未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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74 生死

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「会いましょう!」
「会えるんですか?」

 当然。冗談でこんなこと言わない。

「俺に任せてもらえれば。でもその前に解決しなければならないことがあります」
 冬次は此処こそが正念場と思い、座間家の内部事情に触れる。
「座間家の人間に、あなたに黙って子供に接触した人がいるかもしれないです」
「あぁ⋯⋯」

 葉羽がため息をこぼした。

「驚かれないんですね」
「そうあっても可笑しくないという意味です。でも思い至らなかった。奈良林様に言われるまでは」

 心底悔しそうに葉羽は唇を震わせる。

「奈良林様の言い分から推測するに子供はすでに座間家の何者かの手中にいるんですね?」
「大きく関わっていることは間違いないでしょう。座間家の後ろで糸を引いてる黒幕がいる可能性も視野に入れなくてはなりませんが」

 葉羽はうなずきと共に目を伏せた。

「座間家は跡目争いが激化しています。私の夫である現当主は高齢に加え重い病をわずらい、まもなく亡くなるでしょう。次代の指名をして退けばよいものを、変わったお人でして、若い者たちで好きにやれと宣言され、その後からお家問題は泥沼化しました」

 しかし、と続ける。

「私を相手取る動機がわかりません」
「葉羽さんに黙っていたのは成り行きなんじゃないですか。自分をトップに引き上げてくれる金の卵を誰にも渡したくない的な」
「⋯⋯ほう。人一倍に野心の強い者なら心当たりがありますよ」

 そう言うと、葉羽が目を細める。

「心で思っていることが漏れていますよ」

 冬次はニッと笑った。

「いいでしょう。奈良林様とはまだまだ話し合うことがたくさんありそうです」



 ◆



 晴れた日の午前、冬次は藤井を乗せた車椅子を押し墓参りに出かけた。おじさんおばさんの命日には来られなかったが、藤井の体調が良さそうな日に外出許可をもらえた。日々一進一退する藤井の容態は薄くなった肩や顔色に現れている。

「克己さん寒くない?」
「うん、心地いい風だ」
「寒くなったらすぐ言ってよ」
「過保護だな」

 藤井が嫌がるように眉間にしわを寄せるが、のぼり調子の最下に停滞しているのかくだり調子の只中にいるのかわからない病人を健康な人間と同じに扱えない。

「おじさんとおばさんの前だからちゃんとしてるとこ見せたいんだよ」

 車椅子を彼らの墓石の前で固定し、冬次は藤井の膝に置いた花束を手に取った。

「俺がお世話してますからね、心配しないでくださいねって言いたいじゃん。お嫁さんじゃなくてごめんねだけど」
「ったく、アホなこと言わんでいい」
 それから二人で手を合わせ、なんとなく無言で帰路につく。車椅子を押して墓石のあいだを進みながら、冬次は清々しい青空を見上げた。気が抜けるほど穏やかな顔をした空がこの先も藤井の未来に続いてくれますように。
「ふっ」

 すぼめた藤井の肩が揺れた。

「なに笑ってんだよ」
「いつもやかましいのに静かだなぁ」
「んなことねぇだろ」

 冬次は足元に視線を落とし、車椅子を押す。

「来年も来れるよな?」

 車輪が小石を踏み越える振動が手に伝わり、突然動かなくなった。

「ごめん、なんか引っかかったみたい」

 冬次は車輪の横にしゃがみこんだ。この位置だと藤井の横顔が見えてしまい、故障の原因を探す手が散漫になった。

「あれ? ないな何も」

 藤井の顔が見られなくて、頭を上げられない。

「一人で来させることになったらごめんな」

 藤井が言った。冬次は頭を上げ、ブレーキをかけたのは藤井だったと気づいた。

「そんなヤバい感じなのかよ」
「わからないな。どうにもならん」
「なんでだよ。弱気にならずにがんばれよ」
「がんばってるさ。でも、もう思い残すことはないし、父さんと母さんと一緒にここでお前が毎年会いに来てくれるのを待ってるのも悪くないなとも思う。少し、疲れたな⋯⋯」

 藤井は車椅子を前に進め、冬次の声が届かないようにした。そして帰りの車の中では目をつぶって眠ったふりをしているのか冬次が話しかけるのを意図的に避けていた。結局病院に帰りつくまで狸寝入りをつらぬきとおし、車椅子に移す段階になってようやく目を開けたが、疲れた表情で黙りこんだまま看護師に運ばれていく。

「また見舞いに来るからね」

 藤井が冬次を見ないので、看護師が気をつかって頭を下げてくれる。楽しい外出にするつもりだったのに、気まずい一日で終わってしまった。
 こうなる予定じゃなかったが、ショックを引きずる冬次はソノちゃんの店に寄り深酒にいそしんだ。
 酔うために高い度数のアルコールを喉に流し込む様子を痛々しい目で見ながら、ソノちゃんが水のグラスをそっとテーブルに置いてくれる。冬次は目をくれず、すわった目つきで肘をつき、ソノちゃんに絡む。

「ソノちゃんって生きてて楽しそうだよね」

 ぱっちりしたまつ毛の内側でカラコンで鮮やかにした瞳を上へやり、ソノちゃんは呆れたように白目をむいた。

「どうしちゃったのもう」

 相当頭がぼやぼやしていたが、心の叫びは酒の力を借りて大きくなる。

「俺はさぁ死んでほしくない人がいっぱいいんの。けどみんな死にたがるんだよね。なんでそっちの方ばかり向いちゃうんだろ。むなしいよね、俺は何もできないから」
「飲みすぎよ」
「みんなオカマになればいいのかな」
「オカマ天国ね」
「そ。オカマ天国。そしたらみんなハッピーじゃん⋯⋯」

 冬次は腑抜けた笑い方をし、そこでこの日の記憶は無くなった。起きるとちゃんと自分のベッドで寝ており、抜けきらない酒のせいで足元がまだフラフラしている。シャワーに入らずに寝たせいで酒と汗の匂いが服と寝具に染みついてしまったので、部屋に充満した悪臭だけでも外へ逃がそうと窓をあけた時、スマホに着信履歴が入っていることに気づいた。
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