未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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111 未来と重なる場所

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 汗が顎からしたたる。冬次は気持ちを落ち着けながら秋用のアウターを脱いだ。

「どうぞ。いらっしゃい」

 谷峨は冬次を待っていた。

「谷峨先輩。俺がここに来ても驚かないんですね」
「うん。立ち話もなんだから入ってよ」

 冬次は玄関から隅々まで彼以外の痕跡が落ちていないか目を走らせた。簡素な玄関は小さなサボテンが飾られているだけで閑散としており、されげなく靴箱をあけてみたが谷峨が履いてきた靴しか見当たらなかった。

「何のために借りてる部屋なんですか?」
「執筆だよ。行き詰まったり気分を変えたい時にたまに来てるんだ」
「そうなんですか」

 言葉のまま信じることはできないが、和室だったころの名残がある時代遅れの間取りは引き戸で仕切られ、生活に必要な家具家電には適度な生活臭が感じられた。質素でレトロな内装はハイグレードマンションを所有する谷峨のイメージとはかけ離れており、異様な点を挙げるとするなら団地と谷峨の組み合わせがそうだと言わざるをえなかった。家具家電はすべて中古品をかき集めてきたような雰囲気で統一感がなく、最も手がかりになりそうなキッチンの食器は種類と数がバラバラ。マグカップが流しに置きっぱなしになっていたが、谷峨の使用後と考えるのが自然か。
 洗面所も似たようなもので歯ブラシとコップは一人分、タオルは几帳面に畳んで置かれ、数で判断するのは難しい。それから洗濯機を覗いたが中身は空。
 谷峨は続けざまに風呂場を見ようとする冬次を遮るため風呂場のドアに手を置いた。

「今日の冬次くんは刑事みたいだね?」
「職業柄、団地に興味があるんっすよ。見せてもらっても?」

 営業スマイルで冬次が笑うと、谷峨は手をどけた。

「じゃどうぞ」

 あっさり許されたのは風呂場には何もないからだった。

「風呂に入らないんですか?」

 冬次がボロを出してやろうと考えて問いかけたが、谷峨には通用しない。顔色も変えず、眉一つ動かさなかった。

「こっちを使う頻度は少ないから使うたびに洗って綺麗にしておきたいんだよね。シャンプーなんかはほらこっち」

 谷峨は冬次が訊ねる前に親切に教えた。シャンプーのボトルは洗面台の棚にしまわれている。

「いつものマンションでもそうなんですか?」
「うん。お風呂場が汚いのは我慢ならないんだよね」

 冬次はあちらのマンションの浴室を見たことがないので真実を話しているかどうか判断できない。しかしわかるのはどれもワンセットずつだということだ。
 はっきりした痕跡がどこにも見当たらなく気落ちした冬次は最後のひと部屋を指差した。

「あの部屋は使ってないんですか?」

 団地の間取りは2DK。谷峨は広めのキッチンとひと部屋をあけ放ってリビングとして使用しており、ドアを締めきったもうひと部屋が残されている。

「寝室だよ」
「見せてもらっても?」
「・・・・・・」

 谷峨が返事を濁した。

「まぁ、この間取りだと普通は寝室にしますよね」

 谷峨の反応はこれまでになく不審に感じられ、心臓の鼓動が一気に跳ねあがる。冬次は許可を待たないで近づき、室内を確かめた。だがそこは申告どおりの寝室。濃藍のカーテンがかかった部屋の明かりを点けてみればサイドボードとシングルベッドが置いてあるだけだった。

「だから言ったでしょ」

 谷峨が電気をオフにする。

「そんなはずないのに」
「おかしな冬次くんだね。さっきから何を探してるの? 誰を、かな?」

 冬次は弾かれたように谷峨を睨んだ。

「やっぱりそうなんですね。驚きましたよ。先輩は南雲涼という研究者の功績を潰すつもりなんですよね」

 谷峨は目を細め、冬次の追及を訂正する。

「逆だよ。俺は、彼が世話をしてもらっている身で勝手な真似をして座間家の研究をぶち壊そうとしているのを阻止したい」
「家政婦を使って涼くんが研究を続けられないようにしたんだな?」
「思うようにいかなかったけどね」
「南雲さんはどこですか」
「消えてしまったよ。スマホの動画を見たんだろう?」
「いいや、先輩の言うことはデタラメだ。あなたが南雲さんを連れてくるまで俺は帰りません!」

 冬次は涼くんがくれた言葉を信じたかった。南雲さんが近くで見ていると信じて、納得して諦めるなんてことはたとえ死んでもしない。
 谷峨が冬次を言いくるめるための巧妙な嘘を吐こうと騙されないし、長期戦も覚悟の上だった。
 谷峨は寝室へ意味深な視線を投げる。

「さてどうしますか。君の冬次くんは君が出てくるまで帰ってくれないそうですが」
 
 冬次は息を呑んだ。
 谷峨は寝室に入っていくと、クローゼットをトントンと軽く叩く。
 すると谷峨に呼応するようにギッとクローゼットが軋み、人が出てきた。冬次は転がるように足をもつれさせその人の顔を確かめた。

「南雲さん・・・・・・っ」
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