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81 付き合い方は難しい
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次に南雲を訪れた時、日をあけたせいで南雲の様子はご立腹だった。足を組んでベッドに座り首をかたむけて冬次を見る。
「今週も先週も座間が電話してなかったのかよ」
「してたよ。ちゃんと涼くんの要求は伝わってきてたんだけどごめんね、忙しくて」
無作為に挟んでしまった言葉選びに南雲の眉がつり上がった。
「ごめんね? いつから僕より上になったわけ?」
「申しわけありませんでした。本当に時間が取れなかったんです。ご理解ください」
「その言い方すげぇムカつく」
南雲はおもちゃ程度の好感度しかない冬次のことで思ったより落ち込んでいる。訊いてこいと言わんばかりのささくれた態度だが訊いたら訊いたでうるさいと睨まれるに決まってる。冬次はこの話題には触れないでご機嫌をとる方法を考えた。
「昨日、長埜さんと会ったよ。涼くんによろしく伝えてほしいってさ」
「かおるさんと何話したんだよ」
「涼くんが赤ちゃんだった頃の話とか」
そう言うと、南雲が照れて横を向いた。
実際は冬次ひとりで長埜に会ったのでなく葉羽を引き合わせるために連れていった。南雲の幼少期話で盛り上がったのは事実である。
「可愛かったみたいじゃない。実は怖がりだったとか」
「ちっ、いつのことだよ」
「またまたぁ、長埜さんから聞いちゃったよ~。今でこそ人の血を見ても平気な顔してるけど、施設にいた他の子が怪我した時に出た血にびっくりして大泣きしちゃったことがあったんだってね?」
怪我した当人より大号泣してしまったという幼児の笑い話だが、豆腐よりも繊細な思春期ど真ん中の南雲少年にはめちゃくちゃに屈辱的なはずかしめだ。かつては冬次もそうであったというのに、すっかり親戚のおじさん気分がいたについており気にすることなく話してしまったわけだ。しかも傷口に塩を塗るようにニコニコと。
羞恥心が限界突破した南雲は突然手近にあったシャープペンシルをひっつかみ冬次に投げつけ洗面所へ逃げた。力いっぱい閉められたドアが大きな音をたて、追いかけた冬次の鼻先で行く手を阻む。
「おーい、出ておいでよ」
かなしいかな少年時代の感覚が鈍った冬次は逆効果な声かけをして、内側からドンッとドアを蹴られた。
「ふぅ」
冬次は洗面所のドアを離れ、床に落ちたシャープペンシルを拾いにいく。投げられ壊れた芯の部分がカーペットに黒いシミを作ってしまっている。汚れをこすって落とし、もう一度洗面所のドアに近寄った。
「もしもし涼くん、俺が悪かったです。頼むから出てきてください」
返事がないまま語りかけ続ける。
「仲良くしよう。怒らせたかったわけじゃないんだ」
すると、ドアが細くあいた。
「百回まわってワンって言いながら土下座したら許す」
「いいよ」
冬次が実行に移すために下がると、ドアが全開になり、南雲の気まずそうな顔が出てきた。
「馬鹿じゃないの」
「君がやれって言ったんじゃないか」
「普通は言われたってやらない」
怒りも失せたように南雲は洗面台の足元で膝をかかえて座った。冬次はあいたままのドアにもたれかかり、余計な言葉をかけまいとお口をチャックする。何も話さないで訪問時間が終わってしまうかに思われた時、南雲がため息を洩らした。
「次はおっさんいつ来る?」
「どうかなぁ」
来ようと思えばいくらでも時間は作れる。しかし冬次はしゃがんで南雲の目線に合わせると、パチンと手を合わせごめんのポーズをした。
「がんばって早めに来るようにするよ」
「あっそ。別にどうでもいいけどさ」
南雲は立ち上がり冬次の前を過ぎて洗面所を出た。そして椅子に座った瞬間、跳ねるように腰を浮かした。
「ぎゃっ!」
冬次は目を丸くして駆けよる。
「どうした?」
「うえっ、冷たい」
南雲が不快感を示した臀部は真っ赤な液体で濡れており、まさに血液を連想させる色で青ざめるような光景だった。
「血・・・・・・か?」
よくよく観察すると、赤い液体でべっとりと椅子の座面が血塗られている。その色が南雲の臀部に付着したらしい。
それから冬次は座面を指でさわり、くんと匂いを嗅いでみた。
「絵の具だ」
指先から独特の刺激臭がする。
「うえー、最悪、気持ちわる」
「ここで絵を描いてたのか?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ誰が・・・・・・」
地下室で生活するのは南雲だけで出入りする人物は限られているのに、いったい誰がどのタイミングで絵の具を仕込んだんだ?
