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129 最後の波乱のはじまり
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バース性抹消薬の開発を止められなかった未来だろうと見なくてもわかる。だがそうじゃなかった。届いたばかりのメールには「嘘ではありません」とタイトルがつけられ、写真が添付されていた。南国のような場所で撮られた谷峨と座間のツーショット。画質の荒い写真だが仲睦まじさが伝わってくる。添えられた文章は「俺の記憶ではその頃も変わらず啓を好きだったよね。疑ってないで自分の未来を信じなよ」と無邪気に語っていた。
「谷峨先輩にとってこれが阻止したい嫌なこと? なんでだ?」
谷峨のことが理解不能なのは自分がおかしいのだろうか。逆ならわかる。好きな人と結ばれるために未来を変えるとかなら、谷峨が自身の恋愛小説でも書いていそうだが。
「さぁね」
南雲が肩をすくめる。
「へ? 知らないの?」
「知らないよ」
「でも南雲さんと谷峨先輩って似たタイプなんじゃなかった?」
「役割を与えられて作られたって意味で言ってるなら僕が知ってる谷峨は口答えしない犬として生まれた特別性。それもとびきり優秀なね。でもそのことが冬次くんを不安にさせる要因にはならないでしょ」
「あ、うん」
「えーと。クリスマスツリーはね、谷峨が置いてったものであってるよ。タブレットをチェックしにたまに来るけど、もう来ないって言ってたような気がするな」
「気がするってとこが大事だよ南雲さん」
南雲は重要なことをさらっとぶっ込んできた。
「もう来ないって言葉じゃ信用できない?」
最大の関心ごとのように眉をひそめる南雲に、冬次は毒気を抜かれ笑いながらかぶりをふった。
「そうじゃなくて。もう来ないけどタブレットは置いてったんだ? やり取りの途中だったみたいだし変だね」
「見たくないと思ったからじゃないの」
「南雲さんはさ、クリスマスイブにデモが起きるってこれを読んで知ったってことだよね。んで真偽を確かめるために直接見に行った。未来からのメールで詳細を知ったから首謀者が谷峨先輩じゃないって言えた」
「うん」
冬次は両腕を組んで悩むポーズをとり、ウーンと唸って天井を見た。
「谷峨先輩の動きは読めないけど⋯⋯行動を決定づけるものはわかった。タブレット貸して」
「何するつもり?」
「俺も未来の谷峨先輩にメール送ってみていいかなぁって」
南雲はギョッとしながらもタブレットを渡してくれる。冬次は南雲に簡単なレクチャーを受け、未来の谷峨に向けた質問を打ち込み、送信ボタンをタップした。
それからしばらくはどこからも音沙汰がなく、冬次は本職の不動産会社で大きな契約が立て続けに重なったせいもあり大人しくしていた。ゆっくりニュースをチェックする時間もなく、街頭スクリーンでたまたま流れたニュースや人が話しているのを耳にする程度だった。反対派の抗議活動は鎮火する気配がなく駅前などでは必ず見かけるようになった。クリスマスイブほどの規模ではないものの中には目立つ破壊行為をする者がおり、警察の取締りといたちごっこになりながらしぶとくデモ活動が行われている。
ナナクサ製薬が続報を発表したのは春になった頃だ。例年よりやや遅めだった桜の開花宣言のニュースに続いて、アナウンサーは晴れやかな口調でナナクサ製薬の続報を国民に伝えた。
『昨年日本中を驚かせたナナクサ製薬が、ついに今年の夏をめどにバース性抹消薬を人に投与した安全試験を開始すると発表しました。新薬の認可実現まで異例の早さで進んでいます』
冬次は兄貴の電話でひと足早く聞いていたため、各メディアが示し合わせて同時刻に放送したのを落ち着いた眼差しで見ることができた。今日は兎沢が手掛けた南雲涼博士の記事が飛ぶように売れるだろう。
テレビで涼くんの映像が流れた。当然生放送ではない。事前に撮影された取材映像のなかで快活にしゃべる涼くんを見た時だけ、冬次の目尻は優しげにゆるんだ。
一緒にニュースを眺めている南雲は、涼しい目で若い自分を見ている。
ちなみに、冬次が送ったメールに未来の谷峨から返事は未だにない。
南雲いわく用心深い谷峨が送信者を警戒した可能性と、座標そのものが失くなってしまった可能性を示唆する。
変動した未来で、谷峨はゆるやかに死のうとしているのかもしれなかった。
◆
六月に入ると、冬次は一人暮らしの部屋を引きはらって団地へ越した。南雲と念願の同棲生活をスタートしたのだ。
「じゃ、いってくるね。今日は克己さんとこ寄ってくるから帰りは遅くなるよ」
南雲は玄関まで見送りに来てくれている。冬次は眠そうに目をこする恋人にキスしてから出勤した。夜は予定にあるとおり藤井家にお邪魔したが、いくらか藤井の様子がちがった。まず冬次が玄関をあけると飛び出してきて、冬次をひと目見て落胆したのだ。青白く血の気を失った顔をして今にも倒れそうだったため、冬次は藤井を温かい部屋に座らせ事情を訊いた。
「⋯⋯善光くんが帰ってこない。昨日の昼に蕾会の集まりに出かけて行って、そのまま連絡がないんだ」
藤井は自分の膝に突っ伏すようにして頭を抱える。ここまで取り乱した藤井を見るのはいつぶりか。
