8 / 139
8 忘れようと思ったのに
しおりを挟む
色々悩みに悩んだが結局当事者がいらないと言うのなら外野がとやかく騒ぐもんでもない。と結論し、冬次は普通の高校生活に戻ることにした。
こう見えて自分も忙しい。断固として帰宅部を貫きとおしている身分だが、実は運動神経はまぁまぁいい方で運動部の連中から引くて数多なのである。ちゃんとした部員ではないので、練習試合なんかの非公式な試合にだけ参加を承諾しており、週末の予定は半年先まで埋まっていた。
この週は金曜日からバレー部に参加させてもらい、土曜日曜と練習試合に参加して朝から晩まで汗を流した。
難しいことを考えずに体を動かすのは気持ちいい。心配事が汗と共にデトックスされたみたいにすっきりする。
「ただいまぁ、克己さん?」
日曜の夜。バレー部部長から謝礼がわりのアイスを奢っていただいた後で帰宅すると、藤井家は真っ暗だった。
「誰もいないの?」
おじさーん、克己さーんと玄関で呼んでみたが返事はなし。おじさんは病院だろう。藤井は用事があるなんて言っていたっけ?
自分がちゃんと聞いていなかっただけというオチもありえるが、今朝晩ご飯に食べたいものを訊かれたぞ?
急な用事か——。
藤井は大人なんだし、酒を交わしあう友達くらいいる。暗くなってから家をあけることがあったくらいで慌てふためくのはおかしな話かもしれない。
ひとまず着替えて汗をかいたシャツやハーフパンツを洗濯機に放り込み、アイスじゃ足りないと文句を言う腹の虫を黙らせるためにカップ麺をすすっていると、普段は聞かない乱暴な玄関の戸の音がして藤井がふらりと居間に顔を出した。
「帰ってたのか冬次」
「おう。酔ってんの?」
「阿保。酔ってません」
「じゃ熱あんの?」
「なんだよ」
「ひどい顔じゃん」
大事に大事にとってた高級プリンをおじさんに食べられた時みたいな絶望的な顔しやがって。あの時も世界の終わりだって嘆いてたくせに、それ以上に藤井を追い詰めたことって何。
「風呂入ってくるから」
藤井は居間を出て行く。冬次は食べかけのカップ麺をずるずるとすする。しばらくすると洗面所の開閉音と洗濯機の操作音が聞こえた。
「無理にいつもどおりにしやがって。そんなに俺はお子様かよ」
年相応に不貞腐れて自室に退散する。カップ麺の容器を片づけてから洗面所の前を通過すると、脱衣場の籠の中でスマホが鳴っていた。止むとまた鳴り、しつこく何度もかかってきている。
普段は絶対に人のスマホを見たりしないが、この日ばかりは自分を抑えられなかった。非常識レベルの鬼電というのも、やりそうな男が思い浮かんでしまうから気になって。
しかし、まさか・・・・・・な。
「もしもしこちら南雲涼。今ホテルの電話を借りて通話しています。先ほどの話だけれどもう一度」
「南雲さん。俺です」
この電話に出たのが冬次で幸運だったとすら思う。間違いなく藤井を絶望させたのはこいつだ。
ひと呼吸間があいてから返答があった。
「僕に俺という名前の知り合いはいないが」
「そういうのいいから。俺の声覚えてるよね」
「奈良林冬次」
「うん。ね、南雲さんのホテルって駅前のビジホ? ちょっと俺と話しません?」
ロビーにいてと言い残して勝手に通話を切り、チャリに飛び乗った。
「あんたさ、何やらかしちゃってんの」
そして着いて早々この一言をぶちまけた。
南雲がロビーのイスから腰を上げた瞬間、息があがったままぶちまけてやった。目を丸くした南雲に激昂されるかと身構えたものの、南雲はわずかにムッとしたのち困ったふうに唇を噛んだ。
「このまま喋るのもあれだし、部屋行っていいっすか」
「うん」
もっとごねるかと思ったが、しおらしく項垂れちゃって調子がくるう。
傷つけるだけだから藤井にはもう近づかないでくれと丁重に願い入れるつもりだったのに、今のしょんぼり具合でそんなことを言ったらわざわざチャリをかっ飛ばしてイジメにきたみたいだ。
言いつけたとおりロビーで律儀に待っていたことといい、完全には憎ませてくれない狡いところがある。
「ホテルに泊まることにしたんですね」
「僕が美術室から出て行かなかったから藤井克己さんがホテルの部屋をとってくれた」
