未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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「仁科さんだった?」
「うん」

 冬次はコーヒーの続きを淹れ、テレビを眺めている南雲に渡した。南雲はありがとうとマグカップを受け取ると、小首をかしげながら電話の中身に言及した。

「南雲さんは谷峨先輩がこういう行動に出ること知ってたの?」
「僕にとっても寝耳に水だよ。僕はこの時代でバース性抹消薬の開発を望んでなかったんだからね」

 冬次はうなずいた。だがその口調にはさほど驚いた響きがないのに気づいていた。

「谷峨先輩の行動は結果的によかったんだよな・・・・・・?」
「仁科さんはそんな様子だった?」
「いや。めちゃくちゃ焦ってたな」

 兄貴との電話で、冬次はこれが疑問でたまらなかった。相反する研究を進めていたナナクサ製薬と座間家の一部の悪意をもった人たちが怒りくるい、彼らを鎮静化させるために労力を割かなければならないことはわかる。
 しかしもうこれからはコソコソしなくてよくなるわけで、谷峨が本来兄貴の役割だった内部からの批判の的になってくれたおかげで、上の人間や周囲を危ない橋を渡りながら裏切る必要もなくなり、堂々と薬の開発を進めていけるのだ。それなのに。

「兄貴はしてやられたと感じてるみたいだった」
「理由は教えてくれなかったんだ?」
「さっきはね。今日の夜、兄貴の計画を知ってる協力者たちを集めて話をするって言ってたからその時かな」

 そこで冬次はハッとした。

「南雲さんも行こうよ」

 冬次の誘いを南雲は断る。

「嫌だよ」
「南雲さんは俺の味方じゃないの?」
「・・・・・・言い方がずるいな。でも僕はこの件に関して口を出すつもりはないんだ。何があろうと関与しないよ」

 南雲はクスクスと笑う。南雲が心の中では展開に賛成していないのだということが頭をよぎり、冬次は無理強いをやめた。

「南雲さんのことも伏せておいた方がいい?」

 冬次の問いに、南雲がうなずく。

「そうしてくれると嬉しい」
「オーケー」

 だがやや不満が残る。

「冬次くん、そんな顔しないで」
「俺は南雲さんを紹介したいよ」
「ごめんね」

 南雲が目を伏せたため、猛烈に申しわけない気持ちが込み上げる。

「俺の方こそごめん」

 慌てて謝り、冬次は南雲を抱きよせた。



 ◆



 冬次が不動産店に出勤すると、ニュース速報の話で社員たちは沸いていた。
 ナナクサ製薬は未だ公式の発表を控えており、社員たちには一定期間の休業を命じたようだ。本社は一向に沈黙を守ったままで、進展がないにも関わらず詰めかけた報道陣は退かずにいる。ニュース番組は早朝と変わりばえしない中継映像を垂れ流し続けている。
 冬次はスマホ画面を穴があくほど見つめている金子の姿にため息をこぼした。

「おはよう。ネットニュースに新しい情報でも出てた?」
「あっ、おはようございます社長!」

 金子がぴょこんと頭を下げると、ハイテンション気味に喋る。

「SNSですよ。SNS! こっちの方がよりリアルタイムな情報が転がってたりするんですよね」
「ああ、そう・・・・・・。あはは」
「社長は興味なさそうですね」
「逆に訊くけどさ、金子さんのようなベータからすればあまり関係がない話じゃないのかな?」

 バース性が消えて体に大きな変化を感じるのはアルファとオメガに限られる。ベータは現時点でバース性による影響を受けていないのだから生活が変わるわけでもない。

「そうですけど。世界が変わりますよね?」

 金子は質問にキョトンとすると、当然だと言うように答えた。

「当たり前だった世界の形が変わるんですよ。気になるじゃないですか!」

 金子の声は世論だ。仲間内の狭い世界だけにあった話が一人歩きできるようになり大きく膨らんでいく実感に、冬次は頰を張られた気分になる。

「社長はどうするんですか? バース性抹消薬が世に出たらアルファ性捨てちゃうんですか?」
「そりゃね。世界が変わるなら逆らってもしょうがないよ」
「アルファの人は少しもったいない気もしちゃいますけど、社長が社長じゃなくなっちゃうわけじゃないですしね。人の中身はバース性だけでは決まらないですよね」
「いいこと言うね」
「でもやっぱりアルファはもったいないかも~」
「えぇ? どっちなのかな」
「うふふ」

 冬次は自分のデスクでSNSをひらいてみた。スクロールさせて目を通していくとナナクサ製薬の動きについて信憑性の高い呟きは一つも見られず、バース性抹消薬に関するネット民たちの率直な感想があふれている。中には注目を浴びたいがための攻撃的な声もあるが、大多数は金子の意見に追随するような賛成派が主流となっていた。反対意見があるとするならアルファもしくはオメガ性を公表する有名人のファンが、バース性特有の魅力が消失してしまうことを嘆き惜しむ声くらいだ。
 冬次は反対過激派の片鱗が落ちていないかを目を皿にして探したが、始業開始前の時間内では見つけられなかった。 
 好きな相手が決して出逢うことのない有名人なら許容できても、身近にいるという場合には危機感を覚える人が必ず存在する。アルファとオメガの枠組みの中で幸せを享受できた者たちは今朝のニュースを聞いて喜んだのか、怒ったのか。
 未来で反対過激派を率いていたことを聞いてしまった後では、繋がっていない未来とはいえ息をひそめている彼らの見えない声に嵐の前の静けさに似た胸騒ぎを覚えずにいられなかった。
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