「昨日か。急に実家に泊まることにしたとか」
「連絡はこまめにくれる子なんだ。予定が変わったら必ず連絡がくる。事件や事故に巻き込まれて連絡ができないのかもしれない」
藤井の手が震えていた。
可哀想な藤井の姿が、おじさんとおばさんを車の事故で亡くした時の藤井と重なってしまった。
「谷峨先輩にとってこれが阻止したい嫌なこと? なんでだ?」
谷峨のことが理解不能なのは自分がおかしいのだろうか。逆ならわかる。好きな人と結ばれるために未来を変えるとかなら、谷峨が自身の恋愛小説でも書いていそうだが。
「さぁね」
南雲が肩をすくめる。
「へ? 知らないの?」
「知らないよ」
「でも南雲さんと谷峨先輩って似たタイプなんじゃなかった?」
「役割を与えられて作られたって意味で言ってるなら僕が知ってる谷峨は口答えしない犬として生まれた特別性。それもとびきり優秀なね。でもそのことが冬次くんを不安にさせる要因にはならないでしょ」
「あ、うん」
「えーと。クリスマスツリーはね、谷峨が置いてったものであってるよ。タブレットをチェックしにたまに来るけど、もう来ないって言ってたような気がするな」
「気がするってとこが大事だよ南雲さん」
南雲は重要なことをさらっとぶっ込んできた。
「もう来ないって言葉じゃ信用できない?」
最大の関心ごとのように眉をひそめる南雲に、冬次は毒気を抜かれ笑いながらかぶりをふった。
「そうじゃなくて。もう来ないけどタブレットは置いてったんだ? やり取りの途中だったみたいだし変だね」
「見たくないと思ったからじゃないの」
「南雲さんはさ、クリスマスイブにデモが起きるってこれを読んで知ったってことだよね。んで真偽を確かめるために直接見に行った。未来からのメールで詳細を知ったから首謀者が谷峨先輩じゃないって言えた」
「うん」
冬次は両腕を組んで悩むポーズをとり、ウーンと唸って天井を見た。
「谷峨先輩の動きは読めないけど⋯⋯行動を決定づけるものはわかった。タブレット貸して」
「何するつもり?」
「俺も未来の谷峨先輩にメール送ってみていいかなぁって」
南雲はギョッとしながらもタブレットを渡してくれる。冬次は南雲に簡単なレクチャーを受け、未来の谷峨に向けた質問を打ち込み、送信ボタンをタップした。
それからしばらくはどこからも音沙汰がなく、冬次は本職の不動産会社で大きな契約が立て続けに重なったせいもあり大人しくしていた。ゆっくりニュースをチェックする時間もなく、街頭スクリーンでたまたま流れたニュースや人が話しているのを耳にする程度だった。反対派の抗議活動は鎮火する気配がなく駅前などでは必ず見かけるようになった。クリスマスイブほどの規模ではないものの中には目立つ破壊行為をする者がおり、警察の取締りといたちごっこになりながらしぶとくデモ活動が行われている。
ナナクサ製薬が続報を発表したのは春になった頃だ。例年よりやや遅めだった桜の開花宣言のニュースに続いて、アナウンサーは晴れやかな口調でナナクサ製薬の続報を国民に伝えた。
『昨年日本中を驚かせたナナクサ製薬が、ついに今年の夏をめどにバース性抹消薬を人に投与した安全試験を開始すると発表しました。新薬の認可実現まで異例の早さで進んでいます』
冬次は兄貴の電話でひと足早く聞いていたため、各メディアが示し合わせて同時刻に放送したのを落ち着いた眼差しで見ることができた。今日は兎沢が手掛けた南雲涼博士の記事が飛ぶように売れるだろう。
テレビで涼くんの映像が流れた。当然生放送ではない。事前に撮影された取材映像のなかで快活にしゃべる涼くんを見た時だけ、冬次の目尻は優しげにゆるんだ。
一緒にニュースを眺めている南雲は、涼しい目で若い自分を見ている。
ちなみに、冬次が送ったメールに未来の谷峨から返事は未だにない。
南雲いわく用心深い谷峨が送信者を警戒した可能性と、座標そのものが失くなってしまった可能性を示唆する。
変動した未来で、谷峨はゆるやかに死のうとしているのかもしれなかった。
◆
六月に入ると、冬次は一人暮らしの部屋を引きはらって団地へ越した。南雲と念願の同棲生活をスタートしたのだ。
「じゃ、いってくるね。今日は克己さんとこ寄ってくるから帰りは遅くなるよ」
南雲は玄関まで見送りに来てくれている。冬次は眠そうに目をこする恋人にキスしてから出勤した。夜は予定にあるとおり藤井家にお邪魔したが、いくらか藤井の様子がちがった。まず冬次が玄関をあけると飛び出してきて、冬次をひと目見て落胆したのだ。青白く血の気を失った顔をして今にも倒れそうだったため、冬次は藤井を温かい部屋に座らせ事情を訊いた。
「⋯⋯善光くんが帰ってこない。昨日の昼に蕾会の集まりに出かけて行って、そのまま連絡がないんだ」
藤井は自分の膝に突っ伏すようにして頭を抱える。ここまで取り乱した藤井を見るのはいつぶりか。
「昨日か。急に実家に泊まることにしたとか」
「連絡はこまめにくれる子なんだ。予定が変わったら必ず連絡がくる。事件や事故に巻き込まれて連絡ができないのかもしれない」
藤井の手が震えていた。
可哀想な藤井の姿が、おじさんとおばさんを車の事故で亡くした時の藤井と重なってしまった。
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