「あー・・・・・・はは」
まじか。藤井の懐の深さに合掌。
冬次は部屋へ移動しながらビジネスホテルの廊下を観察した。地元民は滅多に利用する機会はないが、冬次は藤井家に引き取られた際に泊まった経験がある。決して新しいとはいえないが小綺麗に清掃された設備全般が想像してたより快適で、確かロビーの奥にちっちゃっな温泉とビリヤード台とカラオケがついたラウンジがあったんだ。あれは今もあるんだろうか。
「——なんか俺がハタチになったらここのラウンジで酒飲もうって約束してたこと思い出しちゃった」
「誰と?」
「すんません。声に出ちゃってた。約束したのは克己さんと。ハタチになったらいい酒奢ってやるからそれまで一緒に暮らそうって。でもそっかぁ、南雲さんの言ってることが本当なら、俺がハタチになる時に克己さんは生きてないのか・・・・・・」
唐突に突きつけられた藤井のいない未来を、初めて少し実感できてしまった。目頭がじわぁと熱をもち、あーやばい、泣きそう。
「冬次くんも僕を怒っているのか?」
「ま、そりゃ怒ってますよ。根拠なく家族や友達が死ぬって宣告されて嬉しい人いないでしょ」
「僕は事実を伝えたまでだ」
「本当のことを話すのが全部正解だと考えてんなら南雲さんは天才じゃないよ。大馬鹿だよ」
「なんだとっ、侮辱するな」
さすがに気を悪くさせたようだ。けど間違ったことは言ってない。
「とりあえず入っていいですか。俺たちずっと部屋の前に立って話してるからさ。ここ南雲さんの部屋番号じゃないの?」
冬次がナンバープレートを指差すと、南雲がしぶしぶ閉口してカードキーをかざした。
客室内に入った直後、室内の光景に目を疑う。
「南雲さんさ、何しようとしたんですか」
と、冬次はロビーでぶつけた質問と同じ問いを繰り返した。
こう見えて自分も忙しい。断固として帰宅部を貫きとおしている身分だが、実は運動神経はまぁまぁいい方で運動部の連中から引くて数多なのである。ちゃんとした部員ではないので、練習試合なんかの非公式な試合にだけ参加を承諾しており、週末の予定は半年先まで埋まっていた。
この週は金曜日からバレー部に参加させてもらい、土曜日曜と練習試合に参加して朝から晩まで汗を流した。
難しいことを考えずに体を動かすのは気持ちいい。心配事が汗と共にデトックスされたみたいにすっきりする。
「ただいまぁ、克己さん?」
日曜の夜。バレー部部長から謝礼がわりのアイスを奢っていただいた後で帰宅すると、藤井家は真っ暗だった。
「誰もいないの?」
おじさーん、克己さーんと玄関で呼んでみたが返事はなし。おじさんは病院だろう。藤井は用事があるなんて言っていたっけ?
自分がちゃんと聞いていなかっただけというオチもありえるが、今朝晩ご飯に食べたいものを訊かれたぞ?
急な用事か——。
藤井は大人なんだし、酒を交わしあう友達くらいいる。暗くなってから家をあけることがあったくらいで慌てふためくのはおかしな話かもしれない。
ひとまず着替えて汗をかいたシャツやハーフパンツを洗濯機に放り込み、アイスじゃ足りないと文句を言う腹の虫を黙らせるためにカップ麺をすすっていると、普段は聞かない乱暴な玄関の戸の音がして藤井がふらりと居間に顔を出した。
「帰ってたのか冬次」
「おう。酔ってんの?」
「阿保。酔ってません」
「じゃ熱あんの?」
「なんだよ」
「ひどい顔じゃん」
大事に大事にとってた高級プリンをおじさんに食べられた時みたいな絶望的な顔しやがって。あの時も世界の終わりだって嘆いてたくせに、それ以上に藤井を追い詰めたことって何。
「風呂入ってくるから」
藤井は居間を出て行く。冬次は食べかけのカップ麺をずるずるとすする。しばらくすると洗面所の開閉音と洗濯機の操作音が聞こえた。
「無理にいつもどおりにしやがって。そんなに俺はお子様かよ」
年相応に不貞腐れて自室に退散する。カップ麺の容器を片づけてから洗面所の前を通過すると、脱衣場の籠の中でスマホが鳴っていた。止むとまた鳴り、しつこく何度もかかってきている。
普段は絶対に人のスマホを見たりしないが、この日ばかりは自分を抑えられなかった。非常識レベルの鬼電というのも、やりそうな男が思い浮かんでしまうから気になって。
