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「嘘つかないですか?」
「冬次くんに嫌われたくないからね」
冬次は重い足を引きずり、リビングに戻る。
「冬次くんも知っているだろうから正直に話すと、俺は座間家の養子でバース性研究で特別に生みだされたアルファだよ。でも何が特別なのか自分じゃよくわかってないんだ。冬次くんのお兄さんの方がよっぽど優秀だよ。俺は実は失敗作なんじゃないかな。父と母はどうでもいい存在だから俺を放任してるんだってね。そりゃ家族だからたまに顔を見せろと言われることもあるよ。でもそれだけなんだよ」
「じゃあ味方って思っていいんですか」
「それはね、言いきれない」
谷峨が目を伏せた。
「俺は座間家とナナクサ製薬が携わってきた研究を勘ちがいしてほしくないんだ。子供たちを使って研究の成果を試していたことは事実だけど、そんなのほんの一面で、ナナクサ製薬が発売した抑制剤が多くの人たちの役に立ってること知ってるよね?」
「ならなんで兄貴に話をもちかけられた時に断らなかったんですか」
「冬次くんのお兄さんが怖かったからだよ」
谷峨の声に震えを感じとり、冬次が抱く谷峨に対する猜疑心は揺れた。
「兄貴が脅したから?」
谷峨はうなずいた。
「啓を人質に取られてるようなものだったから」
当時の兄貴の口ぶりを思い出して、冬次は心の中で舌打ちした。誤解を招く発言をした完全なる兄貴の責任だ。
谷峨はさらに冬次を傾かせることを言う。
「俺を信用できなくても、啓を巻き込まないでやってほしいんだ。俺は冬次くんをまだ仲間だと思ってるよ」
谷峨が立ち上がり、背を向けて鼻をすする。
「谷峨先輩の気持ちはわかりました」
そして冬次はかすれた声で「帰ります」とだけ告げた。
帰宅した冬次のスマホに兎沢と兄貴の両方から連絡が入っていたが、冬次は彼らが無意味な情報で踊らされているのを放っておいた。女子中学生じゃあるまいし忘れ去られた恋愛同盟を持ちだす気もないが誰の指図も受けたくなかった。
谷峨の要求はとても理解ができ、兄貴の意向が叶ってめでたしめでたしになった後の関係者たちの暮らしと心情を慮れば胸も痛む。
まちがいを正すことが必ずしも救いになるとは限らない。正しいと信じて尽くしていた研究員はどうなるのか。操作された人生を送っていると明かされた蕾会の人々はどうなるのか。
口も手も出さずに進んでいく未来を見守るだけでいいんじゃないのか。
ベッドに腰掛けてうなだれる冬次はその時、耳で物が床に落ちた音を拾った。誰もいないのに不審な物音がしたため、鬱々した思考を一時中止して室内を眺める。
なんてことはない、ラックにかけていた上着からスマホが落ちた音だった。
冬次のスマホは手元にあるため、あれは南雲のスマホ。
ポケットから滑り落ちた理由が、そばに行って拾い上げてみてわかった。
冬次は震える手で画面をタップする。
相変わらずのエラー。けれどもう一個の通知は着信の知らせだった。
誰がかけてきたのか。非通知の表示がうらめしいが南雲の番号が解約されていなかったという発見に舞いあがる。
冬次は一番に考えつく人に電話をした。
「あ、電話じゃ出られないか」
藤井は入院しているのだ。
呼び出し中を止め、冬次はメッセージアプリに切りかえる。
だが今かけてきたのが藤井なら病院の通話可能な場所にいて、こちらからの電話に出られるはずではないのか。
じゃあ藤井じゃないのか。
冬次は書きかけのメッセージを消去する。
「南雲さん⋯⋯俺に何か伝えようとしてるの?」
とりあえずそのように思っておけば冬次の気持ちは仮にでも満たされた。
「このスマホがひらけたらなぁ」
具体的な道筋が示されるわけじゃなくても、背中を押してくれそうな気がする。
「⋯⋯んん、ひらけるんだよな多分」
冬次は飛びおきて上着に腕をとおす。
「やめとこ。明日だな」
時計は真夜中をさしていた。涼くんは昼夜関係ない自由人だが一般的には非常識な時間帯なので座間がいい顔をしない。
そして翌日。
「断る。いやだ」
てっきり彼も未来の自分のスマホに興味を示すかと思ったのに、まさかの即拒否をした南雲。
「なぁ涼くん、もう少し考えてみてよ」
「どうして僕がおっさんの手伝いをしなきゃなんないの?」
南雲は冬次が説得を試みても歯牙にもかけない。タイムスリップや未来の自分の所持品という研究者の探究心をそそる事案を頑なに拒んでいるのは違和感があった。
「怒ってるんだね」
南雲がこの日初めて冬次のために手を止め、無神経さを咎める視線を送る。
「集中できないから出てってよ」
「やけに今日は変じゃないか?」
「今日は暇じゃない。それだけ」
ツンと視線を逸らしてしまった少年はしかし実のところペンを持ったまま上の空だった。アイディアの走り書き用の紙をペン先や指で叩いたりしていたものの、先ほどから意味のあることなど書けていない。
冬次が予想したとおり未来の自分が残したスマホの仕掛けが南雲の頭を占め、本当は弄りまわしたくてたまらなかった。
「また出直すよ」
「あ、待っ」
去る冬次を引き留めた南雲は彼らしくなく歯切れが悪い。
「涼くん?」
ドアの前で立たされた状態の冬次は南雲の言葉を待った。
南雲が引き出しを漁り、握りつぶされた紙の塊を冬次のところに持ってくる。
「冬次くんに嫌われたくないからね」
冬次は重い足を引きずり、リビングに戻る。
「冬次くんも知っているだろうから正直に話すと、俺は座間家の養子でバース性研究で特別に生みだされたアルファだよ。でも何が特別なのか自分じゃよくわかってないんだ。冬次くんのお兄さんの方がよっぽど優秀だよ。俺は実は失敗作なんじゃないかな。父と母はどうでもいい存在だから俺を放任してるんだってね。そりゃ家族だからたまに顔を見せろと言われることもあるよ。でもそれだけなんだよ」
「じゃあ味方って思っていいんですか」
「それはね、言いきれない」
谷峨が目を伏せた。
「俺は座間家とナナクサ製薬が携わってきた研究を勘ちがいしてほしくないんだ。子供たちを使って研究の成果を試していたことは事実だけど、そんなのほんの一面で、ナナクサ製薬が発売した抑制剤が多くの人たちの役に立ってること知ってるよね?」
「ならなんで兄貴に話をもちかけられた時に断らなかったんですか」
「冬次くんのお兄さんが怖かったからだよ」
谷峨の声に震えを感じとり、冬次が抱く谷峨に対する猜疑心は揺れた。
「兄貴が脅したから?」
谷峨はうなずいた。
「啓を人質に取られてるようなものだったから」
当時の兄貴の口ぶりを思い出して、冬次は心の中で舌打ちした。誤解を招く発言をした完全なる兄貴の責任だ。
谷峨はさらに冬次を傾かせることを言う。
「俺を信用できなくても、啓を巻き込まないでやってほしいんだ。俺は冬次くんをまだ仲間だと思ってるよ」
谷峨が立ち上がり、背を向けて鼻をすする。
「谷峨先輩の気持ちはわかりました」
そして冬次はかすれた声で「帰ります」とだけ告げた。
帰宅した冬次のスマホに兎沢と兄貴の両方から連絡が入っていたが、冬次は彼らが無意味な情報で踊らされているのを放っておいた。女子中学生じゃあるまいし忘れ去られた恋愛同盟を持ちだす気もないが誰の指図も受けたくなかった。
谷峨の要求はとても理解ができ、兄貴の意向が叶ってめでたしめでたしになった後の関係者たちの暮らしと心情を慮れば胸も痛む。
まちがいを正すことが必ずしも救いになるとは限らない。正しいと信じて尽くしていた研究員はどうなるのか。操作された人生を送っていると明かされた蕾会の人々はどうなるのか。
口も手も出さずに進んでいく未来を見守るだけでいいんじゃないのか。
ベッドに腰掛けてうなだれる冬次はその時、耳で物が床に落ちた音を拾った。誰もいないのに不審な物音がしたため、鬱々した思考を一時中止して室内を眺める。
なんてことはない、ラックにかけていた上着からスマホが落ちた音だった。
冬次のスマホは手元にあるため、あれは南雲のスマホ。
ポケットから滑り落ちた理由が、そばに行って拾い上げてみてわかった。
冬次は震える手で画面をタップする。
相変わらずのエラー。けれどもう一個の通知は着信の知らせだった。
誰がかけてきたのか。非通知の表示がうらめしいが南雲の番号が解約されていなかったという発見に舞いあがる。
冬次は一番に考えつく人に電話をした。
「あ、電話じゃ出られないか」
藤井は入院しているのだ。
呼び出し中を止め、冬次はメッセージアプリに切りかえる。
だが今かけてきたのが藤井なら病院の通話可能な場所にいて、こちらからの電話に出られるはずではないのか。
じゃあ藤井じゃないのか。
冬次は書きかけのメッセージを消去する。
「南雲さん⋯⋯俺に何か伝えようとしてるの?」
とりあえずそのように思っておけば冬次の気持ちは仮にでも満たされた。
「このスマホがひらけたらなぁ」
具体的な道筋が示されるわけじゃなくても、背中を押してくれそうな気がする。
「⋯⋯んん、ひらけるんだよな多分」
冬次は飛びおきて上着に腕をとおす。
「やめとこ。明日だな」
時計は真夜中をさしていた。涼くんは昼夜関係ない自由人だが一般的には非常識な時間帯なので座間がいい顔をしない。
そして翌日。
「断る。いやだ」
てっきり彼も未来の自分のスマホに興味を示すかと思ったのに、まさかの即拒否をした南雲。
「なぁ涼くん、もう少し考えてみてよ」
「どうして僕がおっさんの手伝いをしなきゃなんないの?」
南雲は冬次が説得を試みても歯牙にもかけない。タイムスリップや未来の自分の所持品という研究者の探究心をそそる事案を頑なに拒んでいるのは違和感があった。
「怒ってるんだね」
南雲がこの日初めて冬次のために手を止め、無神経さを咎める視線を送る。
「集中できないから出てってよ」
「やけに今日は変じゃないか?」
「今日は暇じゃない。それだけ」
ツンと視線を逸らしてしまった少年はしかし実のところペンを持ったまま上の空だった。アイディアの走り書き用の紙をペン先や指で叩いたりしていたものの、先ほどから意味のあることなど書けていない。
冬次が予想したとおり未来の自分が残したスマホの仕掛けが南雲の頭を占め、本当は弄りまわしたくてたまらなかった。
「また出直すよ」
「あ、待っ」
去る冬次を引き留めた南雲は彼らしくなく歯切れが悪い。
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ドアの前で立たされた状態の冬次は南雲の言葉を待った。
南雲が引き出しを漁り、握りつぶされた紙の塊を冬次のところに持ってくる。
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