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7 カレーと俺と藤井家
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藤井家にはいくつかルールがある。
ルールその一、夕食は交代で作るべし。
これはおばさんの入院が決まって導入されたルールで、月水がおじさん、火金土日が藤井、木が冬次となっている。基本的におじさんは担当曜日じゃない日はおばさんの病院にいるので、月水以外は藤井と冬次は二人だけの食卓となり、ちなみに木曜に冬次の担当が割り振られているのは藤井の職員会議があるためだ。割り振り表が公平じゃないのは普通に料理の腕の問題。
そんでもって南雲の衝撃発言から逃げ帰ってきたわけだが、帰り途中で今日が木曜であることを思い出し、スーパーに寄った。正直、職員会議の日で助かる。藤井とどんな顔して話せばいいかわからないじゃないか。藤井が今年中に死ぬだって? ふざけんな。
心の中で南雲をめためたにこき下ろしながら材料をカートに入れ、会計を済ませた後に買い忘れに気づく。
やべ、カレーのルー買ってない。
木曜はだいたいカレーライス一択だ。何入れても美味いし、簡単。つーかこれしか作れないから。しかし先週作った分でルーの買い置きを使い切っていたことを忘れていた。
ともかく出る前に気づけてよかった。売り場コーナーに慌てて戻り、複数ある種類からどのメーカーのを選ぼうか悩み、特売されているものを手に取った。そして不意に箱に指先が触れた時、たまたま触っていたパッケージ上の林檎の写真を撫でる。写真が食感や香りを伝えてくれるわけじゃないが、光沢をまとって映された林檎を見て、南雲の心配をしていたのだ。
美術室に寝泊まりしているんならそもそもあの人は食事とかどうしてるんだろう。着替えとか、風呂とかは?
いらぬお節介は重々承知だが、空腹で倒れていないか心配になる。
お綺麗な顔立ちは霞だけを食べて生きていそうな雰囲気だけど、案外ジャンキーな食べ物を好みそうな感じもする。四六時中ポテトチップスとか。でも指先が汚れるのは我慢ならなくて器用に箸でつまんで食べていそうな感じ。
いや——どうせ明日にはいなくなってる。
冬次は手を引っ込め、隣に陳列された種類を棚から取りレジに向かった。
二回目のお会計を済ませて帰宅し、エプロンをつけ、カレーを煮込んでいると七時半頃に玄関の鍵がまわる音がした。
藤井だ。
「カレーってさ、毎週飽きたもう食いたくねぇって思うけど匂い嗅ぐと腹が減るから不思議」
「だって美味いもんカレー。おかえり」
「ただいま」
藤井は普段どおりに振る舞い、美術室で一悶着あったことは感じさせない。むしろ注意しなきゃいけないのは冬次の方。心の動揺を顔に出さないようにがんばる。がんばれ自分。
仕事着のまま藤井は冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターをグラスに注ぐ。
「なぁ、冬次のクラスで美術室の幽霊っていう噂が流行ってないか」
いきなり直球な話を振られ、心臓が跳ねた。鍋のふちにオタマがぶつかり、エプロンに飛び散ったカレーの染みを拭き取りながら心を落ち着かせる。
「まぁ流行ってるかもね」
「お前は興味なさそうだな。一応言っとくけど噂を信じて見に行ったりするなよ。根も葉もない話で騒がれて美術の沖先生困ってるから」
「あ、うん。別に行かねーよ」
冬次の態度に違和感を感じることなく台所を出て行った藤井に、騙し通せたと安堵した。
美術の先生が困ってるなんて適当な理由づけだ。冬次を遠ざけるための嘘。なぜなら沖先生は外部講師。週に一度授業のある日しか校舎に来ないし、授業が終われば帰ってしまうのは冬次でも知ってる。
やっぱりそれだけ南雲に対していい印象をもっていないということなのだろうか。
他の生徒ならまだしも、身内の冬次に話してくれないのはちょっぴり寂しかった。
恥ずかしいから決して口にするもんかと思うけれど、でも藤井のことなら一緒に怒ったり泣いたり、笑ったりしたかった。
藤井家のみんなが冬次の幸せを願ってくれるように、当たり前に藤井の幸せを願っている。
「あらら、カレー染み取れなくなっちゃったか?」
着替えて戻ってきた藤井がエプロンを覗き込む。
「うん。薄くはなったけど」
冬次は濡らした布巾でエプロンをゴシゴシこする。