しかし、まさか・・・・・・な。
「もしもしこちら南雲涼。今ホテルの電話を借りて通話しています。先ほどの話だけれどもう一度」
「南雲さん。俺です」
この電話に出たのが冬次で幸運だったとすら思う。間違いなく藤井を絶望させたのはこいつだ。
ひと呼吸間があいてから返答があった。
「僕に俺という名前の知り合いはいないが」
「そういうのいいから。俺の声覚えてるよね」
「奈良林冬次」
「うん。ね、南雲さんのホテルって駅前のビジホ? ちょっと俺と話しません?」
ロビーにいてと言い残して勝手に通話を切り、チャリに飛び乗った。
「あんたさ、何やらかしちゃってんの」
そして着いて早々この一言をぶちまけた。
南雲がロビーのイスから腰を上げた瞬間、息があがったままぶちまけてやった。目を丸くした南雲に激昂されるかと身構えたものの、南雲はわずかにムッとしたのち困ったふうに唇を噛んだ。
「このまま喋るのもあれだし、部屋行っていいっすか」
「うん」
もっとごねるかと思ったが、しおらしく項垂れちゃって調子がくるう。
傷つけるだけだから藤井にはもう近づかないでくれと丁重に願い入れるつもりだったのに、今のしょんぼり具合でそんなことを言ったらわざわざチャリをかっ飛ばしてイジメにきたみたいだ。
言いつけたとおりロビーで律儀に待っていたことといい、完全には憎ませてくれない狡いところがある。
「ホテルに泊まることにしたんですね」
「僕が美術室から出て行かなかったから藤井克己さんがホテルの部屋をとってくれた」
「あー・・・・・・はは」
まじか。藤井の懐の深さに合掌。
冬次は部屋へ移動しながらビジネスホテルの廊下を観察した。地元民は滅多に利用する機会はないが、冬次は藤井家に引き取られた際に泊まった経験がある。決して新しいとはいえないが小綺麗に清掃された設備全般が想像してたより快適で、確かロビーの奥にちっちゃっな温泉とビリヤード台とカラオケがついたラウンジがあったんだ。あれは今もあるんだろうか。
「——なんか俺がハタチになったらここのラウンジで酒飲もうって約束してたこと思い出しちゃった」
「誰と?」
「すんません。声に出ちゃってた。約束したのは克己さんと。ハタチになったらいい酒奢ってやるからそれまで一緒に暮らそうって。でもそっかぁ、南雲さんの言ってることが本当なら、俺がハタチになる時に克己さんは生きてないのか・・・・・・」
唐突に突きつけられた藤井のいない未来を、初めて少し実感できてしまった。目頭がじわぁと熱をもち、あーやばい、泣きそう。
「冬次くんも僕を怒っているのか?」
「ま、そりゃ怒ってますよ。根拠なく家族や友達が死ぬって宣告されて嬉しい人いないでしょ」
「僕は事実を伝えたまでだ」
「本当のことを話すのが全部正解だと考えてんなら南雲さんは天才じゃないよ。大馬鹿だよ」
「なんだとっ、侮辱するな」
さすがに気を悪くさせたようだ。けど間違ったことは言ってない。
「とりあえず入っていいですか。俺たちずっと部屋の前に立って話してるからさ。ここ南雲さんの部屋番号じゃないの?」
冬次がナンバープレートを指差すと、南雲がしぶしぶ閉口してカードキーをかざした。
客室内に入った直後、室内の光景に目を疑う。
「南雲さんさ、何しようとしたんですか」
と、冬次はロビーでぶつけた質問と同じ問いを繰り返した。
0
あなたにおすすめの小説
とろけてまざる
ゆなな
BL
綾川雪也(ユキ)はオメガであるが発情抑制剤が良く効くタイプであったため上手に隠して帝都大学附属病院に小児科医として勤務していた。そこでアメリカからやってきた天才外科医だという永瀬和真と出会う。永瀬の前では今まで完全に効いていた抑制剤が全く効かなくて、ユキは初めてアルファを求めるオメガの熱を感じて狂おしく身を焦がす…一方どんなオメガにも心動かされることがなかった永瀬を狂わせるのもユキだけで──
表紙素材http://touch.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=55856941
従僕に溺愛されて逃げられない
大の字だい
BL
〈従僕攻め×強気受け〉のラブコメ主従BL!
