116 / 139
116 声
しおりを挟む
「仁科さんだった?」
「うん」
冬次はコーヒーの続きを淹れ、テレビを眺めている南雲に渡した。南雲はありがとうとマグカップを受け取ると、小首をかしげながら電話の中身に言及した。
「南雲さんは谷峨先輩がこういう行動に出ること知ってたの?」
「僕にとっても寝耳に水だよ。僕はこの時代でバース性抹消薬の開発を望んでなかったんだからね」
冬次はうなずいた。だがその口調にはさほど驚いた響きがないのに気づいていた。
「谷峨先輩の行動は結果的によかったんだよな・・・・・・?」
「仁科さんはそんな様子だった?」
「いや。めちゃくちゃ焦ってたな」
兄貴との電話で、冬次はこれが疑問でたまらなかった。相反する研究を進めていたナナクサ製薬と座間家の一部の悪意をもった人たちが怒りくるい、彼らを鎮静化させるために労力を割かなければならないことはわかる。
しかしもうこれからはコソコソしなくてよくなるわけで、谷峨が本来兄貴の役割だった内部からの批判の的になってくれたおかげで、上の人間や周囲を危ない橋を渡りながら裏切る必要もなくなり、堂々と薬の開発を進めていけるのだ。それなのに。
「兄貴はしてやられたと感じてるみたいだった」
「理由は教えてくれなかったんだ?」
「さっきはね。今日の夜、兄貴の計画を知ってる協力者たちを集めて話をするって言ってたからその時かな」
そこで冬次はハッとした。
「南雲さんも行こうよ」
冬次の誘いを南雲は断る。
「嫌だよ」
「南雲さんは俺の味方じゃないの?」
「・・・・・・言い方がずるいな。でも僕はこの件に関して口を出すつもりはないんだ。何があろうと関与しないよ」
南雲はクスクスと笑う。南雲が心の中では展開に賛成していないのだということが頭をよぎり、冬次は無理強いをやめた。
「南雲さんのことも伏せておいた方がいい?」
冬次の問いに、南雲がうなずく。
「そうしてくれると嬉しい」
「オーケー」
だがやや不満が残る。
「冬次くん、そんな顔しないで」
「俺は南雲さんを紹介したいよ」
「ごめんね」
南雲が目を伏せたため、猛烈に申しわけない気持ちが込み上げる。
「俺の方こそごめん」
慌てて謝り、冬次は南雲を抱きよせた。
◆
冬次が不動産店に出勤すると、ニュース速報の話で社員たちは沸いていた。
ナナクサ製薬は未だ公式の発表を控えており、社員たちには一定期間の休業を命じたようだ。本社は一向に沈黙を守ったままで、進展がないにも関わらず詰めかけた報道陣は退かずにいる。ニュース番組は早朝と変わりばえしない中継映像を垂れ流し続けている。
冬次はスマホ画面を穴があくほど見つめている金子の姿にため息をこぼした。
「おはよう。ネットニュースに新しい情報でも出てた?」
「あっ、おはようございます社長!」
金子がぴょこんと頭を下げると、ハイテンション気味に喋る。
「SNSですよ。SNS! こっちの方がよりリアルタイムな情報が転がってたりするんですよね」
「ああ、そう・・・・・・。あはは」
「社長は興味なさそうですね」
「逆に訊くけどさ、金子さんのようなベータからすればあまり関係がない話じゃないのかな?」
バース性が消えて体に大きな変化を感じるのはアルファとオメガに限られる。ベータは現時点でバース性による影響を受けていないのだから生活が変わるわけでもない。
「そうですけど。世界が変わりますよね?」
金子は質問にキョトンとすると、当然だと言うように答えた。
「当たり前だった世界の形が変わるんですよ。気になるじゃないですか!」
金子の声は世論だ。仲間内の狭い世界だけにあった話が一人歩きできるようになり大きく膨らんでいく実感に、冬次は頰を張られた気分になる。
「社長はどうするんですか? バース性抹消薬が世に出たらアルファ性捨てちゃうんですか?」
「そりゃね。世界が変わるなら逆らってもしょうがないよ」
「アルファの人は少しもったいない気もしちゃいますけど、社長が社長じゃなくなっちゃうわけじゃないですしね。人の中身はバース性だけでは決まらないですよね」
「いいこと言うね」
「でもやっぱりアルファはもったいないかも~」
「えぇ? どっちなのかな」
「うふふ」
冬次は自分のデスクでSNSをひらいてみた。スクロールさせて目を通していくとナナクサ製薬の動きについて信憑性の高い呟きは一つも見られず、バース性抹消薬に関するネット民たちの率直な感想があふれている。中には注目を浴びたいがための攻撃的な声もあるが、大多数は金子の意見に追随するような賛成派が主流となっていた。反対意見があるとするならアルファもしくはオメガ性を公表する有名人のファンが、バース性特有の魅力が消失してしまうことを嘆き惜しむ声くらいだ。
冬次は反対過激派の片鱗が落ちていないかを目を皿にして探したが、始業開始前の時間内では見つけられなかった。
好きな相手が決して出逢うことのない有名人なら許容できても、身近にいるという場合には危機感を覚える人が必ず存在する。アルファとオメガの枠組みの中で幸せを享受できた者たちは今朝のニュースを聞いて喜んだのか、怒ったのか。
未来で反対過激派を率いていたことを聞いてしまった後では、繋がっていない未来とはいえ息をひそめている彼らの見えない声に嵐の前の静けさに似た胸騒ぎを覚えずにいられなかった。
「うん」
冬次はコーヒーの続きを淹れ、テレビを眺めている南雲に渡した。南雲はありがとうとマグカップを受け取ると、小首をかしげながら電話の中身に言及した。
「南雲さんは谷峨先輩がこういう行動に出ること知ってたの?」
「僕にとっても寝耳に水だよ。僕はこの時代でバース性抹消薬の開発を望んでなかったんだからね」
冬次はうなずいた。だがその口調にはさほど驚いた響きがないのに気づいていた。
「谷峨先輩の行動は結果的によかったんだよな・・・・・・?」
「仁科さんはそんな様子だった?」
「いや。めちゃくちゃ焦ってたな」
兄貴との電話で、冬次はこれが疑問でたまらなかった。相反する研究を進めていたナナクサ製薬と座間家の一部の悪意をもった人たちが怒りくるい、彼らを鎮静化させるために労力を割かなければならないことはわかる。
しかしもうこれからはコソコソしなくてよくなるわけで、谷峨が本来兄貴の役割だった内部からの批判の的になってくれたおかげで、上の人間や周囲を危ない橋を渡りながら裏切る必要もなくなり、堂々と薬の開発を進めていけるのだ。それなのに。
「兄貴はしてやられたと感じてるみたいだった」
「理由は教えてくれなかったんだ?」
「さっきはね。今日の夜、兄貴の計画を知ってる協力者たちを集めて話をするって言ってたからその時かな」
そこで冬次はハッとした。
「南雲さんも行こうよ」
冬次の誘いを南雲は断る。
「嫌だよ」
「南雲さんは俺の味方じゃないの?」
「・・・・・・言い方がずるいな。でも僕はこの件に関して口を出すつもりはないんだ。何があろうと関与しないよ」
南雲はクスクスと笑う。南雲が心の中では展開に賛成していないのだということが頭をよぎり、冬次は無理強いをやめた。
「南雲さんのことも伏せておいた方がいい?」
冬次の問いに、南雲がうなずく。
「そうしてくれると嬉しい」
「オーケー」
だがやや不満が残る。
「冬次くん、そんな顔しないで」
「俺は南雲さんを紹介したいよ」
「ごめんね」
南雲が目を伏せたため、猛烈に申しわけない気持ちが込み上げる。
「俺の方こそごめん」
慌てて謝り、冬次は南雲を抱きよせた。
◆
冬次が不動産店に出勤すると、ニュース速報の話で社員たちは沸いていた。
ナナクサ製薬は未だ公式の発表を控えており、社員たちには一定期間の休業を命じたようだ。本社は一向に沈黙を守ったままで、進展がないにも関わらず詰めかけた報道陣は退かずにいる。ニュース番組は早朝と変わりばえしない中継映像を垂れ流し続けている。
冬次はスマホ画面を穴があくほど見つめている金子の姿にため息をこぼした。
「おはよう。ネットニュースに新しい情報でも出てた?」
「あっ、おはようございます社長!」
金子がぴょこんと頭を下げると、ハイテンション気味に喋る。
「SNSですよ。SNS! こっちの方がよりリアルタイムな情報が転がってたりするんですよね」
「ああ、そう・・・・・・。あはは」
「社長は興味なさそうですね」
「逆に訊くけどさ、金子さんのようなベータからすればあまり関係がない話じゃないのかな?」
バース性が消えて体に大きな変化を感じるのはアルファとオメガに限られる。ベータは現時点でバース性による影響を受けていないのだから生活が変わるわけでもない。
「そうですけど。世界が変わりますよね?」
金子は質問にキョトンとすると、当然だと言うように答えた。
「当たり前だった世界の形が変わるんですよ。気になるじゃないですか!」
金子の声は世論だ。仲間内の狭い世界だけにあった話が一人歩きできるようになり大きく膨らんでいく実感に、冬次は頰を張られた気分になる。
「社長はどうするんですか? バース性抹消薬が世に出たらアルファ性捨てちゃうんですか?」
「そりゃね。世界が変わるなら逆らってもしょうがないよ」
