言っても夢だぞ…?おまけに私は覚えていない…。」
「夢でもだ、このボケ。覚えてないのがなおさらタチがわりーんだよ!お前…性格最悪だな。わがままで自己中。」
「トウコはあんたに甘えてんのよ。さっきから話が全然進んでないわよ、いい加減にしなさい。」
再びマリーが呆れたように口を挟むと、リョウはばつの悪そうな顔をしながらトウコの口に煙草を戻し、新しい煙草に火をつけると、気を取り直すように大きく煙を吐き出した。
その様子を見ていたカインが小さな笑みを浮かべると口を開いた。

「マリーさんの聞きたいことは、トウコの夢に出てきた男が僕かどうか。それはYESだね。トウコが聞きたいことは、なぜ僕が夢の中に出てくるか。他には?」
「…なぜ私を助けるのか。」
少しだけ考えて言ったトウコにカインが小さく頷き、最後にリョウを見た。
「では、君が聞きたいことは?」
「2つある。」
少し馬鹿にするような表情を作ったリョウが言葉を続けた。
「お前、結婚したのか?」
「…理由を聞いても?」
「こいつが気にしてた。」
何を聞いているのだ、という顔をしているトウコの頭を乱暴に撫でながら言ったリョウに、カインが苦笑を浮かべる。
「なるほど。残念ながらできなかったね。」
「よかったな、トウコ。お前の疑問が解けたぞ。」
「お前たち何の話をしているんだ?全然意味が分からない。」
トウコの言葉をリョウが馬鹿にしたように鼻で笑い、それを見ながらカインが聞く。
「2つ目は?」
真顔になったリョウがカインを見つめながら、煙草を1口吸って煙を吐き出す。
そのままリョウは何も言わずにカインを見つめ続けたが、トウコの頭を撫でながら、意を決したような面持ちで口を開いた。
「トウコの正体だ。」

トウコが不可解そうな顔をしてリョウを見上げたが、リョウから「黙ってろ。」と静かに言われたため、納得のいかない表情を浮かべながらも、言われた通りに口を閉じた。
カインが1つ頷き、言った。

「君たちの疑問に答えるには、昔話から始めなければならない。少し長くなるけれど、これを話さないわけにはいかないんだ。」

そう言ったカインはソファに深く座り直すと、背もたれに体を預け、少し遠い目をして話し始めた。
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