目的すらも謎のままだ。
「とりあえず、早く洗い流した方がいいよ」
冬次は南雲を洗面所へ誘導し、変な下心なく彼を手伝おうとしたが、当たり前に突き飛ばされる。
「出てってくれない?」
「ごめん。ごめんなさい」
平謝りして外で待ち、絵の具を落とした南雲が出てくると、冬次は訊ねた。
「俺が来る前に誰が来たの」
「知らない。忘れた」
冬次は眉をひそめる。
「君が忘れるってことはないと思うけどな」
そう話すと南雲は握りしめたタオルを冬次に投げつけた。
「うおっ。もう物をすぐ投げないでよ」
「投げられたくなかったらしつこいこと言うなっ」
「えぇー、そんなぁ」
南雲は地下室のドアをあけると汚れた椅子を乱暴に蹴って出し、冬次を顎でつかう。
「おっさんが片づけとけよ」
「やれやれ」
冬次が通路に出ると背中でドアが閉まった。
「あ」
今日は帰れという命令らしい。冬次は椅子を抱え、この件の報告に向かった。座間は汚れた椅子を見ると冬次と同じように目を白黒させたが、誰の仕業かという話の段階で急にむっつりと黙った。
「まさかと思うけどお前がやったのか」
座間は冬次の問いに目を伏せる。
「俺がそんなことしてなんの得があるんだよ」
「でも人を庇ってるよな。いつもみたいに監視してたはずだろ」
「悪いが俺は知らないし見てない」
「意味わかんねぇこと言うなよ」
「だから知らないんだよ」
座間が一貫して主張を曲げないので、冬次は上部でも引き下がるしかない。
「そうか。俺はこまめに見にくるようにするから、座間も気にかけてやってくれ。ささいな異変でも教えてくれな?」
「あぁ、わかった」
返事をする時も座間の目は関係ない方向を見ており、座間の態度は非常に不信感を覚えさせるものだった。
「今週も先週も座間が電話してなかったのかよ」
「してたよ。ちゃんと涼くんの要求は伝わってきてたんだけどごめんね、忙しくて」
無作為に挟んでしまった言葉選びに南雲の眉がつり上がった。
「ごめんね? いつから僕より上になったわけ?」
「申しわけありませんでした。本当に時間が取れなかったんです。ご理解ください」
「その言い方すげぇムカつく」
南雲はおもちゃ程度の好感度しかない冬次のことで思ったより落ち込んでいる。訊いてこいと言わんばかりのささくれた態度だが訊いたら訊いたでうるさいと睨まれるに決まってる。冬次はこの話題には触れないでご機嫌をとる方法を考えた。
「昨日、長埜さんと会ったよ。涼くんによろしく伝えてほしいってさ」
「かおるさんと何話したんだよ」
「涼くんが赤ちゃんだった頃の話とか」
そう言うと、南雲が照れて横を向いた。
実際は冬次ひとりで長埜に会ったのでなく葉羽を引き合わせるために連れていった。南雲の幼少期話で盛り上がったのは事実である。
「可愛かったみたいじゃない。実は怖がりだったとか」
「ちっ、いつのことだよ」
「またまたぁ、長埜さんから聞いちゃったよ~。今でこそ人の血を見ても平気な顔してるけど、施設にいた他の子が怪我した時に出た血にびっくりして大泣きしちゃったことがあったんだってね?」
怪我した当人より大号泣してしまったという幼児の笑い話だが、豆腐よりも繊細な思春期ど真ん中の南雲少年にはめちゃくちゃに屈辱的なはずかしめだ。かつては冬次もそうであったというのに、すっかり親戚のおじさん気分がいたについており気にすることなく話してしまったわけだ。しかも傷口に塩を塗るようにニコニコと。
羞恥心が限界突破した南雲は突然手近にあったシャープペンシルをひっつかみ冬次に投げつけ洗面所へ逃げた。力いっぱい閉められたドアが大きな音をたて、追いかけた冬次の鼻先で行く手を阻む。
「おーい、出ておいでよ」
かなしいかな少年時代の感覚が鈍った冬次は逆効果な声かけをして、内側からドンッとドアを蹴られた。
「ふぅ」
冬次は洗面所のドアを離れ、床に落ちたシャープペンシルを拾いにいく。投げられ壊れた芯の部分がカーペットに黒いシミを作ってしまっている。汚れをこすって落とし、もう一度洗面所のドアに近寄った。
「もしもし涼くん、俺が悪かったです。頼むから出てきてください」
返事がないまま語りかけ続ける。
「仲良くしよう。怒らせたかったわけじゃないんだ」
すると、ドアが細くあいた。
「百回まわってワンって言いながら土下座したら許す」
「いいよ」
冬次が実行に移すために下がると、ドアが全開になり、南雲の気まずそうな顔が出てきた。
「馬鹿じゃないの」
「君がやれって言ったんじゃないか」
「普通は言われたってやらない」
怒りも失せたように南雲は洗面台の足元で膝をかかえて座った。冬次はあいたままのドアにもたれかかり、余計な言葉をかけまいとお口をチャックする。何も話さないで訪問時間が終わってしまうかに思われた時、南雲がため息を洩らした。
「次はおっさんいつ来る?」
「どうかなぁ」
来ようと思えばいくらでも時間は作れる。しかし冬次はしゃがんで南雲の目線に合わせると、パチンと手を合わせごめんのポーズをした。
「がんばって早めに来るようにするよ」
「あっそ。別にどうでもいいけどさ」
南雲は立ち上がり冬次の前を過ぎて洗面所を出た。そして椅子に座った瞬間、跳ねるように腰を浮かした。
「ぎゃっ!」
冬次は目を丸くして駆けよる。
「どうした?」
「うえっ、冷たい」
南雲が不快感を示した臀部は真っ赤な液体で濡れており、まさに血液を連想させる色で青ざめるような光景だった。
「血・・・・・・か?」
よくよく観察すると、赤い液体でべっとりと椅子の座面が血塗られている。その色が南雲の臀部に付着したらしい。
それから冬次は座面を指でさわり、くんと匂いを嗅いでみた。
「絵の具だ」
指先から独特の刺激臭がする。
「うえー、最悪、気持ちわる」
「ここで絵を描いてたのか?」
「そんなわけないだろ」
「じゃあ誰が・・・・・・」
地下室で生活するのは南雲だけで出入りする人物は限られているのに、いったい誰がどのタイミングで絵の具を仕込んだんだ?
目的すらも謎のままだ。
「とりあえず、早く洗い流した方がいいよ」
冬次は南雲を洗面所へ誘導し、変な下心なく彼を手伝おうとしたが、当たり前に突き飛ばされる。
「出てってくれない?」
「ごめん。ごめんなさい」
平謝りして外で待ち、絵の具を落とした南雲が出てくると、冬次は訊ねた。
「俺が来る前に誰が来たの」
「知らない。忘れた」
冬次は眉をひそめる。
「君が忘れるってことはないと思うけどな」
そう話すと南雲は握りしめたタオルを冬次に投げつけた。
「うおっ。もう物をすぐ投げないでよ」
「投げられたくなかったらしつこいこと言うなっ」
「えぇー、そんなぁ」
南雲は地下室のドアをあけると汚れた椅子を乱暴に蹴って出し、冬次を顎でつかう。
「おっさんが片づけとけよ」
「やれやれ」
冬次が通路に出ると背中でドアが閉まった。
「あ」
今日は帰れという命令らしい。冬次は椅子を抱え、この件の報告に向かった。座間は汚れた椅子を見ると冬次と同じように目を白黒させたが、誰の仕業かという話の段階で急にむっつりと黙った。
「まさかと思うけどお前がやったのか」
座間は冬次の問いに目を伏せる。
「俺がそんなことしてなんの得があるんだよ」
「でも人を庇ってるよな。いつもみたいに監視してたはずだろ」
「悪いが俺は知らないし見てない」
「意味わかんねぇこと言うなよ」
「だから知らないんだよ」
座間が一貫して主張を曲げないので、冬次は上部でも引き下がるしかない。
「そうか。俺はこまめに見にくるようにするから、座間も気にかけてやってくれ。ささいな異変でも教えてくれな?」
「あぁ、わかった」
返事をする時も座間の目は関係ない方向を見ており、座間の態度は非常に不信感を覚えさせるものだった。
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