未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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1 つまらないこと

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 —— 昔、こんなオメガがいた。
 オメガは非力な青年だった。
 青年は家柄に恵まれていたが、オメガの地位は犬猫のように同等ではない時代だ。しかし運命の番が青年を変えた。時代はオメガの自由を許さなかったが、運命によってかたく結ばれた二人は死ぬまで共に生きぬいたという。

 えてして運命とは特別であるからこそ運命といえる。運命の番だけが幸せを導く光なのである。 ——






 高二の初夏。

 生まれもったスペックと幸せは別物だ。
 奈良林冬次ならばやし とうじの毎日は退屈に過ぎていく。
 アルファに生まれたからといって優秀な能力を活かそうと思わなければ何者でもない。親や教師といった大人から向けられる賛美と期待の眼差しも時と共に風化し、同じような能力値のエリートたちに囲まれてしまえば、あっという間に底辺に滞留するゴミになれる。
 人生ガチャで最悪を引いたオメガの貧乏人だろうと、やりたいことや愛する人がいるかどうかで自分より何百倍も幸せそうに見えるので、幼い頃からすり込まれるように教えられてきた〝あなたの幸せ〟が、おもちゃのレールよりも頼りなく見えて、ガラクタに思えてしまう。
 なおかつ面白みもないんだから、おもちゃの方がずっといい。毎日おもちゃで遊ぶだけでよかった子供の時はとても幸せだった。
 ま、だからと言って授業中に居眠りしていい理由にはならないわけだが。

「奈良林。五月の連休明けだからってたるんでるんじゃないのか」

 授業開始から十五分が経過していた。
 授業のたびにえらく正確に時間を測って、超過すればすかさず飛んでくるチョーク弾。
 軽く頭を下げて避けたと思った白いチョークが冬次の額に当たり、「あでっ!」と格好のつかない声が漏れる。

「少しは反省したらどうなんだ。内申に響くぞ」

 口を開けば内申、内申。内申ってなんだよ、一体それで何が測れる?
 授業を真面目に受けなかったからこの人はクズです。社会に不必要な人間なのです。

「不満があるなら偉くなってから言え」

 チョークより痛い正論に、冬次はむっつり顔でそっぽを向いた。

「ちょっとぉ、カッチャン先生辛辣すぎ」
「でもアルファの大人の言葉って説得力ある」
「そのとおりってことだよね~」

 クスクスとあちらこちらでこぼれる控えめな笑い声。常識ばかりを脳みそに詰め込まれた外野たちの声は、紙幣に印刷された偉人の顔ぐらいにピンとこない。
 別にいいけど関係ないし。将来一万円札になりたいんだったら勝手に目指してろ。そこに価値があるなんて到底思えない。

「奈良林は放課後職員室に来い。授業を続ける」
「へーい」
「返事はハイだろう」
「ハーイ」

 生徒からカッチャン先生と呼ばれている日本史教師の藤井克己ふじい かつみ
 藤井が、黒板に背を向けたまま板書した文字をよどみなく読みあげていく。
 きっと数えきれないほど書いてきたのだろう文章は、この先どれだけの生徒たちの記憶に残るのか。若者の柔軟なスポンジ脳は都合よく知識をふるいにかける。なんでも吸収できるなんて聞こえはいいが、穴の空いた器みたいにレモンを搾るより簡単に排出されてしまう。
 特にこんな、とっくにこの世にいない人の話に耳を傾けていても眠くなるばかりだ。
 築かれてきた叡智はありがたく使わせてもらうけど、〝誰が〟〝どんなふうに〟なんて残念ながら興味はない。

「——こうして明治以降に活発化した、女性とオメガの人権運動の基盤を作ったのが萩原侯爵の妻、萩原百合はぎわら ゆり夫人。彼女自身もオメガの性をもって生まれ、生涯にわたってあるオメガ男性と文通をしています。当時、オメガの海外渡航は極刑行為にあたりました。しかし文通相手であるオメガ男性は英国人の夫の助けを借り、厳しい支配の外に出たのです。この友人との交流が彼女の活動に多大な影響を与えたとされています」

 英国人の夫と、オメガ男性は、運命の・・・・・・。
 聞いているだけで、ああ、眠たくなる。
 隣の机で内職に励むクラスメイトのカリカリというシャーペンの音が、いい具合に冬次の眠さを誘った。
 うつらうつらと舟を漕ぐ頭に、二発目のチョーク弾が飛んできた。
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