俺様気質で傲慢、まるで王様のような大学生・煌。
その傍らには、当然のようにリンがいる。
荷物を持ち、帰り道を誘導し、誰より自然に世話を焼く姿は、周囲から「犬みたい」と呼ばれるほど。
高校卒業間近に受けた突然の告白を、煌は「犬として立派になれば考える」とはぐらかした。
けれど大学に進学しても、リンは変わらず隣にいる。
当たり前の存在だったはずなのに、最近どうも心臓がおかしい。
居なくなると落ち着かない自分が、どうしても許せない。
さらに現れた上級生の熱烈なアプローチに、リンの嫉妬は抑えきれず――。
主従なのか、恋人なのか。
境界を越えたその先で、煌は思い知らされる。
従僕の溺愛からは、絶対に逃げられない。
氷の支配者と偽りのベータ。過労で倒れたら冷徹上司(銀狼)に拾われ、極上の溺愛生活が始まりました。
水凪しおん
BL
※この作品には、性的描写の表現が含まれています。18歳未満の方の閲覧はご遠慮ください。
オメガであることを隠し、メガバンクで身を粉にして働く、水瀬湊。
過労と理不尽な扱いで、心身ともに限界を迎えた夜、彼を救ったのは、冷徹で知られる超エリートα、橘蓮だった。
「君はもう、頑張らなくていい」
――それは、運命の番との出会い。
圧倒的な庇護と、独占欲に戸惑いながらも、湊の凍てついた心は、次第に溶かされていく。
理不尽な会社への華麗なる逆転劇と、極上に甘いオメガバース・オフィスラブ!
学内一のイケメンアルファとグループワークで一緒になったら溺愛されて嫁認定されました
こたま
BL
大学生の大野夏樹(なつき)は無自覚可愛い系オメガである。最近流行りのアクティブラーニング型講義でランダムに組まされたグループワーク。学内一のイケメンで優良物件と有名なアルファの金沢颯介(そうすけ)と一緒のグループになったら…。アルファ×オメガの溺愛BLです。
久しぶりの発情期に大好きな番と一緒にいるΩ
いち
BL
Ωの丞(たすく)は、自分の番であるαの かじとのことが大好き。
いつものように晩御飯を作りながら、かじとを待っていたある日、丞にヒートの症状が…周期をかじとに把握されているため、万全の用意をされるが恥ずかしさから否定的にな。しかし丞の症状は止まらなくなってしまう。Ωがよしよしされる短編です。
※pixivにも同様の作品を掲載しています
再会した男は、彼女と結婚したと言った
拓海のり
BL
高校時代、森と園部は部活も一緒で仲が良かったが、副部長の菜南子と園部の噂が立ち、森は二人から遠ざかった。大学を卒業して森は園部と再会するが、その指には結婚指輪があった。
昔書いたお話です。ほとんど直していません。お読みになる際はタグをご確認の上ご覧ください。一万五千字くらいの短編です。
運命の番ってそんなに溺愛するもんなのぉーーー
白井由紀
BL
【BL作品】(20時30分毎日投稿)
金持ち社長・溺愛&執着 α × 貧乏・平凡&不細工だと思い込んでいる、美形Ω
幼い頃から運命の番に憧れてきたΩのゆき。自覚はしていないが小柄で美形。
ある日、ゆきは夜の街を歩いていたら、ヤンキーに絡まれてしまう。だが、偶然通りかかった運命の番、怜央が助ける。
発情期中の怜央の優しさと溺愛で恋に落ちてしまうが、自己肯定感の低いゆきには、例え、運命の番でも身分差が大きすぎると離れてしまう
離れたあと、ゆきも怜央もお互いを思う気持ちは止められない……。
すれ違っていく2人は結ばれることができるのか……
思い込みが激しいΩとΩを自分に依存させたいαの溺愛、身分差ストーリー
★ハッピーエンド作品です
※この作品は、BL作品です。苦手な方はそっと回れ右してください🙏
※これは創作物です、都合がいいように解釈させていただくことがありますのでご了承くださいm(_ _)m
※フィクション作品です
※誤字脱字は見つけ次第訂正しますが、脳内変換、受け流してくれると幸いです
君と運命になっていく
やらぎはら響
BL
母親から冷遇されている町田伊織(まちだいおり)は病気だから薬を欠かさず飲むことを厳命されていた。
ある日倒れて伊織はオメガであり今まで飲むように言われていたのは強い抑制剤だと教えられる。
体調を整えるためにも世界バース保護機関にアルファとのマッチングをするよう言われてしまった。
マッチング相手は外国人のリルトで、大きくて大人の男なのに何だか子犬のように可愛く見えてしまい絆されていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる