未来から来た天才オメガ研究者に恋したアルファ高校生の話

豆ぱんダ

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6 未来から来た幽霊

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「難しいかな」
「あ、ちょっ、離れた方がよくないっすか。俺一応アルファだし。オメガなんですよね?」

 冬次は腕をいっぱいに伸ばして南雲を遠ざけた。
 その時、冬次はハッとした。美術室前の廊下で藤井が別の教師と会話している声が洩れ聞こえてくる。

「藤井克己が来たね」
「ま、やべっ、隠れる」
「なんて?」
「隠れます! 俺がいるってこと黙っててください」

 承諾を得る前に白い布が被せられた机の下に素早く身を隠すと、ほぼ同時にドアが開いた。

「どうして出てきてるんですか。あなたね私が合図するまで準備室にいてくれなきゃ困りますよ」
「声で安全だとわかったから奥の部屋から出て待っていたんだ」
「まったく。頑固な人だ」

 南雲はさっきの失敗を完全になかったことにしている。苦笑する冬次は布を少し掻きわけ、対峙した二人の大人を見守った。
 
「生徒たちのあいだで変な噂が広まっています」
「君が美術室にいていいと言った」
「事情が変わったんです。とにかく、明日の朝までに帰ってください。未来でもどこでも構いませんから、今夜中に美術室を出てってもらいますよ」

 そう言って退室しようとする藤井を、南雲は引き止めようとする。

「近寄らないでくれないかっ」

 机の下の冬次はびくりと体を震わせた。普段は感情の起伏の穏やかな藤井が急な大声を出して怒鳴ったので、初めての緊張感に包まれた。

「美術室にはもう来ない」

 藤井が静かに吐き捨てると南雲はもう引き止めなかった。
 美術室から藤井がいなくなった後、冬次は机の下から這い出して、立ち尽くす南雲の様子をうかがう。
 声をかけずに退散するのが正解だろうか?
 見ちゃいけないところを見てしまった?
 会ってまもない間柄だが、南雲の人を見下し気味の性格を見せつけられているので、自分なんかが下手に口出ししたら余計に傷つけそうだ。
 だからって放置していくのも違うよな?

「あのさ、大丈夫・・・・・・ですか」

 直後にやらかしたことを悟った。
 立ち去ってよかったんだ。何も言わず。最初からいなかったかのように息をひそめたまま。
 やっぱり俺は謙虚さが足りないんだよね、なんていう謎の後悔が頭を駆け巡り、結局「ごめんなさい」に落ち着く。
 
「僕は一度の失敗で諦めたりしないから」
「はい。でしゃばってすいません」
「僕さ、未来からきたんだ」
「はい。未来。・・・・・・未来?」

 冗談を言う場面でもないのに困惑するなという方が無理な話だ。
 しかしマジな話をする時の真剣な声のトーンで打ち明けられ、信じるか否かは別として、話の腰を折っちゃ駄目なことは馬鹿でもわかった。
 そういえば、藤井もさっきは〝未来〟という単語を口にしていたっけか。

「今から三十年後の日本で、僕は人類の体内からバース性因子を消滅させる特効薬の開発に成功した。薬の普及によって世界はバース性がもたらす数多の影響から脱却し、オメガやアルファの差別も区別もない平等な社会になりつつある」
「じゃあオメガとして生まれた南雲さんもフェロモンを感じない?」
「うん。僕自身が完成させた特効薬のせいでわからなくなってしまった」
「えっ、すごいことじゃないっすか。たった三十年間でそこまで世界が変わるんだ!」
「僕のような天才が生まれたおかげだね」
「はは、そうっすね。あざーす!」

 にわかには信じられない話を二秒後には喜ぶ手のひら返し。というか、諸手をあげて信じたくなる夢のある話だった。
 疑り深いくせに阿保なのが若い脳みその欠点であり最大の優れた点かもしれない。異世界だってSFじみた展開だって二秒あればすぐお友達だ。
 
「どうしたんすか?」

 冬次が首を傾げてしまったのは、南雲の顔が気後れしているように思えたから。

「うん。君に話す時に実は少し身構えていたから」
「なんで」
「特効薬によってもたらされた社会は古くから根づいてきたヒエラルキーのある社会よりずっとよくなった。でもね、喜ばしい反応ばかりが返ってくるわけじゃない」

 南雲は立ち尽くすのに疲れたのか、行儀悪く机に座り足を組んだ。

「たとえば克己さんとか・・・・・・? 未来から来たって言ってもまず信じなさそうだしね」
「彼は、またちょっと違う理由で怒らせた・・・・・・んだと思う」
「そこだけ自信なさげ」
「うるさい。僕はね、壮大な研究の一環でここに来たんだ。充分な検証を繰り返してようやく答えが出るんだよ」
「うーん。ごちゃごちゃ説明されてもわからないんで、単刀直入にお願いします」
「ちっ。・・・・・・運命の番について見聞を深めるために」
「聞こえないっすけど」
「僕は、僕の運命の番に会うためにきたんだ!」
「おぉ」

 冬次は目を丸くする。それから南雲に声を荒立てさせてしまったことを詫びようかとしたが、じわじわと告白の意味が沁みこみ唖然とした。

「克己さん喜ばなかったんだ・・・・・・」
「何それ嫌味?」

 慌ててかぶりを振り、足りないなりに頭を絞って会話を続けてみる。

「未来で会いにくればいいんじゃないかな。南雲さんが生きてる時代って今から三十年後っすよね。克己さんも未来で南雲さんに会えたら全部本当だったんだって信じてくれるかも」

 しかし冬次の回答はハナマルを貰えるにはほど遠いようだった。南雲は研究経過を発表しあうみたいに、明瞭な声で冬次に告げた。

「ここがタイムリミットなんだ」

 実際、彼の中では研究の過程で判明した事実に過ぎないのかもしれない。

「タイムリミットって?」
「藤井克己は僕の生まれた年に死亡してた。今年中に僕の運命の番は死んでしまう」
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