未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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8 忘れようと思ったのに

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 色々悩みに悩んだが結局当事者がいらないと言うのなら外野がとやかく騒ぐもんでもない。と結論し、冬次は普通の高校生活に戻ることにした。
 こう見えて自分も忙しい。断固として帰宅部を貫きとおしている身分だが、実は運動神経はまぁまぁいい方で運動部の連中から引くて数多なのである。ちゃんとした部員ではないので、練習試合なんかの非公式な試合にだけ参加を承諾しており、週末の予定は半年先まで埋まっていた。
 この週は金曜日からバレー部に参加させてもらい、土曜日曜と練習試合に参加して朝から晩まで汗を流した。
 難しいことを考えずに体を動かすのは気持ちいい。心配事が汗と共にデトックスされたみたいにすっきりする。

「ただいまぁ、克己さん?」

 日曜の夜。バレー部部長から謝礼がわりのアイスを奢っていただいた後で帰宅すると、藤井家は真っ暗だった。

「誰もいないの?」

 おじさーん、克己さーんと玄関で呼んでみたが返事はなし。おじさんは病院だろう。藤井は用事があるなんて言っていたっけ? 
 自分がちゃんと聞いていなかっただけというオチもありえるが、今朝晩ご飯に食べたいものを訊かれたぞ?
 急な用事か——。
 藤井は大人なんだし、酒を交わしあう友達くらいいる。暗くなってから家をあけることがあったくらいで慌てふためくのはおかしな話かもしれない。
 ひとまず着替えて汗をかいたシャツやハーフパンツを洗濯機に放り込み、アイスじゃ足りないと文句を言う腹の虫を黙らせるためにカップ麺をすすっていると、普段は聞かない乱暴な玄関の戸の音がして藤井がふらりと居間に顔を出した。

「帰ってたのか冬次」
「おう。酔ってんの?」
「阿保。酔ってません」
「じゃ熱あんの?」
「なんだよ」
「ひどい顔じゃん」

 大事に大事にとってた高級プリンをおじさんに食べられた時みたいな絶望的な顔しやがって。あの時も世界の終わりだって嘆いてたくせに、それ以上に藤井を追い詰めたことって何。

「風呂入ってくるから」

 藤井は居間を出て行く。冬次は食べかけのカップ麺をずるずるとすする。しばらくすると洗面所の開閉音と洗濯機の操作音が聞こえた。

「無理にいつもどおりにしやがって。そんなに俺はお子様かよ」

 年相応に不貞腐れて自室に退散する。カップ麺の容器を片づけてから洗面所の前を通過すると、脱衣場の籠の中でスマホが鳴っていた。止むとまた鳴り、しつこく何度もかかってきている。
 普段は絶対に人のスマホを見たりしないが、この日ばかりは自分を抑えられなかった。非常識レベルの鬼電というのも、やりそうな男が思い浮かんでしまうから気になって。
 しかし、まさか・・・・・・な。

「もしもしこちら南雲涼。今ホテルの電話を借りて通話しています。先ほどの話だけれどもう一度」
「南雲さん。俺です」

 この電話に出たのが冬次で幸運だったとすら思う。間違いなく藤井を絶望させたのはこいつだ。 
 ひと呼吸間があいてから返答があった。

「僕に俺という名前の知り合いはいないが」
「そういうのいいから。俺の声覚えてるよね」
「奈良林冬次」
「うん。ね、南雲さんのホテルって駅前のビジホ? ちょっと俺と話しません?」

 ロビーにいてと言い残して勝手に通話を切り、チャリに飛び乗った。

「あんたさ、何やらかしちゃってんの」

 そして着いて早々この一言をぶちまけた。
 南雲がロビーのイスから腰を上げた瞬間、息があがったままぶちまけてやった。目を丸くした南雲に激昂されるかと身構えたものの、南雲はわずかにムッとしたのち困ったふうに唇を噛んだ。

「このまま喋るのもあれだし、部屋行っていいっすか」
「うん」

 もっとごねるかと思ったが、しおらしく項垂れちゃって調子がくるう。
 傷つけるだけだから藤井にはもう近づかないでくれと丁重に願い入れるつもりだったのに、今のしょんぼり具合でそんなことを言ったらわざわざチャリをかっ飛ばしてイジメにきたみたいだ。
 言いつけたとおりロビーで律儀に待っていたことといい、完全には憎ませてくれない狡いところがある。

「ホテルに泊まることにしたんですね」
「僕が美術室から出て行かなかったから藤井克己さんがホテルの部屋をとってくれた」
「あー・・・・・・はは」

 まじか。藤井の懐の深さに合掌。
 冬次は部屋へ移動しながらビジネスホテルの廊下を観察した。地元民は滅多に利用する機会はないが、冬次は藤井家に引き取られた際に泊まった経験がある。決して新しいとはいえないが小綺麗に清掃された設備全般が想像してたより快適で、確かロビーの奥にちっちゃっな温泉とビリヤード台とカラオケがついたラウンジがあったんだ。あれは今もあるんだろうか。

「——なんか俺がハタチになったらここのラウンジで酒飲もうって約束してたこと思い出しちゃった」
「誰と?」
「すんません。声に出ちゃってた。約束したのは克己さんと。ハタチになったらいい酒奢ってやるからそれまで一緒に暮らそうって。でもそっかぁ、南雲さんの言ってることが本当なら、俺がハタチになる時に克己さんは生きてないのか・・・・・・」

 唐突に突きつけられた藤井のいない未来を、初めて少し実感できてしまった。目頭がじわぁと熱をもち、あーやばい、泣きそう。

「冬次くんも僕を怒っているのか?」
「ま、そりゃ怒ってますよ。根拠なく家族や友達が死ぬって宣告されて嬉しい人いないでしょ」
「僕は事実を伝えたまでだ」
「本当のことを話すのが全部正解だと考えてんなら南雲さんは天才じゃないよ。大馬鹿だよ」
「なんだとっ、侮辱するな」

 さすがに気を悪くさせたようだ。けど間違ったことは言ってない。

「とりあえず入っていいですか。俺たちずっと部屋の前に立って話してるからさ。ここ南雲さんの部屋番号じゃないの?」

 冬次がナンバープレートを指差すと、南雲がしぶしぶ閉口してカードキーをかざした。
 客室内に入った直後、室内の光景に目を疑う。

「南雲さんさ、何しようとしたんですか」

 と、冬次はロビーでぶつけた質問と同じ問いを繰り返した。
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