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寝息を立てる南雲の横から抜けだし、冬次はリビングに戻り谷峨の姿を探す⋯⋯。だが寝室以外の部屋も照明がついていない。暗いリビングはもぬけの殻だ。洗面所とトイレを見に行くがやはりおらず、冬次は探すのを諦めリビングの椅子に腰を下ろした。
冬次の体は心地よい疲れを感じていたが、眠ろうにも興奮して眠れない。肘をついて頭をのせ、うつらうつらする程度で朝を迎える。ギッと蝶番が軋み、ブランケットを羽織った南雲が起きてきた。
「谷峨は僕たちに呆れて帰ったか」
南雲は冬次がそうしたのと同じように視線を巡らせる。
「アンアン喘いでる南雲さんの声が聞かれてなくてよかったよ」
「これからまたする?」
すっかり懐いた飼い猫の顔になった南雲はお気に入りの人間だけに見せる甘えた仕草で体をするりと密着させた。
首筋から覗いた複数のキスマークがエロチックで、ぜひよろしくやりたい提案だが、冬次は南雲を抱きよせ「教えてほしいことがある」と会話を持ちかけた。
「谷峨といつどこで知り合ったか?」
さすが察しがいい。冬次は南雲を膝のあいだに座らせ、うなずく。
「南雲さんは谷峨先輩と未来で顔見知だった?」
「うん。冬次くんも知ってるだろうけど僕らは同時期に作られた同タイプの子供。未来で僕がいた研究施設は現代のものとは別の巨大な施設で、谷峨は僕と同じ研究者だった」
「でも未来の谷峨先輩は未来の奈良林冬次と結託して南雲さんを襲ったんだよな・・・・・・」
そそのかされたという見方もできたが、未来の冬次はバース性抹消薬に反対し独自にも過激な活動をしていたようなので、谷峨に騙されて乗せられたわけじゃない。自分の中にある正義と憎悪の方向性が一致していたからこそ冬次は未来で谷峨と手を結んだのだ。
実弾を込められた拳銃の冷たさが、手のひらにのしかかった感じがして、その恐怖に全身が粟立つ。冬次の手が南雲を死に至らしめていたかもしれないと思うと奥歯がガチガチと震えて鳴る。未来の自分を到底許すことはできない。冬次は罪を噛みしめるように閉口し、南雲を抱きしめた。
首筋から感じられる生きている匂いにはフェロモンを感じられなくても冬次を安心させる作用があった。南雲は肩をしぼめた冬次の頭を撫でて、クスッと笑った。
「よしよし。冬次くんが僕を襲った未来と今はもう繋がってないからね」
「・・・・・・未来ってそういうもんなの?」
「冬次くんは僕がこの時代で消えずに生き残ってたこと不思議に思わない?」
「思う。ずっと思ってる。涼くんの出生時に未来へ帰ったんじゃなかった?」
「それはね、僕がいた未来の方が消えてしまったからなんだよ。厳密には並行世界に存在しているはずなんだけど、繋がっていた時間軸がずれて検知できなくなることを僕らは消えると呼んでるんだ。生まれた時代に戻れなくても肉体が魔法みたいに消滅するわけじゃないから、まだこうして厚かましくも生きてる」
「てことは二度と出逢えない可能性もちゃんとあったんだ」
「そういうことだね。でも死ぬに死ねずこの時代の谷峨を頼った。自らのしたことに後悔していた僕なら谷峨は受け入れると考えたからだよ」
冬次は南雲を抱きしめる腕に力を込める。
「どうして俺たちのもとに帰ってきてくれなかったんだよ」
「無理だよ。克己くんが許さないでしょ」
冬次は下唇を噛んだ。
「時間をかければわかってもらえた」
「うん。そうだったかもね。不思議だよ、冬次くんが言うならそうなのかもって思えてくるよ」
「嬉しいけど嬉しくない。もっと早く会いたかった」
「ふふ、ありがとう。僕もだよ」
冬次と南雲は互いに言葉を切り、生活音すら途切れた早朝の静けさに溶けこみ、沈黙を守る。触れ合った肌の温もりで会話するように余計な言葉を交わさずとも通じあう、そんな時間が二者のあいだに流れていた。
不意に団地のどこかで目覚まし時計が鳴る。冬次は椅子から腰を浮かした。
「コーヒーでも淹れようか。ある?」
「冷蔵庫横の戸棚。ケトルは」
「わかるよ」
冬次がキッチンで湯を沸かしていると、寝室から着信音が洩れ聞こえてくる。スマホを寝室に放置していたのを忘れていた。かすかな電子音は床に脱ぎ散らかした服の下で鳴っており、冬次がやっと探しあて誰からの電話か確認した直後に切れてしまった。
不在通知——兄貴
「なんだ?」
朝っぱらから要件はなんだろうか。大事なことなら留守電を残すか、連続してかけてくるか、どうやら後者だ。スマホに兄貴から着信が入る。
「はい俺」
冬次が電話に出ると、兄貴の聞き慣れない焦り声が耳に飛びこんだ。
「冬次・・・・・・ニュースは見たか。テレビをつけてみろ」
「テレビ?」
「ニュース速報ならテレビじゃなくてもいいが、とにかく見ろ」
冬次は首をかしげながらリビングのテレビをつけた。南雲が冬次の挙動を見つめる。
『えー、くり返し速報です。ナナクサ製薬が驚愕の発表を行いました。昨夜未明、ナナクサ製薬の関係者からメディア各社にメールが送られ、ナナクサ製薬がバース性の根絶を可能にするバース性抹消薬の開発に着手していることを明かしました!』
テレビ画面の中でマイクをもったアナウンサーが喋り、後ろでは早朝にも関わらずナナクサ製薬本社前に報道陣が群がっていた。社員は不在なのか外観はまんじりともしない本社ビルだが、発表の真偽を確かめるため我先にとカメラを構える報道陣。
「兄貴が発表したのか?」
「そんなわけないだろ。仕掛けたのは谷峨だ。昨晩俺のとこに部下を名乗る女が接触してきた。俺はこれから混乱を鎮めに各所をまわらなきゃならない」
慌ただしく話す兄貴は最後に〝夜いつもの店にメンバーを集めるから冬次も来てくれ〟と半ば強制的に今夜の約束を取り付けてから電話を切った。
冬次の体は心地よい疲れを感じていたが、眠ろうにも興奮して眠れない。肘をついて頭をのせ、うつらうつらする程度で朝を迎える。ギッと蝶番が軋み、ブランケットを羽織った南雲が起きてきた。
「谷峨は僕たちに呆れて帰ったか」
南雲は冬次がそうしたのと同じように視線を巡らせる。
「アンアン喘いでる南雲さんの声が聞かれてなくてよかったよ」
「これからまたする?」
すっかり懐いた飼い猫の顔になった南雲はお気に入りの人間だけに見せる甘えた仕草で体をするりと密着させた。
首筋から覗いた複数のキスマークがエロチックで、ぜひよろしくやりたい提案だが、冬次は南雲を抱きよせ「教えてほしいことがある」と会話を持ちかけた。
「谷峨といつどこで知り合ったか?」
さすが察しがいい。冬次は南雲を膝のあいだに座らせ、うなずく。
「南雲さんは谷峨先輩と未来で顔見知だった?」
「うん。冬次くんも知ってるだろうけど僕らは同時期に作られた同タイプの子供。未来で僕がいた研究施設は現代のものとは別の巨大な施設で、谷峨は僕と同じ研究者だった」
「でも未来の谷峨先輩は未来の奈良林冬次と結託して南雲さんを襲ったんだよな・・・・・・」
そそのかされたという見方もできたが、未来の冬次はバース性抹消薬に反対し独自にも過激な活動をしていたようなので、谷峨に騙されて乗せられたわけじゃない。自分の中にある正義と憎悪の方向性が一致していたからこそ冬次は未来で谷峨と手を結んだのだ。
実弾を込められた拳銃の冷たさが、手のひらにのしかかった感じがして、その恐怖に全身が粟立つ。冬次の手が南雲を死に至らしめていたかもしれないと思うと奥歯がガチガチと震えて鳴る。未来の自分を到底許すことはできない。冬次は罪を噛みしめるように閉口し、南雲を抱きしめた。
首筋から感じられる生きている匂いにはフェロモンを感じられなくても冬次を安心させる作用があった。南雲は肩をしぼめた冬次の頭を撫でて、クスッと笑った。
「よしよし。冬次くんが僕を襲った未来と今はもう繋がってないからね」
「・・・・・・未来ってそういうもんなの?」
「冬次くんは僕がこの時代で消えずに生き残ってたこと不思議に思わない?」
「思う。ずっと思ってる。涼くんの出生時に未来へ帰ったんじゃなかった?」
「それはね、僕がいた未来の方が消えてしまったからなんだよ。厳密には並行世界に存在しているはずなんだけど、繋がっていた時間軸がずれて検知できなくなることを僕らは消えると呼んでるんだ。生まれた時代に戻れなくても肉体が魔法みたいに消滅するわけじゃないから、まだこうして厚かましくも生きてる」
「てことは二度と出逢えない可能性もちゃんとあったんだ」
「そういうことだね。でも死ぬに死ねずこの時代の谷峨を頼った。自らのしたことに後悔していた僕なら谷峨は受け入れると考えたからだよ」
冬次は南雲を抱きしめる腕に力を込める。
「どうして俺たちのもとに帰ってきてくれなかったんだよ」
「無理だよ。克己くんが許さないでしょ」
冬次は下唇を噛んだ。
「時間をかければわかってもらえた」
「うん。そうだったかもね。不思議だよ、冬次くんが言うならそうなのかもって思えてくるよ」
「嬉しいけど嬉しくない。もっと早く会いたかった」
「ふふ、ありがとう。僕もだよ」
冬次と南雲は互いに言葉を切り、生活音すら途切れた早朝の静けさに溶けこみ、沈黙を守る。触れ合った肌の温もりで会話するように余計な言葉を交わさずとも通じあう、そんな時間が二者のあいだに流れていた。
不意に団地のどこかで目覚まし時計が鳴る。冬次は椅子から腰を浮かした。
「コーヒーでも淹れようか。ある?」
「冷蔵庫横の戸棚。ケトルは」
「わかるよ」
冬次がキッチンで湯を沸かしていると、寝室から着信音が洩れ聞こえてくる。スマホを寝室に放置していたのを忘れていた。かすかな電子音は床に脱ぎ散らかした服の下で鳴っており、冬次がやっと探しあて誰からの電話か確認した直後に切れてしまった。
不在通知——兄貴
「なんだ?」
朝っぱらから要件はなんだろうか。大事なことなら留守電を残すか、連続してかけてくるか、どうやら後者だ。スマホに兄貴から着信が入る。
「はい俺」
冬次が電話に出ると、兄貴の聞き慣れない焦り声が耳に飛びこんだ。
「冬次・・・・・・ニュースは見たか。テレビをつけてみろ」
「テレビ?」
「ニュース速報ならテレビじゃなくてもいいが、とにかく見ろ」
冬次は首をかしげながらリビングのテレビをつけた。南雲が冬次の挙動を見つめる。
『えー、くり返し速報です。ナナクサ製薬が驚愕の発表を行いました。昨夜未明、ナナクサ製薬の関係者からメディア各社にメールが送られ、ナナクサ製薬がバース性の根絶を可能にするバース性抹消薬の開発に着手していることを明かしました!』
テレビ画面の中でマイクをもったアナウンサーが喋り、後ろでは早朝にも関わらずナナクサ製薬本社前に報道陣が群がっていた。社員は不在なのか外観はまんじりともしない本社ビルだが、発表の真偽を確かめるため我先にとカメラを構える報道陣。
「兄貴が発表したのか?」
「そんなわけないだろ。仕掛けたのは谷峨だ。昨晩俺のとこに部下を名乗る女が接触してきた。俺はこれから混乱を鎮めに各所をまわらなきゃならない」
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