おばさんから借りたドット柄のピンクの布地にぼやけた茶色い影が広がっていた。
ルールその一、夕食は交代で作るべし。
これはおばさんの入院が決まって導入されたルールで、月水がおじさん、火金土日が藤井、木が冬次となっている。基本的におじさんは担当曜日じゃない日はおばさんの病院にいるので、月水以外は藤井と冬次は二人だけの食卓となり、ちなみに木曜に冬次の担当が割り振られているのは藤井の職員会議があるためだ。割り振り表が公平じゃないのは普通に料理の腕の問題。
そんでもって南雲の衝撃発言から逃げ帰ってきたわけだが、帰り途中で今日が木曜であることを思い出し、スーパーに寄った。正直、職員会議の日で助かる。藤井とどんな顔して話せばいいかわからないじゃないか。藤井が今年中に死ぬだって? ふざけんな。
心の中で南雲をめためたにこき下ろしながら材料をカートに入れ、会計を済ませた後に買い忘れに気づく。
やべ、カレーのルー買ってない。
木曜はだいたいカレーライス一択だ。何入れても美味いし、簡単。つーかこれしか作れないから。しかし先週作った分でルーの買い置きを使い切っていたことを忘れていた。
ともかく出る前に気づけてよかった。売り場コーナーに慌てて戻り、複数ある種類からどのメーカーのを選ぼうか悩み、特売されているものを手に取った。そして不意に箱に指先が触れた時、たまたま触っていたパッケージ上の林檎の写真を撫でる。写真が食感や香りを伝えてくれるわけじゃないが、光沢をまとって映された林檎を見て、南雲の心配をしていたのだ。
美術室に寝泊まりしているんならそもそもあの人は食事とかどうしてるんだろう。着替えとか、風呂とかは?
いらぬお節介は重々承知だが、空腹で倒れていないか心配になる。
お綺麗な顔立ちは霞だけを食べて生きていそうな雰囲気だけど、案外ジャンキーな食べ物を好みそうな感じもする。四六時中ポテトチップスとか。でも指先が汚れるのは我慢ならなくて器用に箸でつまんで食べていそうな感じ。
いや——どうせ明日にはいなくなってる。
冬次は手を引っ込め、隣に陳列された種類を棚から取りレジに向かった。
二回目のお会計を済ませて帰宅し、エプロンをつけ、カレーを煮込んでいると七時半頃に玄関の鍵がまわる音がした。
藤井だ。
「カレーってさ、毎週飽きたもう食いたくねぇって思うけど匂い嗅ぐと腹が減るから不思議」
「だって美味いもんカレー。おかえり」
「ただいま」
藤井は普段どおりに振る舞い、美術室で一悶着あったことは感じさせない。むしろ注意しなきゃいけないのは冬次の方。心の動揺を顔に出さないようにがんばる。がんばれ自分。
仕事着のまま藤井は冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターをグラスに注ぐ。
「なぁ、冬次のクラスで美術室の幽霊っていう噂が流行ってないか」
いきなり直球な話を振られ、心臓が跳ねた。鍋のふちにオタマがぶつかり、エプロンに飛び散ったカレーの染みを拭き取りながら心を落ち着かせる。
「まぁ流行ってるかもね」
「お前は興味なさそうだな。一応言っとくけど噂を信じて見に行ったりするなよ。根も葉もない話で騒がれて美術の沖先生困ってるから」
「あ、うん。別に行かねーよ」
冬次の態度に違和感を感じることなく台所を出て行った藤井に、騙し通せたと安堵した。
美術の先生が困ってるなんて適当な理由づけだ。冬次を遠ざけるための嘘。なぜなら沖先生は外部講師。週に一度授業のある日しか校舎に来ないし、授業が終われば帰ってしまうのは冬次でも知ってる。
やっぱりそれだけ南雲に対していい印象をもっていないということなのだろうか。
他の生徒ならまだしも、身内の冬次に話してくれないのはちょっぴり寂しかった。
恥ずかしいから決して口にするもんかと思うけれど、でも藤井のことなら一緒に怒ったり泣いたり、笑ったりしたかった。
藤井家のみんなが冬次の幸せを願ってくれるように、当たり前に藤井の幸せを願っている。
「あらら、カレー染み取れなくなっちゃったか?」
着替えて戻ってきた藤井がエプロンを覗き込む。
「うん。薄くはなったけど」
冬次は濡らした布巾でエプロンをゴシゴシこする。
おばさんから借りたドット柄のピンクの布地にぼやけた茶色い影が広がっていた。
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