未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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100 悪い人だとは思えない

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 繁華街で待ち合わせたのは兎沢だ。冬次は兄貴の指令で谷峨を見張りにきた。
 張りこみ中の兎沢から谷峨が外出したと連絡をもらい、人と会っているというクラブが監視できる位置についている。男二人寒空の下、動きがない時間は退屈で冬次はしだいに飽きてきてしまい、クラブから目を離すと伸びをしたり屈伸体操したりした。

「阿呆か。目立つことすんな」

 兎沢は冬次の脛を蹴る。

「だって寒いじゃないっすか」
「帰れ帰れ。仁科さんには俺一人でやりましたって報告するからな」
「兄貴は俺に顔の確認させるために行かせたんですから兎沢さんだけじゃ不十分なんじゃ」
「わかってるならしっかりやってくれ」
「っす」

 だが暇な時間もここまでだった。クラブの入り口から見覚えのある男が出てきた。冬次はすかさず兎沢へ耳打ちする。

「久遠っていうアルファです。蕾会で見ました」

 途端に兎沢の目が輝いた。

「どんな男だ?」
「どうでしょう。とりあえず言えるのは結婚したばかりなのに遊び好きのクズってとこかな」
「よっしゃいいね。崩しやすそうだ」

 久遠は外で電話をするために出てきたようだ。続いて出てくる人物はおらず、兎沢が久遠から情報を引きだすために動いた。

「奈良林は店を見張ってろ」
「了解」

 兎沢は久遠に近づき、躊躇なく話しかける。声までは届かないが久遠は満更でもなさそうな顔で受けごたえをし、意気投合して肩を組む友人どうしのように店の中に消えた。
 直後、スマホが振動する。兎沢のメッセージの内容は〝谷峨はすでに店にいないが、俺はもう少し粘って久遠から情報を得る〟というものだった。
 冬次にはあとは好きにしろと送ってきたので、迷わず撤退を決めた時、背後に人が立っていることに気づいてふり返ると、そこには谷峨がいた。

「谷峨先輩・・・・・・」

 本能的に後ずさりした冬次に、谷峨が状況に似つかわしくない親しげな話ぶりでハグを求める。接近した肌から微量なアルコールの香りが鼻をかすめた。

「やぁ冬次くん奇遇だね」
「偶然じゃないっすよね?」

 冬次は気圧されまいとする。この人は自分の発言がわからなくなるほど外で酔っぱらうタイプじゃない。

「んー、そうだねぇ、久遠くんは旺司を引き離すためにわざと目撃させたんだよね。残念だけど旺司が彼に何を聞いても欲しいものは得られないよ。久遠くんは使われてるだけの間抜けな男だからね。本物のアルファとじゃ中身がちがうから仕方がないのかな」

 谷峨がついに本性を表したので、冬次は無言で得体の知れなくなった男を睨みつけた。冬次はこの瞬間に十数年来の身近な理解者を失ったのだ。

「谷峨先輩は俺たちの仲間でしたよね?」
「まるで今は敵みたいな言い方だね」
「あんたを信じられなくなったんですよ」
「そっか。あのね、冬次くんに渡したいものがあるんだ。冬次くんの車は?」

 冬次が反射的にあっちと答えてしまうと、谷峨は冬次の車を見つけだし勝手に乗り込んだ。

「冬次くんが運転してね」

 冬次は逡巡したが谷峨の言うとおりに車を走らせた。

「俺って何者なのって顔してるね」

 助手席の谷峨がのんびりと話す。冬次は前方とバックミラーを交互に睨みながら、助手席に一瞬視線を移した。

「警戒しなくても誰も追ってきてないよ。物語に出てくる悪の組織のボスじゃないから冬次くんをこのまま使われてない廃工場に連れてってボコボコにシメるなんてこともしないよ」

 手のひらが汗ですべり、冬次は力を入れてハンドルを握りなおす。

「フリっすか」

 まさかリアルにこの先で谷峨の悪の正体に気づいてしまったためにチンピラや格闘家みたいな奴らが待ち構えていて拷問を受けるんじゃないか。

「はははっ、考えすぎだよ。そうだったらおもしろいけどねぇ」
「おもしろくないっす」
「んふふ、この道わかるでしょ、俺のマンションに向かってるだけ。ね?」

 深呼吸して窓の外を見れば、谷峨が話すとおり見覚えのある交差点だった。だがまだ部屋に仲間が待ち構えている可能性を排除できないので、冬次は緊張感をみなぎらせたまま車を停め、谷峨についていきエントランスをくぐった。
 谷峨が部屋に入る直前まで息を殺すように立っていた冬次は中に誰もいないのを確認すると、鉛を吐きだすように肩で大きく息をついた。
 谷峨がくつくつと笑い声をこぼす。

「死ぬかもって思ってた?」

 冬次はとても付き合う気にならず、無言で目を逸らした。
 谷峨は気に病むこともなく冬次にファイルを差しだした。リビングのテーブルに置かれていたファイルは冬次に渡すために準備していたらしいことが察せられる。
 
「君のお母さんのカルテだよ」

 谷峨がサラッと告げる。冬次の心臓は激しく跳ねた。どこから何を問えばいいのか頭の整理がつかず、ただ見たいというシンプルな意思に突き動かされてファイルに手を伸ばした。
 冬次はバインダーに挟まれたカルテの写しを読み、谷峨を見つめた。高鳴る鼓動は止まない。これが真実なのか?

「冬次くんのお母さんのバース性変異は病気が原因だったんだよ。お兄さんが何やら疑って調べてたみたいだから君からそれ渡してあげなよ」
「谷峨先輩が偽造したニセモノって可能性もありますよね?」
「ふぅん疑うの?」
「できなくないですもんね」

 谷峨は肩をすくめ、首を鷹揚にふる。

「そこは信じてもらうしかないな」

 冬次はファイルを谷峨に突きかえした。谷峨から出てきた情報はすべて疑うべきなのだ。こちらをミスリードするために渡したとも考えられる。

「冬次くんお兄さんに似てきたね。簡単に引っかからなくなっちゃったんだ」
「やっぱりニセモノなんですか」
「疑うのも大切だけどさ、疑いすぎて目を曇らせないようにした方がいいよ。そのカルテは本物。俺がいくらそう言っても信じてくれないだろうけど、本物がニセモノにしか見えなくなるって悲しいね」

 口車に乗せられないよう、冬次は耳あたりのいい谷峨の声を頭から追いだした。

「俺は俺たちで見つけた情報だけを信じます」

 冬次は谷峨と二人きりは避けようと思い、玄関へ踵をかえす。

「待って。俺の気持ちを正直に話すよ」

 この言葉が谷峨が味方だと諦めきれない冬次のもろい部分を突いた。
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