未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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82 正しい生き方

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 その後だ、冬次は訪問の頻度を戻したが、座間に近況をきくだけにして滞在時間に工夫をしてみた。昼休憩のあいだで往復できるくらいの短時間で済ませ、退社後は他の用事に使う。体を休める時間は大幅に減ってしまったが、充実しており、何より各要所でバランスが取れていた。南雲への嫌がらせはあれ以降報告がない。本人もいたって元気そうで研究活動に没頭している。集中していると軽く半日はデスクから動かないのでモニターを見ているだけだとかわり映えがせず眠たくなるとぼやく座間の気持ちが少しわかった。

「そんじゃ今日は帰るわ」

 こう言うと、座間の顔はあからさまにホッとする。

「また明日来るわ」

 こう続けると、目尻を痙攣させた。
 ついにある日、座間が冬次の決まり文句に抵抗を示した。

「毎日変わりないしもういいんじゃないか。異変が起きたら必ず俺が伝えるし」

 これに冬次は首を横にふった。

「俺が自分で確認しときたいんだよ」

 そして「お前の手をわずらわせてすまんな」と微苦笑すると、座間は諦めたようにうなずいた。

「でもそうだなぁ、明日はスケジュールがパンパンだから来られないかも」

「無理して体をあけることない。俺が見とくから」

 冬次としては無理をする意味があるのだが、明日は外せない用事がありそちらの方が優先だ。明日は七草の誕生日。冬次は来られたら来るとお茶を濁して帰宅し、翌日は半休の予定が仕事が長引き、南雲の訪問は取りやめた。
 七草と待ち合わせしたのは病院だ。藤井が入院してる病院。

「ごめん。遅れた」

 見舞いの品を持った七草が冬次を見つけると柔らかな笑みをつくる。

「仕事おつかれさまでした」
「せっかくの誕生日なのにこれがプレゼントでほんとにいいの?」
「ええ。何でもわがままきいてくれるって約束でしょ?」
「もちろん約束は守るよ」

 七草からねだられたお願いの話は先週にさかのぼる。誕生日に欲しいものを訊ねた冬次に、七草が藤井に会いたいと答えた。たびたび七草との会話に登場させている藤井が冬次にとって親であり実兄より大切な人であることをとっくに知っており、紹介してほしいと彼にしては強火な願いを口にしたのである。家族に会わせてほしいことをわがままと謙遜されては、冬次としては立つ瀬がなくたじたじだ。いずれ会わせていたのだからわがままですらなく、これだけをプレゼントにするなんて薄情なまねはしない。冬次はこっそり別のプレゼントを藤井の病室に準備していた。
 だが藤井と一緒に七草の誕生日を祝うことはより七草との関係をより簡単にほどけないものにしてしまうことに他ならず、この後におよんで少しばかり足が重たい。
 座間が自分をからかった時、冬次は心臓がすくみあがったが、少年の容姿をした南雲にいだく想いは恋心なのかといささか疑問だった。彼の人生に触れたことで芽生えた義務や責任のような感情ではなかろうか。
 だから冬次の足を重たくさせるのは思い出のなかで生きる南雲への未練。
 早く断ち切らなければいけない課題だが、今日がその第一歩になればいい。
 冬次は七草のはにかんだ横顔を覗き見て心に誓った。
 病室がある場所が近づいてくると、ポケットに入れたスマホにあらかじめ打ってあったメッセージを藤井に送り、準備を整える。それから病室のドアをノックした。

「どうぞ入って」

 藤井の声が聞こえてからドアをあける。
 ⋯⋯パンパン! パン!

「善光くん誕生日おめでと~!」

 突然の出来事で目を瞠る七草の前にクラッカーの紙吹雪とテープが舞い、藤井だけでなく病院スタッフやちがう病室の入院患者までがベッドのまわりに集まっていた。こんなに人がいるとは思わず、冬次もびっくりさせられた。

「どうかな。サプライズ用意してみた」

 冬次はバースデーケーキを七草に差しだし、フォークを握らせる。

「おめでとう。パクっといっちゃって」

 そう言うと七草が目を見張ったまま固まった。

「丸ごと?」
「うん。ほらみんな待ってるから」

 冬次がベッドの方をふり向くと、全員がニコニコして見守り、藤井は親みたいな顔つきでカメラを構えている。藤井の表情に冬次は涙腺が潤みそうになり、急いで顔を七草の方へ向けた。

「行儀が悪くて恥ずかしい?」

 そう問いかけると、七草が眉を八の字に下げる。

「彼氏が食べさせてあげようよ」

 患者友達から声が上がった。冬次はギョッとしたが、病院スタッフもヒューヒューと便乗しはじめたので、肩でため息をつくと七草にうなずく。

「じゃ、いきまーす」
「え、あ、自分で」
「いいからいいから」

 藤井が満足そうに見ているので冬次は気が大きくなった気分で七草の手からフォークを取りあげ、ケーキをすくい七草の口に運んだ。

「どうぞ。あーん」

 七草が観念してケーキを頬張ると、誰かが結婚式みたいだねと言い、冬次はそのとおりだなと思いながらカメラにピースした。頬を染め美味しいですとモゴモゴ言う七草の肩を抱き寄せると、本当に幸せそうな瞬間が写真に記録される。この時の満たされた気持ちが嘘じゃなく冬次は胸を撫でおろした。
 集まってくれた人が帰っていった後、冬次があらためてケーキを切り分けていると、人形のように大人しい七草に藤井が話しかけた。

「あの人たち強引でごめんね。嫌じゃなかった?」
「嫌だなんて思いません。ああいった雰囲気は初めてだったので驚いてしまって。嬉しかったです」
「そうだよね。立派な家の御子息だって聞いてる。冬次のどこを気に入ってくれたんだい?」

 冬次は二人を割るように腕を伸ばして切り分けたケーキを置く。

「やめてよ克己さん」
「なんで。親代わりとしては知りたいよ」
「恥ずいからさ」

 きっと七草は真面目に考えてしまうので、冬次は彼にちょっと横へずれてもらい自分があいだに入って丸椅子を並べた。

「よっこらせ。食おうぜケーキ、⋯⋯くっそ美味いじゃん」

 嘘をつく必要がないほどに生クリームのしつこくない甘みが冬次の好みだ。あっという間にペロリと一切れ平らげ、藤井が手をつけてないケーキをもらう。

「食欲ない?」
「昼を食べたばかりなんだ。ほとんどベッドで過ごしてるから腹が減らないよ。余ったケーキは冬次と善光くんで仲良く食べて」

 藤井が七草にも語りかけると、七草は遠慮がちにフォークを置く。

「またお見舞いに来てもいいですか」
「いつでもおいで。次は冬次抜きで話をしよう」

 七草と話す時は病気のせいで青白くなった藤井の顔が元気な頃に戻ったみたく血色がよくなって、目に生気が輝いている。
 なので冬次は口のなかだけで文句を言った。
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