「アルファの人は少しもったいない気もしちゃいますけど、社長が社長じゃなくなっちゃうわけじゃないですしね。人の中身はバース性だけでは決まらないですよね」
「いいこと言うね」
「でもやっぱりアルファはもったいないかも~」
「えぇ? どっちなのかな」
「うふふ」
冬次は自分のデスクでSNSをひらいてみた。スクロールさせて目を通していくとナナクサ製薬の動きについて信憑性の高い呟きは一つも見られず、バース性抹消薬に関するネット民たちの率直な感想があふれている。中には注目を浴びたいがための攻撃的な声もあるが、大多数は金子の意見に追随するような賛成派が主流となっていた。反対意見があるとするならアルファもしくはオメガ性を公表する有名人のファンが、バース性特有の魅力が消失してしまうことを嘆き惜しむ声くらいだ。
冬次は反対過激派の片鱗が落ちていないかを目を皿にして探したが、始業開始前の時間内では見つけられなかった。
好きな相手が決して出逢うことのない有名人なら許容できても、身近にいるという場合には危機感を覚える人が必ず存在する。アルファとオメガの枠組みの中で幸せを享受できた者たちは今朝のニュースを聞いて喜んだのか、怒ったのか。
未来で反対過激派を率いていたことを聞いてしまった後では、繋がっていない未来とはいえ息をひそめている彼らの見えない声に嵐の前の静けさに似た胸騒ぎを覚えずにいられなかった。
0
あなたにおすすめの小説
久しぶりの発情期に大好きな番と一緒にいるΩ
いち
BL
Ωの丞(たすく)は、自分の番であるαの かじとのことが大好き。
いつものように晩御飯を作りながら、かじとを待っていたある日、丞にヒートの症状が…周期をかじとに把握されているため、万全の用意をされるが恥ずかしさから否定的にな。しかし丞の症状は止まらなくなってしまう。Ωがよしよしされる短編です。
※pixivにも同様の作品を掲載しています
とろけてまざる
ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで──
表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。
水凪しおん
BL
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。
過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。
「君はもう、頑張らなくていい」
――それは、運命の番との出会い。
圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。
理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!
学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました
こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
君と運命になっていく
やらぎはら響
BL
母親から冷遇されている町田伊織(まちだいおり)は病気だから薬を欠かさず飲むことを厳命されていた。
ある日倒れて伊織はオメガであり今まで飲むように言われていたのは強い抑制剤だと教えられる。
体調を整えるためにも世界バース保護機関にアルファとのマッチングをするよう言われてしまった。
マッチング相手は外国人のリルトで、大きくて大人の男なのに何だか子犬のように可愛く見えてしまい絆されていく。
売れ残りオメガの従僕なる日々
灰鷹
BL
王弟騎士α(23才)× 地方貴族庶子Ω(18才)
※ 第12回BL大賞では、たくさんの応援をありがとうございました!
ユリウスが暮らすシャマラーン帝国では、平民のオメガは18才になると、宮廷で開かれる選定の儀に参加することが義務付けられている。王族の妾となるオメガを選ぶためのその儀式に参加し、誰にも選ばれずに売れ残ったユリウスは、国王陛下から「第3王弟に謀反の疑いがあるため、身辺を探るように」という密命を受け、オメガ嫌いと噂される第3王弟ラインハルトの従僕になった。
無口で無愛想な彼の優しい一面を知り、任務とは裏腹にラインハルトに惹かれていくユリウスであったが、働き始めて3カ月が過ぎたところで第3王弟殿下が辺境伯令嬢の婿養子になるという噂を聞き、従僕も解雇される。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる